私たちは、本年4月に文部科学省より、女性教育及び男女共同参画の推進の観点から、国立女性教育会館(以下「ヌエック」と言う。)の在り方を検討するよう要請を受けた。
以来、約4か月間に計7回にわたって会合を開き、集中的に検討を重ねた結果、本検討会として、ヌエックの機能・在り方をゼロベースで見直し、教育・学習支援等を通じて男女共同参画の実現を図る「戦略的推進機関」を創設すべきであるとの結論に達したので、ここに報告する。
平成24年8月
国立女性教育会館の在り方に関する検討会
赤井 伸郎
浦野 光人
大日向 雅美
柿沼 トミ子
柏木 はるみ
堂本 暁子
坂東 眞理子
樋口 恵子
藤原 和博
山田 昌弘
ヌエックは、国連が「国際婦人年」と定めた昭和50年に着工、昭和52年に開設された。国立としては唯一の女性教育に関する社会教育施設であり、その創設は、「女性の地位向上」という当時の国連方針に呼応した日本政府のシンボリックな事業であった。国立だが、構想から開設地選定、設計、植林に至るまで、全国の女性団体等と連携して実現した。
当時は、「女性の地位向上」のために「女性が社会に参加する」ことが目標とされた時代であり、それには「女性の教育こそが重要」という認識であった。このため、ヌエックには、女性教育の振興を目的に、全国の女性リーダーを対象とする研修・交流を始め、調査研究や資料・情報の収集提供等の業務を一体的に行うことにより、女性の自発的な学習を促進する役割が期待された。
特に研修・交流機能を重視し、全国の女性リーダーが都会の喧騒から離れて落ちついて学習し、交流できる環境として、現在地が開設場所として選ばれた。
創設から今日に至るまで、ヌエックは、研修・交流・調査研究・情報の各機能を一体的に発揮することにより、次のような成果を上げてきた。
ア)宿泊機能を備えた施設で寝食を共にしながら学習・交流することにより、全国の女性リーダーが育成され、人的ネットワークが形成された。
イ)地域の男女共同参画センターに対する指導的役割を果たすことにより、各センターの機能を充実させ、もって地域の女性の地位向上に貢献した。
ウ)女性教育に関する資料・情報を専門的に収集し、WEB上や貸出し等を通じて提供することにより、関係者の研究・教育・広報活動等を支援した。
エ)日本を代表する女性教育機関として、アジア・太平洋地域の女性リーダーの養成への協力など、女性教育の分野における国際協力に寄与した。
オ)女性学・ジェンダー論など研究者による最新の研究成果を、講座等を通じて現場の社会教育活動や実践活動に橋渡しすることにより、その普及に貢献した。
また、各事業の実施に当たり、全国の女性リーダーが主体的に事業に参画することを重視することにより「自発的な学習による人材育成」で大きな効果を上げるなど、ヌエックは日本の女性教育の振興に大きく貢献してきた。
一方、国は、平成11年の男女共同参画社会基本法の制定等を通じ、男女共同参画社会の実現を21世紀の日本社会を決定する最重要課題と位置付け、それまでの「女性の地位向上、社会参加」から「男女共同参画」へと方針をシフトさせた。また、これを受けて、男女共同参画会議の設置、男女共同参画基本計画の策定、地域の男女共同参画センターの増設など、男女共同参画社会実現のための推進体制が整い、関係施策が展開されてきた。
しかし、こうした国等の取り組みにもかかわらず、国民の間の固定的性別役割分担意識はいまだに根強く、進学率の男女格差も残り、結婚・出産・子育て期に就業を中断する女性が多いなど、女性の就業・教育を巡る多くの課題が未解決のままである。
また、政策・意思決定過程への女性参画も、政府目標(2020年に30%)に比べ、低い水準(国会議員11.3%、企業の課長7.0%)にとどまっており、国際比較でも極めて低い順位にある(男女差の国際指標(GGI)は135カ国中98位)。
さらに、育児期の男性の育児休業取得率が低く(1.72%)、家事・育児に費やす時間は世界的に最低の水準にある。退職後の高齢者男性の地域社会への参加・参画が難しく、特に単身男性の地域からの孤立の問題が指摘されている。
このような現状を見る限り、今日に至るまで、日本の男女共同参画が十分に進んでいるとは言い難い。
そもそも「男女共同参画」とは、男女を問わず一人一人の構成員が能力・個性を十分に発揮できる社会を目指す理念であるが、他面において、暮らしや社会を見つめる「目」を多様化することで、暮らしや社会の新たな課題を見つけ、その解決に導こうとする営みでもあり、人々の幸福と福祉を実現させるとともに、経済社会の構造を転換させ、真に豊かな社会を実現するための手段として、重要な意義を持つ。
