オープン化の先にある社会とは? 熊谷俊人千葉市長が見据える未来の都市とガヴァメント

都市の未来をよりよいものにしていく。そのためには、中長期的な視点をもちながら市政を考え、判断していかなければいけない。情報のオープン化、市民参加を通じた先に、地域全体の方向性を考えることが、政治家、そして地域全体を指揮する執行者に求められるのだ。千葉市長の熊谷俊人は、「オープン化の先にある、都市とガヴァメントの未来」を見据えながら行動しているひとりだ。10月31日(木)に開催される「WIRED CONFERENCE 2013」に合わせて、「オープンガヴァメント」をより身近な視点で考える企画第3弾!
オープン化の先にある社会とは 熊谷俊人千葉市長が見据える未来の都市とガヴァメント
PHOTOGRAPHS BY CEDRIC DIRADOURIAN

熊谷俊人

熊谷俊人

──まずは、ご経歴をお聞かせください。

早稲田大学を卒業後、新卒でNTTコミュニケーションズに入社しました。政治には子どものころから強い関心がありましたが、政治家一家でもなく、政治家になれるとはまったく思っていませんでした。当時はIT革命の真っただ中でIT社会の基盤をつくる仕事に就きたいという思いから、就職先としてNTTコミュニケーションズを選びました。

──そこから、どうして政治家へ?

仕事は楽しくやりがいもあったのですが、政治の状況をみて、このままでいいのか、という思いがあり、また30歳を超えたら、仕事や家庭の事情からますます挑戦しづらくなると考え、決断しました。

わたしたちの毎日の生活や日々の暮らしを支えているのは、ほかでもない地方行政です。それなのに、国会はさまざまな報道がされ変化が起きていますが、地方行政や議会はまだまだ変革の余地が残っています。だからこそ、もっと面白くなるはずだと考えていました。

もうひとつの理由として、政令指定都市としての千葉市でした。わたしは生粋の千葉市民ではありませんが、実家の都合でいろいろなまちに住んできたなかで、90万人以上が住んでいる政令指定都市のポテンシャルを生かしきれていないと感じていました。逆にいえば、それだけ伸びしろがあるまちなのです。また、市の財政は危機的な状況でもありました。ところが、危機を打開する思い切った対策が打たれていない。これではいけない、と思っていたときに民主党の千葉市議の公募が通り、市議選に出馬して29歳で千葉市議となったのです。

──市議となって、最初に感じたものは何でしたか?

いちばん驚いたのは、まちのあらゆる情報が集まることでした。地域の方々だけでなく、行政からさまざまな情報を得ることができる。千葉市に関する情報が、自分という存在にそれまでの数10倍も集まってくるのです。

けれども、多くの政治家はそうした情報を表に出さない。しかし、いまの世の中は一部の人間だけがやるよりも、多くの人たちを巻き込みながら、知恵を凝縮させかたちにしていくほうが大事だと、IT業界にいて感じていました。政治家は市政について任された人間であり、まちのことについてもっとオープンにしていくべきだと考え、日々ブログで情報発信をしながら、いま市政で何が行なわれているかをリポートしてきました。

ちょうどブログが盛り上がっていた時代でもあったので、一部の方には「ブログ議員」という印象をもたれていたかもしれません。オープンに情報を公開していきながら双方向に意見を交わす、まさに「ハブ」となるような存在になりたかったのです。

──そこから、千葉市長への出馬されたきっかけは?

市議になり2年を過ぎたころ、前市長が収賄容疑で逮捕される出来事が起きました。それまで、千葉市長は助役(副市長)出身者が歴任しており、民間出身の市長はいませんでした。しかし、それではしがらみが生まれ、市政はよくなりません。このタイミングで、千葉市は変わらなければ意味はないと考え、市長選に立候補し、31歳という全国最年少市長として当選させていただくこととなりました。

当時はまだネット選挙が解禁されていませんでしたが、市長選立候補表明の記者会見の際も、会見に臨む直前にブログに出馬表明についてのブログを書き、どこよりも早くウェブに情報を載せるなど、ネットを活用した取り組みをしていました。また、選挙期間に入る直前まで政策についてブログで発信し、街頭演説のスケジュールなどすべての情報を公開していきました。おそらく、千葉市長選でそういった取り組みをした人は初だったのではないでしょうか。


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千葉市の様子。 PHOTO: “chiba HDR” BY kabacchi (CC:BY)

──民間出身の市長に対して、千葉市の職員の反応はどのようなものでしたか?

