米大統領選で民主党のヒラリー・クリントン前国務長官(67)、共和党のジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事(62)ら政治経験のある候補が伸び悩んでいる。「ワシントン政治」への異議申し立ては今に始まったことではないが、不動産王、ドナルド・トランプ氏(69)が共和党の候補指名争いで独走しているのは、民主、共和両党の政争に不満を持つ人々が「政治の素人」に引き付けられているからではないか。
茶会系も熱狂
「私はティーパーティーでも大きくリードしている。ティーパーティーが大好きだ。立ち上がって拍手に応えてくれ」
音楽の街、米南部テネシー州ナッシュビルのライブ会場でトランプ氏が約1000人の聴衆に呼び掛けると、半数ほどが立ち上がって盛大な拍手を受けた。
保守系草の根運動「ティーパーティー」(茶会)は米議会での共和党躍進を支えてきた。会場にいた茶会系の男性(50)は彼らが穏健派とみるジョン・マケイン上院議員(79)を候補にした2008年、ミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事(68)を選んだ12年の大統領選を挙げて「ひどい間違いをした。疲れた米国に必要な変化をもたらすのは実業家のトランプ氏だ」と興奮気味に語った。
米国南部のメキシコとの国境に不法移民を防ぐため「万里の長城」を築き、中国や日本との貿易不均衡を正すという政府の介入を前提とするトランプ氏の主張は、「小さな政府」を志向する茶会の理念と相いれない。だが、不法移民の排斥を主張するポピュリストの側面が支持につながっているようだ。
トランプ氏がいうように、米モンマス大学(ニュージャージー州)の世論調査によると、共和党支持層のうち茶会系の36%がトランプ氏を支持すると答えてトップに立ち、2位の元神経外科医、ベン・カーソン氏(63)の19%、3位のテッド・クルーズ上院議員(44)の17%を上回った。
茶会系の後押しで当選したクルーズ氏は、オバマ政権の医療保険制度改革(オバマケア)に反対する21時間超の演説で13年秋の政府機関閉鎖につなげた「茶会の寵(ちょう)児(じ)」。そのクルーズ氏もトランプ氏への追い風は無視できず、さまざまな政策で共同歩調を取る戦略をとっている。
もう一人の「反乱」
トランプ氏と同じように世論調査で好調なのが政治経験のないカーソン氏だ。貧困層から医師になった黒人のカーソン氏は、頭部が結合した双生児の分離手術に成功するなどして有名になった。とつとつと諭すような穏やかな語り口はトランプ氏とは対照的で、宗教保守層などから好感されている。
このところ、世論調査でブッシュ氏を抑えてトランプ氏に次ぐ2位を占め、共和党候補を決める来年の予備選・党員集会で初戦となるアイオワ州ではトランプ氏と並ぶ支持を受ける。
モンマス大調査では好感度は69%で、トランプ氏の59%、ブッシュ氏の41%を上回る。候補がトランプ氏との2人に絞られた場合、トランプ氏を上回る支持を受けられるのはカーソン氏だけだということも分かった。
米紙ウォールストリート・ジャーナルは「ベン・カーソンの反乱」と題した社説で「共和党の有権者はあらゆるやり方でワシントンや政治家にはうんざりさせられていると表現してきたが、怒れる大統領候補を欲しているわけではない」とし、カーソン氏の「静かな台頭」に注目すべきだとしている。
実績を問われる共和党
共和党はオバマ政権のリベラルな政策に異議を唱え、上下両院の議席を増やしてきた。昨年11月の中間選挙でいずれも過半数を占めたが、1年近くの実績はどうだっただろうか。
多くの候補が撤回すると主張していたオバマケアは続き、イスラエルとともに強く反対していたイラン核問題の最終合意も履行される公算が大きい。キューバとの国交も回復された。
これでは、有権者の3分の2に当たる67%が、政治経験者よりも「外部からワシントンに新しい手法をもたらす人物」を望んでいるという事実(モンマス大調査)にも納得がいく。
ファーストレディー、上院議員、国務長官を務めたクリントン氏が「ワシントン」から逃れることはできない。ブッシュ氏も兄のジョージ・W・ブッシュ前大統領によるイラク開戦のくびきを負う。行き場を失った「反ワシントン」感情がトランプ、カーソン両氏のような非政治家に向かっている。(ワシントン支局 加納宏幸)