ドイツでは、すでに小学校のうちから留年があるという話は聞いていた。ところが、ドイツで生活するようになり、実態が少々違うことを知った。
小学校に留年制度があるどころか、小学校入学以前に、すでに留年らしきものが存在するのだ。これを、勝手ながら“ソフト留年”と名づけてみた。では、ソフト留年とはどんなものか。

ドイツの各市町村には、「入学準備クラス」という特別クラスを設置している公立小学校が、たいてい一カ所はある。「入学準備クラス」には、学齢に達していながらも、学校生活を送るためには、まだ訓練が必要と思われる児童が在籍し、入学前の一年間を過ごす。

この「入学準備クラス」を担当する教員の大事な任務のひとつに、次のようなことがある。地元の幼稚園を定期訪問して年長園児を観察し、ひとりひとりの園児が、小学校生活に耐えうる発達条件を満たしているかどうかを見極めるというものだ。具体的には、ごく簡単な筆記テストを実施し、園児との質疑応答を通じて、「このまま入学して大丈夫な子ども」と「そうでない子ども」とに振り分ける。その結果、「そうでない子ども」の親には、「お宅のお子さんは、いきなり入学させるのでなく、まずは入学準備クラスからスタートすることをおすすめします」というお達しが届く。人種のるつぼであるドイツゆえ、ドイツ語力が疑問視される外国人児童が、「そうでない子ども」に振り分けられるケースも多いと聞くが、ドイツ人児童ももちろん振り分け対象となる。

いずれにしても、「そうでない子ども」の診断を下された子の親にとっては、それなりのショックではある。しかし、強制力があるわけでは無く、あくまで「おすすめ」というのソフトな留年通知に過ぎない。
「余計なお世話!」と完全無視して、我が子を予定通りに入学させてしまう家庭もあれば、大人しく留年ノススメに従う家庭もあり、反応は三者三様のようだ。

かくして、市内から集まった(集められてきた)「入学準備コース」の児童たちは、モチベーション維持のために、一年生と同じようにランドセルを背負うことを許され、小学校内の一教室で、机を並べて修業の日々を過ごす。体力や忍耐力の向上、集団生活の訓練などが主目的なので、小学校本来の学習カリキュラムには、ほとんど手を着けないと聞く。そして一年後、かつて「そうでない子」に振り分けられた子どもたちが、「入学して大丈夫な子」へと見事に変身を遂げ、晴れてピカピカの一年生になるわけである。こうして、ソフト留年のハンディも克服し、胸を張って一年生の仲間入りを果たしたのも束の間、四年後に次なる関門が待っていようとは……。

日本の中学三年生が初めて直面する進路決定問題が、ドイツでは小学四年生にふりかかってくる、そのワケは【後編】にて。
(柴山 香)
編集部おすすめ