職員の方々も、初の民間出身の市長ということで戸惑いも多かったと思います。それこそ、「黒船がやってきた」ような感覚だったかもしれません。しかし、職員と日々話をしながら、関係をつくっていくことでわたしの考えを伝えることができ、次第に理解し合えるようになってきました。

また、わたしが何を考えているのかを伝える手段としても、ブログは役に立ちました。職員はそれぞれ自分のもち場の作業を行っています。そのため、市長の考えや市政の動きを把握している人は少ない。もともと外部出身の市長ですから、なおのこと何を考えているか理解できないものです。そのため、今日どこで何をしてきたか、政策や市の課題に対してどういった意識をもっているかといったわたしの日々の行動や考えを、こと細かにブログに書いていきました。そのため、ブログを通して「市長はこんなことを考えているのか」といったことを、市民だけではなく市役所の職員の人たちにも理解してもらえるコミュニケーション手段となったのです。

わたしのポリシーのひとつに、「無駄をなくす」があります。わたしの意図を理解せずに行動したことで、有限の人的リソースが無駄になるようなことはしてほしくありません。極力エネルギーロスを解消するためにも、わたしが何を考えているかを日々話をしながら擦り合わせをしています。また、違うと思ったときにすぐさま指摘をすることで、早めに修正をかけることができます。オープンにすることで情報の透明性と情報に対する感度を高め、背後にあるわたしのコンテキストを理解しやすい環境にすることで、業務効率が格段に上がっていったのです。

──市長としての役割は、どのようなものだとお考えですか?

市長は、企業でいえば経営者のように会社としてのポリシーを示し、基本的価値観や判断基準を理解させることです。職員に指示をする際は、極力なぜそのような指示をするのか、考え方やわたしとしての価値観を伝えるようにしています。それによって価値観や方向性が理解できれば、個々の能力の高い職員みんなが同じ方向を向いて円滑に動いてくれます。

民間企業に比べると、市役所内は局が違えば違う会社なくらいに仕事が多岐にわたります。そのためほかの部署への理解を促進し、風通しをよくすることが大切なのです。市長に必要なのは、組織としての方向性を明確に定め、ブレずにいることなのです。

──市長に就任して現在2期目ですが、これまでにどのような取り組みを行ってきましたか?

大きく分けて「財政再建」「市民参加」「ICTの推進」という3つの軸があります。

「財政再建」は、もはや危機的な財政状況であった千葉市の現状を、「脱・財政危機」宣言を通して市民に初めて公表しました。それによって、市民は初めて市のお財布事情を理解するようになりました。それまで「お任せで何でもしてくれる行政」と思っていたものが、要求だけではダメかと初めて気づいてくれたのです。お金がないなかで市政をどうしていくか。そのために、市の財政状況をみえる化し、財政に関する予算やリポートのほとんどを公開し、ブログや対話会でも話をすることで、千葉市の財政は調べたらすぐにわかるような体制にしました。税を預かる身として、長期的な財政再建をみえる化し、市民と一緒になって市をつくっていくための大きな取り組みです。

そうしたうえで、それまで職員が抱えていた仕事や公的な役割を市民に開放し、面倒だけど市民にもやっていただくよう民間と協働していくこと、これが「市民参加」です。

そして「ICTの推進」です。これまで千葉市は情報政策に関する部署の存在が小さく、また基幹系の情報システムが古く行政サーヴィスの質がよくありませんでした。これからの時代は、IT投資を疎かにする企業は生き残れませんし、市役所も同様です。そこで、情報政策に関する優先順位を上げ、高次元での意思決定が行えるような組織体制を組み、古い情報システムの刷新計画を実施しました。それによって、ワンストップサーヴィスを提供する総合窓口や、プッシュ型の情報提供サーヴィスを行う施策など、ICTを活用して各種システムを横串に通す窓口を設置しながら、各部署と連携して業務効率を上げています。

──熊谷さんがCIOとなって、ICT活用を大きく推進したというお話をうかがっています。

ICTを市政全体に迅速に反映するために、CIO(情報統括管理者)という役職が必要だと考えました。ICTで市政の全体最適化を図り、各部署の情報流通のあり方や、外部への情報発信の仕方などの業務プロセスを改革するために、自らがCIOとなって千葉市のICT活用の姿勢を示したのです。もちろん、首長が兼ね続けるのはあまりよろしくないため、2013年4月に民間からCIO補佐監を採用し、千葉市の情報化政策を中心に、これからの千葉市のICTを通じた市民参加を推し進めています。

