コラム

鴻海精密によるシャープ買収をどう考えるのか?

2012年04月11日(水)10時06分

 それにしても、このニュースの伝わり方がそもそも気に入りません。まず、資本提携だとか苦渋の選択だという見出しで「ボカして」いますが、実質的には台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業グループによるシャープの買収であり、日本の大規模なエレクトロニクスメーカーの一角が、外資の軍門に降ることを意味します。

 鴻海は、まずシャープ本体の筆頭株主になる(報道によれば比率約10%)ことに加えて、主力の液晶事業の中でも重要なカラーフィルター技術を保有した堺工場は、子会社のSDPに移管した上で鴻海のオーナーや関連会社が46.5%を支配するというのです。SDPに関しては、シャープ本体が46・5%、鴻海側が46・5%という報道資料もありますが、シャープ本体については10%弱を鴻海が持つのですから、実質はSDPの51・2%は鴻海のものになります。

 こうした買収劇を「資本提携」とか「共存共栄策」などという曖昧な言い方で報道するというのは、まるで「敗戦」を「終戦」と言い換え、「占領軍」を「駐留軍」と言い換えてささやかなプライドを満足させた1945年の「敗戦」とソックリです。この点からしても、今回の事態は「第2の敗戦」と言って構わないでしょう。

 もう1つ気に入らないのは、報道で「鴻海」という名前ばかり出る一方で、アップル社の完成品組立外注先の「FOXCONN」が、この「鴻海」のグループだということが、ハッキリ説明されていないということです。具体的には、シャープはこれでアップルの孫請けになるわけです。

 報道に関する違和感については以上として、以下に箇条書きで雑感を記します。

(1)原因の1つは、日本のエレクトロニクス産業が、世界市場における最終消費者とのコミュニケーションができないばかりか、完成品メーカーとの条件交渉とか仕様決定などの複雑でスピーディなコミュニケーションもできなかったということだと思います。そうだとすれば、要するに非常にカチッとした仕様と、数量、条件だけのコミュニケーションで済む孫請けになるというのは宿命だったということになります。

(2)日本の同業他社との合併という選択もあったはずですが、対等でない合併で「日本語を話す同類」の支配を受ける屈辱、複雑な人事制度を合わせる手間などを考えると、外資しか選択がなかったのでしょう。もっとも、リスクを取ってスピーディに決定ができない同業他社には、買収話の競争に参加することもできなかったのかもしれません。そうだとしたら、これも暗澹たる思いがします。

(3)日本の金融機関の支援が得られなかったのでしょう。今回の鴻海グループの出資は、第三者割当と言って、新たにシャープが株を発行して鴻海が買うわけです。報道によれば669億円が入るのだそうですが、要はそのカネを他から調達できなかったのだと思います。日本にカネがないという理由は単純です。郵貯や銀行にリスクを好まないマネーばかりが集まり、それが国債でグルグル回ることの弊害、根底にあるのはそういうことだと思います。

(4)円高の中でもこうしたことが起きるのですから、これが20%、30%円安が進行した後なら、もっともっと「アッと驚く」ような外資による買収が増えるでしょう。

(5)そもそも「ガラパゴス」などという自嘲的なネーミングで、未成熟な日本国内のタブレット市場に「ハード」で参入したあたりで、株主も社会も「タオルを投げる」べきでした。あれは、要するに「国際的な市場は分かりません」という宣言だったからです。

(6)部品メーカーの、しかも最終販売会社からすれば孫請けになるとすれば、マージンは薄くなります。赤字は回避できるかもしれませんが、競争力維持のための研究開発は苦しくなるでしょう。その前に、将来的に本当に伸びそうな技術はどんどん鴻海本体に持っていかれるのではないかと思います。

(7)アメリカで近年再評価されている成瀬巳喜男監督に『女が階段を上る時』(1960年)という切れ味の良い作品があります。その中で、小沢栄太郎演ずる怪しい経営コンサルタントが銀座の高級クラブで「アイツは今花形の軽電機の社長なんだ。俺が戦争中に通信機をやるように指導したんだ」などと自慢をするシーンが出てきます。軽電機というのは要するにエレクトロニクスであり、重電の反対語なわけですが、日本経済におけるその「軽電機の時代」というのが50年を経て終焉を迎えているのだと思うと特別な感慨があります。ちなみにシャープは創業100周年だそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、ガザの人道状況を憂慮 ハマス排除改めて強調=国

ワールド

メキシコ中銀、3会合連続で0.5%利下げ 米との貿

ワールド

トランプ氏、米管理下でガザ「自由地帯」に 独自構想

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、軟調な経済指標受け
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新研究が示す運動との相乗効果
  • 2
    宇宙から「潮の香り」がしていた...「奇妙な惑星」に生物がいる可能性【最新研究】
  • 3
    ヤクザ専門ライターが50代でピアノを始めた結果...習い事、遅かった「からこそ」の優位とは?
  • 4
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食…
  • 5
    戦車「爆破」の瞬間も...ロシア軍格納庫を襲うドロー…
  • 6
    宇宙の「禁断領域」で奇跡的に生き残った「極寒惑星…
  • 7
    対中関税引き下げに騙されるな...能無しトランプの場…
  • 8
    トランプに投票したことを後悔する有権者が約半数、…
  • 9
    サメによる「攻撃」増加の原因は「インフルエンサー…
  • 10
    「2025年7月5日天体衝突説」拡散で意識に変化? JAX…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新研究が示す運動との相乗効果
  • 3
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因は農薬と地下水か?【最新研究】
  • 4
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 5
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 6
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 7
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 8
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 9
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 10
    あなたの下駄箱にも? 「高額転売」されている「一見…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story