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ヤモリの足のはなし ~吸盤ではない~

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ヤモリの足の概観 キモイですねー(画像出典はこちら

 以前から注目していた研究成果を展開致します

Tshozoです。窓際は暑い季節になりました。

さて、ヤモリ。筆者の実家に戻ると、夜、光で明るい窓にペッタリひっつきながら昆虫類を食べているのをよく目にします。今回は一つの窓で違う個体が3匹くらい居ました。

gecko_06.pngこんな感じでした

 窓はガラスです。ツルツル。普通のイメージだと、吸盤かなんかで吸い付いて登ってることを想像するでしょうが、実は違います。ヤモリの足の表面には吸盤はありません。「毛」があるだけなのです。

gecko_08.png

ヤモリの足の先端部分の構造 こちらより筆者が改編して引用 → 

 上の写真のように「繊毛(Seta, 又はSetalと言うようです)」がワラワラと一杯生えており、吸盤らしき構造は全く見当たりません。さらに繊毛の先はもっと細かく、1um以下のサイズの箒が多数生えているようになっています。どうしてこういう構造で自分の体を支えられるのでしょうか。

 

gecko_05.png

天井とかもスルスルいけます

 それを探るためにカリフォルニア工科大学、ハーバード大、マサチューセッツ大アーマスト校等の一流大学が現在も活発に研究活動を行っています。今回はその研究動向をザックリとお話しできればと思います。お付き合いください。

まず、素朴な質問から。

 

①なんでくっつくのか?

ネタを先にばらしますと「実はまだよくわかってない」のです。色々な研究機関でAFMを用い測定を行ったケースや、モデルSetaeを作ったりしたケースで調べられてはいるものの、明確な結論が出ているわけではなさそうです。ただその中でもかなり先行しているLewis and Clark UniversityのKeller Autumn教授(原論文→ )の初歩的なモデル計算によると、

gecko_14.pngこちらより引用 → 

 という形で全Fという接着力(垂直方向)が表現されるようで、RはSetaの接触部先端半径、γはカベ側が持っている表面張力、NがそのSetaの本数、ということで決まるとしています。もちろんここから更に色々検討は進んでおり、上記のようなモデルに加えてナノサイズの世界で何かおかしなことが起こってるんではないかという研究結果も出ているようです。もちろんくっつき方や引っ張り方によってもかなり変わり、このモデルをどう作るかも重要かつ大きな研究テーマになっています。

ともかく、イメージはこれ↓。子供の頃にチャンピ〇ンとチャンピ〇ンでこういうふうに遊んだ方も居るかと思います。

gecko_09.png「雑誌をパラパラ重ねると引っ張っても取れない」、ヤモリが活かしている支持力のイメージ例
厳密には違いますが、ミクロン/サブミクロンレベルで同じようなことが起こっているようです

 さらに色々見ていくと

◆「湿気の影響が大きい」 → 
◆「リンパ腺が無いはずなのにヤモリの足跡から脂質が発見された」 → 
◆「かなり硬い物質(β-ケラチンというヤング率の高い物質)で出来ているのになんでかくっついてる」 → 

などの新たな知見も出てきており、未だその秘密が明らかになったとは言い難いでしょう。特に上記2番目の「脂質っぽいのがなんか付いてる(出てる?)」というのは個人的にはなかなか驚きで、人間のように皮脂のようなものをペタペタ出しながらくっついているのか、と思うと胸が熱くなります。

gecko_15.pngヤモリの足から出てる「何か」 引用 → 

gecko_16.pngNALDIによる「何か」の推定分子構造
なんでまたこんなものが、と思いますよね 
引用同上 → 

 ②人間がマネできるの?

