“近所”で爆発した宇宙のモンスター
-観測史上最大級のガンマ線バーストを日本のグループが宇宙と地上から観測-
平成25年11月22日
東京工業大学
宇宙航空研究開発機構
理化学研究所
国立天文台
要点
- 2013年4月27日に過去23年間で最も強いガンマ線バースト(用語1)を観測
- ガンマ線バーストとしては"近所"の38億光年の距離で起きたにもかかわらず、その性質は遠方、宇宙初期の「モンスター」と変わらない
- 従来からの標準的なガンマ線放射モデルに疑問を投げかける
概要
東京工業大学など日本の研究グループを含む国際共同観測チームは、観測史上最大級の「モンスター」ガンマ線バースト「GRB 130427A」をとらえることに成功した。詳しいデータ解析の結果、今回のバーストは宇宙年齢100億年という現在とほぼ同じ宇宙環境で発生したにもかかわらず、宇宙初期に発生する普通のバーストと同じ「モンスター」としての性質をもっていることが分かった。今までで最も近傍で発生したバーストの場合は爆発エネルギーが著しく小さく、別種の現象の可能性が高かったが、地球に近いからこそ得られた「普通のモンスター」の高品質のデータによって、従来のガンマ線放射機構の理論は再考を迫られることになった。
ガンマ線バーストは、太陽の数十倍の質量をもつ恒星が一生の最後に起こす大爆発で、平均的には宇宙年齢30億年の宇宙初期、すなわち100億光年を超える遠方で発生する。今年4月27日に発生したGRB 130427A はもともと大きな爆発エネルギーをもつガンマ線バーストだったが、38億光年という"近所"で発生したためにとびきり明るく観測された。
この研究成果は11月22日発行の米科学誌「サイエンス」に掲載される。
研究成果
東京工業大学大学院理工学研究科の河合誠之教授らや理化学研究所、青山学院大学などのグループは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と理化学研究所が開発し国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟に搭載された全天X線監視装置MAXI(用語2)を用いて、このバーストのX線残光の観測に成功した。また、東工大と国立天文台は、バースト発生後、5夜後まで明るい残光を山梨県、岡山県および石垣島からMITSuME望遠鏡3色カメラ(用語3)で撮影して減光の様子を詳しくとらえた。日本の研究者も参画しているフェルミ宇宙ガンマ線望遠鏡衛星(用語4)は、予想を超える20時間という長時間にわたって高エネルギーガンマ線を検出した。
このガンマ線バーストはもともとの放射エネルギーが最大級だった上に、距離38億光年(赤方偏移0.34)という異例な近傍で発生したために、過去23年間で最も強いガンマ線と明るいX線残光、可視光残光が観測され、爆発的な初期の放射から数日後まで続く残光への時間的発展がいままでにない精度で調べられた。
遠くの天体を観測することは、過去の宇宙の状態を見ていることに対応する。今回のバーストが起きた場所は比較的我々の天の川銀河に近く、現在とほぼ同じ宇宙環境と言っても良いだろう。それにもかかわらず今回のバーストは、初期の宇宙に発生している大多数のガンマ線バーストと同じ特徴をもつことが分かった。「モンスター」とも言うべき巨大な爆発であるガンマ線バーストは、大変稀な現象で、今回観測された規模のものがこれほどの近傍で観測される頻度は60年に1回程度と推定され、宇宙年齢70億年以降に発生したガンマ線バーストとしては観測史上最大のものである。
“近所”で発生したために、今までにない高品質なデータが得られ、ガンマ線バーストの放射の理論を精密に検証することが可能になった。例えば、Fermi衛星は10億電子ボルト(用語5)より高いエネルギーのガンマ線を20時間にわたって検出し、その中には観測史上最高の950億電子ボルトに達する光子も含まれていた。これは従来の放射理論に再考を迫るものである。
背景
ガンマ線バーストの多数を占める継続時間が2秒以上の「長い」ガンマ線バーストは、太陽の数十倍の質量をもつ恒星が燃え尽きて自分自身の重力でブラックホールに崩壊する時に放出される光速に近いジェットから放射されると考えられている。