特に、グローバル化や少子高齢化が急速に進む時代にあって、地域のコミュニティの再構築や経済・社会のサステナビリティ(持続可能性)が問われ、また、経済社会の活性化の観点からダイバーシティ(多様性)の必要性が指摘される中、こうした男女共同参画の意義を正しく理解し、その実現を目指すことの重要性・必要性は、ますます高まっている。
国は、男女共同参画の意義・重要性を踏まえ、また、正確かつ厳しい現状認識に立ち、その推進体制や関係施策の在り方を不断に見直す必要がある。
男女共同参画を巡る厳しい現状を打開するためには、現行の第3次男女共同参画基本計画が指摘するように、積極的改善措置(ポジティブ・アクション)の導入、関係する制度・慣行の見直し、セーフティネットの再構築など様々な面での改革が必要であり、国の責任において、民間等と連携しつつ、改革を断行すべきである。
一方、同計画を答申した男女共同参画会議は、男女共同参画が進まない主な理由として、1.固定的性別役割分担意識が根強い、2.男女共同参画が働く女性の問題と認識され、男性を含む多くの国民の共通認識となっていない、3.社会の各主体のリーダーの認識が不足している、などを挙げ、「意識の変革」が制度等の改革と並ぶ重要な課題であることを示唆している。
しかし、「意識の変革」への対策は、国民自身の主体的な「学び」や「気づき」を十分尊重する必要がある上に、対象者の違い(男性・女性、一般従業員・管理職、若年層・高齢者など)に応じてきめ細かな対応を要するものであり、その意味では、一般的な広報・啓発にとどまらず、より踏み込んだ効果的な教育・学習支援と、その基盤としての実証的な調査・研究等が不可欠だが、国として、そのための有効な政策ツールを持ち合わせていないのが現状である。
国は、このような「意識の変革」を巡る現状と課題を正確に認識し、「意識の変革」への対策を改めて施策の中心に据えるとともに、そのための政策ツールとして、「意識の変革」のための教育・学習支援等を通じて男女共同参画を推進する「戦略的推進機関」を確立する方向で、関係施策と推進体制を見直すべきである。
上記のような「戦略的推進機関」の確立が求められる中、現行のヌエックが、その「戦略的推進機関」たり得るかどうかを検証する必要があり、そのような視点で見たヌエックの課題と強みは、次のように整理することができる。
(課題)
▲目的が法律上「女性教育」に限定されているため、男女共同参画実現に必要な業務、特に男性に対する働きかけを本格的に実施することが困難である。
▲所有施設での研修中心の運営のため、男女共同参画を図る上で働きかけ・協働が必要な関係者へのアプローチが消極的になりがちである。
▲対象に応じた効果的な教育・学習支援を行う上で不可欠な調査・研究・プログラム開発のための機能・体制がきわめて脆弱であり、能力が不十分である。
▲利用者は、男性38%、50歳以上約半数、3回以上の利用者9割、関東地域9割と、著しい偏りがあり、国民の幅広い層への対応ができていない。
▲宿泊施設等の維持管理に固定的コストを要する一方、国からの交付金が削減され、自己収入拡大も限界で、結果的に「ハード」が「ソフト」を圧迫している。
(強み)
○男女共同参画を進める上でも引き続き不可欠な「女性教育」の分野では、日本で最も豊富なノウハウを蓄積している。
○地域の男女共同参画センターや民間団体とのネットワークを構築しており、男女共同参画の全国展開を図る上での基盤がある。
○大学の教育研究への支援や客員研究員制度など、調査・研究・プログラム開発機能の強化を図る上で有効な大学等との連携の実績がある。
○日本における女性教育の中核的機関として、国際的なネットワークを有し、国際的に相当程度の知名度・信用力を獲得している。
○宿泊施設を始め会議場、研修室、スポーツ・文化施設など、運営方法の見直しや活用次第で収入を増加できる手段を現に保有している。
以上のように、男女共同参画に関する教育・学習支援等のための「戦略的推進機関」として、ヌエックは、改革を要する課題も少なくないが、培った実績に基づく強みもある。他方、「戦略的推進機関」を一から創設すると、ヌエックが培った貴重なネットワークや蓄積されたノウハウ・情報等を喪失することにもなりかねず、効率的・効果的とは言い難い。
この際、ヌエックが、そのネットワーク等を活かしつつ、来るべき日本社会に求められる男女共同参画推進に基幹的役割を果たせるよう、ゼロベースで機能・あり方を見直すこととし、これにより、文部科学省を始め関係府省と連携しつつ、教育・学習支援等を通じて男女共同参画を推進する「戦略的推進機関」を創設する方向で検討することが適当である。
