最新記事

福祉国家

財政赤字を本気で削減するとこうなる、弱者切り捨ての凄まじさ

2016年5月24日(火)18時55分
ジョン・マカードル(ブラックトライアングル共同設立者)

Neil Hall-REUTERS

<片手に指が1本でもあれば就労可能──イギリスにおける障害の認定基準はそう皮肉られるぐらい厳しくなった。財政赤字削減を公約に掲げて2010年に首相になった英保守党デービッド・キャメロン首相の「改革」の結果だ。イギリスが初めて福祉国家の体制を作った1945年以来、これほど弱者に苛酷だったことはないという。巨額の財政赤字とバラまきをやめない政治家を抱える国すべてへの警鐘> 写真はロンドンで集会をする障害者(2012年)

 イギリスの障害者にとって、現在は大いなる試練のときだ。5年以上におよぶ緊縮財政と福祉保障制度改革の結果、何十万人にも及ぶ障害者は困窮し、病状を悪化させてきた。責任は、幾つかの政策にある。

【参考記事】イギリス、今さら暴動のなぜ

 イギリスにおける障害者の権利がこれほど長期にわたって危機にさらされたのは、福祉国家の形が整った1945年以来初めてのことだ。当時のクレメント・アトリー首相は同年の総選挙時に、戦争で疲弊した人々に向けて「1930年代には戻らない」というスローガンを掲げ、国民は「ゆりかごから墓場まで」最低限の生活が保障されるようになった。

 それから71年後のいま、気がつけば英国は、福祉制度も社会保障制度もない1930年代に急速に戻りつつある。社会ダーウィン主義さながら、泳げず、競争できず、ペースについていけない者は沈んでゆくしかない。そして、それは誰のせいでもなく、自分自身のせいなのだ。

 英国福祉改革センターのサイモン・ダフィー博士によると、世界金融危機後の2010年に保守党が政権を握って以降の6年間、障害者は健常者と比べて9倍、重度の障害を抱える人々にいたっては19倍も厳しい生活を強いられてきたという。こうした状態に陥ったのは、福祉と住宅手当、社会保障の削減が重なった結果だ。

頭蓋骨半分でも「就労可能」

 英デイリーミラー紙は5月12日、頭蓋骨の半分を失って重度の記憶障害と半身麻痺を抱える男性に対し、英労働年金省(DWP)が「就労可能」と裁定したことを報じた。理不尽きわまりない話に聞こえるが、活動家たちはこのような決定を耳にしてもショックを受けない。もはや当たり前になっているからだ。

 イギリスでは、公的支援を受けるための「障害」の認定は、政府の労働能力評価(WCA)によって再定義された。事実上、片方の手に脈と指が1本があって電話がかけられれば、何らかの仕事に就く能力はあるというような厳しい基準だ。

 民間の医療保険に何年も保険料を払い込んだあとに病気になり、障害を抱えたため、保険金を請求したら却下されてしまった被保険者たちの例も枚挙にいとまがない。アメリカの読者にはお馴染みの話だろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、前週比横ばい=ベーカー

ワールド

韓国大統領代行、バイデン氏と電話会談 米韓同盟発展

ビジネス

アングル:GMのロボタクシー撤退、事業継続への高い

ワールド

韓国大統領の弾劾案可決、与党の一部造反 職務停止に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:韓国 戒厳令の夜
特集:韓国 戒厳令の夜
2024年12月17日号(12/10発売)

世界を驚かせた「暮令朝改」クーデター。尹錫悦大統領は何を間違えたのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いするかで「健康改善できる可能性」の研究
  • 2
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千年稼働」の世界
  • 3
    ウクライナ「ATACMS」攻撃を受けたロシア国内の航空施設...「内部映像」が示すミサイルの威力
  • 4
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 5
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 6
    燃え盛る工場に響く轟音...ウクライナが米国供与の「…
  • 7
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 8
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
  • 9
    爆発と炎上、止まらぬドローン攻撃...ウクライナの標…
  • 10
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 1
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼンス維持はもはや困難か?
  • 2
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達した江戸の吉原・京の島原と並ぶ歓楽街はどこにあった?
  • 3
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式多連装ロケットシステム「BM-21グラート」をHIMARSで撃破の瞬間
  • 4
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
  • 5
    男性ホルモンにいいのはやはり脂の乗った肉?...和田…
  • 6
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 7
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
  • 8
    「男性ホルモンが高いと性欲が強い」説は誤り? 最新…
  • 9
    「どんなゲームよりも熾烈」...ロシアの火炎放射器「…
  • 10
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    2年半の捕虜生活を終えたウクライナ兵を待っていた、…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中