しかしその仕組みは完全には解明されていない。ガンマ線バーストのジェットが宇宙空間に希薄に分布するガスによって減速しながら放射する「残光」はX線、可視光、電波など広い波長にわたって放射され、次第に暗くなりながら数時間、時には数日間以上観測される。ガンマ線バーストの多くはビッグバン後、数十億年という宇宙初期に発生するため、この残光を使って、ガンマ線バーストそのものの研究はもちろん、宇宙創成以来の星や銀河の形成の歴史や、遠方の銀河の内部を探るためのユニークなツール(明るい光源)として活用されている。
このように、ガンマ線バーストはブラックホールの形成や光速に近いジェットなど相対論的極限状態(用語6)の物理学を調べる実験室として、また初期の宇宙を探る道具として重要な天体現象であるため、ガンマ線バーストの観測を主要な目標とする衛星 Swift衛星(用語7)やFermi衛星が広い天域を観測し続け、年間100個以上のガンマ線バーストを検出している。またISS上のMAXIも年間10個程度のガンマ線バーストを検出している。
衛星がガンマ線バーストを受けると、直ちにインターネットを通じて全世界の観測者に速報が届けられる。東工大、国立天文台などのグループが運用しているMITSuME望遠鏡をはじめ、この速報に対応して自動的に即時追跡観測を行うロボット望遠鏡が世界各地に設置されている。
研究の経緯
4月27日7時47分6秒(国際標準時)に、Swift衛星およびFermi衛星が極めて強いガンマ線バーストをしし座の方角から検出した(図1参照)。ガンマ線バーストはおよそ300秒続き、その後、SwiftのX線望遠鏡によって明るいX線残光が観測された。MAXIはバースト開始から3257秒後と8821秒後にガンマ線バーストの位置をスキャンし、X線残光を検出した。前後のSwift衛星の観測と比べると、長い時間にわたって単調にX線残光が減光していたことが分かった。(図4参照)
GRB 130427Aが発生したのは日本時間では午後4時47分で、東工大の運営している明野MITSuME望遠鏡と国立天文台岡山天体物理観測所の岡山MITSuME望遠鏡は日没後に観測を開始し、明るい可視光残光の減光の様子を一晩にわたって観測した(図2参照)。また、国立天文台石垣島天文台むりかぶし望遠鏡では翌晩、翌々晩、および5日後に残光を観測し、爆発エネルギーの推定に重要となる光度曲線の折れ曲がり(用語8)を検出した(図3、図4参照)。
このバーストの発生源の距離は別の望遠鏡の分光観測によって38億光年とガンマ線バーストとしては近傍であることが分かった。この距離はビッグバンから100億年という宇宙年齢に相当する。これらの観測結果を総合すると、GRB130427Aの性質は、宇宙年齢30億年の宇宙初期で発生する「普通の」ガンマ線バーストと変わらないことが分かった。今までで最も近くで発生したガンマ線バーストの場合は放射エネルギーが著しく小さかったために普通のガンマ線バーストとは別種であると考えられている。
今後の展開
GRB 130427Aの高品質のX線γ線観測データはほとんど公開されており、多くの研究者によってさらに詳細な解析が進められ、ガンマ線バーストの理論を検証する研究が進むと期待される。さらに先を見通すと、今後のガンマ線バーストの研究に残された重要な課題は、今回と異なる種族の「短い」ガンマ線バーストの正体を明らかにすることと、宇宙における初代の星の爆発による最も古いガンマ線バーストを見つけることだ。
短いガンマ線バーストの起源として有力候補とされる中性子星連星の合体は、数年後に稼働し始める重力波望遠鏡のターゲットでもある。また10年以内に実現する口径30メートルの大望遠鏡TMTは最遠方ガンマ線バーストの観測に大いに役立つと期待され、今後10年間はガンマ線バースト研究において重要な時期になる。
ガンマ線バーストの観測は、現在はSwift、Fermi、MAXI などによる宇宙からのガンマ線・X線観測と地上の望遠鏡の連携で行われているが、人工衛星も次第に寿命を迎えつつあり、次の10年間のためのガンマ線バースト観測衛星や国際宇宙ステーションへの搭載観測装置の計画も検討されている。
用語説明
用語1 ガンマ線バースト(GRB)
天空の一点から強烈なガンマ線が短時間降り注ぐ現象で、冷戦下に米国の核実験査察衛星によって発見された。現在では数億光年以上離れた遠方で発生する宇宙最大の爆発現象であることがわかっており、継続時間によって2つの種族に分類される。発生した日付にもとづき名付けられ、 「GRB 130427A」は2013年4月27日の最初の発見という意味。
用語2 全天X線監視装置(Monitor of All-sky X-ray Image:MAXI)
