“handle name” は間違った英語であるという俗説がある。
日本では、本名とは別にネット上で名乗る名前のことを指して「ハンドルネーム」と呼ぶことが広くおこなわれている。 「ハンドル名」と言われることもある。 略して HN と表記されることも多い。 その由来は英語の handle name であろうと容易に想像がつく。
ところが、その handle name が英語としては誤りであるというのである。 アマチュア無線のコミュニティーを中心に、ネット界隈でも、少なからぬ人々がこの俗説を信じているようだ。
英語では通常、name を付けず、handle だけで用いられる。 そんな話を聞くと、handle 単独での使用だけが正しく、handle name とするのは間違いであるなどと勘違いをする人が現れる。 その勘違いした人の話を聞いて、確かめもせず、鵜呑みにする人が現れる。 さらには、「ハンドルネーム」は間違いであるとして徹底的に排除し、それを使う人々に対して攻撃を加える輩まで出てくる。
その一方で、「ハンドルネーム」を誤用として排斥するのではなく、日本語として受け容れてしまおうという向きもある。 そうした人々はたいてい「和製英語」という用語を持ち出す (もっとも、和製英語だからこそ誤りだという人もいるが)。 しかし、そのような「ハンドルネーム」擁護派にしても、handle name は英語として間違いであるという前提に基づいている点で「ハンドルネーム」否定派と変わりはない。
否定派にも擁護派にもその前提となっている「handle name 誤用説」であるが、看過できぬほどにまで蔓延している。 ここではその一端を垣間見てもらうため、おもに辞書系のサイトからいくつか引用しよう (引用はいずれも 2007 年 1 月時点のもの)。
ハンドルネームとは、インターネットやパソコン通信上で使用されるニックネームのことである。特にチャットやインターネット上の掲示板では、個人を簡単に識別する手段として頻繁に使われる。
本来は「ハンドル」だけであだ名という意味を持つが、日本では「ハンドルネーム」「ハンドル名」といった用法が定着している。ただし英語圏には、「handle name」という言い方は存在しない。
——IT用語辞典バイナリの「ハンドルネーム」の項
handle が「ハンドルネーム」に当たる表現です。handle name とはいいません。
ハンドルネーム
インターネット上(Webページやインターネット掲示板など)で本名の代わりの使う名前。ハンドルだけで「あだ名」の意味があるため、ネームを附けるのは本来誤用である。
ハンドル
掲示板やメーリングリストなどで使われるニックネーム。ハンドル=ニックネームなので、「ハンドルネーム」とは言わない。
——パソ友「とびきりやさしいパソコン用語事典」の「ハンドル」の項
ハンドル
インターネットやパソコン通信で使用するニックネームのこと。「ハンドル名」は意味が重なってしまうので誤用。
——アスキーデジタル用語辞典の「ハンドル」の項
以下の引用ではいずれも「和製英語」としているが、必ずしも「ハンドルネーム」擁護派とは限らない。
ハンドルネーム はんどるねーむ
通称・あだ名などを意味する和製英語。
インターネットなどで用いる,本名以外の名前。略してHNと表記されることがある。
英語としては、ハンドルの一語に名前の意も含むので、ハンドルネームやハンドル名とするのは誤用。——はてなダイアリーキーワードの「ハンドルネーム」の項
ハンドルという単語自体に『名前(ネーム)』の意味が含まれているので、ハンドルネームではなく、ハンドルが正しい。ハンドルネームという表現は和製英語で、「ハンドル」が自動車の操舵装置(正式には"steering wheel")若しくは“手渡し”(handle)の意になってしまうため、混同を避ける意味でハンドルネームと使われてきたと言われる。
ハンドルネームはリンクフリーに続く和製英語で、直訳すると変な言葉になります。本来はハンドルだけで名前になる為、ネームを追加すると名前が重複してしまうのです。よって、馬から落馬、頭痛で頭が痛い、激痛による激しい痛みの様な、可笑しい表現になってしまいます。
ハンドル[handle] ・・・・・自分の名前(ファーストネーム)を略した愛称。CWでよく使用される。日本ではニックネームとほぼ同じ意味で使われる。ハンドルネームという言い方は和製英語なので間違い。
ハンドルネーム
〔(和製) handle+name〕
〔ハンドルは通称・あだ名などの意〕
インターネットなどで用いる,本名以外の名前。単にハンドルとも。HN。——デイリー新語辞典の「ハンドルネーム」の項
ついでに、handle のつづりを間違えている恥ずかしい例も紹介しておこう。
ハンドルネームは和製英語で、本来は「hundle(ハンドル)」。
ハンドルネームとは、インターネット上で使用する本名以外の名前(ニックネーム)のこと。アマチュア無線家が交信する際に使用していた個人を認識する為に使用する名前をハンドル(hundle)と呼んでいたのが由来。
——All About パソコン用語集の「ハンドルネーム」の項
“handle name” は英語として間違っているわけでもなければ、和製英語というわけでもない。
