現代美術って、なに? その答えがココにあるのかもしれません。
東京・東雲駅のほど近く、倉庫が立ち並ぶ一角にフォトブックサービス「TOLOT」の印刷工場はあります。以前にも1冊500円で作れる理由を聞いてきましたが、そのTOLOTが工場の2階に現代美術専門のアートギャラリーを開いたというのです。記事冒頭の写真がそのギャラリーの全景。8つの巨大なホワイトキューブの中に、国内外アーティストの作品が並んでいます。
「美術館」ではなく、あくまで「ギャラリー」。作品は飾られているのではなく、商品としてそこにあり、数千万円の値がつくものも。なぜ、フォトブックサービスを営むベンチャー企業がギャラリーを開くのか? その意図を、株式会社TOLOT代表取締役社長の末松亜斗夢さんに伺いました。
お話を伺うと、このギャラリー「TOLOT/heuristic SHINONOME」は、TOLOTが世の中と私たちを「変える」ために仕掛けたカンフル剤のようなものであると思えてきました。
TOLOTがつくる創造性のピラミッド
「TOLOT/heuristic SHINONOME」は工場の2階400坪にわたって存在する日本でも最大級のアート空間。企画展だけでなく、常設ギャラリーとして「G/P + g3/ gallery」と「YUKA TSURUNO GALLERY」が入っています。
お話を伺うまで、私は企業がお金を出して芸術を支援する、いわゆる「メセナ」としてのギャラリーなのではと思っていました。しかし、TOLOTがギャラリーを開いたのは当初の構想通りであり、一貫した想いがあってのことだといいます。
TOLOTは現代美術とコンテンポラリーフォトを専門に扱う出版社「ヒューリスティック」を子会社として持っています。フォトブックサービス、出版、ギャラリーは、それぞれが独立したものではなく、すべてがつながった存在なのです。ちなみに出版事業は、TOLOTの印刷システムを活用しているとのこと。
すべての人々に「創作する楽しみ」を提供することを目的にしたサービスがTOLOT。そこから作家になりたい人、ある程度認められた人にチャンスを提供するのがヒューリスティック。さらに国内最高のスペースを提供して作品発表の場とするのがTOLOT/heuristic SHINONOME。この3層構造が連動することで、TOLOT独自の創造体験を提供できるということでしょう。
末松さんは「TOLOT/heuristic SHINONOMEと、ギャラリーにTOLOTの名前を付けているのは、ブランディングとしてのネーミングライツみたいなものです」と言います。その狙いを聞いてみると「上を目指す、目標があるっていいじゃないですか」。TOLOTをきっかけに作品をつくる人が、より高みを目指していこうとする気持ちを汲み取れるようになっているのですね。
現代美術に対するスイッチが「パチン」と入る場所
それにしても、なぜ現代美術に特化した仕組みにしようと思ったのかが、疑問として浮かびます。末松さんに尋ねてみると、表情は一転、鋭い目つきで答えてくれました。
日本は高い文化を生み出してきた歴史がありすぎて、マーケットは多様化し、難しい構造ができてしまっている。何度か現代美術が注目された時代もあったのですが、長続きしませんでした。日本のメディアが現代美術に対してあまり積極的ではなく、取り上げることが少なかった点もその原因かもしれません。いま、メディアを埋め尽くしているのは、消費しきれないほどのさまざまなサブカルチャーやデザインです。
しかし、誰かが行動しないと世界に取り残されてしまいます。日本には現代美術のコレクターがとても少ないですから、まずは海外から来ていただき、日本作家の作品を買ってもらわなければなりません。そのためにはNYのチェルシーやロンドンのトップギャラリーと同等の規模で、それ以上にインパクトのある展示空間が必要です。1枚の写真だけで海外のコレクターや美術関係者に興味を持ってもらうきっかけになるスペースをつくることが、最も効果的だと思ったのです。
現代美術は作品という「商品」であり、ギャラリーは作家の発表の場であると同時に「買いに行く場所」。販売が目的なんです。しかし、日本のギャラリーの多くはスペースが小さく天井も低いため、それに合わせて作品をつくることになってしまいます。海外のコレクターが買う条件を満たす作品を生み出すには、海外と同じ条件のホワイトキューブが必要です。TOLOT/heuristic SHINONOMEは、そのような空間を基準にして、ギャラリストやアーティストが作品をつくるための勉強の場にもなっているということですね。「抽象化した禅道場」みたいな感じです。
「なぜ現代美術に特化しているか」という問いそのものがおかしい話だったのです。なるほど、これにはうなずくしかありません。
欧米のトップギャラリーのスケールと文脈に乗っかり、さらに強調した空間。足を踏み入れるだけでスイッチがパチンと入るような環境です。実際に訪れた中学生くらいの子どもたちでも、「マジヤバ!」と一瞬で理解してくれました。
現代美術はすごいと体感できる空間を、このギャラリーで達成できたのではないかと思います。
これは、私も納得の言葉でした。現代美術を見るのは初めてではありませんでしたが、それまで美術館やアートスペースで得た感覚とは別のもの(興奮、と言っていいでしょう)を意識したのです。末松さんは「美術館に行って見るのと、ギャラリーで見るのでは『リアル感』がちがう。美術館に収まった途端に生々しさが消えてしまう」と教えてくれました。その生々しさが違いに現れたのかもしれません。
伝えたいのは「消費ではなく創造をしよう!」
「500円フォトブックサービス」として一躍人気となったTOLOTですが、その根底には「安くて楽しいサービス」というだけではない、さらに深いメッセージがありました。
それに、評価が決まったものだけを見るのはつまらない。評価はこれからみんなで、あるいは市場の中で決めていくほうが面白いですよね。音楽だって「これは絶対に大ヒットする!」と見つける楽しさってあるでしょう。ヒットチャートの上位だけを大人買いするなんて、やっぱりつまらないと思うんですよ。誰かが決めて、それしか選べないというのは、とてもさびしいことです。
ひとつ掘り下げると、現代美術は哲学に代わるものだと私は思っています。技術を競うものではなく、思想やメッセージを伝えるもの。どれだけ深く世の中を見て、直接的でなく間接的にメッセージとして伝えるか、ということをやっているわけです。いまの時代をどう読み取って、何を見出して伝えるか。だから誰にでも可能性があると思うんですよ。新しい価値を生み出すことが大切なのです。
もちろん、TOLOTの使い方は人それぞれ。旅行のスナップをまとめてもいいし、子供の成長を記録するのもいい。本腰を入れて作品をつくるのもアリでしょう。いずれにしても、そこには私たち一人ひとりの「創造する」という楽しさがあるはずです。末松さんはそんなTOLOTのことを「画材」と言い表してくれました。
大きく見れば、TOLOTは現代美術をバックボーンにして、その文脈の中で「創造することの喜び」を提供する、気づかせてくれるサービスなのでしょう。あとは、安くて良い道具を与えられた私たちが、いかに遊ぶかです。
TOLOTは6月27日に2周年を迎え、1冊無料クーポンが当たるキャンペーンも現在展開中です(7月31日まで!)。決済方法が増えたり、配送用パッケージがリニューアルしたりと、日々進化も続けています。まだ試したことのない方、これを機に創造性のスイッチをオンにしてみてはいかがでしょう。もちろん、東雲のギャラリーに足を運んでみるのも、そのきっかけになると思いますよ。
(長谷川賢人)