大人は忙しいのである。
日々の仕事に追われて、のんびり読書などしているヒマがない。
読みたい本や仕事に必要な本を買い込みはするけど、読書の時間がとれずに、机の横に積み上げられていくばかり。かく言うわたしも、一昨年よりゲーム「桃太郎電鉄」の開発スタッフに加わって、非常に多忙な日々を送っている。今日もこれから京都まで出張会議に出掛けなければならないのだ。

はっ! いいことを思いついた。東京から京都へ向かう新幹線の中ならば、本の1冊くらい読めてしまうぞ。これなら移動の時間も無駄にすることなく、人生を有効に使えるではないか。ディス・イズ・ライフハーック! 

乗り込んだのは8時ちょうど東京発、のぞみ207号新大阪行き。車両はN700系というやつで、どことなくうちの女房に顔が似ている。車内はそれなりの混雑だ。隣が空席だと楽でいいのだが、あいにく30代くらいのビジネスマンが座っている。彼の足もとにはアタッシェケース。きみも出張かい? お互いお仕事たいへんだね……。
と、心の中でひとり言をつぶやいていると、そのビジネスマンくんはおもむろに雑誌を取り出して読み始めた。ちらっと横目で見たら「Newsweek(米国版)」。むむむ、やるな。ここでわたしも負けじと本を取り出す。机に積んであった本の山から適当に持ってきた1冊は……こっ、『こどもの発想。』

これは「月刊コロコロ・コミック」の読者コーナーに投稿された小学生男子たちの、珠玉の作品群をまとめたものである。編者は漫画家としても知られる天久聖一氏。“大人の脳に小学生のイデオロギーを備えた男”と、わたしも一目置いている人物だ。たしかに読みたくて買った本ではあるのだが、しかし、よりにもよってこんな状況で、この本をっ!

ゆっくりと動き出した新幹線の座席で、ページをめくる。最初のコーナーは「こども偉人事典」。歴史上の人物の図と、その横に出題文「問:右の人物にあなたの考えたニックネームをつけなさい」というものが添えられている。一発目に登場するのは、戦国武将の中でも不動の人気を誇る織田信長だ。
そこに「しゃくれウマ」だの「生活つらいくん」だの、いかにも小学生らしい珍回答が寄せられている。「UFO人ペスラー」って、なんだそれは。まったく意味がわからない。わからないけれど、なんだか込み上げてくるものがある。

隣のビジネスマンくんが不思議そうにこちらを見ている。どうやらわたしの肩が震えていたらしい。平静を装って続きを読む。「問:ベートーベンの代表曲をまちがえて答えなさい」。すごい出題をするね。それに対する答えは、「与作」とか「笑点のテーマ曲」とか「月に出すケツ」とか、これまた見事にこどもの世界。そして、次のページをめくってブハッと噴き出した。半ページを割いて掲載された優秀作は「ベー曲」。
Web上の小さなフォントでは伝わらないかもしれないが、明らかに小学生男子が殴り書いた極太マジックによる直筆の「ベー曲」。ベートーベンの代表曲「ベー曲」。これで車内販売のコーヒーを噴くなという方が無理だ。

ヤバい本を持ってきてしまった……。まったく出張向きじゃねえ。でも、ここまで来たら引き下がれないので、必死に続きを読んでみよう。

「問:夏目漱石の代表作を答えなさい」「答:かめ200円」
「問:孫悟空の武器はなんですか?」「答:オナラスプレー」
「問:桃太郎の家来になった動物は?」「答:ちょんまげミイラ」
「問:シンデレラがお城に忘れてきたものは?」「答:わらじ」
「問:エジゾンの発明品を答えなさい」「答:夜空のちんポーズ」

気がつくと隣のビジネスマンくんは消えていた。どこ行った。まだ名古屋にも着いていないのに。必死に笑いをこらえる隣人に怖れをなして席を替えたのか。しかし、そんなことはもうどうでもいい。車窓の景色など見るのも忘れて、本に夢中の自分がいる。


