英語の関連書籍は数あれど、『君は英語でケンカができるか?~プロ経営者が教えるガッツとカタカナ英語の仕事術~』(平松庚三著、クロスメディア・パブリッシング)は、あまりないタイプだといえるでしょう。高度成長期後半にあたる1973年にソニーに入社し、13年間にわたって創業者の井深大、盛田昭夫両氏とともに世界中で働いた著者が、その体験をもとに綴ったユニークな内容です。

よく英語学習の目的として、上達すれば外国の友人ができる、と語る若者も多い。(中略)が、遊びの中でこそむしろ、互いの言い分がぶつかり合うもの。時には口ゲンカもするだろう。そこで何も主張できなければ、完全に見下されてしまう。(「はじめに」より)

「以心伝心」は単なる日本人の専売特許。むしろ国際社会で重要なのは、日常茶飯事であるケンカの収め方。だからこそ、「ケンカができるかどうか」が英語習得のバロメーターになるというわけです。Chapter 4「英語でビジネスをするということ」から、興味深いエピソードを引き出してみましょう。

英語を超える表現で、世界史に残るロングセラーに

ソニー創業者のひとりである盛田昭夫氏は、あのウォークマンの命名者。氏のゴリ押しがなければ、その名が世界に轟くことはなかったと著者はいいます。

そもそもウォークマンは英語として正しくなく、典型的な和製英語(正しくは"Walker"か"Walking man")。スタッフから「こんな妙な和製英語はとんでもない」と反対されるも、盛田氏は「使うのは若い人だ。若い人たちがそれでいいと言うのだからいいじゃないか」と押し切ったのだとか。

ところが海外で発売されると、ソニーアメリカでは"walk about"の造語"Sound about"、ソニーUKでは密航者を意味する"Stow away"の商品名で発売されることに。しかし来日ミュージシャンらによって日本のウォークマンが土産として持ち帰られ、その口コミが浸透し、世界中にWalkmanの名が根づいたのだそうです。

この一件に関して盛田氏が憤ったのは、「ソニーにとって最初のグローバル・プロダクトがウォークマン」だったから。それまで日本の電化製品は、国別の安全基準や電圧、周波数の違いなどの関係で、国内仕様・欧州仕様・米国仕様に分けて製造するのが普通。しかしAC電源がなく、世界共通規格の単3電池でのみ作動するウォークマンは、世界中どこでも使える。だから、世界中どこへ行ってもコカ・コーラがコカ・コーラであるように、名前を世界共通にする必要があったということです。(101ページより)

グローバルに考え、ローカルに行動せよ

"Think globally; Act locally."

(グローバルに考え、ローカルに行動せよ)

これは、盛田氏の当時の口癖。そして時おり、こうとも言い換えたのだとか。

"Market globally; Communicate locally."

(グローバルに売り出し、ローカルに関われ)

盛田氏は「グローバル・ローカライゼーション」を当時から提唱しており、その結晶がまさにウォークマンだったということ。グローバリゼーションが浸透したいまでは、この考え方が"glocalization"(グローカル化)という言葉に置き換えられたりもします。しかし、海外の担当者からネーミングにケチをつけられた当時の著者は、最初は現地の考えに同意していたといいます。

そして「いつも"Market globally; Communicate locally."とおっしゃって、マーケティングは現地に任せておられるじゃないですか。今回は現地の市場調査でも、ウォークマンという名前では売れないという結果が出ているんですよ」と盛田氏に食ってかかったところ、先に触れた「ウォークマンがソニー初のグローバル・プロダクト」という信念をまくしたてられることに。

とはいえソニーでは、市場調査を尊ぶ文化も構築されていたのだといいます。たとえば、グローバル企業になる以前、海外に小型トランジスタラジオを売り出すべく、アメリカやヨーロッパ市場に参入した際には、その商品がなんであるかを知らせる「市場教育」が必要だと盛田氏は考えていたそうです。ソニーにはトランジスタラジオやウォークマンに限らず画期的な商品が多かったため、結果的には顧客のニーズをつかむより追い越してしまっていた。そこで、市場調査を超えた「市場教育」が重要な意味を持ったということです。

だから盛田氏にカミナリを落とされたそのとき、著者は「ネーミングというのも市場教育なのだ」と悟ったのだといいます。

「ウォークマンは英語でも日本語でもない。ソニー語だ。いつかウォークマンがウェブスターに載る日がきっと来る」(107ページより)

これは、そのとき盛田氏が残した名言。ウェブスターはアメリカ最大の英語辞典ですが、事実ウォークマンは、1982年にフランスの『プチ・ラ・ルース』に掲載されたのを皮切りに、86年にはイギリスの『オックスフォード英語辞典』にまで載ることに。海外の権威ある辞書ですら、ウォークマンという和製英語を世界語として認めたということです。

"A king's word is worth more than another man's oath."

(王の一言は他の者の誓いに勝る)

(108ページより)

これは英語のことわざで、日本でいえば「雀の千声鶴の一声」に近い意味。この言葉どおり、経営トップは言葉を持たねばならない。そして、英語でケンカをして世界を変えた盛田氏の功績が、そのいい例だということです。(105ページより)

本書はよくあるハウツー本とはまったく成り立ちが違っています。実際の経験に基づいているからこそ、日本人の英語との向き合い方についての記述に強い説得力が備わっているということ。しかしその一方、ビジネスで役立つ英語のフレーズも数多く引用され、巻末には「言うべきことをきちんと伝える英語フレーズ集」も。つまり、とても実用的でもあるのです。

(印南敦史)