できます。たとえばこれ↓。「グローバル・ニッチ・トップ」のスローガンで有名な日東電工殿は、2009年前後から本件による「接着剤によらない接着」という切り口で、大阪大学 中山教授との共研により、垂直配向カーボンナノチューブを用いた「ゲッコーテープ」というものを作っています。

 

gecko_17.pngたった1cm^2の垂直配向CNTで500mlペットボトルを支える 日東電工殿技報より引用 → 

 また、PNASに掲載されていました韓国ソウル大の研究成果であるコレ↓の凄いこと!ポリウレタンとナノインプリンティング技術を組み合わせて作ったようですが →  先端部までかなり忠実に再現されており驚愕でした。まさにバイオミメティクスとはこういうことを言うんではないでしょうか。

gecko_18.png上述のSetae先端部と非常にそっくり 引用 → 

 で、どこまで吊り下げられるのか。上の理論式に基づけば、Setaの本数が多ければ多いほど、重いモノでも吊れるはず。ということで300ポンド(≒140kg)まで吊り下げた例がこちら↓。しかもこれ繰り返し付け外しが出来る! 技術の進化というのはすごいもんですな。

gecko_19.png約100cm^2でガラス板に140kgの重りをぶら下げる!
Prof. Crosby 教授(マサチューセッツ大 アーマスト校) 引用 → 
 論文はこちら → ● 

 ③今後どうなるの?

応用開発が既にいろいろなところで進んでおり、実はこんなものがもう出来てます(引用:Stanford大による「Stickybot Project」 → ) (動画 → ) このロボット、買えるみたいですね。

gecko_14.jpg また、「スパイ〇ーマン」を人間の手で作ろうぜ、というプロジェクトもあり、その一部にも練り込まれています → 

これらの成果が材料の進化により市販化、現実のものとなれば、漫画「グラップラー刃牙」に出てきた「柳 龍光」氏(→ )のように、手の平で真空状態を作らずに、人間が垂直な窓ガラスを上に登っていける可能性があるわけです。その可能性だけでも筆者は心躍る次第です。それにこれ →  を組み合わせれば、人間ムササビの出来上がりですよ! 是非、この材料の進化に皆様の研究力を活かして頂きたいと感じております。

gecko_15.jpg

「Birdman」プロジェクト 死ぬまでに1度はやってみたいです

 この他、先に紹介した日東電工殿では、真空だろうが超低温だろうが高温だろうがこの構造体による接着性が比較的維持されること、またVOCが極めて少ないことに注目し、高精度の分析機器内への適用を目指して研究を継続しているようです → 。こうした思いがけない方向への活用も非常に楽しみなところです。

こういう楽しさを追求することが科学の本来の由来であるはず。権力の道具としての科学、ということは繰り返し述べていますが、科学の本質にはそれ以外にも「知的欲求に基づいた絶対智」が存在し、それが継承され更なる楽しさを産み出すものだ、ということを信じるものであります。

ということで今回はこんなところで。

 

(蛇足1)こうした研究が既に多く軍事系のサイトで紹介されてるあたりは人間の業として救いがたいものも感じますが・・・(例のキモい軍用犬ロボットで有名な「Boston Dynamics」が開発しています→ )。ま、結局はニンゲンのやることですし、技術は包丁と同じで使い方次第というわけですよね。

(蛇足2)今回調べたときに分かったのですが、ヤモリだけでなくハエなどの虫も同じような構造を足に持っているようです。誰に教えられたわけでもないのに・・・本当に生物というのは不思議なもんです。

gecko_11.pngこちらより引用 → 

参考文献

  • “Gecko Feet: Natural Attachment Systemsfor Smart Adhesion” Bharat Bhushan ・ Robert A. Sayer → 
  • “Gecko-Inspired Polymer Adhesives” Yi?it Menguc and Metin Sitti → 
  • “Direct evidence of phospholipids in gecko footprints and spatula-substrate contact interface detected using surface-sensitive spectroscopy” Peter H. Niewiarowski and Ali Dhinojwala et Al, → 
  • “Properties, Principles, and Parameters of the Gecko Adhesive System”, Kellar Autumn → 
  • “A nontransferring dry adhesive with hierarchical polymer nanohairs” PNAS, 2009, vol.106 no.14 5639-5644 → 
  • “日東電工技報90号 – 2009年 vol.47” → 
  • Biomimetics: Looking Beyond Fibrillar Features to Scale Gecko-Like AdhesionAdvanced Materials. Volume 24, Issue 8, pages 1078-1083 及び 
  • “Evidence for van der Waals adhesion in gecko setae” PNAS, 2003,? vol. 100,? no. 19, 10603-10606 → 
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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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