最新記事

日本経済

アベノミクスという金融ミステリー

成長率でG7のトップに躍り出た日本だが、金融緩和でも一向に物価が上がらないのはなぜ?

2013年5月28日(火)15時05分
マシュー・イグレシアス(スレート誌経済・ビジネス担当)

家計消費も上向き始めたが、デフレは相変わらず Toru Hanai-Reuters

 世界中の日本経済ウオッチャーは先週、奇妙なニュースに遭遇した。日本の1〜3月期の実質GDP成長率が前期比で年率換算3.5%に達したというのだ。3.5%といえばG7(先進7カ国)中でトップだろう。

 日本は少子高齢化と生産年齢人口の減少で潜在成長率も下がっているというのが世界の認識だけに、これは快挙だ。日本の安倍晋三首相とアベノミクスの勝利と言えそうだ。

 その一方で、国内で生産されたすべての財・サービスを対象とした物価指数であるGDPデフレーターは前期のマイナス0.2%からマイナス0.5%に下落した。

 インフレ率の低下を伴った実質GDPの急成長とくれば、よほど効果的な構造改革が行われて生産性が向上したに違いない、と思うだろう。だが実際には安倍は景気刺激を優先し、大胆な改革にはまだ手を付けていない。

 またアベノミクスの最初の目的はデフレからの脱却なので、物価が下がり続けているのでは効果を挙げているとは言い難い。

 ミステリーはそれだけではない。成長の中身を見ると、伸び率が一番大きいのが輸出(前期比の年率換算16.1%)で、次が住宅(7.9%)、その次が家計消費(3.7%)。だが企業の設備投資は依然弱い(マイナス2.6%)。とても民間の投資を活性化させるような政策の結果とは思えない。むしろ、いかにも「異次元の量的金融緩和」がもたらしそうな円安効果であり資産効果だ。

成功すれば革命的だが

 それでも全体としては、やはり勝利といえるのだろう。結局のところ、その目的は実質経済成長率を引き上げることであって、インフレを起こすことではない。成長に成功したのなら、政策も成功しているはずだ。

 ただ、話がうま過ぎることには戸惑う。実際、過去6カ月間に日本から発信された朗報は、アベノミクスという実験的な政策とは何の関係もない巨大な偶然だった可能性もある。

 一方で、市場のインフレ期待を喚起する中央銀行の能力に懐疑的な人々が、量的緩和策のいかなる効果も頑として認めようとしないことにも驚かされる。もし日本銀行がお金を印刷して好きなだけ資産を買いあさってもインフレが起こらないのなら、それは悲観の種ではなく金融財政政策の革命だ。

 日本政府はもう消費税を上げる心配など要らない。大々的な金融緩和をしてもインフレが起きないのなら、どんどんお金を刷って財政赤字の穴埋めをすればいい。それどころか大減税を行って、実体経済のテコ入れもできる。今の日本のように物価が上がらないのであれば、やらない理由はない。

 私は心底、それが本当ならいいと思っている。日本の経済政策をめぐる議論はリフレ派と財政再建派に二極化していた。増税しなくても日銀が財政赤字を埋めることができるなら、これほど簡単なことはない。

© 2013, Slate

[2013年5月28日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

少数の富裕層に「危険なほど権力集中」、バイデン氏が

ワールド

イエレン氏、米コロナ対策「数百万人の失業防いだ」 

ワールド

豪就業者数、12月は予想以上に増加 市場の利下げ観

ビジネス

展望リポートもとに来週利上げ議論、米新政権など重要
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    韓国の与党も野党も「法の支配」と民主主義を軽視している
  • 4
    ド派手な激突シーンが話題に...ロシアの偵察ドローン…
  • 5
    中国自動車、ガソリン車は大幅減なのにEV販売は4割増…
  • 6
    ロス山火事で崩壊の危機、どうなるアメリカの火災保険
  • 7
    【随時更新】韓国ユン大統領を拘束 高位公職者犯罪…
  • 8
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 9
    カリフォルニアの山火事が生んだ火災積雲を激写──NASA
  • 10
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」
  • 4
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 5
    ロシア兵を「射殺」...相次ぐ北朝鮮兵の誤射 退却も…
  • 6
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「…
  • 7
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 8
    トランプさん、グリーンランドは地図ほど大きくない…
  • 9
    装甲車がロシア兵を轢く決定的瞬間...戦場での衝撃映…
  • 10
    古代エジプト人の愛した「媚薬」の正体
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中