ピーターペッパーのピクルスがメディアクリエイターになった理由

2016/02/26 2016/02/26

個性的な唐辛子ピーターペッパーにまつわるこぼれ話あれこれ。ピーターパイパーの唐辛子ピクルスから遺伝学までを網羅的した、世界でも指折りの資料であります。（誰得）

トウガラシについての科学論文をいろいろ探してて見つけた「ピーターペッパー」というトウガラシが　あまりに奇抜すぎた。

これではまるでトウガラシではなくメディアクリエイターではないか。アイキャッチ画像を見て苦手な雰囲気を察した人はそっとブラウザを閉じることを奨励したい。

ピーター・パイパーの唐辛子とマザーグースの歌

ピーターのトウガラシと言えばまず思い出されるのはマザーグースの歌だろう。口伝による童謡をリストアップした Roud Folk Song Index の19745番に収録されているという。

早口言葉としても有名な、その歌詞はこうだ。

Peter Piper picked a peck of pickled peppers.
A peck of pickled pepper Peter Piper picked.
If Peter Piper picked a peck of pickled peppers,
Where’s the peck of pickled pepper Peter Piper picked?

ピーター・パイパーは1ペック（訳注：約9リットル）の唐辛子ピクルスをつまんだ。
ピーター・パイパーがつまんだ1ペックの唐辛子ピクルス。
もしピーター・パイパーが1ペックの唐辛子ピクルスをつまんだなら、
ピーター・パイパーがつまんだその1ペックの唐辛子ピクルスは一体どこへ？

SO スライスハラペーニョペッパー

サントリーの紅茶ピコ版

この「ピーターのペッパー」はサントリーの紅茶「ピコ」のコマーシャルにも使われていた。

Peter paid the piper to pick some pickled peppers, so merry we will go, so merry we will go. Pekoe!

ピーターは唐辛子ピクルスの代金を支払った。楽しもう、楽しもう、ピコ！

詩には大幅にアレンジが加えられており、ピコ版を先に覚えた私にとってはマザーグース版の方が異質に思えるほどだ。

トウガラシのピクルスはいつから存在するのか

ところで、トウガラシのピクルスはいつから存在するのだろう？

記録に残る最古のピーター・パイパーは1813年の版だと言うが、少なくともその100年前にはこの歌があっただろうことが推察されている。

しかし「ペッパー」を胡椒とする場合はともかく、唐辛子だと考えると中世以前にはありえない。なぜなら、唐辛子は新世界からもたらされた作物だからだ。

ピーターペッパーの植物学

さて、本題に入ろう。

ピーターペッパーは、ナス科トウガラシ属の代表種であるトウガラシ( Capsicum annuum )の変種だ。栽培品種としては、熟したとき赤くなるものと黄色くなるものが存在する。

不思議な唐辛子　オレンジピーターペッパー唐辛子　5粒

もう、ヤバさしかない。

実の形状と利用

実の主な用途は観賞用だが、場合によっては酢漬けにすることもあるようだ。サイズは幅3センチで、長さは6-8センチ程度という。おいおい、微妙すぎるな。

また、本種が広く知られるきっかけになったコラムによれば「割礼を受けてない男性臓器に似ている」という身もふたもない表現が使われているようだ。（Andrews, Jean (1995). Peppers: the domesticated Capsicums. University of Texas Press. p. 113. ISBN 978-0-292-70467-1）

ピーターペッパーのスコヴィル値

スコヴィル値とは、トウガラシの辛み成分であるカプサイシンを測る単位のことだ。各種トウガラシのエキスを砂糖水で希釈し、被験者が辛みを感じなくなったときの希釈倍率で表現する。

ピーターペッパーのスコヴィル値は 10,000 – 23,000 だという。おおむね鷹の爪とハラペーニョの中間くらいの辛さで、トウガラシとしては比較的マイルドな部類と言えるだろう。

参考までに、スコヴィル値の一覧を以下に付記する。非常に主観的な指標なので、資料によって幅があることはご理解頂きたい。

　　　　１６００万　…　純粋なカプサイシン
　　　　　７１０万　…　ザ・ソース（噂の化学兵器）
　　　　　１００万　…　ブートジョロキア
　　１０万－３５万　…　ハバネロ
　　　５万－１０万　…　鷹の爪
２５００－８０００　…　ハラペーニョ
２５００－５０００　…　タバスコ
　　　　　　　　０　…　ピーマン

