金正恩を討て! USBゲリラたちの死闘

北朝鮮の独裁政権に終止符を打つべく、政府に禁止されている「海外映画やTVドラマ」をUSBフラッシュメモリに込めて彼の地に送り届ける、密輸テロリズムのドキュメンタリー。
金正恩を討て! USBゲリラたちの死闘
PHOTOGRAPHS BY by JOE PUGLIESE

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雲が月を覆うある夜、中国北東部某所。3人の男が繁みに身を潜めながら進んでいく。灯りも持たず、豆満江の流れも暗くて見えない。ただ、その音が聞こえるだけだ。3人がたどり着いたのは中国と北朝鮮との国境だった。

さかのぼることその夜早く、彼らは付近の料理店で地元警察の署長と国境警備隊の隊長を、20皿を超える豪勢な食事でもてなした。食後、高級タバコ「中華」と茅台酒の時間になると、署長と警備隊長は部下たちに電話をかけ、数時間持ち場を離れるように命じた。2人とも、何度もこうした接待を受けるうちに感覚が麻痺してしまい、ほとんど内輪の恒例行事と感じるようになっていた。いまや密輸人たちは、国境地帯の有刺鉄線にかかるチェーンキーの合鍵までもっている。

2時間後、3人のリーダーである中年の脱北者チョン・クァンイルは、川辺の背の高い雑草の茂みの中に足を踏み入れた。安物のレーザーポインターを手にすると、向こう岸に向けて点灯し、応答を待つ。向こう岸で光がXの形に動けば計画は中止だ。だがチョンが闇の中に見たのは、赤い光が描く円だった。

「もし北朝鮮の人たちが『デスパレートな妻たち』を観れば、アメリカ人がみな好戦的な帝国主義者でないことがわかるでしょう」とカンは言う。「彼らだっていろいろ悩みを抱えている普通の人なんだ、とね」

その直後、腰までの深さの川の中からフード付きのパーカとボクサーパンツだけを身に着けた小柄な男が現れ、チョンと仲間が立つ川辺に上がった。チョンはその日の早いうちから暗号化されたトランシーヴァーを使って、この接触の段取りをつけていた。男たちは抱き合い、互いの健康状態や北朝鮮のキノコの値段、そして10年前に北朝鮮に残してきたチョンの母親のことを、1分ほど小声で話し合った。

それからチョンは、厳重に封をしたヴィニール袋を男に手渡した。そこには闇市で仕入れた貴重なデータが入っていた。サンディスク製USBメモリー200個とマイクロSDカード300枚にそれぞれ保存された16GBの動画データは、『LUCY/ルーシー』『サン・オブ・ゴッド』『22ジャンプストリート』などの映画、そして韓国のリアリティショー1シーズン分やコメディ、ドラマといったTV番組だ。北朝鮮側の国境警備兵への賄賂として、ヒューレット・パッカード製のノートパソコン、タバコ、酒、そして1,000ドル近い現金も入っている。

パーカの男が密輸品の袋を肩にかける。彼はチョンに別れを告げると身を翻し、再びこの世界一深い「情報のブラックホール」へと消えていく。

『マトリックス』の赤いカプセル

昨年9月のこの密輸作戦は、「北朝鮮戦略センター」(North Korea Strategy Center、以下NKSC)とその設立者である46歳のカン・チョルファンによって計画、実行された。

ここ数年の間に、北朝鮮へデータを密輸するグループのなかでも、カンの組織は最大の規模に成長している。外国の映画や音楽、電子書籍を収録したUSBメモリーを、毎年3,000本も密輸する組織はNKSCだけだ。

楽観的に聞こえるかもしれないが、カンの最終的な目標は、北朝鮮政府の転覆である。金王朝は3代にわたって北朝鮮の民衆を束縛し、国境の向こう側に広がる世界のあらゆる情報を厳格に規制してきたが、その規制を打ち破ることができるのは、ドローンの攻撃でも高機動多用途装輪車両の隊列でもなく、「フレンズ」やジャド・アパトーのコメディ映画の違法コピーを詰め込んだUSBメモリーの、緩やかなゲリラ的侵攻だと彼は信じている。