たしかに、英語では handle だけで十分に通用する。 handle だけで、日本でいうハンドルネームの意味になる。 むしろ、handle 単独で用いるのがふつうだ。 しかし、だからといって、handle name が誤りであるということにはなるまい。 譬えるならば、携帯電話のことを「携帯」だけで十分に通ずるから「携帯電話」と呼ぶのは誤りであるというようなものか。
また、意味の重複する点が誤用説の根拠として挙げられているが、重複表現が必ずしも間違いとは限るまい。 たとえば日本語には、「今現在」という表現がある。 「今」だけ、あるいは「現在」だけでも意味は同じだが、だからといって「今現在」が間違った表現とされることはなかろう。
英語でも事情は同じである。 “presently now” という表現がある。 presently も now も「今」ないし「現在」を意味する副詞である。 まさに「今現在」に相当する表現だ。
似たような例はいくらでもある。 たとえば、“red” という語は「赤色」という意味をもつ。 つまり、red には color (色) の意味が含まれる。 しかし、“red color” という表現もまた「赤色」を意味する。 red に color の意味が含まれるからといって、red color が間違った表現になるわけではないのである。 このことは、blue や yellow など、色を表わす語すべてに当てはまる。
あるいは、“Japanese”。 この語はそれだけで「日本語」の意味になる。 つまり、Japanese には language (言語) の意味が含まれる。 しかし、“the Japanese language” としてもやはり「日本語」である。 すなわち、Japanese に language の意味が含まれるからといって、Japanese に language を後続させてはならないというわけではない。 同じことが、English や French など、言語の名称として使われるすべての語について言える。
はたまた、“alias”。 この語は「別名」ないし「偽名」という意味をもつ。 すなわち、alias には name (名前) の意味が含まれる。 しかし、“alias name” としても同じ意味である。 alias に name の意味が含まれるからといって、alias name という表現が正しくないということにはならない。
そして、“handle”。 この語に name の意味が含まれるからといって、“handle name” が間違った表現だということにはならないのである。
“handle name” が英語の中で用いられている実例があれば、もはやそれが間違った英語であるという主張は成り立たなくなる。 情報入手の手段に乏しかった昔ならいざ知らず、これだけインターネットが発達し、検索サイトを利用して英語サイトの検索まで可能となっている現在、答えは直ちに出よう。 注意すべきは日本人の手になるサイト。 そのようなサイトの用例は反証にならないので、慎重に排除しなければならない。
どのような handle name の用例があるか、あるいはどれだけの用例があるか、詳しくは実際に検索していただくとして、ここでは 2 例だけ紹介しよう。
ニューヨーク・タイムズ傘下の About, Inc. によって運営されている About.com に、利用者からのさまざまな質問に対してその道の専門家が答える Experts というサービスがある。 このサービスに、ずばり、handle name (および screen name) とは何かという質問が投稿され、Jerry Leone 氏が回答を与えている。 その「"handle name" and "screen name"」のページから、主要な部分を抽出して引用しよう (引用は原文のまま)。
Question
What are "handle name" and "screen name"?
Answer
A handle name is more commonly called a nickname here in the United States. Although my given name is Gerald, I am more commonly called Jerry by my friends and family. Jerry is therefore my handle name. Roberts are commonly called Bob while Richards are either Dick or Rick. These are common American handles. Tony is a common name for Anthony and Nick for Nicholas,
Screen names are names that movie star take on to simplify their recognition. John Wayne was born Marion Morrison and Marilyn Monroe was Norma Jean Simpson. Many foreign stars will taken on more Americanized names to make their acceptance greater on the American screen. Jackie Chen and Telly Savalus are other good examples.
