つい先日、世間を騒がせたニュースとしてベーシック・インカムの話題がありました。北欧のフィンランドが国として初めてベーシック・インカム(最低限所得保障制度)の導入を検討していることがわかったのです。
こちらの記事でも少し触れましたが、近年になって注目が集まってきていた背景はあるものの、これまで単純に「アイデア」として語られていたベーシック・インカム制度が、国の福祉施策として真面目に検討されることになった、という点が重要なポイントです。
それでは、実際にフィンランド国内に住むフィンランド人の人たちは、このニュースをどう受け止めているのでしょうか? ライフハッカー編集部では、ヘルシンキ在住のフィンランド人のEmmi Laineさんに意見を求めました。
── フィンランドにおけるベーシックインカム導入についてどう考えていますか? あなたは賛成ですか、反対ですか?
Laineさん:私はフィンランド国民すべてに800ユーロ(約11万円)を支給するという、今回の制度改革案に賛成です。とはいえ、世界のメディアはこの改革案を単純かつ大げさにとらえ過ぎていると思います。ご存知かもしれませんが、フィンランドにはすでに手厚い社会保障制度が存在します。私は大学生のとき月に550ユーロの教育奨励金をもらっていました。この手当は、すべての学生がもらえて、返済する必要もありません。また、もし私が失業すれば、月に750ユーロが支給されます。ですので、今回の改革案は、こうした低所得者(学生、失業者、年金受給者)への補助金交付をより平等にするだけだとも言えます。ある意味、毎月支給される金額が統一されるというだけなのです。今回の新しい提案は、補助金申請に関わる公務員の数を減らし、個人のお金の使い方をより自由にします。特に学生には助かる制度です。現在のところ、学生は収入をかなり低く抑えておく必要があります。そうしないと、政府から補助金がもらえなくなるのです。多くの学生がそのジレンマに苦しんでいます。がんばってパートタイムで働いても、その分だけ補助金を減らされてしまえば意味がありません。その点、新しく提案されている制度は、パートタイムの賃金に関係なく補助金が支給される点で優れています。そのほうが安心感もあるし、働く意欲も高まります。
── 多くの人は、残りの人生ずっとお金がもらえるとわかれば、働くのをやめてしまうと思われます。あなたならどうしますか?
Laineさん:ベーシックインカムを導入すると、多くの人が働くのをやめてしまうかというと、そんなことはないと思います。今でも失業者は同じくらいの額を支給されています。それに、ほとんどの人は職業的に充実した人生を求めているのではないでしょうか。そして、なにより重要なのは、誰でも最低800ユーロの収入が確保できることです。私の姉はヘルシンキの中心地に小さなワンルームを借りていますが、家賃は700ユーロ近くもします。ヘルシンキではそれが普通の家賃です。── フィンランドで実際にベーシックインカムが導入されると思いますか?(2016年11月に試験導入の可否が決定されるそうですが...)
Laineさん:すでに引退している叔母とこの話題について話してみたのですが、彼女は、今回の提案は実施されないだろうと考えているそうです。昨今、政治が右傾化する動きが見られ、社会保障の削減や、健康保険制度の民営化といった、この提案とは逆の方向へ行きそうな雰囲気があります。そうなると、国民それぞれがもっと自立することが求められるでしょう。私の勘では、フィンランドにベーシックインカム的なものは導入されると思います。とはいえ、支給額は800ユーロよりは少なくなって、制度にタダ乗りする人が増えるというよりは、最も問題となるグループ(低収入の学生、失業者、働ける高齢者)に、より働く意欲を与えるものとなるでしょう。
日本のメディアでの騒がれ方とは対照的に、現地のフィンランド人はこのニュースを冷静に受け止めている点が印象的です。すでに手厚い社会保障のあるフィンランドにとって、ベーシック・インカムは「国の社会福祉を根本から変える大変化」というよりも、「複雑になった現行制度を簡略化・効率化する手段」という見方をするほうが適切なのかもしれませんね。
(文・構成/大嶋拓人、協力/Emmi Laine、両角達平)
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