作家
増田晶文
Novelist; Masafumi Masuda
飽きず、悟らず、性懲りもなく。
寄り道、遠回り、迷い道。
名はなく、口の端にのぼらず、売れもせず。
それでも、私は小さな説を紡ぐ。
媚びるな。
毒気を持て。
リリシズムは枯れていないか。
ユーモアの尻尾をつかめ。
白い紙に、青いインクで言葉を埋める。
苦吟と呻吟、その果ての苦笑。
なんのために、だれのために。
身の内に棲む、果てなき渇望――。
こいつに突き動かされ、時には手を焼きながら。
私は、今日も小さな説を書く。
令和四年(二〇二二) 春
作家 増田晶文(ますだ・まさふみ)
教養書(新潮選書)
『蔦屋重三郎
江戸の反骨メディア王』
新潮社
2024年10月25日
蔦屋重三郎 江戸の反骨メディア王
吉原の貸本屋から出版業をスタート、18世紀の江戸でいちばんの本屋、当時のメディア王になった蔦屋重三郎の生涯を豊富な資料をもとに執筆しました。
新潮選書(新潮新書じゃないのでご注意)は教養書、蔦重のすべてが読んで身につく。
蔦重は「粋」と「通」に裏付けられた江戸の美学を黄表紙と狂歌で体現した江戸の名物男。
その本屋人生の前半は「戯家(たわけ)の時代」――朋誠堂喜三二や恋川春町、大田南畝(四方赤良)、山東京伝、北尾重政、勝川春章ら文人墨客を束ねた。
当時の政治の主役は田沼意次。重商政策と贈収賄、善悪ごちゃまぜながら景気昂揚イケイケドンドンの時代!
蔦重の書肆「耕書堂」にはそんな空気を反映したお気楽な絵草紙が山積み……でも誤解なきよう、蔦重や戯作者、狂歌師、画工たちは決してホントのバカじゃない。文画のエリートたちがバカのふりしてバカをする。そんな諧謔と韜晦の時代だった。
蔦重そして耕書堂の後半生は「反骨の時代」――安永、天明の為政者田沼が失脚、かわって寛政の世は直実謹厳の松平定信が幕閣の中心に――「寛政の改革」がスタートする。
贅沢ダメ、豪遊ダメ、美食にお洒落もダメダメ。
お勉強と武芸鍛錬一色のブンブブンブと夜も眠れぬご政道。
そこで蔦重は戯作でご改革をおちょくり倒すことで遺憾なく反骨ぶりを発揮した。
でも、定信だって黙っちゃいない。
何と蔦重は財産半分没収の重罰に……耕書堂は絶体絶命の経営危機!
だが、これで蔦重の反骨心はいっそう燃え立つ。次は浮世絵、喜多川歌麿の艶香ただよう美人大首絵で錦絵の新時代を切り拓き、役者絵では東洲斎写楽を発掘し大いに気を吐いた。
18世紀後半を疾風の如く駆け抜け、時代を「戯家」と「反骨」に染め抜いた稀代の本屋蔦屋重三郎。京伝、歌麿、写楽に曲亭馬琴、十返舎一九らの才能を見出した、波乱万丈の人生を関連資料と作家の視線でまとめた一冊です。
歴史小説
『楠木正成 河内熱風録』
草思社
2023年9月6日
楠木正成 河内熱風録
「河内の土くれから生まれ、大和川の水を呑んで大きなった。
わしが河内の総大将、楠木正成や!」
新しい世の中を河内から――。
楠木正成は1000人に満たない寡兵で、巨万の鎌倉北条軍と対峙する。
「土ン侍」を自認し、河内の地と民、配下の一党、さらに妻と息子たちをこよなく愛した猛将。
奇想天外な作戦で幕府軍を翻弄した智将。
政情、人心の激変にも己の姿勢を貫いた熱将。
それが、楠木正成。
元弘元年(1331)の下赤坂城の戦いから、千剣破(千早)城の戦いを経て、
建武3年(1336)の湊川の血戦までの5年間が本書で描かれる。
熱風のごとく生きた、新しい楠木正成がここにいる。
全編を貫くイキのいい河内弁、小気味いい文体にのって躍動する楠木正成。
加えて、正成の片腕たる実弟・正季はじめ楠木一党の面々、ライバル足利尊氏や後醍醐帝、
大塔宮護良親王などなど登場人物もユニークそのもの。
500ページオーバーの上製本。分厚い、重い、値段もチト高い。
でも猛烈におもしろい。
最後まで、リズムよく一気に読んでいただけるはず。
最終章は10回読んだら10回泣けます。
小説
『S. O. P. 大阪遷都
プロジェクト
~七人のけったいな
仲間たち』
ヨシモトブックス
2020年10月
S. O. P. 大阪遷都プロジェクト
~七人のけったいな仲間たち
大阪に首都を取り戻せ!
