人を夢中にさせるタブレットゲーム『Blek』:松尾芭蕉、ゴラン・レヴィンの影響を受けたゲームデザイン

そのタブレットゲームは、なぜこうも人を夢中にさせるのか。松尾芭蕉、ゴラン・レヴィン、カンディンスキーの影響を受けた、ウィーン在住の兄弟がつくった『Blek』。
人を夢中にさせるタブレットゲーム『Blek』:松尾芭蕉、ゴラン・レヴィンの影響を受けたゲームデザイン
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良いタッチスクリーンゲームとは、それがタッチスクリーンでなければならない理由があるゲームのことだ、とわたしは思っている。もちろん、タブレットでは、スクラブル(盤上にアルファベットの駒を並べ、単語を作って得点を競うゲーム)の模倣品や似たようなタワーディフェンスゲームがいくらでもある。だがやはり、新しいデヴァイスの性能を発揮するような、完全に新しい感触のゲームに出合うのは、いつでも心踊る体験だろう。『Blek』もそういったゲームのひとつだ。

Blekのルールはこの上なくシンプルだ。iPad用が3ドル(編注:日本では100円、Android版は303円。2014年12月10日現在)で販売されているこのゲームで使う操作は、スワイプやストロークといったジェスチャーだけだ。しかし、絵を描くジェスチャーをして指を離すと、その動きが永遠に繰り返されて、そのまま画面の端に落っこちていったり、画面上をくねくねと蛇のように進んでいきやがて画面外へと消えていったりする。

ゲームの目的は、ストロークを1つ描き、黒いドットを避けて、画面上のすべてのカラードットに触れることだ。どうやってゲームをクリアするかは、完全にプレーヤー次第というところが最も面白いポイントだろう。それに、ネーミングも素晴らしい。Blekはアイスランド語で“インク”を意味する。

Blekは、ウィーンに住むデニスとデーヴァーというミカン家の2人の兄弟によってつくられたゲームだ。彼ら2人ともプログラミングの素養はあったが、他のプロジェクトに時間を割くことの方が多かった。デーヴァーはアルゴリズムによる音楽制作をしていたし、デニスは実際に本を出版したこともある作家だ。

この兄弟の幅広い興味は、さまざまなかたちでゲームに反映されている。昔の携帯電話時代のゲームであるSnake(日本では「へびゲーム」として知られる)が、タッチスクリーン全盛の現代ではどのようなものになるか、それを話し合っているとき、このゲームの制作は始まった。そのころデニスは、日本の俳人、松尾芭蕉の本を読み、彼の繊細な書や絵を見て、Blekの筆のようなジェスチャーアニメーションを思いついた。

その間もずっと2人の頭の片隅にあったのは、テクノロジーアーティストのパイオニア、ゴラン・レヴィンのあるプロジェクトだった。1998年にYellowtailという実験作品で、初めてループジェスチャーのアイデアを探求していたのが彼だった。

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ゲームを進めるにつれて、当然難易度は高くなる。ストロークをうまく誘導するには、より複雑なジェスチャーが必要となってくる。

すべてのレベルが確実にクリアできるように、彼らは発想を逆にして各レベルをデザインした。まず、身の回りにある形状の面白い物を探し(それは例えば、バイオリン記号だったりした)、それを1つひとつのパーツになるまで分解していく。すると各パーツは、らせんやリボン、波などの形状になる。その後、部品の輪郭とぴったり合うようにドットのパターンを描いていった。

ゲーム後半の超難関レベルへとたどり着くには、それらをつなぎ合わせていく必要がある。ゲームを制作している間、デニスは、カンディンスキーの『Point and Line to Plane』を読んでいたそうだ。ゲームに印象派の雰囲気があるのは、この本の影響だという。

Blekの面白さのひとつは、色々な攻略のアプローチがあること

各レヴェルにつき最低でも1つの攻略方法があるが、同時に、ほぼ無限の攻略の可能性がある。Blekの面白さのひとつは、この色々な攻略のアプローチがあるということなのだ。

このゲームには、「ライフ」も「ペナルティ」もない。プレーヤーは、うまくいきそうなストロークを考えて描き続けるだけだ。軌道修正をひたすら繰り返す作業である。ゲーム後半では、何度もラインを描きながら、辛抱強さも要求されることになるだろう。

各ステージは、白紙のカンヴァスのようなものだ。目の前のパズルを自分の方法で解いていく。エンジニアのように、精密な計算に基づいた形を設計し、仕事を終えることもできるし、アーティストのようにリズミカルなループを生み出して、予想もしないような動きでドットを捕らえていくこともあるだろう。

「プレーヤーによって、こんなにもジェスチャーに個性が出て違うものになると知って本当に驚いているんだ」とデニスは言う。「多分友達が各レベルをクリアするために考え出したジェスチャーを見れば、それが誰のものか分かると思う」。この兄弟にとって、ゲームへの進出は、これまでのところ上々の結果だ。ダウンロードで得た収入は、さらなる開発の資金に回している。

「タッチスクリーンは計り知れない可能性を提供してくれる。ぼくたちは、その可能性をもっと追求していきたい」とデニスは言う。「次のゲームでもその方向性は変わらない」。

TEXT BY KYLE VANHEMERT

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