反北朝鮮団体NKSCのリーダー、カン・チョルファン。彼が手にしているのは、北朝鮮で普及している小型動画プレイヤー「notel」。

カンはそれらのUSBメモリーを、映画『マトリックス』に登場する赤いカプセルにたとえる。幻覚の世界を破壊し、精神の変容を迫る荒療治だ。

「もし北朝鮮の人たちが『デスパレートな妻たち』を観れば、アメリカ人がみな好戦的な帝国主義者でないことがわかるでしょう」とカンは言う。「彼らだっていろいろ悩みを抱えている普通の人なんだ、とね。北朝鮮の人たちは、それらエンターテインメントのなかに自由を見出すでしょう」

「そして自分たちの敵はこの人たちじゃないと気づくでしょう。さらには、これこそ自分たちが求めていることなんだ、とも。それまでずっと言われ続けていたことが嘘だったと知れば、北朝鮮の人たちの心のなかに革命が起こるかもしれません」

ソウルのとある高層ビルの9階にあるカンのオフィスの会議室で、わたしは初めて彼に会った。

外では私服警官が退屈そうに警備をしている。北朝鮮政府が暗殺ターゲットとして掲げた脱北者リストのトップ10に入ってからというもの、カンは韓国政府による365日24時間態勢の特別警護を受けている。少し戸惑ったような様子を浮かべながら、穏やかな声でカンはわたしの質問に答える。しかしのちに、何人かのNKSCのスタッフが教えてくれた。カンの静かな物腰の裏には、子どものころに自分と家族を捕えて10年間の収容所生活を強いた北朝鮮の独裁政権に対する、生涯にわたる深い怒りが隠れているのだ、と。

金正恩が恐れる『独裁者』

北朝鮮に革命が必要だと知るのに、強制収容所での10年は十分すぎる時間だった。第二次世界大戦後に朝鮮半島が南北に分断されて以来、北朝鮮は破滅的な財政と孤立経済、世界全体を敵に回した反社会的な軍事的示威行為を70年あまり繰り返してきた。ジョージタウン大学アジア研究所の教授で、米国国家安全保障会議(NSC)前アジア部長のヴィクター・チャは、北朝鮮という国を一言でこう表現する。「地上最悪の場所」だと。

北朝鮮の近代史は悲惨につぐ悲惨であった。1945年には経済力とインフラ設備で韓国を凌いでいたにもかかわらず、現在の北朝鮮のGDPは、この南の隣国の40分の1だ。国連世界食糧計画(WFP)の2012年度の報告によれば、食糧は全世帯のわずか16%にしか行きわたっておらず、国民の28%が発育不全に苦しんでいるという。いくつかの地域では、5歳以下の子どもの40%以上が病に冒されている。その影響は身体だけでなく、精神にも及ぶ。米国国家情報会議の2008年度の報告によると、北朝鮮の徴兵対象者の4分の1は、認知障害が原因で不合格になるという。

32歳の指導者、金正恩が引き継いだこの全体主義国家は、存在するあらゆる政治的抵抗運動を、死をもって弾圧した。北朝鮮国民の精神を支配することこそが、この独裁政権が国民を操るうえで最大の武器であり続けている。

組織的な政府プロパガンダにより、2,500万人の国民は、金一族は全知全能であり、北朝鮮は世界最高の生活水準を享受していると洗脳されている。NGOフリーダムハウスの調査では、世界197カ国における報道の自由度ランキングで、北朝鮮は最下位だ。この国では、国策と相容れない考えを取り入れようとすることは、例えば外国の放送が入るラジオを所有することですら権力にとっての脅威とみなされるのである。

NKSCは『ハンガー・ゲーム』『22ジャンプストリート』「デスパレートな妻たち」「フレンズ」といったアメリカの映画やTV番組を届けている。北朝鮮国民のお気に入りは「スキャンダル 託された秘密」だという。

それに違反した者は、強制収容所に送られる。国際人権NGOアムネスティ・インターナショナルによれば、収容所で苦しむ国民は20万人に上るという。

「金体制にはイデオロギーが不可欠なのです」とチャは言う。それがなくなれば、北朝鮮政府もクーデターや民主化革命といった、ほかのあらゆる独裁体制を脅かしたのと同じ危機に直面することになると彼は主張する。「政権が国民に銃を向けるしかないところまで来ているのなら、その国家体制はすでに崩壊しているということです」

