はじめまして、株式会社Gunosy(グノシー)の関です。社内では、推薦システムの開発を中心とした研究開発領域を担当しています。

前回の記事のテーマは、Gunosyを立ち上げた頃からこれまでの話と、Gunosyが目指す世界観についてでした(「僕がGunosyを続ける理由」、CEOの福島が書きました)。今回は、Gunosyの根幹であるニュース推薦システムについて、その技術的背景と設計思想についてお話しします。

推薦システムとはなにか

僕たちは、ユーザーの皆さんの興味をSNSでの行動やGunosy内での行動から分析し、毎日ウェブ上にあふれる情報から一人一人の興味にあった情報を届ける「Gunosy」というサービスを開発・運営しています。そして、このサービスを実現するために用いられている技術が推薦システムです。

ウェブに関わる仕事をしている方であれば、推薦システム、あるいはレコメンデーションシステムという言葉を一度は耳にしたことがあると思います。

推薦システムを一言でいうと、「膨大な情報の中からユーザーに適した情報を探索し、ユーザーに提供する手段」のことです。例えば、Amazonの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」やFacebookの「知り合いかも?」は、推薦システムを活用したよく知られている機能です。

Amazonの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」

推薦システムに関する研究は1990年代〜2000年代前半のインターネットバブルにおけるAmazon、ebay等の成功により急速に注目をあびるようになりました。「NetfixPrize」という賞金100万ドルの推薦システム開発コンテストが開催され、推薦システムを専門とする国際学会も立ち上がるなど、この研究分野はここ10年で大きく進歩しています。

しかしながら、推薦エンジン研究もいくつかの課題を抱えています。例えば、個人の嗜好に合わせた情報の最適化によって逆に視野を狭めてしまう「フィルターバブル問題」は推薦エンジンの倫理観を問うものであり、多くの議論を呼びました(フィルターバブルについては、イーライ・パリザーによるTEDでのプレゼンテーションが分かりやすいです)。また、盛り上がる研究の成果が実際の利用に繋がっていないという指摘も多いようです(例えば、上記NetfixPrizeで優勝したあるアルゴリズムも、実際には運用に至っていないという例があります)。

そうした背景には、ビジネスモデルの変化なども要因としてはあるのでしょう。ただ、世の中にある多くの研究開発が抱える問題と同じように、実際の製品化と研究開発とのギャップが生まれていると言わざるをえないのが実情です。

推薦システムとユーザー体験

僕たちは、このような推薦システムの研究開発を取り巻く問題がある1つの原因によって引き起こされていると考えています。それは研究開発段階におけるユーザー体験の欠如です。

推薦システムの研究開発における評価の方法は大きく分けて2つあります。

1つはユーザーの行動をいかに再現できるかを問うものです。例えば、あるユーザーの行動履歴データが5年分あったとしましょう。最初の2年分のデータを用いてシステムを作り、そのシステムが残り3年分の行動をどれだけ当てられるかで推薦システムの優劣を競います。これは、ある意味で「ユーザーの行動を予測するシステム」といえるでしょう。

もう1つは、サービスを実際に使ってもらって評価するものです。例えば、研究室に関わる学生などにいくつかの推薦結果を見せて、どれがよかったかを評価させます。しかしながら、研究におけるユーザーテストは、実際のユーザーの体験と規模・期間・評価方法などの点で大きくかけ離れていることが指摘されています。

つまり、どのようにユーザーに評価させるのが研究として適当なのか、未だ議論がなされている状態が続いているのです。そして僕たちは、これら2つの評価方法で改善された推薦システムでは、サービスの向上は難しいと考えています

まず、推薦システムがある場合とない場合では、当然ながらユーザーの行動が変化します。ユーザーの行動を再現するという前者の評価方法ではこの変化を捉えることができません。また、ユーザーテストにおいても、実験としては関心のある/なしで判断をします。しかし関心があるものの割合が高いことが、ユーザの満足度を高めることにつながらないのはフィルターバブルなどの批判が大きく取り上げられている事を見ても明らかです。

ユーザーの行動を再現することに最適化した結果が、フィルターバブルという問題をユーザーに感じさせることにつながったのではないか、そして、実用とかけ離れているという批判を受ける理由なのではないかというのが僕たちの考えです。

Gunosyにおける推薦システムの設計思想

僕たちはアルゴリズムを設計する前に、ユーザーの体験を設計するところから始めることにしています。いわば、「体験を数式に落としこんでいく」のがGunosyの研究開発スタイルです。

この話を考えるとき、僕は好きな漫画『プルートゥ』(浦沢直樹)のある場面を思い浮かべます。全知全能の人工知能を設計し、それを搭載したロボットを開発したはずが起動しないロボット。起動させようと開発者がとった行動は、その人工知能に「偏った感情」を注入することでした。

この場面を僕は、「『全知全能』とは不可能なもの。人は何らかの指向性を持たなければ生きていけないし、何も成し得ない」という話ではないかと解釈しています。同様に「万能な推薦システム」というのは存在し得ず、推薦システムにもある種の指向性が必要になるというのが僕たちの考えです。そして、その指向性として"どのような体験をユーザーに与える為の推薦システムを設計するか" ということを日々議論しながら開発を進めています。

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ユーザー体験への取り組みは、近年、ウェブデザインの文脈の中で語られることが多いと思います。同時に、推薦システムなどにおいてもこの概念は非常に重要で、まだ数こそ少ないながらも研究コミュニティにおいては議論が始まっています。

僕たちGunosyは今、十数万という規模のユーザーに対して推薦システムの評価を行える非常に稀有な環境にあります。その中で"良いユーザ体験を生み出す"という思想の元に様々な試行錯誤を重ね、推薦システムにおける有意義な知見を蓄積しながら成長してきました。日々の研究開発を通じてユーザーに価値を届ける中で、アカデミックにも貢献できる会社になるべく「2年以内にWWW等のトップカンファレンスで研究発表を行う」という目標を掲げています。

今後とも、Gunosyの推薦システムは進化し続けていきます。皆さん、どうぞご期待ください。

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(関喜史)

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