映画『人生の特等席』は、クリント・イーストウッドと米共和党との深いつながりを思い出させる。もちろん、製作サイドは政治とは何の関係もないが、イーストウッドがメジャーリーグの老スカウトを演じたこの映画は、昔かたぎなアメリカへの愛そのもの。リベラルなハリウッド映画に不満を持つ保守層のために作られたような作品だ。
イーストウッドはチャック・ノリスやジョン・ボイトと並び、保守層に好かれる数少ない俳優の1人。だからこそ大統領選でも、8月末の共和党大会での演説という大役を任されたのだろう。彼のファン層が集まる場所は、映画のPRにも最高だった。
有名人やブランドの認知度、好感度を「Qスコア」と呼ばれる数値で割り出すマーケティング会社、Qスコアズ・カンパニーのヘンリー・シェーファー上級副社長に言わせると、イーストウッドは「不滅のスター」。3月の調査では、アメリカ人の82%が彼を知っていると答えた。Qスコアは50と判定され、トム・ハンクスやデンゼル・ワシントンと並ぶトップクラスだった(セレブの平均スコアは17)。
さらに50歳以上を対象にした調査では認知度は96%、Qスコアは57を記録。「晩年になって好感度が急上昇した」と、ボックスオフィス・ドットコムのフィル・コントリーノは言う。「今のイーストウッドはアメリカの顔だ」
近年は『スペース・カウボーイ』『ミリオンダラー・ベイビー』『グラン・トリノ』とヒットを連発。今回の『人生の特等席』は、実に19年ぶりとなる「監督を務めない主演作品」だ(監督は長年の製作パートナー、ロバート・ロレンツ)。だからこそ、イーストウッドらしい保守色が際立っている。
毒舌と銃が保守派に人気
ガス(イーストウッド)はアトランタ・ブレーブスのスカウト。コンピューターを毛嫌いし携帯も持たない彼の姿は、シルバー世代の共感を呼ぶ。しかも、不器用ながらも家族思いの男だ。その証拠に、視力の衰えたガスを案じる娘のミッキー(エイミー・アダムス)は、弁護士のキャリアをなげうってまで父の最後のスカウトの旅に付き添う。
イーストウッドが演じるのは、共和党大会で演説したときと基本的に同じ、辛口だが率直でユーモラスなキャラクターだ。彼が共和党支持者に人気な理由を尋ねると、党の討論戦略担当ブレット・オドネルはこう答えた。「共和党保守派は銃の所有権を重視している。イーストウッドが演じる男はデカい銃を振り回し、思ったことをずばずば言う。負け犬でも最後は必ず勝つことができる。こうした西部劇的なタフガイに、保守層は強く引かれるんだ」
共和党の選挙参謀アリス・スチュワートは、イーストウッドの演説後の大喝采が忘れられないと言う。「批判を恐れずミット・ロムニーを堂々と支持する姿は痛快だった」と振り返る。
実際には演説は賛否両論だったが、イーストウッドは批判を楽々とかわした。映画のPR活動では保守派を喜ばせつつ、民主党支持者も味方に付けた。大統領候補顔負けの綱渡りだ。
同性婚をしたコメディアン、エレン・デジェネレスのトーク番組に出演した際は、小さな政府と同性婚を支持すると語り、共和党大会についても快活に話した。「面白い反応だった」と、イーストウッドは言った。「民主党員は私がボケ始めたんじゃないかと疑い、共和党員はボケたと確信した」
気の利いたひとことも忘れない。「両党とも選挙にカネを使い過ぎだ。酔いどれ船乗りじゃあるまいし......おっと、海軍を侮辱するつもりはないがね」
[2012年11月28日号掲載]