近年その活動を活発化させている、カンのNKSCや「北朝鮮知識人連帯」(North Korea Intellectuals Solidarity)、「北朝鮮解放の闘士たち」(Fighters for a Free North Korea)といった脱北者の活動組織は、このイデオロギー操作への依存こそが金政権の弱点だと考えているようだ。かつてないほど多くの外国の動画データがいま、国境を越えて北朝鮮に浸透しているからだ。何台もの中国のトラックにUSBメモリーを隠して持ち込む組織もあれば、観光船にメモリーを持ち込み、川の上で漁師に渡すという方法を取る組織もある。

NKSCの工作員のひとりは、ある動画をわたしに見せてくれた。その工作員が国境のフェンスの下を這いくぐって豆満江に入ると、向こう岸に2本のタイヤを投げる。タイヤには韓国のチョコパイや中国のタバコ、そして『スノーピアサー』や『善き人のためのソナタ』、チャップリンの『独裁者』といった映画を収めたUSBメモリーがぎっしり詰まっている。

北朝鮮政府が公開を取り止めるよう脅迫し、(FBIの発表によれば)ソニー・ピクチャーズへの大規模なハッキングまで行った金正恩暗殺をネタにしたコメディ映画『ザ・インタビュー』すらも北朝鮮で流通している。2014年のクリスマスの翌日、この映画のオンライン販売が解禁されたわずか2日後には、中国の密輸業者がこの映画のコピー20本をトラックで北朝鮮に持ち込んでいたのだ。

「わたしがしていることは、金正恩が最も恐れていることです」と密輸人のチョンは言う。チョンは韓国・富川にある病院のロビーで、彼がこれから密輸する動画や写真を見せてくれた。軍隊風の帽子とパジャマを身に着けたチョンは、15年前に北朝鮮の監獄で受けた拷問で負った膝の傷の、リハビリの合間にこう語った。

「わたしが送りつけるUSBメモリー1本で、おそらく100人くらいの北朝鮮国民が、なんでおれたちはこんな生活をしているんだろう、なんでこんな不自由に耐えなければならないんだろう、という疑問を抱くはずです」

北朝鮮密輸業者の貴重な写真。非合法のUSBメモリーを詰めた袋を持ち、中国側の豆満江河畔に立つ。これから自国に戻るところだ。2013年、活動家チョン・クァンイルが撮影。

活動組織ごとに、独自の戦略がある。「北朝鮮解放の闘士たち」は10mの長さの風船にパンフレットや米ドル紙幣、そして政治的な内容のデータを詰め込んだUSBメモリーを載せて飛ばすことで、それらを雨のように北朝鮮に降らせている。「北朝鮮知識人連帯」は、外の世界についての短いドキュメンタリーを収めたUSBメモリーを北朝鮮国内に密輸している。

カン率いるNKSCは、近年北朝鮮で爆発的に発展しつつある闇市を利用し、ポップカルチャーの密輸を続けている。北朝鮮内の密輸人を動かすものは政治的信念だけでなく、金銭的利益も大きなモチヴェーションとなる。密輸される映画が収まったUSBメモリー1本は、北朝鮮の中流家庭1カ月分の食費以上の金額で売買されるのだ。数百本のUSBメモリーが入った小包ともなれば大金である。「北朝鮮ではUSBメモリーが金の延べ棒のようです」と、あるNKSCの密輸人は言う。

だからこそ、人々が熱望するこれらのUSBメモリーの1本1本が、自由経済の情報を得るという反逆行為における自動推進兵器になる、とカンは考えている。「現在、おそらく北朝鮮国民の30%は国外についての知識をもっています」とカンは言う。「もしそれを50%にまで高めることができれば、国民は疑念を抱き始め、変化が訪れるはずです」

そして、もし真実を知る国民が80~90%に達したら、何が起こるだろう。カンは身を乗り出す。「そうなれば、北朝鮮政府が現在のようなかたちで存続することは、もはや不可能です」

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脱北者が語る、北朝鮮サイバー部隊の「本当の脅威」

「北朝鮮のサイバー部隊は、都市をも滅ぼす可能性がある」。北朝鮮から亡命したコンピューターサイエンスの元教授が、北朝鮮のハッカーたちの威力を語った。

S & GとMJが聴こえた

カン・チョルファンが9歳のころ、第二次大戦後に日本から北朝鮮に移住した朝鮮人で北朝鮮政府高官だった祖父が、突然失踪した。1977年の夏のことだった。それから数週間後、残された家族の元に兵士たちが来て、カンの祖父は「反逆罪」で有罪になったと簡潔に告げた。詳しいことは何もわからなかった。家族3世代全員が強制収容所に連行され、一家の住居と全財産のほとんどが政府に没収された。だが、兵士たちは悲しむカンに同情し、飼っていた熱帯魚の水槽を持っていくことを許可してくれたという。

