創業者に学ぶ

Paul Graham / 青木靖 訳
2007年2月

(ジェシカ・リビングストンのFounders at Workへの序文。)

短距離走者というのはスターティングブロックから飛び出してすぐ最高のスピードに達し、レースの残りはスローダウンしていくように見える。勝つのは一番スローダウンしなかった者だ。多くのスタートアップもまた、そのような動きをする。通常最も生産的なのは一番始めの時期 であり、それは彼らが本当に大きなアイデアを持っているときだ。社員の100%がスティーブ・ジョブズやスティーブ・ウォズニアックで占められていた頃のAppleがどんなだったか想像してみるといい。

この時期のスタートアップで特筆すべきなのは、ビジネスがどのようなものかについて多くの人が持つイメージとはまったくかけ離れているということだ。みんなの頭の中を覗いてみて(あるいはストックフォトコレクションを眺めて)、 「ビジネス」を表すイメージを探してみれば、そこにあるのはスーツに身を固めた人々や、会議机を囲むいかめしい顔をした一団や、PowerPointプレゼンテーションや、互いに分厚い報告書を書いてはやり取りしている人たちだろう。初期のスタートアップというのはその対極にある。しかも彼らは経済全体の中でおそらく最も生産的な部分なのだ。

なぜこのような乖離が生じるのだろう? そこには仕事に関する、ある一般原理が働いているのだと思う。「パフォーマンスに費やすエネルギーが少ないほど、埋め合わせとして見かけに費やすエネルギーが増える」。印象的に見えるようにするのにエネルギーを費やすほど、実際のパフォーマンスは通常悪化していく。何年か前に自動車の雑誌で 、スタートして最初の1/4マイルを最速で走れるように「スポーツ」モデルの車を改造するという記事を読んだことがある。彼らがどんな改造をしたかわかる? 自動車会社が速そうに見えるようにと 車に取り付けたガラクタを全部取り外したのだ。

ビジネスにもまた、その車と同じように壊れたところがある。生産的そうに見えるようにするための努力は単なる無駄であるだけでなく、組織の生産性を実際下げることになる。たとえばスーツだ。スーツは人がより良く考えるための助けにはならない。大会社の重役の頭が一番良く働くのは、彼らが日曜の朝に目を覚まし、バスローブのまま下の階に下りてきてコーヒーを入れるときじゃないかと思う。それがアイデアの得られる時なのだ。仕事をしているときにも人々がそれくらいに良く頭を働かせられる会社がどんなものか想像してほしい。スタートアップにおいては、少なくとも時間のある部分では、人々はそのようにしているのだ。(時間の半分はパニックを起こしていて、それはサーバが火を吹いているからなのだが、後の半分では、多くの人が日曜の朝に1人で座っているときにしか達しない深さでものを考えている。)

大企業における生産性として言い習わされているものとスタートアップの間のそのほかの違いもまた同様だ。それでも「プロフェッショナリズム」に対する従来の考えは、私たちの心を強くつかんでおり、スタートアップの創業者でさえその考えに影響されている。私たちのスタートアップでは、外部の人がやってくるときには 「プロフェッショナル」らしく見えるようにとずいぶん努力していた。オフィスの掃除をし、いくらかでもマシな服を着て、普通の仕事時間帯にたくさんの人がいるように調整した。実際には、プログラミングというのはいい身なりをした人がきれいなデスクでオフィスアワーにやるもんじゃない。それは汚い身なりの人間(私はタオルだけ身にまとってプログラミングすることで知られていた)がゴミの散らかったオフィスで朝の2時にやるものだ。しかしお客様にはそんなことは理解できない。見れば本物の生産性を見分けられるものとされる投資家でさえそうなのだ。私たち自身でさえ、一般的な通念に影響されていた。私たちは自分のことを、全然プロフェッショナルでないのに成功したいかさま師みたいに思っていた。それはまるで、私たちがF1自動車を作ったが、それが普通の車らしく見えないことを恥ずかしく思っているかのようだった。

車の世界であれば、少なくとも一部の人々は最高のパフォーマンスの車というのはF1レースカーのような格好をしており、リムが大きくて飾りのウィングをトランクに付けたセダンみたいではないことを知っている。しかしどうしてビジネスはそうでないのだろう? それはたぶんスタートアップが小さすぎるためだ。本当に劇的な成長が起きるのは、スタートアップにほんの3人か4人しか人がいないときであり、それだから3人か4人の人しかそれを目にしないのだ。一方で何十万という人々が、ボーイングやフィリップモリスで行われているビジネスを目にしている。

この本はそういう問題を修正する助けになるだろう。これまではほんの一握りの人しか目にすることのなかったものをみんなに見せることによって。スタートアップの最初の一年にどんなことが起きるのかということだ。それは本物の生産性がどういうものかを教えてくれる。それはF1レースカーだ。変な格好をしているが、ものすごく速いのだ。

もちろん大企業がこれらのスタートアップと同じようにやることはできないだろう。大企業では、常に、政治がもっと多くて、個人が決断できる範囲が狭い。しかしスタートアップの本当の姿を見ることによって、他の組織は少なくとも何を目指すべきか知ることができるだろう。スタートアップが企業らしく見せようと努力するのでなく、企業がもっとスタートアップのようになろうとする時が、間もなくやってくるかもしれない。それはいいことなのだ。

 


 

Founders at Work

成功するスタートアップの最初のひと月に起きることを直接目にする人は2千人もいないだろう。ジェシカ・リビングストンは彼らにスタートアップが実際どのように動くものなのかを話してもらっている。だからこれはインタビューの形式をしてはいるが、実際にはハウツー本なのだ。これはたぶんスタートアップ創業者が読むことのできる最も価値のある本だと思う。

 

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オリジナル: Learning from Founders