法務省の「在留外国人統計」(2015年6月)によると、日本には約65.6万人の中国人が在留しています。また、日本政府観光局の「国籍/月別 訪日外客数(2003年~2016年)」によると、中国人訪日観光客は年間約47.5万人。どちらも前年度から増加しており、ビジネス上でも中国人と接する機会は増えていくのではないかと思われます。

その一方で、日本人と中国人のコミュニケーションの違いについては、さまざまな研究が行われており、実際に中国人とのコミュニケーションは難しいと感じた経験がある人も多いのではないでしょうか?

そこで今回は、エッセイ漫画『中国嫁日記』の作者で、2015年12月に『今すぐ中国人と友達になり、恋人になり、中国で人生を変える本』(星海社)を刊行されている井上純一さんに「中国人と仲良くする方法」をうかがいました。

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井上純一(いのうえ・じゅんいち)

漫画家・TRPGデザイナー。玩具会社「銀十字社」代表取締役。現在は中国在住で、フィギュア販売活動を行う。20代中国嫁と40代オタ夫の日常を描いたエッセイ漫画『中国嫁日記』を自身のブログにて連載中。KADOKAWAより刊行された単行本はシリーズ累計80万部を超える。ほかの著書に、中国のフィギュア工場で働く琴音ちゃんの奮闘を描いた『中国工場の琴音ちゃん』(一迅社)、中国嫁・月さんが通う日本語学校を舞台にした『月とにほんご 中国嫁日本語学校日記』(KADOKAWA)がある。2015年12月に『今すぐ中国人と友達になり、恋人になり、中国で人生を変える本』(星海社)を刊行。

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1. 中国人の「友だち」には3ランクあることを知っておく

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── 以前、私の仕事の関係者に中国人がいたのですが、急な連絡をしてもつながらないことが多く、あとで聞いてみると中国の実家に帰っていたとか、友だちと旅行をしていた、なんて言われたりしました。ビジネスよりも自分のこと優先という感じで、価値観の違いを感じたのですが、彼らの中で仕事ってどういう扱いなんでしょうか?

井上:仕事は二の次ですね。仕事のために生きている人間もいますが、たいていは家族が一番大切です。仕事より身内です。

『今すぐ中国人と友達になり、恋人になり、中国で人生を変える本』(以下、同書)で、「幇(ホウ)」という中国人の身内観を紹介していますが、要するに「いつ友だちになったか」を基準にした優先順位があるんです。

1番が幼なじみの「友少(ユウショウ)」、2番目がクラスメートの「同学(ドウガク)」、3番目が大人になってからの友だちである「朋友(ホウユウ)」です。つまり、ビジネスでできた友人は、クラスメートには絶対にかないません。

2. 「こいつは使えないヤツだ」と思われないためにお付き合いをきちんとする

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井上さんは友だちの紹介で月さんと出会ったとのこと。中国ではビジネスだけでなく、恋人探しも「身内ネットワーク」を通して行われます(同書68ページ)。

── 井上さんは中国でフィギュアを作って販売されているんですよね。どんなプロセスがあるのでしょうか?

井上:版権を取って、人気のあるアニメやマンガのキャラクターを立体化して販売しています。まず、企画を立て、権利関係の処理がまとまったら「原型」と呼ばれる試作品を作って細部を調整します。フィギュアの造形が確定したら金型を作り、原料を流し込んで商品を作っていきます。原型は数十万〜数百万円ほどかかります。

※編集部注:フィギュア工場がどんなものかについては、井上さんのマンガ『中国工場の琴音ちゃん』(一迅社刊)に詳しく描かれています。

── 井上さんは中国人のビジネス相手とどんな風にお付き合いされているんですか?

井上フィギュア工場の人が先日来日したのですが、月(ユエさん、井上さんの"中国嫁")がつきっきりで通訳をしてくれて、免税店に連れて行って、値段交渉までやってくれました。

── 日本の「おもてなし」みたいですね。そうしないと相手からの評価に影響しますか?

井上:こいつは使えないヤツだということになります。ビジネスのお付き合いをきちんとやらないと、入金するタイミングに影響をおよぼします。たとえば、フィギュアの原型を作る前に原型料をくれと言われるんですが、普通日本では見積もりのあとに全額支払うものです。でも、「こいつは信用できる」となったら、「完成してからでいい」とか「前金は半額でいい」となり、もっと関係が良くなれば「フィギュアができあがったあとで払ってくれればいい」ということになります。そういうことなら、命を賭けてやるしかないでしょう(笑)。

── 昭和のビジネスみたいですね。まずは菓子折を持っていって仲良くなるところからといった感じなんでしょうか?

井上:僕はおもに中国でビジネスをしているので、日本の事情が逆にわかりません(笑)。

中国ならではなのかもしれませんが、中国でビジネスをするときは必ず取引先との食事会があります。

ただ、「なんでこの人いるんだ?」というような人まで来ます。たとえば、取引先の工場主の弟とか。それから、警官まで。

── フィギュア関係の食事会にどうして警官が来るんですか(笑)?

井上:警官と顔見知りになっているとメリットがあるんですよ。たとえば、製品のサンプルが税関で止められたときに、その警官が「その工場のヤツは大丈夫だよ」と言ってくれたりします。地元の有力者も来たりするので、友だちになっておくと、過積載のトラックが警察に目をつけられたときなどに助けてくれたりします。

日本の工場では発注した人と、「じゃあキャバクラ行きますか!」ということにはなりませんか?

