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アップルがWWDC 2013で伝えた「本当に大事なこと」WWDC 2013所感(1/2 ページ)

WWDC 2013の基調講演で行われた発表のうち、業界きってのアップルウォッチャーである林信行氏が最も注目したのは、iOSでもMacでもなく……、少々意外なものかもしれない。

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「Designed by Apple in California.」

WWDC 2013の基調講演に登壇するアップルのティム・クックCEO

 これまででも最長クラス、およそ120分間に渡って行なわれたWWDC 2013の基調講演は、新しい発表の激流だった。未来を感じさせる新技術や、目からウロコの新機能、解決が難しいと思っていた根の深い問題への驚くような根本的解決策――。

 しかし、あえてこう言いたい。WWDC 2013基調講演で最大のニュースは、Macの新OSの名前でもなければ、フラットな見た目の新iOSでも、新しくなったMacBook Airや、世界中を驚かせたMac Proのデザインでもない。

 もちろん、2つの新しいOSと2つのハードウェアに見るべきものがないと言いたいわけではない。これらの新製品の素晴らしさについては、その詳細な魅力に至るまで、何ページにも渡って飽きさせずに読ませる自信が筆者にはある。

 例えば、まだほかの記事ではあまり触れられていない「Activation Lock」という機能1つだけでも、書こうと思えば1ページ分は十分、その重要性を語ることができる(本筋から外れるので、注釈で解説しよう)。

 それだけ素晴らしい発表の連続であったにも関わらず、あえて1本目の記事では、これらに一切触れないことで、今回の発表で本当に大事なことにみんなの目を向けさせたいと思う。


 スティーブ・ジョブズという強烈な個性を持つ経営者の力で世界の頂点に立ったアップル。その後を継いで経営のトップに立ったティム・クックCEOが、どうしても拭えないジョブズの影を振り払って、ついに未来に向けた新たな航海へこぎ出したことこそが、WWDC 2013の最大のニュースではないかと思う。そのことは基調講演で打ち出された最初のメッセージと、基調講演の最後に流した間もなく公開されるCMに象徴されている。

「Designed by Apple in California.」

 読者の中には、そんなことがそんなに大事なのか、と思う人もいるかもしれない。だが、こうした会社としての姿勢こそがアップルの原動力であり、変化の源でもあった。


アップルは本当に不調なのか

 1997年夏、故スティーブ・ジョブズがアップルのトップに再び立った当時、信じがたいがアップルの経営は破滅の寸前だった。そんな状況の中、アップルを再び動かし始めたジョブズが真っ先に行なったのは、“Think different.”というCMの製作だ。

 アルベルト・アインシュタイン、ジョン・レノン、モハメド・アリ、バックミンスター・フラー、トーマス・エジソンやパブロ・ピカソ――世界を変えると本気で信じ、世の中に大きな影響を与えてきた人たち。こうした人たちのために道具を作るのがアップルの姿勢だと示したこのCMは、同社の製品を使う人々を奮い立たせただけでなく、それを作ったり、売ったりするアップル社員たちも奮い立たせた。

 それから16年目の夏、アップルは時価総額で世界の頂点に立つものの、その最大の功労者であるスティーブ・ジョブズを失っていた。ジョブズは亡くなる前、後任のティム・クックに「私だったら何をしただろうかとは考えるな。ただ正しいことをやれ」と伝えたという。

 クックCEOは、その後もうまくアップルのかじを取り続け、四半期ごとの決算も好調を維持、直営店を訪問する客はついに毎日100万人のペースに到達した。iOSのApp Storeは90万本ものアプリを並べ、それと別にiPadに最適化されたものだけでも37万5000本、ダウンロード数は5月になんと500億を達成している。そして開発者たちの利益はついに100億ドルを突破した。

 スマートフォンの出荷台数ではAndroidが上回ったというニュースも目にするが、そのアプリの販売による売り上げを見ると74%がiOSで、Androidとは4倍近くの開きがある。ちなみにiOS機器の出荷台数はすでに6億台に上っており、2007年に最初のiPhoneが発売された翌年から、携帯電話としての顧客満足度は1度も逃さずに連続して世界1位を獲得し続けている。

App Storeからのダウンロード数は500億を達成。開発者に支払われた金額も100億ドルを突破している

 Macも絶好調だ。インストールベースは7200万台に達し、米国で最も売れているデスクトップPCの座も、米国で最も売れているノートPCの座もアップルが獲得、5年間常にPC業界の平均出荷台数を上回り、そのペースはWindows搭載PCの5倍近くある。そしてPCの顧客満足度でも全米1位だ。

 アップルが新しいOSをリリースすれば、競合とは比較にならない勢いで、ユーザーが最新OSにアップデートを行なうのも目を引く。現行の最新OS X、Mountain Lionは2800万本が出荷された。

 おまけに、毎年世界中からアップルの開発者が集まるこのWWDC、サンフランシスコ付近で最大級の5000人を収容できるモスコーニ・ウェストを、2013年は6000人のキャパシティに拡張したにも関わらず、そのチケットはわずか71秒で売り切れてしまう人気ぶりだ。

Macの台数はインストールベースで7200万台。WWDC 2013のチケットはわずか71秒で完売した

 こんなアップルに陰りを感じるだろうか。もし感じるところがあったとしても、このアップルに、わずかでも追いついている競合の名前をあなたは本気で挙げることができるだろうか。

 ただ、印象というものは恐ろしい。これだけの勢いで世界の頂点を走り続ける企業でも、あまりに存在感の強かったフロントパーソン、スティーブ・ジョブズが亡くなった途端に、(実績と関係のないところで何か引っかかるところを見つけては)「やはり、ジョブズがいないとダメだ」と語り始める“にわかアップル評論家”が世界中に大量発生した。

 確かにiOS 6の「地図」のような深刻な間違いもあるにはあったが、彼らの懸念の多くは大抵、製品が実際に市場に出回る頃には、誰も口にしない取り越し苦労であったことが判明する。その証拠に、数カ月後もたてば“彼ら”は次なる「やはりジョブズがいないと」問題を発見して、過去の指摘は忘れているのだ。

 今、サンフランシスコで取材を続けていて、日本でのニュースすべてに目を通しているわけではないが、中には「新しいiPhoneやiPadが出なかったから、アップルの勢いが衰えた」といった報道もあったと聞いている。しかし、こちらのWWDC 2013の会場で、そんなことを考えている人は1人も見当たらないはずだ。それにみなさんも、1年前、あるいは2年前のことを思い出してもらえれば、これは毎年のことだと気が付くだろう。

 世界中のアップル製品好きは、新年を迎えると新しいiPhoneやiPadのウワサをし始める。そしてアップルが何かイベントを行なう度に「今度こそ発表されるんじゃないか」と「iPhone、iPadの発表」に過度な期待を寄せ、発表がないと「発表されなかった。今年のアップルは動きが遅い」とこぼし始める。

 だがその後、iPhone 4Sなり、iPhone 5なりが無事に発表され、発売され始めると、その頃には、そんな騒ぎがあったことはもう誰も覚えていない。今もし日本でそういう話題が上っていたとしても、秋にはみんな記憶から消している程度の騒ぎに過ぎないのだ。

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