サドンデスソース・ジョロキアブレアーズ 150ml

ピーターペッパーの由来と歴史

トウガラシ本来の原産地は中南米なのだが、本種はアメリカを原産とする。

品種作出の経緯

ピーターペッパーはテキサス大学オースティン校とルイジアナ州立大学で研究された品種のようだ。

前述のJean Andrews博士が書いた「ペッパー婦人のポケットペッパー入門」からピーターペッパーの記述を確認してみよう。

ある種のピーマンは奇妙な形をしている。それらにストレスをかけて育てると潜在的な形質が現れることがある。それらを選択的に交配すれば、要求した特徴をいっそう顕在化させた品種を作出することが出来るのだ。（意訳）
Some kind of peppers are more predisposed to produce strange shapes. （中略）A latent predisposition manifests itself more often when the plant is grown under unfavorable conditions.” Humans use the seeds of individuals that have some special appeals to them: taste, shape, color, size, etc., to plant a new generation of the pepper. By repeating such selections over and over again, humans are able to make desired characteristics even more distinguished. Peter/Penis pepper is a product of such repeated selections. – The Pepper Lady’s Pocket Pepper Primer –

あれ…これ人為交配？しかも「似てる」どころか、完全に狙って作出してるじゃないですカー！　Σ(´Д｀；)

イタリアのお守りコルノ

このような形状の品種を女性がわざわざ狙って作出した、という点に疑問を感じたのでJean Andrews博士について調べてみることにした。

すると所属していたテキサス大・古生物学教室の記録が見つかり、残念ながら数年前に他界していたことを知った。
Jean Andrews (1924-2010) | Non-vertebrate Paleontology Lab

Wikipediaの記述を見る限りでは植物学者だと思っていたのだが、最初の学位は家政学であるという。特に、伝統的な民族衣装や古典的なアクセサリに強い関心を持っていたことが伺える。彼女が理学を修めたのはなんと40歳を過ぎてからだ。

その経歴から私が連想したのは、イタリアの伝統的なアミュレット（≒お守り）「コルノ」である。

赤いコルノキーホルダーサツルノ社イタリア製

この呪術的なアクセサリは、菓子パンのチョココロネなどと同じく「角」という意味を持つ。ナポリではサンゴの粉を固めた情熱の赤いコルノが人気だそうだ。

こんにち赤いコルノは唐辛子と同一視されることも多いという。しかし、ヨーロッパに唐辛子がもたらされたのは大航海時代であることを忘れてはならない。コルノが意味するのは牛の角であって多産の護符、つまり男根の象徴である。
Cornicello – Wikipedia(E)

ひょっとするとAndrews博士は「唐辛子と似た扱いを受けるコルノ」に着想を得て、逆に唐辛子をコルノ（の中身）にすり替えてしまおうというメタなジョークを思いついたのではないだろうか。

もっとも、この仮説はあくまで状況証拠からの思いつきだ。また作出の詳細な経緯が明文化されてるかも未確認なのだが、いずれ機会があれば確認してみたい。

Peppers: The Domesticated Capsicums Jean Andrews

唐辛子の遺伝学

ときに、ストレスによってトウガラシ属植物の風味が変化することは良く知られている。

シシトウ染色体を薬品処理によって4倍体シシトウを作った研究では、基本の遺伝型が同じであるにもかかわらず実の形が短く変化した。
CiNii – Morphology and the Contents of Capsaicinoids of Mature Fruits of Tepraploid Plants of Capsicum annuum L. cv. ‘Shishitoh’

不稔率が高まったことで種子の量が減り、種のコンテナである実まで小さくなってしまったようだ。また、先端の形状にも変化が生じていることが判る。

そしてトウガラシ属の実の先端は尖ってる方が優勢らしい（Daskalov，S、And Poulos，J、M ，：Updated capsicum genelist．Capsicum and Eggplant1＞lewstet．，13，15−26 （1994））。つまり繁殖力が低下したことで劣性の遺伝形質がふるい落とされたのではないかと推察される。

これらの研究はAndrews博士の主張を裏付ける証言となるだろう。結実を促して弱い形質を引き出すよう仕向ければ、ピーターペッパーのような形状が作出できる可能性がある。

ピーター・ペッパーと人々の評価

この独特な形状を持つ唐辛子は既にいくつかの賞を獲得しており、「ピーターペッパー」の他にも様々な愛称を持つ。

それらの愛称がどのようなものであるかは想像に難くないが、Organic Gardening Magazine誌は「最も好色なペッパー」とのお墨付きを与えたようだ。アメリカでは人気の品種らしく、英語で検索すると「フォトジェニック」などの文字が躍る。

ちなみに2016年2月現在、Wikipediaにピーターペッパーの項目を持つのは英語とデンマーク語とイタリア語版の3言語。しかしデンマーク語とイタリア語はありきたりのことが2～3行書かれているだけで「取り急ぎスレッドを立ててみた」という印象を受けた。
Peter pepper – Wikipedia　(アイキャッチ画像も【CC-BY-SA3.0】)

経験上、このような状況でイタリア語版を見かけるとき下ネタの確率はかなり高い。安定のイタリア品質と言える。

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