── それはあるかもしれませんが、決まり事ではないと思いますよ(笑)。

井上:ネットで見つけた工場に仕事を発注することもあるんですが、大体ひどいことになります。まず、「そんな仕事はできない」と断られます。次に仕事がずさんなことがあります。何々ができると言ったのに、それができていないということが頻繁にあるんです。ネットで仕事を募集してるんですけどね(笑)。

名刺のように簡単なものなら大丈夫だと思いますが、グッズの製造など、複雑なことをやらせるとできません。きちんとやってもらうには人間関係を作るしかないんですよ。

逆に質問なんですが、「正月に取引先にお金をあげる」というのは日本ではやらないんですか?

── お年玉ではないですよね? まずしないと思います。

井上:中国ではこれも慣習になっています。工場の経営者に10万元(約170万円)くらい渡すんです。大きい会社の場合、100万元(約1700万円)くらいあげることがあります。

── 渡されたお金はどうなるんですか?

井上:工場のみんなで飲み食いして使います。それを新年会と称していて、大きな工場では芸能人を呼んだりしますよ。田舎のほうではまだそういう風習が残っていて、やらないと話になりません。

おそらく日本にいる中国人にもやると喜ばれると思います。さすがに「新年に君にお金を...」とはいかないでしょうけど(笑)。新年になにか贈り物をしてみるとか、中国に帰ると言っているときにお土産をあげると、「お、こいつはちがう」ということになると思います。

3. 中国人を相手にするときには「有能アピール」を

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月さんも最近できた友人の年収などを把握していたそう。

── 中国では年収についてよく尋ねられると聞いたことがありますが、答えたほうがいいんでしょうか?

井上:答えたほうがいいです。向こうでは年収と「自分は何ができるのか」で自分をアピールします。

日本人は「いやいや、全然儲かってなくて」とか「私の漫画は大したことなくて...」とか謙遜しますが、中国では逆に「私の漫画はすばらしいんです!」と言わなければいけません。僕も日本では「『中国嫁日記』なんて大したことない」と言っていますが、向こうだと「80万部超えてますが何か?」みたいに言います(笑)。

日本でそんな風に言っていると「なんだ、こいつ...」と思われることになりますが、中国人は「それはすばらしい!」と言ってくれるんですよ。日本に来ている人たちにも言ったほうがいいと思います。そうじゃないとナメられます。「この会社なんて小さな会社で」と言うと、「あ、そうなんだ」と文字通りに受け取ってしまいますよ。

── 日本人はそこまではっきり言うのは苦手かもしれませんね。

井上:中国でトークショーをするときには、いかに自分がすごいかを言わなきゃいけないので、懇意にしている有名作家のことを「俺の弟子だ!」なんて言ったりしています(笑)。部数などの数字も並べないといけません。トークショーでは最初に部数の話をするパートがあって、「この話を聞くとこういうメリットがあって、あなたも本が80万部売れる!」とまで言います。「ベストセラー作家になれるかもね」ではダメで、「なれる!」くらいは言わないといけません。

でも、やってよかったと思うこともあります。僕のことを何も知らなかった高校生が、最初ふんぞり返ってトークショーを聞いていたんですが、最後に「サインしてくれ、あなたはすばらしい人だ」って言ってきたことがありました。ここまでやって話が通じるようになるということなんです。だから人間関係では、まず「自分がいかに有能であるか」を言わないといけません。

4. 高いとわかるものをプレゼントするのが中国人には一番喜ばれる

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大人になってから中国人と仲良くなる(=朋友になる)には、独立した個人であり、相手にメリットを提供できることをきちんと伝える必要があります(同書17ページ)。また、中国人はお互いに貸し借りを繰り返す中で関係を深めていきます(同書31ページ)。プレゼントはそんな中国的コミュニケーションの出発点になるのでしょう。

── 贈り物をするといいとおっしゃっていましたが、どういう物が喜ばれるんでしょうか?

井上:食べ物、特に甘い物がいいですね。純粋に高いお菓子や果物がいいです。あまり味にはこだわらず、「この人がこれだけ高いものを私にくれたのだ」と感じられることが一番重要です。「これを贈るのは、あなたをすばらしいと思ってますよ」とわかるものがいいんです。ブランド物のチョコレートなんかはいいかもしれませんね。お酒も喜ばれますね。

中国ではデパートなどの「贈り物」コーナーに、無駄に高いタバコなんかが置いてあったりしますよ。日本で言うお歳暮を頻繁に行うほうがいいと考えられています。

── いわゆる「爆買い」の心理もこれと関係ありますか?

井上:書籍にも書いていますが、爆買いは身内向けに買うものですね。あれはたいてい贈る相手に何が欲しいか聞いてるんですよ。

日本の製品に関しては一種の信仰みたいなものがあって、「日本人は日本人に対してはいいものを売り、中国人に売ってるのは悪いものだ」と本気で思っています。日本製の化粧品なんて中国でも売っているのに「日本で買ってきてくれ」って言う。お目当ての製品は1つの工場で作っていて、全世界で同じ製品だよって言っても信用してくれません(笑)。


井上さんは『今すぐ中国人と友達になり、恋人になり、中国で人生を変える本』に次のように書いています。

日本であっても表に出さないだけで、「こいつは自分を楽しませてくれるから」とか「自分にとって利益があるから」という理由で友人付き合いをすることはよくある話ですし、それがよりストレートであると言えるでしょう。

お金を渡したり、贈り物をするのは具体的な形で「楽しませる」「利益を与える」ということを示す行為でもあるのでしょう。詳細は同書をご覧いただくとして、中国人は仲良くなると、貸しを返してくれるとも述べられています。一度「身内」になってしまえば、中国人は義理堅い人たちなのです。機会があればぜひ彼らの考え方に合わせたコミュニケーションを実践してみてください。今まで知らなかった中国人の素顔を垣間見ることができるかもしれませんよ。

(聞き手/神山拓生、撮影/金本太郎、(C)星海社)