JAXAと理研によって共同開発された全天X線監視装置。2009年に国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟の船外プラットフォームに設置され、この種の装置としてはこれまでで最大の感度を持つ。MAXIは広大な視野を持ち、ISSが地球の周りを約92分の周期で回っていることを利用して自動的に繰り返し全天を撮影している。この両機関と東工大、阪大、青山学院大、日大、京大、中央大、宮崎大、名大の研究者からなるMAXI研究チームによってブラックホールなどの観測研究が進められている。
用語3 MITSuME望遠鏡3色カメラ
山梨県北杜市(東京大学宇宙線研究所明野観測所)と岡山県浅口市(国立天文台岡山天体物理観測所)に設置されたMITSuME(三つ目)望遠鏡(口径50cm)はガンマ線バースト残光の自動観測を主目的とするロボット光学望遠鏡であり、専用に開発された3色カメラを備える。3色同時に撮像することにより、遠方宇宙からのガンマ線バーストを識別できる。この3色カメラは石垣島天文台むりかぶし望遠鏡(口径105cm)にも取り付けられ、協力して観測を実施している。MITSuME望遠鏡および3色カメラは、文部科学省科学研究費補助金によって製作・設置され、文部科学省 光・赤外線天文学研究教育大学間連携事業の補助を受けて運営されている。
用語4 フェルミ宇宙ガンマ線望遠鏡衛星(Fermi衛星)
米日伊仏瑞独6カ国の共同開発による大型の高エネルギーガンマ線天文衛星で2008年に打ち上げられた。Fermi日本チームには、広島大、東京大、東工大、JAXA、名古屋大、早稲田大、茨城大、京大、青山学院大、立教大、山形大の研究者が参加している。
用語5 電子ボルト
主に素粒子に用いられるエネルギーの単位。1電子ボルトは2612京分の1カロリー。例えば可視光の光子一つのエネルギーは2電子ボルト前後である。エネルギーがおよそ100電子ボルト以上の「光」(電磁波)をX線、さらにエネルギーが高いもの(およそ10万電子ボルト以上)をガンマ線と呼ぶ。
用語6 相対論的極限状態
極限まで重力が強い状態。アインシュタインの一般相対性理論は太陽や地球などの弱い重力場では観測によって検証されているが、他の重力理論との差が顕著となる強い重力場での検証にはブラックホールなど極限まで強い重力場を持つ天体の観測が必要となる。
用語7 Swift衛星
スウィフト衛星は米英伊が中心となって2004年に打ち上げたガンマ線バースト観測衛星。広い天域を常に監視し、検出したガンマ線バーストの正確な位置を直ちに地上に伝えるとともに自分自身で継続して追跡観測する。Swift科学チームに日本から青山学院大、JAXA、埼玉大、東京大、東工大の研究者が参加している。
用語8 光度曲線の折れ曲がり
ガンマ線バーストの残光は、光速に近い速さで運動しているジェットから進行方向前方の狭い角度だけに放射される。この角度がジェット自体の広がり角より大きくなる時点で減光が急になり光度曲線が折れ曲がる。この折れ曲がりの時期からジェットの開き角がわかり、ガンマ線バーストの全エネルギーを推定できるようになる。
原論文情報
「GRB 130427A: a Nearby Ordinary Monster」 Maselli et al. Science Vol. 342, #6161
日本人の共著者は東工大:河合誠之(理研客員主幹研究員を併任)、斎藤嘉彦、谷津陽一、吉井健敏
理研:芹野素子
国立天文台:黒田大介、花山秀和
青山学院大学:坂本貴紀
ウェブページ
GRB 130427Aの発生した天域
図1 GRB 130427Aの発生した天域を星座図上に示す
図2 東工大明野MITSuME望遠鏡で撮影された GRB 130427A可視光残光
図3 石垣島天文台で撮影された GRB 130427A の可視光残光。
(左)4月29日、(右)5月3日に撮影。
撮影 国立天文台石垣島天文台 花山秀和・むりかぶし望遠鏡3色カメラ
図4 GRB 130427Aのさまざまな観測バンド(ガンマ線、X線、可視光、および電波)での放射エネルギーの時間変化。青い点で描かれているX線残光の光度曲線のなかで、発生後3257秒後と8821秒後の2点をMAXIが計測し、途切れていたきSwift 衛星のデータをなめらかに補完してX線残光のスムーズな減光を明らかにした。また、赤い点で書かれた可視光の光度曲線にMITSuME望遠鏡(明野と岡山)および石垣島天文台による観測が含まれている。