今までに月面を歩いたことがある人は12人しかいません。そして、1972年を最後に、人類は月に行っていません。しかし、アメリカ航空宇宙局(NASA)の委託によって行われた最新の調査から、今では月に「恒久基地」を建設することは、予算的には十分に可能だとわかりました。コスト削減のカギは、月の資源の採掘と、民間企業とのパートナーシップです。
この調査によると、人類が再び月に行くのにかかる費用は、これまでの予想額の10%に引き下げられるかもしれないのだそうです。これまでの試算は1000億ドルでしたが、それが100億ドルになるのだとか。100億ドルであれば、NASAの現在の深宇宙有人宇宙飛行の予算内で捻出可能な額です。
「コストが10分の1に縮小されると、状況が一変します」と米国宇宙協会(NSS)執行委員長のMark Hopkins氏はプレスリリースの中で語っています。
2015年7月21日に公表された今回のレポートは、NSSと宇宙フロンティア財団(SFF)によって行われました。これら2つの非営利団体は、地球外に人類の移住地を建設することを推奨しています。レポートはさらに、NASAの元幹部や宇宙飛行士、宇宙政策の専門家からなる独立したチームの査読を受けています。
このレポートでは、劇的なコスト削減のために、NASAは民間企業や国際機関とのパートナーシップを活用すべきだとしています。おそらく、欧州宇宙機関(ESA)なども、連携先の候補として有力です。ESAでは先日就任したばかりの新事務局長が、月に町を建設したいと表明したばかりです。
また、この新しいレポートでは、NASAの「商業乗員輸送開発(CCDev)」のパートナーであるボーイング社とSpaceX社も、契約獲得に向けて競い合うことになるものとして書かれています。SpaceX社がロケット「ファルコン9」と宇宙船「ドラゴン」をわずか4億4300万ドルで開発してみせたのは有名な話ですが、もしNASAならば、同じことをするのに40億ドルは使っていたでしょう。ファルコン9は地球低軌道への打ち上げロケットでしたが、もっと遠くを目指す際にも、この89%もの「ディスカウント」が実現するよう、今回のレポートの執筆者たちは期待しています。
SpaceX社は、再使用可能なロケットの開発を目標に掲げてきましたが、今回の計画もこれと同じく、再使用可能な宇宙船と月着陸船の開発によって、コストを削減しようとしています。
さらには、月面で燃料を採掘するという方法も使って、人類の月面再到達を経済的に実行可能なものにしようとしています。無人探査機「エルクロス(LCROSS)」からのデータを見る限り、月には氷が豊富にある可能性があります(特に北極と南極のあたり)。これは重要です。なぜなら、水を分解すれば、ロケットの推進に必要な水素を取り出せるからです(好都合なことに、人間の呼吸に必要な酸素も取り出せます)。
今回のレポートでは、月面に工業基地を設置するとの構想が記されています。月の表土から採掘した水を処理して水素を取り出し、それを月周回軌道に打ち上げ、火星(あるいはほかの太陽系の惑星)に行く途中の宇宙船が立ち寄って燃料を補給できるようにする、というものです。この試みが実現すれば、火星に行くのにかかる費用は年間で100億ドル節減できるはずです。同レポートでは、この工業基地には4人の宇宙飛行士が滞在し、月面着陸の再開から12年以内に、総費用400億ドルで200メガトン(2億トン)の推進剤を提供できるようになるはずだと試算しています。
月に「鉱山の町」をつくる
それでは、今回のレポートに示された構想を、具体的に紹介していきましょう。
第1段階
- ロボットを使って、月の地殻のどこに、どれぐらいの量の水素があるのかを測定します。注:このステップは非常に重要です。もし水素が豊富ではなく、かつ地殻からの採掘が困難であれば、人類が再び月を目指すためのこのプランは実行不可能になってしまいます。このような作業を行うロボットを、NASAはすでに提案しています。「リソース・プロスペクター」ミッションといって、ローバー1台で水素を探し出し、近くにドリルで穴を開け、サンプルを加熱して分析できるようにするのです。もしこのミッションが資金を獲得すれば、地球外では初めての採掘調査が行われることになります。
- 月と地球を行き来するため、再使用可能な宇宙船を開発します。
- 月の赤道に人類を着陸させます。おそらくSpaceX社のロケット「ファルコンヘビー」を使用することになるでしょう。ファルコンヘビーはまだ開発段階ですが、ペイロード1kgあたりの価格は1700ドルと推定されます。
第2段階
