地方での日常生活に必要不可欠なマイカーが、もし利用できなくなったら...。

交通手段の選択肢が多い大都市に暮らしていると気づきませんが、地方の交通インフラはマイカー利用を前提に整備されていることが多いので、電車やバスの運行本数が少なく、マイカーなしでは生活必需品の購入や医療機関での受診に相当な時間とコストが必要になります。

そしていま、高齢化が進む地方の市町村では運転できないことから「自由に移動できない」高齢者が増加傾向にあり、全国的な社会問題となっています

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生活に大きな支障をきたす、高齢者の「移動できない」問題を解決する方法はないのか。

そこで今回は、その「移動できない」問題を解決する独自のビジネスモデルとして全国から関心を集める、リクルートホールディングスの新規事業開発機関であるメディアテクノロジーラボが開発した「あいあい自動車」に注目。

ビジネスを統括する金澤一行(かなざわ・かずゆき)さん、開発ディレクターの吉川聡史(よしかわ・さとし)さんに、サービスの仕組みや利用者の反応、今後の展開などについて聞いてみました。

地域の人たちで支え合う、経済負担の少ない移動支援サービス

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(左)吉川聡史さん、(右)金澤一行さん

── まず、「あいあい自動車」のサービス内容や仕組みを教えてください。

金澤:地域のコミュニティでクルマを共有して、運転できない高齢者の方々が買い物や通院などで外出したいときに、運転できる近所の方に目的地まで送迎していただく「経済的負担の少ないDoor to Door」の移動支援サービスです。

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お互いに支えあうとよいことがある仕組みで、いつまでも住み続けられる地域を作る

利用した高齢者の方には送迎してもらうたびに利用料を支払っていただき、それをシステムとクルマの維持費に充て、余ったお金は運転した方に謝礼として支払ったり貯めておいて地域の催事や公民館の修復に使ったりなど、地域のために皆さんで活用方法を考えてもらっています。

── 実際に運用しているのは、地域住民ということですか?

金澤:その通りです。私たちはタブレットを使って、地域の人たちの誰がどこへ行きたいのかを見えるようにして、送迎できる方とのマッチングを行うシステムを定額で提供しているだけです。実際の運用ルールを含めて、自治体に設置されている非営利団体等がまとめ役となり、住民の皆さんと一体になって運用していただいています。

160728recruit_aiai3.jpgタブレットから予約したい日にちや行きたい地域を選ぶと、対応できるドライバーとのマッチングが行われる。

8回目の挑戦でやっと実現。地域の課題を見える化することで、みんなが参加しやすい環境をつくりたい

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金澤さんの首のタオルには、「あいあい自動車」のロゴが。

── ライドシェアのビジネスモデルはいくつかありますが、地域住民が主体の仕組みにした理由は?

金澤:結果的には、リクルートホールディングスの新規事業立案制度「Recruit Ventures」に応募して、8回目の挑戦でなんとかサービス化させてもらうことになったわけですが、今回あらためて整理してみました。

まず1つ目は、前職のシンクタンクで社会保障政策に携わっていたときに感じた、結局最後は財源の話に行き着いてしまうことです。そこで、持続可能な社会保障の仕組みをつくるには、行政に依存するのではなく、ビジネスとして回る仕組みが必要だと考えるようになりました。

2つ目は子どもの頃の体験です。私は長野県の、何をするにも不便なエリアの出身で、毎週発売される漫画雑誌を買うためには移動にかなりの時間と体力が必要で、移動が不便だと生活も不便になることを感じました。そのことを思い出しながら、通院のためにタクシーを利用せざるを得ない地域がある現実を踏まえ、移動問題の解決が住み慣れた地域で暮らし続けるカギになると思いました。

3つ目は、今後、元気な高齢者が増加するなかで、地域は自立していかなくてはいけないと感じていることです。その意味で、「あいあい自動車」は移動支援ですが、住民主体の地域づくりを支援するプラットフォームになればという思いがあります。

自分たちの地域を良くしたいという思いがあっても、なにをどうしたらいいのかわからない方々が多くいます。そこで、「移動を含めて困っている人」や「地域の課題」を具体的に見えるようにして、きちんと動けるシステムを活用していただきたかったわけです。

なんとかしたいというエネルギーが、高齢者の在宅生活を変える

── 「あいあい自動車」のサービス導入にあたり地域の人々の反応はいかがでしたか?