一家は北朝鮮の北東山間部に位置する耀徳強制収容所に送られた。到着してすぐに、熱帯魚が死んで水槽に浮かんだ。一家はその後の10年を、金日成の強制収容所のなかでも最悪だといわれる場所で過ごすことになる。

カンの毎日は、共産主義プロパガンダをひたすら丸暗記させる学校と、収容所のトウモロコシ畑や材木置き場、金鉱の強制労働所との往復だった。飢餓や炭鉱の落盤事故、ダイナマイト事故で死んだ囚人たちの遺体を埋葬する仕事もさせられた。

少しでも反抗的な子どもは容赦なく殴られた。成人の違反者は何日も、ときには何カ月も窓のない小部屋に閉じ込められた。カンを含め、被収容者たちは公開処刑に立ち会わなければならなかった。脱走を企てて絞首刑になった囚人の死体に、石を投げるよう命じられたこともある。

「最後には顔が原形をとどめないほどめちゃくちゃになり、服は全部なくなって、ぼろきれだけが体にまとわりついていました」とカンはそのときの様子を表現する。「天地が逆さまになった世界に呑み込まれたような、異常な感覚を覚えたものです」

何年かが経っても、カンはたくましく生き延びていた。彼は野生のサンショウウオを一呑みで腹に収めることも、針金でつくった投げ縄でネズミを捕えることもできるようになっていた。そのようにして手に入れた肉は、氷点下の冬を通じて餓死寸前だったカンとその家族を養った。

カンが18歳になったある日、何の前触れもなく、金日成主席の「寛大さの証」として一家が釈放されることを衛兵に告げられた。だが、そのなかに祖父はいなかった。祖父はいまだに、身に覚えのない反逆罪で別の収容所に入れられていたからだ。カンは二度と祖父に会えなかった。

解放後、平城の西にある郡で配達人の仕事をしていたカンは時折、北朝鮮の体制崩壊を夢想するようになる。しかし、その考えを具体化するための情報にたどり着くまでには、さらに3年近い年月がかかった。その情報は、海賊ラジオから流れてきた。

友人から2台のラジオ受信機をもらったカンは、警察に賄賂を渡してそのうちの1台を見逃してもらい、政府公共放送に固定されたチャンネルを解除する方法を学んだ。カンとその親友は、音が漏れないように身を寄せ合って毛布をかぶり、Voice of Americaやキリスト教放送、韓国放送公社の放送を夢中で聴いた。「最初はまったく信じられませんでした」とカンは言う。「ようやくこれは本当なんだとわかってからは、罪悪感を抱き始めました。しかし結局、どうしてもやめることはできませんでした」

ふたりは毛布の下で、北朝鮮の歴史を学び直すことになる。朝鮮戦争を引き起こしたのは韓国ではなく、北朝鮮だったということも。1989年が始まり、東欧諸国の共産主義政権が打倒され、金日成の親友であるルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスク大統領が処刑されたのをリアルタイムで知った。サイモン & ガーファンクルやマイケル・ジャクソンの音楽を聴き、歌詞を覚えて小声で歌ったりもした。

「外国のラジオ放送には、わたしたちの不満を言い表すのに必要な言葉があふれていた」とカンはのちに書いている。「どの番組にも初めて知ることがあり、それは、国民をがんじがらめに捕える欺瞞のクモの巣から、わたしたちを少しだけ自由にしてくれたのだ」

しかし、それからすぐに地元政府機関の関係者から警告を受けた。カンが隠れてラジオを聴いていることを、仲間のひとりが警察に密告したのだ。監視下に置かれたカンには、逮捕され、強制収容所へ送られる危険性があった。彼は商人を装って、鴨緑江の国境警備兵に賄賂を握らせて北朝鮮を脱出。中国の大連、そして韓国のソウルへと亡命した。

