ウサイン・ボルトの“ I ”は、なぜ「オレ」と訳されるのか
~スポーツ放送の「役割語」~
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①オレがナンバー1だ②記録を出す秘訣なんてないわ
北京オリンピックを伝えるNHKの放送に出た翻訳テロップである。
このテロップを見ただけで、日本語を母語とする私たちは、話者について何らかのイメージを思い浮かべることができる。
①は力強さと自信をもっている男性、②は華やかさ、または上品さをそなえた女性、というように。
テレビのスポーツ放送における翻訳テロップには、「~さ」「~(だ)ぜ」「~(だ)わ」のような、日本語話者が話しことばとして日常的にはあまり使わないことばづかいが登場する。なぜ、現代の日本人はそんな話し方をしないにもかかわらず外国人のインタビューには使われるのか。特にスポーツ関連のニュースやドキュメンタリーというノンフィクションで使われているのはなぜか。
本稿では、北京オリンピック放送に出た翻訳テロップを、「役割語」という観点を導入して分析することによって、これらの疑問を解こうと試みた。分析の結果、翻訳テロップに役割語が出現する人物像には、いくつかのパターンがあることがわかった。
- スーパースター(男性)
「~んだ」「~だよ」「~さ」などの男性役割語を多用し、「男らしさ」=「強さ」という機能を付加。また、「おれ」「ぼく」という1人称代名詞の使い分けには、少年マンガの主人公が使う「おれ」「ぼく」と共通の人物像がある。 - “○○の女王”と呼ばれる、その競技で頂点に立った女性選手のインタビュー
「~(だ)わ」「~の」など女性役割語が多用されるが、その機能は、従来言われてきた「和 らげ」によって「女らしさ」を表すものではなく、頂点に立つ女性の「強さ」を表している。 - ライバル対決で出てくる男性選手
男性役割語が使われ、「強さ」と「攻撃性」を付加。このほか、 - 濃いキャラクター性
- 競技者としての“弱者”
などの翻訳テロップにも役割語が出現する。
また、NHKディレクターへのアンケート調査や聞き取り調査も行った結果、テレビの翻訳テロップに出てくる役割語を考える際には、話者が話す「場面」に注目することが重要であることが判明。役割語には“興奮”“感情の高ぶり”を伝える機能があり、スポーツ放送では、他の分野にくらべ興奮した場面や感情の高ぶった場面でのインタビューが多いために、役割語訳が多くなることがわかった。