メロディーと歌詞を入力すれば、サンプリングされた人の声を元にした歌声を合成できるボーカロイド。その中で最も注目されているのが「初音ミク」です。リリース直後から「ニコニコ動画」を中心とした動画投稿サイトで話題となり、多くのクリエーターが初音ミクの歌声と共に楽曲を制作してきました。作品が認められ、メジャーレーベルからCDを発売し、デビューを果たした人もいます。
晴れてデビューをした人たちの中でも、際立つクリエーターにlivetuneのkz氏がいます。現在は自身のプロジェクト「livetune」を軸に、初音ミクを使った自作曲だけでなく、アニメの主題歌からクラブミュージックまで、さまざまな方面から注目を集めています。とりわけ、デビューからの実績に加え、彼の名を一躍知らしめたのはおそらくこの楽曲でしょう。
カンヌ国際広告祭で銅賞に輝いたGoogle Chrome─初音ミク篇─のCM。このCMソング「Tell Your World」を制作したのがlivetuneです。デビューから5年、Google、村上隆、ZEDDなどとのコラボレーションを成し遂げ、今後もワールドワイドな活躍を期待されるひとりといえます。
来る3月20日にこれまでの集大成となるアルバム『Re:Dial』をリリースするタイミングで、ライフハッカーは兄弟メディア「Kotaku」と共に、kz氏にインタビューする機会を得ました。アルバムに対する思いやプライベートはKotakuの記事に譲りますが、ライフハッカーでは「仕事」をテーマに質問を投げかけました。kz氏の答えは、今の自分を振り返らざるを得ないような、熱いひと言からはじまりました。
仕事には「殺気」が必要
── 以前、他のインタビューで「音楽と心中する気で生きている」とおっしゃっていましたが、なぜそこまで思えるようになったのですか?
kz:小学4年生ぐらいで「音楽を作っていこう」と思ってから、ずっとそれしか考えていないんですよね。それ以外のことは何にもしていなかったので、ダメだったらもう死ぬしかない、というぐらい音楽と向き合ってきたつもりです。 僕は「殺気」って言葉がすごい好きなんです。それしか生きる手段がない、それくらいの殺気をもって臨まないといけない。僕を含めたみんなが「音楽」という同じフィールドで戦っている以上、先にはたくさんの実績を積み上げたレジェンドみたいな人たちがいるわけです。例えば、山下達郎さんとか、菅野よう子さんとか。そういう偉人たちがすでにいるのだから、それくらいの気概でいかないと、太刀打ちできないんですよね。だからこそ、殺気が必要といつも思っているし、ダメなものを作ったら死にたいというくらいの気持ちでいないと、いいものを作れない。馴れ合いや和やかな空気に染まって、一瞬の妥協が生まれたら、クリエイティブは死んじゃうと思っています。だからそこに関しては、毎回、死ぬ気で楽曲制作しています。
音楽業界に入って、芸能関係の人やクリエイターとか、いろんな人と仕事をしてきましたけど、やっぱりみんなすごい殺気を持っている。殺気って悪い意味でなくて、「これをしないと自分は死んでしまう」、「これが自分の全てなんだ」というオーラを常に仕事の時に出している。僕もやりたいし、やっているつもりですが、レベルが違うんです。そういう人や仕事を見ているからこそ、この思いが強くなったっていうのはありますね。対人関係どうこうでなく、仕事に対する気持ちとして、ですね。
「自分が何を考えているか」をわかっていることが大事
新曲「Redial」のMV(ミュージック・ビデオ)ディレクターは村上隆氏。村上氏が日本人アーティストのMVを手がけたのは今回が初めて。
── Googleや村上隆さんなどをはじめ、大物とのコラボレーション作品も作ってきました。livetuneとして次の「目標」や「夢」は何でしょう。
kz:むしろ、足元を見続けないといけないと思っています。目の前にラスボス級のビッグプロジェクトが飛び込んできたとき、いかに最善の選択肢を取れるかが大事だなと。自分の価値観を定めて、「こういうものがきたらどうしよう」と日々考えてます。「自分が何を考えているかを考える」のが好きなんですよね。「自分は何を考えていたか」を自分で考えることで、どんな物事でも、スパンの長さに関わらず対処できると思います。何らかのトラブルなりチャレンジなりが降り掛かってきたときに、自分が何を考えているかがわかっていれば、取り組み方やアプローチが何パターンも作れます。これって結構、大切なんじゃないのかって。
── その考えをまとめたり深めたりするときに、ツールなどは使いますか?
