最新記事

中東

エジプトのサッカー場暴動は仕組まれたのか

各地で抗議デモを巻き起こす引き金となった北部ポートサイドの暴動は、軍部が企てたとの見方もあるが

2012年2月6日(月)17時48分
エリン・カニングハム

怒りの連鎖 首都カイロをはじめ、エジプト各地で軍政批判のデモが拡大(カイロ、2月2日) Asmaa Waguih-Reuters

 サッカーの試合が終わった直後だった。ピッチに暴徒化したサポーターがなだれ込み、相手チームの観客にナイフで切りつけ、客席から競技場のコンクリートめがけて投げ落とす----。

 そんな悪夢のような光景が現実となったのは先週半ば、場所はエジプト北部ポートサイドのスタジアム。サポーター同士の乱闘が暴動に発展し、少なくとも74人が死亡。スポーツ絡みの事件としてはエジプト史上最悪の事態に発展した。

 その後、暴動は各地に飛び火し、デモ隊と警官隊の衝突が拡大。エジプト保健省によれば、首都カイロや北部の都市スエズでは約2500人が負傷、少なくとも12人が死亡したという。

警官は暴行を傍観するだけ

 スタジアムで暴動を引き起こした黒幕は、ムバラク政権崩壊後に全権を握り、暫定統治を続ける軍部だとみる向きも少なくない。エジプトでは1月にムバラク後初の国政選挙が行われ、新議会が誕生。政権が影響力を強めるなか、1月に一部解除したばかりの非常事態令を復活させることが狙いともみられている。「今回の一件は、初めから仕組まれていたんだと思う」とポートサイドの住人、ハテム・オマールは語る。

 ポートサイドの試合で対戦したのは、地元チームのアルマスリと強豪アルアハリ。アルアハリのファンと言えば、「アラブの春」で大量の人員を組織し、民主化デモの中心的役割を果たしたことで知られる。

 そんなアルアハリの選手やサポーターを、暴徒化したアルマスリ側のサポーターが襲撃。しかも、スタジアムに配備された警官たちは暴徒を止めようともせず、傍観するだけだったという。そんな様子がビデオ映像や目撃者証言で明らかになったことをきっかけに、各地にデモが拡大した。「アルアハリの一部のサポーターはスタジアムの出口へ走っていったが、鍵がかかっていて逆に逃げ場を失った」と、オマール言う。

権力を奪った国民への怒り

 仕組まれたかどうかは別にして、独裁体制が急に崩壊した後の「ひずみ」が原因の一つであるのは確かだろう。

 エジプト内務省は数十年にわたり、ムバラク前政権下で国民に対する拷問を行ってきた中心的組織だ。しかし今になっても、内務省を改革する動きは見えてこない。それどころか、警官は昨年の暴動で一般市民から暴行を受け、負けたことに怒りを募らせているという。「警官は誰もが、心の中で怒りをたぎらせている」と、人権派弁護士のアミール・サレムは言う。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英住宅価格、12月は前月比-0.2% 3月以来初の

ワールド

トランプ氏の習主席との対話巡る発言、中国は「非常に

ビジネス

中国の住宅差し押さえ、昨年増加 37万戸が競売対象

ビジネス

日本製鉄の訴訟提起、クレジットにはネガティブ=ムー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国の宇宙軍拡
特集:中国の宇宙軍拡
2025年1月14日号(1/ 7発売)

軍事・民間で宇宙覇権を狙う習近平政権。その静かな第一歩が南米チリから始まった

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流行の懸念
  • 2
    「日本製鉄のUSスチール買収は脱炭素に逆行」買収阻止を喜ぶ環境専門家たちの声
  • 3
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──ゼレンスキー
  • 4
    空腹も運転免許も恋愛も別々...結合双生児の姉妹が公…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 7
    ウクライナ水上ドローンが「史上初」の攻撃成功...海…
  • 8
    ウクライナの「禁じ手」の行方は?
  • 9
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 10
    プーチンの後退は欧州の勝利にあらず
  • 1
    真の敵は中国──帝政ロシアの過ちに学ばない愚かさ
  • 2
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流行の懸念
  • 3
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に突き落とした「超危険生物」との大接近にネット震撼
  • 4
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 5
    早稲田の卒業生はなぜ母校が「難関校」になることを…
  • 6
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 7
    青学大・原監督と予選落ち大学の選手たちが見せた奇跡…
  • 8
    「これが育児のリアル」疲労困憊の新米ママが見せた…
  • 9
    「日本製鉄のUSスチール買収は脱炭素に逆行」買収阻…
  • 10
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中