「戦略的推進機関」が、男女共同参画に関する「意識の変革」を戦略的に促進していくためには、1.対象者に応じた効果的な教育・学習支援の展開、2.効果的な教育・学習支援を支える調査・研究・プログラム開発、3.調査・研究・プログラム開発のための情報・資料の収集とその活用、といった機能が特に重要となる。
1. 対象者に応じた効果的な教育・学習支援
男女共同参画会議が指摘するように、「意識の変革」のためには、特に、男性に対する働きかけ、社会の各主体のリーダーへの働きかけ、若年層からの理解の促進、地域社会の新たな担い手としての高齢者対策等が重要であり、経済社会のニーズを踏まえつつ、以下のように、各対象に応じた効果的な取り組みが求められる。
○ 男性を含む一般社会人を対象に、大学・学校・企業・官公庁等の各機関が実施する職員研修や各種研修機関等に協力して、女性登用の意義・成功事例やワーク・ライフ・バランスの重要性等を学習したり、女性のマネジメント能力の育成を図る実践的な研修プログラムを提供するとともに、研修に関する助言や講師の紹介・派遣等を行う。
○ 大学・学校・企業・官公庁等の管理職や人事担当者等を対象に、各機関の統括団体や各種研修機関等と協力して、男女共同参画の意義・メリット等を国内外の具体的な成功事例を含めて学習できる研修機会を提供する。
○ 児童・生徒・学生を対象に、各学校・大学や統括団体等と協力して、教育活動の一環として、女性の多様なキャリア形成の可能性やリーダーシップ・マネジメント能力、さらに雇用・社会保障等の社会の仕組み等を学習する発達段階別の教育プログラムを提供するとともに、研修に関する助言や講師の紹介・派遣等を行う。
○ 地域の男女共同参画センターの職員等を対象に、地域社会における身近な男女共同参画の取り組みや高齢者への働きかけを進めるための関係施策や学習プログラム開発等に関する研修機会を提供する。その際、例えばブロック単位で男女共同センター等と共同開催するなど、より効果的な研修機会の提供方法を工夫する。
○ 国際機関や大学等と連携・協力して、アジア・太平洋地域諸国や開発途上国等からの要請に応じ、当該国の関係行政官や研究者・学生等に対する研修機会の提供や研究協力等を行う。
2. 調査・研究・学習プログラム開発
対象に応じた効果的な教育・学習支援を支える基盤として、国内外の様々な分野における男女共同参画の具体的な先進事例・成功事例等の調査・分析、女性のライフ・ステージに応じたマネジメント能力の開発や多様なキャリア形成のための教育・学習支援プログラムの開発など、実証的・政策的な調査・研究・学習プログラム開発に重点的に取り組む。
3. 情報・資料の収集・活用
調査・研究・プログラム開発に必要となる各種情報・資料を重点的に収集するとともに、収集した情報・資料や調査・研究等で得られた知見を活用して、国や地方自治体等に対して政策立案に必要な情報・資料の提供を行い、さらに必要に応じ、政策提言等を行う。
(1)に掲げた機能を担う「戦略的推進機関」を創設するためには、ヌエックの機能・あり方を、以下の方針に基づき抜本的に見直し、所要の法改正を行うのが適当である。
1. 「女性教育から、男女共同参画の教育・学習支援へ」
女性の地位向上のため「女性教育の振興」を目指す機関から、「男女共同参画社会の実現」を目指して教育・学習支援を担う機関に発展させる。
2. 「もっぱら女性から、男性もターゲットに」
教育・学習支援の対象者を、女性だけから男性にも拡大するとともに、男性の中でも管理職等を重点対象とするなど、戦略的にターゲットを絞り込む。
3. 「自前の研修から、研修プログラムの提供へ」
所有施設での自前の研修中心の機関から、開発した研修プログラム等を各機関に提供し、自主的な教育・研修活動を支援とする機関に転換する。
4. 「“唯一のNational Center”の視点に、“Center of Centers”の視点を加えて」
“唯一のNational Center”の視点に加え、“Center of Centers”の視点から、多様な機関とのネットワークを活用し、「ハブ機能」を重視する。
5. 「ハード(ハコ)を分離し、ソフト(機能)中心の機関へ」
宿泊施設等の「ハード」の管理運営を全面的に民間に分離・委託し、効率的運営とサービス向上を図りつつ、資源を「ソフト」に集中できる構造に転換する。
(2)の見直しの方針を踏まえ、具体的な業務・組織・運営については、以下の方向で見直すのが適当である。
○ 主催研修は、地方自治体・男女共同参画センターの職員、各機関の管理職等を対象とするものや先導的・モデル的なもの等の中から精選する。
○ 交流事業は、ヌエック主導による運営から、施設等を活用しつつ、女性リーダーのグループや適切な民間団体等の主導による運営の方式に移行させる。
