「知的好奇心をくすぐられる」という表現がありますが、それはまさにこの本のこと。そう感じさせてくれたのが、『京都大学人気講義 サイエンスの発想法──化学と生物学が融合すればアイデアがどんどん湧いてくる』(上杉志成著、祥伝社)。京都大学教授である著者による、生物学と化学を題材にした講義を抜粋した書籍です。

完全な文系であり、理系と聞くだけで恐怖感をおぼえる私にすら理解しやすい内容。そもそも、「化合物の研究は『メルモちゃんのキャンディー』を考えること」「タクシーに乗ってきた幽霊の真相」「私たちがエッチなのは遺伝子のせい」など、各項目のタイトルもユニークです。だから興味がわき、どんどん読み勧めてしまうというわけ。

一例として、第2講「サイエンス力をつけよう!」から、生物学や化学に無縁な人にも役立ちそうな箇所を引き出してみます。

成功のカギを握る2つのキーワード

この項で著者は、どのような商売をするにせよ、成功の鍵を握っているのは「ユニークさ(独自性)」と「サイエンス力」であると断定しています。まず「ユニークさ」とは、「他人にはない特徴を持つこと、他人にはできない解決法を提案できるということ」。その人の人生そのものであるため、著者も自分にしかできないこと、自分がやるべきことを常に意識してきたといいます。

ここで重要なのは、「個性」についての考え方。「研究は個性」だけれど、個性が強く独りよがりな人は「研究者」というより「オタク」。大切なのはチームの中で個性を発揮することで、それができると「説得力」がある人だといいます。つまり、優れた研究やビジネスで成功する人は、「個性」のみならず「説得力」を持っているということ。そしてこの「説得力」に「サイエンス力」が大きく影響しているのだそうです。(46ページより)

サイエンス力とは説得力

サイエンスは日常生活に密着した考え方。サイエンスの考え方は、どんなときでもピンチに陥ったときに人を救ってくれる。だからこれを「サイエンス力」と呼びたいとする著者はここで、「あなたが化粧品会社に就職したと仮定してみてください」と、ひとつの問題を出しています。

その会社の研究部門が開発した「スーパーシャンプー」は、枝毛を完全になくせる画期的な商品。しかし、効き目は抜群なのに売れず、在庫を抱えている。そこで上司から、「隣の部屋に40人のお客さんを集めたから、説得して全員になんとかして売ってくれ」と命令される。そんなとき、どうするかという問いです。

回答例1「その人たちの目の前で、自らシャンプーを使ってみせます」

サイエンスで「実験」というこの手段は、人を説得する優れた方法だと著者は評価しています。しかし、もっと良い回答があるとか。

回答例2「一般の人たちを数人連れてきて、その人たちにこの場で実際にシャンプーを使ってもらいます」

自分で使ってみせるより、会社とは関係のない人たちに使ってもらう方が「客観的」。そして客観性は説得力を確実に上げる。一方、オタクはフィギュアをつくる「実験」の腕は抜群でも、「客観性」には欠けるもの。客観性こそが、「科学者」と「オタク」を分けるキーワードだというわけです。

回答例3「これまでの開発の経緯をプレゼンします」

シャンプーの効果が魔法ではないことを、スライドやパワーポイントを使ってプレゼンする。どんな仕組みで枝毛をなくすのかを論理的に解説するということ。「論理」もサイエンスの大切なキーワードで、論理は自分の仲間だけではなく、万人を説得させる力があるといいます。大切なのは、どのようにしたらわかりやすく性格に説明できるか工夫すること。ありとあらゆる方法で説得力を高めるということで、これを「プレゼン力」もしくは「コミュニケーション能力」というそうです。

回答例4「商品の概要をまとめた文章のチラシを配ります」

研究の成果は英文で発表することになっており、発表できなければ研究をする意味が薄れるもの。なぜなら、多くの人たちに研究の成果を理解してもらって、議論することで新たな学問や技術が生まれるから。つまり、サイエンスでは「文章力」が重要なのだということです。そのため、プレゼンと同様、どのように文章を書けば論理的でわかりやすいか、どんなふうに書けば客観的で説得力があるかを考え抜かなければなりません。

その昔、「宗教」が人を説得する一番の方法だったように、現代においては「サイエンス」が人を説得する方法だと著者は論じています。サイエンスは人を説得する強力な手段。だからこそ、サイエンスの力は人生のいろいろな場面で人を助けてくれるというわけです。(51ページより)

このように、生物学と化学が題材だとはいってもアプローチが柔軟。実際の講義を書き起こしたものであるだけに、読んでいると語りかけられているような気分にもなります。そして読み終えたあとには、心地よい満足感が。ぜひ一度、手にとってみてください。

(印南敦史)