フィリップ・コトラーによる最新作のテーマは「資本主義」だった。“近代マーケティングの父”と称されるマーケティング学者が、なぜ資本主義を論じるのか。そして、コトラーはこれからの企業に何を求めているのか。『資本主義に希望はある』(ダイヤモンド社)の日本版出版を記念して、編集部が単独インタビューを実施した。後編。(写真/引地信彦)
 

5年後にどうなりたいのか、
自社の戦略を見直すべきとき

――現在、日本企業が特にマーケティング面で抱えている課題は何だと思われますか?

フィリップ・コトラー(以下略) 日本のこれまでの成功とは、たとえばトヨタ自動車の「カイゼン」や「ジャスト・イン・タイム」などのように、製造の強みによってもたらされてきました。ところが、世界は変わりました。よい製品が少ないのではなく、資本主義が傷ついたことでよい消費者が減っているのです。その結果、限られた消費者をすべての企業が奪い合う状況が生まれています。そうした時代には、消費者が自社あるいは他社製品を買う際の意思決定をどうしているかについて、きちんと理解できる力を持つマーケターが非常に重要な役割を果たすということです。

 そのためには、マーケティングのリーダーとなる企業も必要だと思います。かつての日本企業は、たとえばソニーのように創造性やイノベーションで勝利を収めてきました。しかし、その強みは韓国企業に取って代わられてしまった。どこの空港に着いても、テレビやデジタルサイネージでまず目にするのはサムスンの製品です。彼らは特別な部署を持ち、その部署では常に新しいものを作り続けています。いまあるテレビよりももっといいものは何か、iPhoneの先を行くものは何かと考え続けることができている。

 おそらく、彼らはある秘密を発見したのではないでしょうか。資本主義のエンジンはマーケティングであるということ、を。マーケティングは決してサイドショウではなく、会社そのもののエンジンであると気づいたのでしょう。日本企業ももう一度、創造性を再活性させるべきであり、それを阻害する官僚主義的な体制を打開しなければなりません。

――製品力だけで勝負することが難しくなったいま、日本の製造業が復権するためには何をすべきでしょうか?

フィリップ・ コトラー(Philip Kotler)
ノースウェスタン大学 ケロッグ・スクール・オブ・マネジメント 教授
1931年生まれ。シカゴ大学で経済学修士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号を取得した後、ハーバード大学で数学、シカゴ大学で行動科学を研究。シカゴ大学でミルトン・フリードマン、MITではポール・サミュエルソンとロバート・ソローという、3人のノーベル経済学賞受賞者に師事した。『ハーバード・ビジネス・レビュー』『MITスローン・マネジメント・レビュー』などの学術誌に100を超える論文を寄稿し、『ジャーナル・オブ・マーケティング』誌の年間最優秀論文に贈られる「アルファ・カッパ・サイ財団賞」を3度受賞。ゼネラル・エレクトリック(GE)、IBM、メルク、AT&T、ソニー、バンク・オブ・アメリカ、モトローラ、フォードなど、世界中の企業でコンサルティング活動を行っている。最新刊に『資本主義に希望はある』(ダイヤモンド社)がある。

 私は、日本のすべての企業が悪いと言っているわけではありません。自動車にしても、カメラにしても、時計にしても、素晴らしい企業はたくさんあります。ただ、日本国内での競争が激しすぎるという印象がある。ミシンもつくり、扇風機もつくりという会社もありますが、しっかりと参入業界を定めて、自社の強みを発揮できるようにすべきでしょう。あまりに競合が多すぎる市場は避けるべきだと思います。

 そのうえで、戦略を再構築することが重要だと思います。日本の経営陣や従業員の質は常に高く、トレーニングも十分に行われています。しかし、世界が変わったことに気づいておらず、戦略を変えていない。なかには戦略を変えた企業もありますが、財務状況ばかりを見ている企業が多いと感じます。

 そうではなく、抜本的に自社の戦略を見直して、5年後に自分たちはどんな会社になりたいのかを考えるべきです。5年の間にも、市場はどんどん変わっていきます。どこに投資すればイノベーションが生まれるのか。どの分野で戦うにしても、そこでリーダーになるという覚悟を持って戦略をつくるべきです。

 同時に、最も感度の高い世代、ミレニアル世代にアピールできる製品を考えなければいけません。自社でもミレニアル世代は働き始めていると思いますが、彼らからインスピレーションを得る努力をすべきだと思います。

 1980年代、90年代の日本は、「メイド・イン・ジャパン」で世界を席巻しました。当時は、日本の信頼性にあやかろうと、日本風に名前を変える米国企業もあったほどですが、いまは決してそうではありません。そうではなく、「クリエイテッド・イン・ジャパン」に変えたら、日本がもう一度世界の脅威になるかもしれません。日本企業のイメージを再構築することも重要だと思います。

――昨年、コトラー先生は「マーケティング4.0」を提唱されました。そこでどんなメッセージを伝えたかったのでしょうか?また、日本企業はマーケティング4.0をいかに活用すべきなのでしょうか?

 マーケティング1.0は、単に「よい製品だ」と思って買ってもらえる段階です。2.0は、「私はこの企業を愛しているので、この企業の製品なら買う」、3.0は「この企業は社会に貢献しているので、そこの製品を買う」という段階です。私はこれ以上はもうないと思っていましたが、その先のマーケティング4.0がありました。それは、消費者の自己実現につながる製品です。

 アブラハム・マズローの欲求5段階説の最上位は自己実現ですが、ある製品を通して自己実現できるということは、カスタム化された、個人化された製品であるということです。最高の自分を引き出してくれる製品・サービスをつくれることが、マーケティング4.0だと考えています。いまだマーケティング4.0の概念は完璧なものではなく、まさに研究している最中ですが、それを実践できている企業はほとんどありません。

――マーケティング3.0から4.0を提唱されるまでが非常に短期間だった印象があります。4.0の存在に気づかれたきっかけは何でしょうか?

 これまでの企業は一方的に製品をつくり、それを「買うの?」「買わないの?」と消費者に提示していました。しかし、子どもの遊具であるレゴや、かなりのカスタムが可能なハーレー・ダビッドソンのように、企業と消費者が製品・サービスを共創することはできないのかと考えたのがきっかけです。それを通して、なりたい自分になる、自己実現ができるようになれば、それは新しいマーケティングになるのではと考えています。

 

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『資本主義に希望はある』
フィリップ・コトラー 著/倉田幸信 訳/高岡浩三 解説
歴史を振り返っても、資本主義以上に優れたシステムは見当たらない。ただし、もちろん完璧ではない。貧困、格差、搾取、機械化と雇用などの課題と向き合う必要がある。“近代マーケティングの父”と称される経営学者であり、3人のノーベル賞受賞者に師事したフィリップ・コトラーが描く、資本主義の未来図とは。

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