旅行者と警備員。板門店の共同警備区域にて。

朝鮮戦争休戦の1953年以来、韓国と北朝鮮の間の非武装地帯は、技術先進国と後進国とを世界で最も明瞭に隔てる境界となっている。

北朝鮮はアメリカの映画やドラマといったデータの密輸物を禁止しているが、「情報活動家」たちは、この国にデータを持ち込む数々の方法を熟知している。

国境をわたる中国の貨物トラックだけでなく、USBフラッシュメモリーを詰め込んだタイヤを投げ込むこともある。豆満江両岸の警備員には賄賂を渡すことも。

亡命後、カンは回想記を執筆する。『平壌の水槽─北朝鮮地獄の強制収容所』〈ポプラ社〉と題されたその回想記は2000年にフランスで刊行され、翌年には英訳された。それは北朝鮮の強制収容所での生活を、これまでになく詳細に報告した告発の書だった。カンはアイヴィリーグの大学やヨーロッパの会議をはじめ、世界各国で講演を求められた。ジョージ・W・ブッシュ大統領はカンをホワイトハウスに招き、ふたりは北朝鮮で深刻化する人権問題の危機について語り合った。

「それまでは、何十万もの人々が強制収容所に送られているといっても、それは単なる統計的な数字にすぎませんでした」と、ブッシュ政権でNSCアジア部長を務めたチャは言う。「しかしカンの本によって、それらの虐待行為がどんなものなのかを、具体的に知ることができたのです」

韓国に戻ると、カンの話はもはや注目を浴びなくなっていた。金大中大統領が、韓国と北朝鮮との外交融和政策、いわゆる太陽政策によりノーベル平和賞を受賞したからだ。金大中政権に逆行するカンの話に、耳を傾けようとする者は少なかった。

2005年までにカンは、韓国やほかの国が北朝鮮に対して非難の声を上げてくれるだろう、という望みを失っていた。彼は覚悟を決めた。まさに自分が非合法のラジオで経験したような「人生をひっくり返す衝撃」を通じて、あの国を内側から変えなければならない。それまでの作戦を変え、世界に向けて北朝鮮のおぞましさを知らせるのではなく、北朝鮮の人々に世界を知らせるのだ。

この年、カンが新たに設立した組織に、あるキリスト教ラジオ局から5,000台の手回し発電式ラジオの寄付があった。カンは中国にいる脱北者とコンタクトを取り、中国と北朝鮮を隔てる豆満江の北朝鮮側沿岸の集落にそれらのラジオを密輸した。

「国境警備兵たちが、その集落で休憩を取ったりタバコを買ったりします。その警備兵たちにもラジオがわたればいいと思っていました。夜中に親たちが警備にあたっている間に、退屈した子どもたちが外国のラジオを聴くかもしれませんから」

非公表の個人の寄付や諸外国政府からの援助を資金源として、NKSCはいまや15人の常勤スタッフを有している。カンの目標は、年に1万本のUSBメモリーを送り込めるくらいまで、その活動の規模を拡大することだという。

カンはまた、NKSCの活動が、アメリカのテクノロジー業界の支援を受ける方法を模索している。ウィキメディア財団と連携して、密輸するUSBメモリーに北朝鮮標準語ヴァージョンのウィキペディアを同梱したり、人権基金と連携して、シリコンヴァレーの起業家やエンジニアに、隠し持てる超小型衛星アンテナから違法データを隠した偽装ヴィデオゲームまで、活動の助けとなるあらゆる新製品の開発を呼びかけたりしている。

「北朝鮮では、国のために死ななければならないと教わります。でも『タイタニック』では、ジャックは愛する女の子のために死んでいったのです」と彼女は言う。

だがNKSCが勢力を増すにつれ、カンは個人的なジレンマに直面することになってしまった。妹のミホを含め、カンの家族の多くはまだ北朝鮮にとどまっているからだ。北朝鮮の連絡員に問い合わせたり国連を通じて情報を募ったりしたが、ミホの居場所はわからず、いまだ再会を果たせていない。

おそらくミホは再び強制収容所に送られたのだろう、とNKSCの副代表チョイ・ユンヨルは言う。「活発に活動すればするほど、目標に近づけば近づくほど、家族が辛い目に遭うことはカンも承知しています。自分の行為が愛する人を傷つけるというのは、想像を絶する苦しみのはずです」

妹について初めてカンに質問をしたとき、カンは妹の無事と自分の活動との間には何の関係もないと断言した。おそらく妹を守るためだろうが、現在のふたりの間にはいかなるつながりもないと彼は主張している。