kz:特には使いませんね。常になんとなく、何か考えています。強いて言えば、マネージャーとの電話かな(笑)。マネージャーと電話をして、1~2時間、延々と仕事に関係ないことを話したりとか。「それはちがうんじゃないの」なんて言い合っていると、考えを再確認できるんです。いま、バラバラに感じる「点」でしかないことでも、1~2年先ぐらいから見てみると、流れがちゃんとわかることがある。もしくは、なぜそれを考えていたのかが、その時になってわかる。間違いだったってこともある。まぁ、書き留めておく必要はないんですけど、「何を考えていたか」を自分の頭に記録するというか、いつも置いておくのは重要だと思います。音楽を作っているときにも当然いろいろ考えているから、それが僕の中ではメモになっているかもしれないですね。
昔から議論が好きというか、そういうのが好きな人がまわりにいたんです。打ち負かさないにしろ、とにかく自分の意見を言わないと生き残れない友達関係。それが結構良かった。その議論って妥協がなくて、「なぜそこまで思っているのか」を突きつけられた時に答えられないと、そこで相手に負かされるんですよね。そういう訓練をしてこられたのはラッキーでした。
長い時間をかけたからといって、いいものは作れない
── 楽曲制作や取材などで多忙な日々かと思います。ゲームがお好きだそうですが、どのように時間を確保していますか?
kz:僕は、夏休みの宿題を最後にやるタイプなんです。だから、まず好きなことをどれだけ忙しくても「ちょっとだけ」やるんですね。例えば、続き物のゲームをちょっとやる。すると、続きが気になるので、頑張って仕事しようって気になる(笑)。それを明日への活力にして、どんどん追い込まれていく。 追い込まれると、僕はだいたい作るものが良くなるんです。音楽に関していえば、今回のアルバムに入れた「Redial」がいい例なんですが、作るのに約1カ月かかって、自分としてはすごい苦労した。色々なプレッシャーに追い込まれちゃって。でもこれは例外で、基本的には長い時間をかけたからといって、いいものが生まれることはありませんね。むしろ、長い時間をかけると良くない。変に凝り固まったり行き詰まったりしちゃって。だから、限定された時間でやった方がいい。僕はよく寝てよく食べてからじゃないと曲を作れないんです。それに、ゲームやってないとダメなんですよ。本当にゲームが好きなので。もちろん音楽も聴いていたい。そういうあらゆる「インプット」をするのは重要なことです。インプットせずに作品を作り続けた友人の例を見ていて、彼は休まずにずっとやって疲れ果てていた。そのときの彼の作品が、やっぱりそんなに良くなくて。あぁ、やっぱり人間、無理しちゃいけないんだなって。どうしてもほころびが生まれてしまう。
自分のキャパシティを把握するのが大事ですね。僕は「無理をしない」のが信条にあって、無理をすると、何かしらのほころびが生まれてしまう。基本的に自分のキャパシティ以上の仕事は受けたくても受けられない。受けた所で納得できるものを作れなかったら、みんな幸せになれないから受けない。頼んでくれた人には全力で応えたい。── 率直に、いまの仕事は楽しいですか?