金澤:色々な地域で導入の準備をしているのですが、地域の方の熱意をすごく感じております。ある自治体では、「運転ができない高齢者の方々に説明会を実施させていただきたい」と申し出ると丁重に断られ、「自治会の班長さんを60人集めるから、その人たちが近所の高齢者の方に説明してくるので、サービス内容や申込方法を教えてくれ」と言われたんです。つまり、自分たちの地域のことは自分たちに任せて欲しいというメッセージでした。

後日、その地域に暮らす運転できない高齢者の半数近くの申込書が集まりました。実は、こちらも新規事業で人手が限定的なこともあり、地域の人たちにサービス導入の段階から協働していただきたいということは当初から考えていました。はじめは苦労するかと思っていましたが、嬉しい誤算もあり、意外にもすんなり進められました。

── なにかノウハウみたいなものがあるんですか?

金澤:はい。ポイントだけお話しすると、大切なのは、地域を大事に思って、活動をしている団体の方々とつながり、私たちの取り組みの目的をきちんと理解してもらうことです。

どこの地域でも、高齢者問題を含めて自分たちの町を良くしたいというエネルギーは存在しています。クルマの燃費と同じで、そうしたエネルギーをロスしないように効率の良く活動できる駆動系のシステムを整え、提供することが重要だと考えています。

「あいあい自動車」は待望されていたわけではありませんが、地域の皆さんが感じていた「地域の課題をどうにかしたい」「困っている人たちを助けたい」という危機感によって、私たちが想像していた以上に真剣に取り組んでいただけました。

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笑顔が素敵な吉川さんは、元漫画家という異色の経歴。

── 吉川さんは利用している方、送迎している方と直接お話する機会が多いそうですが、皆さんの感想はいかがですか?

吉川:利用者は70代が中心で運転する方は60代が多く、前期高齢者が後期高齢者を支えるスタイルで運用されています。当初は通院の利用が多く、なんとなく遠慮が感じられましたが、買い物に使ってもいいんだというような気づきが広がることで、利用頻度が増えているのが現状です。

活用事例としては、「娘が久しぶりに帰省するので、好物をつくって待っていたいと思いスーパーへ」「主人の命日に、宅配の花ではなく自分で選んで買いたいので外出して花屋へ」「数年ぶりの同窓会のために美容院へ」「近所の友だちと喫茶店へ」などがあります。

こうした当たり前のことが移動できないことで制約されていたわけですが、気軽に利用することで暮らしぶりを変えるきっかけになったことは、サービスを提供させていただいてよかったなと感じる瞬間です。

また、運転者の方々からは、「『ありがとう』という声を直接聞けるのがうれしい」「自分たちも10年後には運転してもらう側になるかもしれない。この地域に住み続けられるようにやっている」などといった声がありました。

運転をする方は定年を迎えた男性が多く、仕事を辞めても社会に貢献し続けたいという意識から、運転者会議を毎月自主的に開いて意見交換をするなど、積極的に参加していただいています。

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あいあい自動車を利用して、みんなで食事へ。

── 予約や確認などはタブレットを使うそうですが、操作が難しいなどの意見はありませんでしたか?

吉川半分ぐらいの人たちは「できない」と言いながらもすぐに使えるようになるんです。でも、3割ぐらいの人たちは、3回程度誰かと一緒に使って覚えていただく必要があるので、それについてはサポート体制を整えています。また、どうしても操作が難しいという場合は、電話対応のコールセンターや遠くに住む家族でも代理で予約できるウェブサイトなどで、気軽に利用できるようにしています。


高齢者が住み慣れた町で在宅生活するためには、病院や買い物へ行くための移動手段は欠かせません。また、「あいあい自動車」を利用する地域の皆さんのように、地域での支え合いがますます重要になってきます。

私たちもいずれは高齢者として生活をすることになります。「あいあい自動車」のプラットフォームがどのように地域に根ざし、進化を遂げていくのか、自分事として注目していきましょう。

あいあい自動車|リクルートホールディングス

(文/香川博人、写真/木原基行)

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