そしてまた、家族はもはや問題ではない、とカンは冷たく言い放つ。「あれは存続する価値のない政府です」と彼は言う。「誰かがそれを崩壊させなければならないのなら、わたしは喜んでそのひとりになりましょう」

ジャックとローズの「革命」

パク・ヨンミの家族は、違法コピーされたDVD数枚を、約3,000北朝鮮ウォンで買った。そのなかには、映画『タイタニック』も含まれていた。2000年代初頭、その金額はパクの故郷・恵山市では数キロの米の価格に匹敵するものだった、と彼女は思い返す。飢餓に苦しむこの国ではたいへんな対価だ。

ジャックとローズの悲恋に夢中になったすべての少女たちのなかで、パクはそれを真の革命的映画とみなした数少ないひとりだった。「北朝鮮では、国のために死ななければならないと教わります。でも『タイタニック』では、ジャックは愛する女の子のために死んでいったのです」と彼女は言う。「こんな映画をつくって死刑にならないというのは、いったいどういうことなんだろうと思いました」

パクが観た海外の映像は『タイタニック』だけではなかった。彼女は『シンデレラ』や『白雪姫』、『プリティ・ウーマン』が好きだった。家族はそれらのヴィデオテープやDVDをビニール袋に入れ、鉢植えの下に埋めて警察の目から隠していた。

脱北者パク・ヨンミが初めて自由や外の世界に目を向けるようになったきっかけは、少女のころにこっそりと観た、違法コピーの『タイタニック』だった。

そうした外国文化との非合法な接触のなかでも、『タイタニック』は特別に自由や外の世界への疑問をパクに抱かせた。「なんだか、北朝鮮の抑圧的な体制から自由になれる気がしたんです」とパクは流暢な英語で言う。彼女は英語を、「フレンズ」の全シーズンを何十回も観ることでマスターしたという。

パクは2007年に北朝鮮を脱出した。ソウルに拠点を置く現在21歳のこの活動家は、「闇市世代」のひとりだ。1990年代なかばに北朝鮮を襲った飢饉のさなか、金政権は闇市を黙認。飢餓に苦しむ国民が食料を得るためにはそうするしかなかったからだ。それ以来、闇市は北朝鮮に根深く残っている。そして外国の音楽や映画とそれらを再生する中国製プレイヤーが、パクのように非合法取引が存在しなかった時代の北朝鮮を知らない若い世代にとって、いちばんの人気商品となっている。

アメリカ放送管理委員会の2010年の報告によると、北朝鮮国民の74%がTV放送に接し、46%がDVDプレイヤーを使用できるという。地元故郷の友達はほとんど全員が外国の映画やTV番組を観たことがある、とパクは言う。パクの世代は金政権のプロパガンダと、ほんのわずかにのぞき見ることができる外の世界とのすり合わせをしなければならない最初の世代だ。

脱北者の若者たちとともに活動を展開する団体「北朝鮮の自由」によれば、国民の多くはもはや、世界トップレヴェルの生活水準と金一族の神のごとき力という、北朝鮮政府の政治的イデオロギーの中心理念を信じていないという。

闇市が蔓延した結果、闇市世代はラジオやDVDに関する豊富な知識をもつことになった。「北朝鮮知識人連帯」によれば、インターネットへのアクセスがほぼ不可能にもかかわらず、北朝鮮には350万台のパソコンと500万台のタブレットがあるという。

だが現在の北朝鮮で最も重要なハードウェアは「notel」だ。これはさまざまなフォーマットに対応した小型のポータブル動画プレイヤーで、60~100ドルで取引されている。スクリーンと頻繁な停電にも対応できる充電式バッテリーが搭載され、USBポートとSDカードスロットも装備されている。

驚くべきことに、北朝鮮政府は2014年12月、このデヴァイスを公認。ソウルを拠点とするニュースチャンネル「デイリーNK」は、おそらく北朝鮮政府は、notelを現代的なプロパガンダの広告装置に採用しようとしているのだろうと推測する。その結果、中国との国境から輸入されるUSBメモリーを、何百万人もの北朝鮮人が買い求めるという結果になった。

北朝鮮のにぎやかな市場で、買い手はこっそりと、何か「面白いもの」はないかと尋ねる。外国か「下の村」、つまり韓国の品物はないかという意味だ。こうして手に入れた外国のデータが、若者を中心とした小さなグループ内で、notelを使って鑑賞されるのだ。一緒に法を破っているという暗黙の認識がグループにはあるので、密告されることはない。