kz:楽しくなかったらやれないですね(笑)。特にこういう仕事に関しては。自分の気持ちがストレートに出ちゃうので、楽しくなかったら「楽しくない音楽」ができてしまうんです。僕は生きているだけで楽しいし、そこは全肯定ですね。楽しくないと思ったことは一度もないです。クリエイトって自分を削っていくものでもあるので、つらいときはもちろんつらいですけど、「つらい」と「楽しくない」は全く直結しません。ある程度つらいと、それすら楽しくなってきますよね(笑)。「Magnetic」をつくっているときが本当につらすぎて、迫る締め切りと、いろいろなものが詰まりすぎてすごいつらかった。でも、通り越して楽しくなってきたら、とてもいいものができた。途中でハイになるんですよね(笑)。
さっき「無理をしない」とは言ったものの、最近は「せざるを得ない」ときも出てきました。とはいえ、自分のキャパシティでぎりぎりのライン、生きるか死ぬかってラインまでは楽しくやれるようになっています。そこに5年間の積み重ねがあるのかなと。
傷つきながらも、傷を受け入れ、生き抜いていくことが大切
── 先ほど「レジェンドのような人」という言葉もありましたが、いま、さまざまな方との出会いがあるかと思います。これまで出会った人にもらって、糧となったアドバイスがあれば教えてください。
kz:3~4年前くらいかな、DE DE MOUSEさんとイベントで一緒になりました。以前からちょこちょことしゃべってはいたんですが、その時は待ち時間が長かったのもあって、楽屋で2時間くらい話しました。DE DEさんは僕よりちょっと年上なんですけど、「僕らの世代が結局いくらお金を稼いだところで、正直若い世代にとっては全然説得力もない。だから、君らがとにかく頑張らなきゃだめだ。君らでチカラを取り戻してくれ」と言われた。若い世代に対してのアピールというか、どういうカタチでもいいから生き抜くというか...とにかく、存在をアピールして下の世代を鼓舞してくれって言われたのはすごく良くて。
僕もきっと、同じことを下の世代に言うと思います。やっぱり、ある程度近い世代が頑張っていないと、下の世代の人たちはがっかりすると思うんですよね。「Redial」の歌詞にも書いたんですが、僕らには何かしら傷つかないといけないことがあって、それが自分の思う通りにいかないこともある。でも、とにかく生き抜かないといけない。
例えば、僕がインターネットから出てきて、それに対して夢を持ってくれた人たちがいたとします。ここから5年後に、完全に僕が音楽業界から消えていたら、単純にすごくがっかりすると思うんですよね。だから、まずはこの業界を生き抜くことが重要で、そこに関してのある程度の傷は厭わない。でも、とにかくやらなければいけない。そういうことを思わせたDE DEさんはすごいなと。
── なるほど。「傷を負う必要性」とも言えそうです。誰しも傷つきたくはないけれど、その覚悟がなければ前に進めない。
kz:僕もリスクヘッジ、すごい好きなんですよね。考えるの好きだから。でも、それを考えすぎるとすごい小さな世界に閉じこもってしまう。傷つかないってことなので。それじゃ全然ダメだ、狭い世界で安穏と暮らしていてはいけないと、ここ数年はよく考えています。もちろん、僕も基本的には傷つきたくはない。誰だってそうです。でも、多少のリスクを背負わないとやっていけないものがいっぱいあるなって思って。例えば、Googleが相手のビッグプロジェクトであるとか、スケールの大きなもので、しかも大きくなればなるほど、細かなリスクは増えていく。でも、そういうものを気にしていたら絶対面白くならないんですよね。最低限にリスクを抑えるために考えることは必要だけど、ゼロにまですることはない。多少は傷を負えども、それ以上の楽しいことがあるから、人は楽しいと思える。そこは外しちゃいけないなって感じるようになりましたね。商業でいろいろ関わらせていただくようになってから。
3月20日発売のニューアルバム『Re:Dial』は、彼がこれまでにさまざまな経験をした上で、精一杯作り続けてきた渾身の一枚に仕上がっています。彼の「殺気」に呼応するかのように、アルバムジャケットも豪華な顔ぶれで制作。アートディレクションは村上隆氏、初音ミクの絵は人気イラストレーターのmebae氏が担当。初音ミクの衣装も、モデルや著名人にファンが多く、kz氏本人も愛用のブランドgalaxxxy(ギャラクシー)とのコラボレーションとなっています。
「Packaged」「ファインダー」「Light Song」「ストロボナイツ」などの名曲も、アルバム収録にあたって手を加えられています。ニューアルバムや新曲について、またlivetuneのバックボーンともいえる好きな映画や音楽などに迫るインタビューは、兄弟サイトKotakuの記事にて併せてどうぞ。
livetune | TOY'S FACTORY
(長谷川賢人)
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