後悔とともに死ぬことを誰もが恐れています。何かを決断するとき、5年後、10年後(時には15年後)に後悔しないだろうか? と誰もが思い悩むものです。米・ペンシルベニア大学に在学中ながら、プログラマー、起業家、作家でもあるDan Shipper氏によると、後悔せずに生きる秘訣は「選択についての考えを変えること」だそうです。
私はすでに大学生ですが、母校である高校の歴史の授業に通っています。もちろん単位は出ません。授業は私がプリンストンにある実家へ帰っている間だけ不定期に開かれます。
ほとんどの教師が、生徒が教室に食べ物を持ち込むのを嫌がります。しかし、その授業では食べ物は当たり前。教室は、私の実家近くのレストランなのですから。一般的に、授業というものは90分も座っていると耐えられなくなります。生徒たちはイスの上でそわそわし始め、時計が進むのが超スローになり、窓の外も無性に気になります。しかし、この歴史の授業だけは違います。時間があっという間に過ぎ去ってしまうのです。私はこのクラスだけは卒業したくありません。
フィゲロア先生ほど賢い人はめったにいません。しかし、自分ではそう思っていないタイプの人物です。たとえ思っていたとしても、ひけらかすようなことはしない人です。
先生は40歳くらいで2人の子どもがいます。プエルトリコで生まれ育ち、プリンストン大学へ入るために米国へやってきました。そして、プリンストン大学の教授になりました。最近では高校で歴史を教えています。生徒たちは親しみをこめて、先生を「フィグ」と呼びます。先生もそれを喜んでいる様子です。先生の授業は、宗教、哲学、政治、歴史を中心に行われます。しかし、今日の授業は「後悔」についてでした。
私が口火を切りました。「年齢を重ねるほど、一つひとつの決断が重大になってくるように感じます。あらゆることの重大性が増すかのようです。『大学に残ること』もそうです。このままドロップアウトせず大学に残っていたら、巨大企業を作るチャンスを逃してしまうんじゃないかって思ったりします...」
フィグは手を膝の上で組んで、じっと耳を傾けています。
「もし、大学を辞めていたらどんな人生になっていたんでしょうか」
「大学に残ったことを後悔しているのかい?」
フィグはまったく率直な人です。質問に答えると、また別の質問を投げられます。そうして次々と質問に答えていくと、いつの間にか問題の核心へとたどり着いているのです。フィグが自分の話をすることはめったにありません。
「普段はちがいます。でも時々『もしそうだったら』という思いに取りつかれてしまうのです。そしてその考えを消すことができなくなります。どこかで耳にしたのですが、先生は『しなかったこと』については後悔しないそうですね。私はいつも『しなかったこと』について思い悩んでいるのです」
「それついて少し一緒に考えてみよう。きっと君は『しなかったこと』を後悔しなくなるよ。では、もう少し説明してくれないかな」とフィグは椅子にもたれながら言いました。
「例えば、年配者に『何か後悔していることはありますか?』と聞いたとします。たぶん『音楽のキャリアを追求すればよかった』とか『もっと子供たちと遊べばよかった』などと答えるはずです。つまり、彼らの後悔のほとんどは何かを『しないことに決めた』ことから来ているのです」
「だけど、何かを『しないことに決めた』ということは、裏を返せば何かを『することに決めた』ことでもあるよね? その年配者が『音楽のキャリアを追求すればよかった』と言うとき、それを『会計士にならなければよかった』と言い換えることもできるよね?」
私は頭をフル回転させながら「ええ、たぶん」と答えました。
「つまり、『しなかったことを後悔する』のは『したことを後悔する』のと同じだよね?」
「たしかにそうとも言えますね。でも、たとえそうだとしても、決断する時にそれが正しいかどうかはやっぱりわかりませんよね?」
フィグはいたずらっぽく「それはそうだ」と笑いました。
私は頭を振って苦笑いしました。
「こればかりはどうしようもないですよね」
「後悔しているすべての人間が、過去を振り返って後悔しているわけだよね。でも、今まさに決断しようとしている時、その結果を振り返ることはできないよね?」
私はうなずきました。たしかにできません。
「つまり、後から振り返ることもなく、自分の決断の正否を判断しようなんてナンセンスだよね。ましてや、そのことで感情を乱されるなんてね。君が難しい決断をする時、いくら注意深くやったとしても、時には正しく、時には間違った選択をするものなんだ。君ができることは、知りうる限りの事実を元に最善の決定を下すことだけだ。間違った選択をしたなら、そこから学べばいい。そして正しい選択をし直せばいいんだよ。一番大事なことは自分を責めないこと。そんなことをしても何の意味もないからね」
フィグはサンドイッチをかじりました。
「別の言い方をすれば、過去の重大な決断を後悔しているとしたら、君は人生を丸ごと入れ替えたいと思っていることになるよ」
私は「どういう意味ですか」と尋ねました。
「もし、君がペンシルベニア大学でなくプリンストン大学に行けばよかったと後悔しているとして...」
「そんな後悔はしていません」
「オッケー、議論を進めるために、とりあえず後悔しているとしよう。きっと君は頭の中でこんな想像をするだろうね。もし、プリンストン大学へ行っていたとしたら、今学期のレジュメには『プリンストン大学2014年』と書かかれていて、将来はプリンストン大学の同窓会に行って、エリートたちに混じって談笑している。ただし、他のことはだいたい今と同じで」
先生はサンドイッチをもう一口ほおばって続けます。
「ここで君が見落としてることがあるんだよ。もし、ペンシルベニア大学に行かないでプリンストン大学に入っていたとしたら、君がペンシルベニア大学に入ってから今までのすべての時間がなかったことになるんだよ。すべてだよ。すべての友達、すべての授業、君が作ったすべてのウェブサイトがなかったことになる。君が学んだことも全部なかったことになるんだ。つまり、君はまったく別人になってしまうということだ」
「わかります」
「何かの決断を後悔するということは、その時から今までのすべての人生をなかったことにするということなんだよ。それでも君は大学を辞めなかったことを後悔するかい?」
「いいえ」
「これを『後悔の誤り』と言うんだよ」
The Regret Fallacy | Dan Shipper
Dan Shipper(原文/訳:伊藤貴之)