金政権は厳罰をもってそれに応えた。2013年末には、国内7都市で1日に80人が処刑されている。その多くは、違法メディアの売買にかかわったためだ。2014年2月には、朝鮮労働党は史上最大のプロパガンダ集会を開いた。そこで金正恩は自ら、「イデオロギーと文化の侵略をもくろむ帝国主義の謀略を根絶し、この国に二重三重の蚊帳をかけて、敵が国境を越えて執拗に浸透させようとしている資本主義のイデオロギーを阻止しなければならない」と演説した。

しかし「北朝鮮の自由」の調査・戦略担当責任者のパク・ソキルによれば、いまや違法メディアは、ほとんど政府の手に負えないほど北朝鮮社会に浸透しているという。パクはそれを、アメリカ社会におけるドラッグと比較する。

「これを金正恩による『外国情報の撲滅政策』と呼ぶこともできるでしょう」と彼は言う。「でも麻薬撲滅政策と同じように、それを押さえつけるためにどれだけ取り締まりを強化して罰則を厳しくしたところで、刑務所に入る人が増えるだけです。賄賂の相場は上がりますが、根絶させることはできないのです」

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10年後の『ハンガー・ゲーム』

ある金曜日の夜、NKSCの会議室でイェウンと名乗る若い女性の脱北者が、若者向けコメディ映画『スーパーバッド 童貞ウォーズ』を観ている。観終わってから「こんなに下品な映画は初めてよ」と彼女は言ったが、観ている間の彼女の反応はとてもわかりやすかった。童貞をこじらせたボンクラ高校生の悪戦苦闘と繰り出される下ネタの連続に、イェウンは113分の上映時間の間、まるで火照った顔を冷まそうとするかのように、ほとんどずっと手の甲で顔を隠していた。

この映画は、できるだけ大きなインパクトを与える作品を密輸するために、北朝鮮国民が未知のメディアに触れたときにどんな反応を取るかを知るための調査だ。NKSCが集めた脱北者グループのために上映されるはずだったが、このときはほかのメンバーは都合が悪かったり直前にキャンセルしたりして、イェウンしか来られなかった。だから、まるで『時計仕掛けのオレンジ』のパロディのように、わたしとNKSCのスタッフとボランティアたちに囲まれて、イェウンはたったひとりの北朝鮮人として、ジョナ・ヒルとマイケル・セラの脱童貞奮闘記への反応を観察されることになってしまった。

映画が終わると、イェウンは北朝鮮人から見て驚いた点を挙げた。あけすけなセックストークや卑猥な冗談。未成年者の飲酒。警官がパトカーで暴走し、ティーンエイジャーが銃を発砲するところ。何もかもが言葉では言い表せないほど異質に見えたという。「いま見ても下品でぞっとすると思う」とイェウンは言う。「北朝鮮で見たらもっとショックを受けていたでしょうね」

イェウンの感想を受けて、おそらくこの映画の密輸は見送られるだろう、と今回の上映会を企画したNKSCのスタッフであるロッキー・キムは言う。「ドキュメンタリーのほうがいいかな?」とキムは聞く。「いいえ」。イェウンはきっぱりと答える。「送ったほうがいいと思います。北朝鮮の人たちはショックを受けるでしょう。でも怒り出したりはしないと思う。きっと受け入れるわ」

外国のメディアに対して、北朝鮮国民がどういった反応を見せるかを予測するのは難しい。映画『ザ・インタビュー』は金政権を激怒させたが、同時に国境の外でこの映画を観た脱北者たちの反応も芳しくはなかった。チョン・クァンイルは、北朝鮮で話した連絡員たちはこの映画のクオリティの低さと北朝鮮文化への蔑視に不快感を抱いていたと証言する。

「北朝鮮をバカにする目的で、わざと手を抜いてつくったと彼らは思ったようです。だから、そうじゃなくてあれはただの駄作なんだと言ってやりました」とチョンは言う。「彼らは『ハンガー・ゲーム』の方が気に入ったみたいです」

