戦災で焼失するなどし、戦後の高度成長期に再建された全国の名城が、建て替えや改修の時期を迎えている。当時再建された天守閣の多くが鉄筋コンクリート(RC)製で、50~60年といわれる耐用年数が近づいたためだ。名古屋城など木造での本格的な復元を目指す動きもあるが、大幅なコスト増や材料の確保など課題は多い。築57年の和歌山城(和歌山市)も老朽化した城の今後の判断材料とするため耐震診断を検討している。各地の名城の行く末は?(地主明世)
改修か木造再建か
「こんなに良い城だったとは。(徳川)御三家の落ち着いた雰囲気を感じます」。観光で和歌山城にきた大阪市の男性(70)は天守閣を見上げてこう感嘆した。
和歌山城は8大将軍・徳川吉宗を生んだ紀州徳川家の城として知られる。城の歴史は、紀州を平定した豊臣秀吉の命を受けて弟の秀長が天正13(1585)年に築城したのが始まり。元和5(1619)年に徳川頼宣が入城し、紀州藩55万5千石の居城として、尾張・水戸と並んで徳川御三家の一角を担った。
しかし、昭和20年7月9日、和歌山大空襲で米軍爆撃機B29による爆撃を受け、天守閣などを焼失。市民の熱意によって33年、鉄筋コンクリート造の城として再建された歴史を持つ。
それから57年。同市は関西国際空港への格安航空(LCC)の就航などで外国人観光客が増加し、天守閣の来場者数は平成26年度、18年ぶりに20万人を突破した。