適当に訳しておく。
質問
「ハンドルネーム」とか「スクリーンネーム」って、何ですか?
回答
ハンドルネームというのは、ここ合衆国の場合、もっと一般的な言い方をすれば、ニックネームということだね。 私の場合、親の付けてくれた名前は Gerald だけど、友人からも家族からも通常は Jerry と呼ばれている。 つまり、Jerry が私のハンドルネームというわけだ。 Robert という名前の人はふつう Bob と呼ばれるし、Richard という名前の人は Dick か Rick と呼ばれる。 これらは一般的なアメリカ人のハンドルだ。 Tony は Anthony の通称だし、Nicholas に対する Nick もそう。
スクリーンネームというのは、映画スターが自分のことを簡単に認識してもらうために名乗る名前のことだね。 ジョン・ウェインの本名はマリオン・モリソンだったし、マリリン・モンローの本名はノーマ・ジーン・シンプソンだった。 外国人スターの多くは、アメリカ映画でより広く受け容れてもらえるように、よりアメリカナイズされた名前を名乗ることになる。 ジャッキー・チェンやテリー・サバラスが好例だ。
ここには伝統的な意味しか説明されていないが、はたして質問者の期待した回答になっているだろうか。 handle 同様、screen name もまた、ネット上で名乗る名前の意味で使われる。 Wikipedia の記述によれば、screen name は AOL の造語であるというが、おそらく、コンピューターのディスプレイ装置の表示面を screen と呼ぶところから転用されたものであろう。
ところで、マリリン・モンローの本名をノーマ・ジーン・シンプソンとしているが、シンプソンはどこから出てきたのだろう。
米 Yahoo! の Yahoo! Answers も、利用者から投稿された質問に別の利用者が答えてくれるサービスである。 Yahoo! JAPAN の知恵袋に当たる。 その Yahoo! Answers に投稿された「CB 無線とは何か」という質問に対し、いくつかの回答が寄せられているが、質問者が best answer に選んだ回答の中に handle name が使われている。 「Wats a CB radio?」のページから当該の一節を引用しよう (handle name を太字で示すほかは原文のまま)。
Wats a CB radio?
A CB Radio is a Ciitizen Band like a walkie talkie that goes for miles, truckers used them to communicate between each other, and then people in cars used it. Picture it like a Nextel but every one on that station could listen to your conversation. Sort of like the old cop radios in their cars, or in a boat. Long antenna on the back of your car and this huge box with 3 knobs, volume, frequency tuner and a knob to change stations (numbers) It was pretty cool back then. I was 18 when my father had one. People would talk LIKE Breaker breaker good buddy over and out------stuff like that people had their own Handle name Not Screen Name Or E-Mail address but similar.
これも適当に訳しておこう。
CB 無線って何?
CB 無線とは、トランシーバーに似た市民バンドのこと。 交信距離は何マイルにも及び、トラックの運ちゃんたちがお互いの通信用に使っていたが、その後、一般にもカー無線として使われるようになった。 ネクステルのようなものを想像すればいいが、異なるのは、そのチャンネルに合わせている全員が交信者間の会話を聴くことができるという点。 パトカーに搭載されていた昔の警察無線とか、ボート無線みたいなものだ。 車の後部に長いアンテナを取り付け、ボリューム、周波数チューナー、チャンネル切り替えの 3 つのつまみの付いた巨大な箱を搭載する。 当時はそれがとてもカッコよかったんだよ。 私が 18 歳のころ、親父が持ってたね。 ブレーカー・ブレーカー、グッド・バディー、オーバー・アンド・アウト——とかなんとか言いながら交信してたものさ。 交信者たちはそれぞれがハンドルネームを持っていた。 スクリーンネームや E メールアドレスみたいなものだね。
The New Hacker's Dictionary としても知られる The Jargon File (その handle の項) や Smart Computing Dictionary (その handle の項) によれば、handle をネット上で名乗る名前の意味で用いるのは、CB 無線におけるスラングに由来するらしい。 CB 無線のスラングについては CB Slang and Technical Terms のページが参考になる。