とにかく、どのページをめくっても小学生男児ならではの爆弾ギャグ連打で腹筋の休むヒマがない。なかでも秀逸なのは、欄外にひたすら掲載されている「ことば足し算」だ。無関係な言葉と言葉を足して新しい単語を想像するという、簡単そうでいて、実は高度なクリエイティビティを要求される遊びである。試しにどんなものが掲載されているかというと……。

「女+よろい(鎧)=女よろい」
いきなりこれだ。こどもたち(とくに男子)が無意味の王国に生きていることを如実に表した作品といえる。

「エリザベス女王+頂上=エリザベス頂上」
意味とか風刺とか、そういうものを軽々と超越して、むきだしの本能がそこにある。

「サメ+ため息=サメ息」
発行部数100万部は余裕で越えているだろう全国誌への投稿なのに、学校帰りに同級生と会話しているテンションそのままでハガキを書く。小学生という生物の恐ろしさを垣間見る思いだ。

「まごの手+山手線=まごの手線」
乗りたいよ。乗れるものならまごの手線に!

「もれる+バレリーナ=もれリーナ」
放尿しながらくるくる回るのか!? スケートリンクに黄色で五輪を描くのか!?

わたしは本書を読んでいるうちに、あることに気がついた。それは「特定の単語が何度も繰り返し登場する」ということだ。
最初に説明したように、本書は小学生男子たちの投稿によって出来ている。ということは、約240ページにわたる本文の中には、おのずと小学生男子が好む単語(やイラスト)が満載されていることになる。ならば、登場する単語を集計していくことで小学生男子たちの好む単語ランキングが出来るのではないだろうか? それが何かのビジネスに役立つとは到底思えないが、少なくとも、ゲームデザイナーと言うわたしの本職には活かせるかもしれない。早速膝の上でノートPCを立ち上げ、目立った単語をカウントしていった……。


■こどもが好きな言葉はこれだ!『こどもの発想。』頻出単語ベスト10(25種)

1位 うんこ(うんち、クソ、大便、肥やし)46回
2位 ちんこ(チンチン、チンポ、ポコチン、男の急所、フルチン)30回
3位 ケツ(おけつ、尻、ケツ穴)21回
4位 しょんべん(小便、しっこ、尿)14回
5位 おなら(屁、すかしっ屁、にぎりっ屁)13回
6位 おっさん(おじさん、おやじ)9回
6位 金玉(玉袋、タマキン)9回
6位 ゴリラ 9回
6位 バカ 9回
7位 ゲーム 8回
7位 サル(チンパンジー)8回
7位 じじい(おじいさん)8回
7位 はなくそ 8回
7位 ブタ 8回
8位 お金(銭)7回
8位 チン毛 7回
8位 虫(毛虫、芋虫)7回
9位 宇宙(宇宙人、宇宙語)6回
9位 エロ(エロ本、エロビデオ)6回
9位 毛(髪の毛)6回
9位 パンツ(ブリーフ)6回
9位 便器 6回
10位 イモ 5回
10位 ハゲ 5回
10位 野球(プロ野球)5回

だいたい予想した通りだった。全25種類中、10種を下ネタが占めている。かつて、ドリフターズが視聴率を集めていたのもよくわかる。「コロコロコミック」が売れるのもよくわかる。「桃鉄」が人気なのもよくわかる……。

10時23分、新幹線は京都に到着した。わたしは本を閉じ、スーツケースを手にして、ホームに降り立った。
さあ、これから某所に集合して次の「桃鉄」の企画会議に出席せねばならない。ボンビーのお尻の点々をいくつにするか、キングボンビーのフンドシの形をどうするか、フィールド上にはいくつまでウンチが置けるのか、そういった重要なことを決めなければならないのだ。

こどもたちよ、安心しろ! 大人になってもウンチのことを考える仕事はあるんだ。中途半端な大人になんかなるな。そのままの発想を失わずに大人になれ!(とみさわ昭仁)
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