- 2021 01/01
- 私の好きな中公新書3冊
森毅/竹内啓『数学の世界 それは現代人に何を意味するか』
安西祐一郎『問題解決の心理学 人間の時代への発想』
稲垣佳世子/波多野誼余夫『人はいかに学ぶか 日常的認知の世界』
中公新書について書く機会をいただいた。私は新書と文庫で育った人間なので(若い頃、高い学術書はいろんな意味で手が届かなかった)、思い出す中公新書は数え切れないほどある。しかし3冊を選ぶ、という約束なので、ここでは、自分が書いたり考えたりしているもののきっかけとなることで、今の読書猿をつくってくれた中公新書たちを取り上げたい。
『数学の世界』(通巻番号317)は、性向も文体も読者層もまるで異なると思われる二人、森毅と竹内啓を会わせる(合わせる)企画が愉快である。
対談、座談の多い印象のある森だが、この本はその中でも出色の一品。大抵の場合、森毅のキャラクターが場の空気を制圧して、対談全体がゆるくホニャララなものになってしまうところ、終始冷静な竹内啓は森が出す論点(そして小ネタやとぼけ)のことごとくに異論をとなえ冷水を浴びせかける。
こうして、森の面白おかしいネタへの脱線と、それに応じない竹内の生真面目な切り返し、森の縦横無尽に展開する雑学と竹内の実用知の経験とが混じり合い、絶妙の汽水域を作り出していて、数学の純粋な楽しみと応用の豊かさ、そして自由さや厳密性がモザイクと化して、数学の多面的な魅力を描き出し、数学オンチの自分が、それでも諦め悪く数学と付き合い続けるルーツとなっている。
『問題解決の心理学』(通巻番号757)は、認知科学による問題解決の分野を紹介した最初期の一般書で新しい学術分野を紹介する機会を提供してきた中公新書の面目躍如な一冊。ビジネス書に問題解決の書籍が並ぶより、かなり以前のもので、両者を比べれば、ビジネス書がこうした分野の蓄積をまるで参照せず、恐ろしいほど退行した代物であったことがわかる。
新しいやり方を考え出す以外にも、新規に直面する環境になれることや、困難を運命として受忍することまで「問題解決」のひとつ(しかも実世界では最頻出のもの)として認めるなど、問題解決を広く深く捉えた視点と考察が随所に見られる。この新書と若い頃に出会ってなければ、拙書『問題解決大全』ははるかに浅い内容になっていただろうと思われる。
最後に『人はいかに学ぶか』 (通巻番号907)。認知科学が状況論的転回を遂げた1980年代、仕事場や家庭など「日常的な場」における人間の有能さの研究や、認知活動を他人や道具といった外界の支えとの相互作用として捉える研究、協調作業として発揮される集合的知についての研究などが、相次いで発表された。
これらの知見を、そう時間をおくことなく紹介したことも特筆されるが、本書には、その後に学習科学という分野の基礎となった発見やアイデアが詰まっている。これらの知見と人文知の長い経験が交差し、拙書『独学大全』は誕生した。