戦前に大阪の繁栄をつくりあげた、關一大阪市長があたためていた幻の大計画があった。それこそが「大阪遷都計画=セント・オーサカ・プロジェクト」つまり
「S.O.P.」。
小説の舞台は昭和50年代の大阪。
大阪を首都にして日本を作り替えようというS.O.P.を実現するため、猥雑な町のお好み焼き屋の兄ちゃんが動き出す。
しかもS.O.P.のための膨大な額の軍資金が、大阪のどこかに隠されている!
その軍資金をめぐって、ひと癖ふた癖ある老若男女が集まり、銭の匂いに釣られた悪党ども参戦して繰りひろげるスラップスティック劇。
これぞ、読む〝吉本新喜劇〟。
秋の夜長を熱くする、たっぷり、どっさりの400ページ巨編が登場!
小説
『絵師の魂 渓齋英泉』
草思社文庫
2021年4月5日
小説『絵師の魂 渓齋英泉』が草思社文庫に。
リリシズムを魂に宿しながら、
エロチシズムを描いた絵師の葛藤。
私にとって、ことのほか思い入れの強い作品のひとつ『絵師の魂 渓齋英泉』が草思社文庫に入ります。
渓齋英泉は、文化文政期に個性的で退廃的な美人画と、史上最多ともいわれる春画をものした浮世絵師。世俗と自我のはざまでのたうつ、表現者としての英泉の心根を描きました。
葛飾北斎や曲亭馬琴、為永春水らもにぎにぎしく登場し、英泉の半生と江戸文化繚乱期を彩ります。
デビュー作『果てなき渇望』にも匹敵する主人公の渇望と葛藤をご堪能ください。
文庫化に際しては「文庫のためのあとがき」だけでなく、浮世絵専門の太田記念美術館で主幹学芸員をつとめる日比野健司氏による「解説」も増補。読みでがある文庫になりました。
小説
『稀代の本屋
蔦屋重三郎』
草思社
2016年12月
文庫版:2019年6月
稀代の本屋 蔦屋重三郎
初めて挑んだ歴史&時代小説です。蔦屋重三郎は、喜多川歌麿や東洲斎写楽を見出し、山東京伝や恋川春町らにベストセラーを連発させた、実在の江戸ナンバーワンの出版プロデューサー。
彼は江戸の出版文化を築き、数多くの俊英を見出し、吉原を遊郭にとどまらず流行最先端の街に育てた人物です。
執筆の伏線として、週刊ポストで無署名の記事を書き散らしていた50代前半の蓄積があります(……小説だけではとても食えません)。
江戸の風俗、春画や出版事情に関してはたくさんの資料を読みこみました。白倉敬彦氏という温和にして博識の春画研究者に取材するチャンスにも恵まれました。この経験がとても大きな糧になりました。
いつしか雑誌の仕事とも縁遠くなった時、単行本デビュー作『果てなき渇望』以来ずっとかわいがっていただいている草思社、しかもずっと担当いただいている藤田博さんから「久々にオモロイことをやらかしましょう」とお声がけいただき、この作品が生まれました。
ノンフィクションの秀作、話題作が多い草思社にとっては久々の小説作品でもあります。私のために文芸作品を上梓してくださった草思社に深く感謝しております。