- 月の氷を採掘するテクノロジーを開発します。
- 再使用可能な月着陸船を開発し、月面と月周回軌道との間で、機器などをやり取りできるようにします。
- 月の北極および南極にも人類を派遣します。
- 採掘を行う場所を選定します。
第3段階
- 月着陸船を使って、Bigelow Aerospace社の膨張式モジュールを月面に運び、人間が居住できるようにします。この居住用モジュールの設置場所は、放射線を防ぐため、溶岩洞の中などが想定されています。
- 4人の宇宙飛行士からなるクルーを輸送し、月面で生活させます。採掘機器はほぼ自動化されていますが、修理の際はこれらのクルーが補助します。
- 水素の採掘作業を開始します。
- 月着陸船を使って、年間200トンの推進剤を月周回軌道上の補給所に運びます。この補給所は、地球から見て月の裏側にあたるL2ラグランジュ点に設置しておけば、月と地球からの相対位置が不変になります。
この計画では、採掘と輸送に、現時点で未完成のテクノロジーを使用していますが、それらはすでに手の届く範囲にはきています。7月20日の記者会見で、航空宇宙産業向け投資銀行であるNear Earth LLC社のHoyt Davidson氏は、「スケジュールを狂わせるほどの問題はありません。まだまだ研究すべき課題や対処すべき問題があることも確かですが」と述べています。
火星へのハイウェイ、そしてその先へ
1962年のスピーチの中でケネディ大統領が「われわれは10年以内に月に到達することなどを選びました。それは簡単だからではありません。困難だからです」と言ったのは周知の通りです。
それ以来、アポロ計画、スカイラブ計画、国際宇宙ステーションなどの計画が続き、NASAはほかにもさまざまな挑戦を行っています。こうして道筋をつけられた今、もはやそれほどの困難はない、とアポロ計画と国際宇宙ステーションで主任エンジニアとプログラムマネージャーを務めたTom Moser氏は言います。「また月に行くことは簡単です。それだけの理由はあるし、予算的にも実現可能です。火星に通じる道になるかもしれません(中略)。ただ、それをやるという意志が必要なのです」。
全米アカデミーズがほとんど意味を持ちません。アポロ計画のあと、再び月を目指そうという声も何度か上がりましたが、これらの企画書には必要額として1000億~1兆ドルという数字が踊っていました。こうした事情を説明してくれたのは、宇宙探査の支持団体、Alliance for Space Developmentのリーダーで、今回の調査で主任調査官を務めたCharles Miller氏です。
今にいたるまで、人類が再び月に行くことについて、アメリカ国民からの広い支持は得られていません。その理由のひとつは、いつの時代も、この計画には莫大な費用がかかりそうに思われているからだ、とMiller氏は言います。「1000億ドルの費用がかかるにちがいないという思い込みは即刻なくすべきだ、と私たちは考えています」。
もし月面での水素の採掘が経済的に実行可能なら、ヘリウム3など、ほかの貴重な資源を活用する道も拓かれて、月旅行のコストも多少は下がるかもしれません。「今も、これから先も、宇宙で一番貴重な存在は人間なのです」とSFF理事のGary Oleson氏は言います。
今回のレポートに示された構想は、現時点ではアイデアの提案にすぎません。われわれの知る限り、NASAにはこれらの提案を実行に移す義務などありません。しかし、月資源の採掘というアイデアは確かに、宇宙旅行のありかたを変えてしまう可能性を秘めています。ロケットが地球からの打ち上げの時点で、長旅に備えて大量の燃料と水を積み込んでおく必要は、もはやなくなるでしょう。その代わり、月に立ち寄って、燃料タンクをいっぱいに満たすのです。月の軌道を離れるのは地球を離れるよりずっと簡単ですから、この月という「中継地点」には、宇宙飛行のコストを大幅に引き下げる可能性があります。火星へと、そしてその先まで続くハイウェイの開通につながるかもしれません。
「月への定住は、ほかの太陽系惑星での定住に向けて、欠かせない土台のひとつになってくれるはずです」とNear Earth LLC社のDavidson氏は語っています。
COLONIZING THE MOON MAY BE 90 PERCENT CHEAPER THAN WE THOUGHT|Popular Science
Sarah Fecht(訳:阪本博希/ガリレオ)
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