他人に合わせて「No」と言えない人に、「No」と言う技術を磨いて、自分自身のために時間を使ってもらいたい──筆者のピーター・ブレグマン(Peter Bregman)氏はそう考えました。今回は彼のアドバイスから、「Noという力」を鍛えるテクニックを見ていきましょう。
アイリーン(仮名)さんは、同僚には理想のタイプです。大手のコンサルティング会社でシニアマネジャーとして働く彼女は、周りの仕事が立て込んでくると助っ人を買って出ますし、病欠者が出れば代わりを務めます。必要とあれば、遅くまでの残業もいやがりません。それも頻繁に。さまざまな特別プロジェクトのリーダーやメンバーも務め、チャリティー・オークションで寄付を募ることも。子どものために、できるだけ夕食までには家に帰りたいと思いながらも、夜遅くまでの残業も多く、家に帰ると子どもたちはもう寝た後。仕事関係の会食がない日でも、なかなか一緒にご飯を食べられません。一見、アクティブな生活を送っているように見える彼女ですが、本音では満足していない様子。実は、こんな生活に疲れ切っているんです。
アイリーンさんは「No」と言えない人です。そのせいで、非常に限られた自分の時間と、ただでさえすり減っている気力を、他人の優先順位に合わせて使ってしまいます。「自分が本当に大切にしたいこと」はあと回しです。実は私も、以前は彼女と同じような生活を送っていました。でも、自分の「Noと言う力」を鍛えたいと思うようになり、あらゆる方法を試してきました。
アイリーンさんにも「No」と言う技術を磨いて、自分自身のために時間を使ってもらいたい──そう考えた私は、9つのテクニックを彼女に伝えました。
「No」と言うべきものをはっきりさせる
自分にとって大切な事柄をはっきりさせると、逆にどうでもいいことが何なのかも明確になります。自分が何に時間を使いたいのかがわからないと、「これに時間を割くのはムダだ」ということも見えてきません。自信を持って「No」と言うために、まずは自分が「No」と言いたい内容をしっかり把握する必要があるのです。これが、すべての「Noを言うテクニック」の大前提です。
「No」の前に感謝を頼み事をしてくる人が、あなたを見下しているというケースはまずあり得ません。助けてほしいと言ってくる人は、あなたを信頼し、能力があると見ているのです。だからこそ、まずは自分に頼みごとやお誘いをしてくれたことに感謝しましょう。感謝すると「Yes」と言わなくてはいけないんじゃないか、と心配かもしれませんが、そんなことはないのでご安心を。
断っても、依頼主を否定するわけではないたとえ断っても、声をかけてくれた人を否定しているわけではありません。そこをはっきりさせましょう。相手に敬意を持っていると伝えるのです。仕事ぶりが素晴らしいとか、わざわざ誘ってくれる熱意だとか、心の広さが素敵だとか、そういった感じのことを伝えるのです。埋め合わせにランチへ誘うのもいいですね。でも、無理に相手が好きなフリをする必要はありません。たとえ頼まれた相手のことが好きじゃなかったとしても、丁寧に、親切に接すればいいんです。「ああ、この人は僕自身を否定してるわけではないのだな」と相手に伝われば十分です。
断る理由を説明する断る理由の内容はほとんど問題になりません。「理由がある」ことが大事なのです。「忙しくて時間が取れない」であっても、「頼まれたことが自分の得意分野からは外れている」であっても、とにかく「No」と言う理由を正直に言いましょう。
押しの強い相手にはキッパリした態度で頼んできた人が簡単に引き下がらないケースもあります。そこで押し切られたら相手の思うツボ。今まで挙げてきたルールに触れない範囲なら、押しに負けないくらい強い決意で、きっぱりと断ってかまいません。そこまでするあなたを、向こうも見直すはずです。冗談まじりに、こう言ってみてもいいかもしれません。「あなたは簡単にあきらめないタイプですよね。でも、私もそうなんです。『No』の言い方を特訓してきましたし」。
練習しよう気軽に断れる、リスクの低い状況を選んで、「No」と言う練習をしましょう。例えば、レストランでウェイターに勧められたデザートを断るといったことから始めてみませんか? 街を歩いていて物売りに捕まったときでもいいですね。あるいは、ひとりで部屋にこもり、ドアを閉め、10回「No!」と大声で叫ぶという方法も。バカみたいに思うかもしれませんが、「No」と言う筋肉を鍛えるのも必要なんです。
予防線を張ろうかなり面倒な頼み事を何度もしてくる相手というのは、どこにでもいるものです。こうしたケースでは、頼まれる前に断るのが有効です。面倒なことをいつも頼んでくる相手に、「自分は今、すごく大事な用事があって、それに集中したいので、他は極力やらないようにしている」と先に伝えておくのです。依頼をしてくる人があなたの上司なら、前もって仕事の優先順位について話し合い、両者ともに納得ができる結論を出しておくといいでしょう。その上で、上司から依頼が来たときには、「前に優先順位を決めましたよね」と言えばいいのです。
チャンスを失うわけではない中には、機会を逃すのが怖くて「No」を言い出しにくい人もいるでしょう。確かに、何かを断れば、その件には関われなくなります。でも、チャンスが失われるというのは一面的な見方です。プラスマイナスはゼロのはずです。何かに「No」と言うことは、「その誘い以上に自分にとって大切なもの」について「Yes」と言うことですから。どちらもチャンスであり、自分が2つのうちどちらかを選択しただけなのです。
最後は勇気が大切何にでも「Yes」と言ってきた人の場合、「No」と声に出すのは勇気が要ります。特に、頼んでくる相手が押しの強いタイプの場合にはなおさらです。自分が悪いことをしたような気持ちになるかもしれません。相手をがっかりさせたんじゃないか、期待に応えられなかったんじゃないかと不安になる人や、悪口を言われているのではと気になる人もいるはずです。「No」と言うことで自分の人生を取り戻したとしても、その代償としてこうしたネガティブな気持ちがわいてくることはあり得ます。これらを抑え込むのに必要なのが、勇気です。
最初に紹介したアイリーンさんは、私が教えたテクニックを早速実行し、仕事の時間を減らして子どもと過ごす時間を増やすようにしました。今でも仕事ぶりは優秀で、上司や同僚からも高く評価されています。アイリーンさんが話してくれたところによると、職場の人たちは彼女の変化に気づいたそうです。そして、変化とは必ずしも肯定的なものばかりではなかった、と。もちろん、みんなは彼女の線引きを尊重してくれていますし、不愉快だとも思っていません。でもアイリーンさんは、断る力を身につけたのと引き替えに、大きなものを手放したことにあらためて気づいたのです──「自分は何でもできる人」というセルフイメージです。「No」を覚えたアイリーンさんは、すべての頼みに「Yes」と言っていたときと比べ、自分に価値がある、必要とされていると感じることが減ったのです。
「じゃあ、いつも『Yes』と言っていたころに戻りたい?」と、彼女に聞いてみました。彼女の答えはもちろん、手慣れた様子の「No」でしたけどね。
Nine Practices to Help You Say No | Harvard Business Review
Peter Bregman(原文/訳:長谷睦、合原弘子/ガリレオ)
Photo by Thinkstock/Getty Images.