○ 従来の男女共同参画センターや女性団体等に加え、関係府省、経済団体、学校団体、NPO等との新たなネットワークを構築する。
○ 地域における男女共同参画に関する共同研究その他の共同事業の実施など、地域の男女共同参画センターとの連携・支援を一層強化する。
○ 女性教育にとどまらず男女共同参画推進の観点から、諸外国の関係機関等との国際的なネットワークを構築し、「ハブ機能」を発揮する。
○ 共同研究の実施、学生指導への協力など、大学等との間に有機的な連携を強化する。
○ 外部の研究協力者(非常勤)等の積極的な参画を得て、戦略的な調査・研究・学習プログラム開発を担うとともに、必要に応じ各機関・団体における個別の研修へのサポートを行う体制・組織を確立する。
○ 外部研究資金の活用を図るとともに、寄付金拡大や学習プログラムの提供等による自己収入確保の仕組み(支援法人の活用等を含む)を導入する。
○ 資産の有効活用とサービス向上のため、本来目的利用の利便性及び事業者の裁量に配慮しつつ、施設の管理運営を全面的に民間に分離・委託(コンセッション方式によるPFI等)する。
○ 所在地は、所蔵する膨大な資料の管理、各種施設を利用する際の利便性、移転費用の問題等を総合的に考慮し、当面、現在地にて引き続き運営する。
○ 名称は、「戦略的推進機関」の機能を踏まえ、通称等を広く国民から公募するなどにより、適切な名称となるよう検討する。
今後、本報告書を踏まえ、施設部分(ハード)の分離・委託方法の専門的な検討など移行準備のための検討を進めることとし、必要な法改正が行われ、移行準備が整い次第、新しい法人としての運営を開始する。
その上で、新法人としての中期目標期間終了後に、新法人としての業務の実績を検証・評価する中で、男女共同参画基本計画で設定された様々な成果目標(初等中等教育機関・民間企業・本省等の女性管理職比率、出産前後の女性の継続就業率、男性の育児・家事時間など)の進捗・達成状況を検証した上で、必要であれば、更なる抜本的な見直しを検討することが適当である。
男女共同参画を通じて新たな社会を創造するためには、国の責務はもとより重大だが、国民ひとりひとりが、男女共同参画こそが社会の発展と個人の幸福の実現の前提条件であることを明確に認識し、国民的課題として取り組むことが不可欠である。
国は、国民各層の理解と協力を得つつ、本報告書を踏まえ、男女共同参画社会の実現に向けて最大限の努力を払うよう、強く要望する。
-教育・学習支援を通じた男女共同参画のための「戦略的推進機関」の確立-
グローバル化や少子高齢化が急速に進み、地域コミュニティの再構築、経済・社会のサステナビリティ(持続可能性)、ダイバーシティ(多様性)が求められる中、男女共同参画社会の推進は、我が国にとって喫緊の課題である。
このため、ヌエックの機能・あり方をゼロベースで見直し、教育・学習支援等を通じて男女共同参画を推進する「戦略的推進機関」を創設する。
○ 社会人を対象に、大学・企業等に協力し、男性の意識変革のための学習や女性のマネジメント能力育成に関する実践的な研修プログラムを提供する。
○ 大学・企業・官庁等の管理職等を対象に、統括団体・研修機関等と協力して、男女共同参画のメリットや成功事例等を学習できる研修機会を提供する。
○ 学生や社会人等を対象に、大学等と協力して、女性の多様なキャリア形成やマネジメント能力、社会の諸制度等を学ぶ教育プログラムを提供する。
○ 地域の男女共同参画センターの職員等を対象に、地域における男女共同参画を進めるための関係施策や学習プログラム開発等の研修機会を提供する。
○ 効果的な教育・学習支援を支える基盤として、男女共同参画の具体的な先進事例・成功事例等の調査・分析などの調査・研究・学習プログラム開発を行う。
○ 各種情報・資料を収集するとともに、収集した情報・資料等を活用して、国や地方自治体等に対して情報提供、政策提言等を行う。
○ 女性の地位向上を目指す「女性教育」機関から、「男女共同参画社会の実現」を目指して教育・学習支援等を担う機関に発展させるため、法改正する。
○ 所有施設での自前の研修中心の機関から、開発した研修プログラム等を各機関に提供し、自主的な教育・研修活動を支援とする機関に転換する。
○ 従来の男女共同参画センターや女性団体等に加え、関係府省、経済団体、学校団体、NPO等との新たなネットワークを構築する。
○ 外部研究資金の活用を図るとともに、寄付金拡大や学習プログラムの提供等による自己収入確保の仕組み(支援法人の活用等を含む)を導入する。
○ 資産の有効活用とサービス向上のため、本来目的利用の利便性等に配慮しつつ、施設の管理運営を全面的に民間に分離・委託(PFI等)する。
生涯学習政策局男女共同参画学習課男女共同参画推進係