データ密輸人のチョンは、北朝鮮と中国の国境で北朝鮮側の連絡員たちとの接触を調整している。15年前に北朝鮮の収容所で受けた拷問の傷が、いまでもうずくという。

北朝鮮の情報の自由化を目指す活動が、目立ちすぎて裏目に出てしまったこともある。「北朝鮮解放の闘士たち」が揚げた風船が、国境の向こうの村から北朝鮮軍の対空機関砲に射撃されたのだ。それらの風船は、山に落ちたものもあるし、海へ飛ばされていったものもあるし、韓国に戻ってきてしまったものもあった。活動家たちによれば、その風船には金政権を批判するパンフレットが付けられていたが、その批判があまりにあからさますぎたため、また新しい政治プロパガンダが始まったと思われただけで相手にされなかったという。

NKSCは、密輸するコンテンツについてより慎重になっている。最終的に彼らは、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』は北朝鮮に送るには卑猥すぎると判断した。独裁者を下ネタでおちょくるのもほどほどにしようというわけだ。

だが、NKSCと対話を重ねるなかで、わたしのなかにある疑問が芽生えていた。この情報の革命を、どのようにして、民衆が通りを埋め独裁者の銅像を引き倒す民主化革命につなげていくつもりなのだろうか?

わたしは韓国を去る前日の凍えるような雪の午後、カン・チョルファンのオフィスでこの質問を投げかけてみた。確かに簡単には答えの出ない問題だ、とカンは認めた。

だが、考えられるシナリオはいくつかあるという。例えば北朝鮮政府は、自分たちのプロパガンダと民衆が外国のメディアから得た知識との間に隔たりがあることを認め、かつてロシアや中国がそうしたように、徐々に開放化政策を打ち出すかもしれない。あるいは幻滅した国民が大量に国外へ脱出し、国境管理が崩壊するかもしれない。あるいはチュニジアでモハメド・ブアジジの自己犠牲が革命を促したように、何らかの火種が不満を高める国民に火をつけ、北朝鮮の「アラブの春」、つまり全国的な反政府デモが起こるかもしれない。

いまや違法メディアは、ほとんど政府の手に負えないほど北朝鮮社会に浸透しているという。パクはそれを、アメリカ社会におけるドラッグと比較する。

しかしその後、カンは驚くことを口にした。それらのシナリオは実現しないだろう、というのだ。傲慢な金政権は自らの置かれた状況から目を背け、改革を行うことはないだろう。その全体主義的支配は極めて強力なため、民衆による革命は望めないだろう、と。

その代わりにカンが望みをかけるのは、もうひとつのシナリオだ。それはNKSCの活動によって、反政府的な外国信仰が、政府や軍部の中堅クラス、そして上層部にまで浸透すれば、朝鮮労働党のイデオロギーそのものが骨抜きになり、金正恩の権力の源を内側から断つことも可能なのではないか、というものだ。

だがすぐに、カンはいつもの楽観主義に戻ってこう予言する。カンたちの情報戦の成果もあって、北朝鮮の独裁制はあと10年ももたないだろう、と。「いまの北朝鮮はもうガタガタです。10年以内に、堂々と祖国に出入りできる日が来るでしょう」

この無邪気なほどに理想主義的な発言は、単なる希望的観測という以上に、カンの最終目標について教えてくれているようだ。子ども時代にあれだけの恐怖を経験したにもかかわらず、カンは北朝鮮を、自分が再び帰国できる国に変えたいと望んでいるのだ。そして、密輸作戦が成功しようと失敗しようと、もの言わぬ偶像に捧げ物をするように、カンはこれからも北朝鮮にUSBメモリーを送り続けることだろう。なぜならそれが、カンにできる最善の策なのだから。

「北朝鮮政府を直接動かすような力はもちあわせていませんからね」。カンは無表情で、ぽつりとそう言った。

窓の外は暗くなり、雪は降り続けている。北極の強い低気圧がシベリアの寒気を南に押し出して、ここ朝鮮半島にも例年より早く冬の風をもたらしているのだ。ソウルでこれだけ寒いのだから、ここから240km北にある、カンが子ども時代を過ごした強制収容所の寒さは想像を絶するだろう。そして、カンの妹はまだそこにいる。

「これが北朝鮮を解放するための最良の方法であり、わたしにできるただひとつの方法なのです」。カンは、ようやくこう言った。「それまでの毎日は、家族と再会するまでの待ち時間だと思っています」

PHOTOGRAPHS BY by JOE PUGLIESE

TEXT BY by ANDY GREENBERG

TRANSLATION BY by EIJU TSUJIMURA