──ICTの推進、市民参加という取り組みのなかでも、「ちばレポ」の取り組みが注目されていますね。

「ちばレポ」、正式名称「ちば市民協働レポート実証実験」は、海外にある「FixMyStreet」というサーヴィスを参考にした取り組みです。道路の補修、公園の遊具などの公共施設の不具合といった地域のさまざまな課題に対して、スマートフォンなどを活用して写真付きのリポートを投稿してもらいます。その内容を市が分析し、検討したうえで民間業者に補修の依頼を行うというものです。

行政がトップダウンで決めるのではなく、市民と協働しながら、ボトムアップで市民の意見を反映させながらまちをよくしていく取り組みです。市の職員だけが考えるのではなく、オープンにしていくことで無駄をなくし、課題解決をスピーディに行うことができるのです。

市民自らがまちの課題を発見し、行政とともに課題解決を行うこうした動きは、成果検証を踏まえながら14年の本格的な運用に向けていくつもの準備を進めています。こうした取り組みは、海外などの一部の自治体では行われていますが、日本ではまだあまり実践されていません。千葉市が率先することで、市民参加のひとつのかたちとして全国にも示せたらと考えています。

これらの一連の動きは、千葉市が新しい取り組みを受け入れる姿勢を示したことから始まったものです。情報は、保持する人よりも発信する人のところに集まりやすくなっています。まさに「情報が情報を生む」のが現代です。そのなかで、よい情報を取捨選択をしながら政策を実践していくことが大切であり、そのためには、情報に対してオープンになることでさまざまなメリットが生まれてくるのです。

──IT業界では「リーンスタートアップ」という言葉がありますが、市役所でもまさにそうした動きが必要だとお考えですか?

まずはスモールスタートで始め、成果を掴んだら一気に推し進めることが大切です。もしダメだったら、すぐにやめればいい。しかし行政は始めたことに対して、やめた場合の説明責任が大きく、そのため新しいことを始めるのがこれまで難しかったのです。

市役所の体質は、新しいものをやりたくないのではなく、始めたあとにどのように撤退すればいいかが苦手だから、新しいことはやらないというある種の合理的な判断があったのです。そこで、市長として経済合理性と進捗状況から、やめるか進むかを冷静に判断することが必要なのです。やり続けて意味のない作業に職員のリソースを割くくらいなら、違うことをやってもらったほうが市役所にとっても意味があります。そうした判断を伝えるために、日々職員とやりとりをしているのです。

──さまざまな取り組みをされてきて、市民に何か変化はありましたか?

これまで地域で活動されてきた方々はいましたが、次第に広がってきた感触はあります。もちろん、自分の存在だけでなく世の中全体の動きとして、市民の手でまちをよくしていかないといけない、という流れに気づいた人が多くなったのだと思います。こうした動きは、少しずつですが確実に変化が起きていると感じます。

まだまだ市役所に意見を言ってくださるのは、多くは年配の方々です。しかし、Twitterを通じて若い人たちも反応してくれるようになりました。駅で挨拶するだけでも、いつもTwitter見ています、という声をいただくことが増えました。

わたしの存在で市役所を意識したという声や、千葉市に住んでいる実感がもてた、という意見をいただいたこともあります。それだけ、SNSなどのさまざまな情報ツールがあることで、市が身近に感じてもらえるようになったのだと思います。

市長という存在は、これまで「象徴職」としかみられていませんでした。よくわからないおじいちゃんが、何となくやっているイメージですね。それが、日々のブログやTwitterなどを通じてひとりの人間が市長という仕事をしており、またわたしという生身の人間の頭の中身を公開し、日々市政について動いているという生の感触をもってもらえるようになってきたのです。

──熊谷さんは、Twitterを通じて議論をされている印象がありますが、意識されているポイントはありますか?

例えインターネットを活用しても、一対一のやりとりではこれまでと変わりません。誰かが困っていたり質問したいと思っていることは、別の人も同様の思いをもっていることが大いにあります。だからこそ、質問や意見がきたら積極的にみんなどう思う?とオープンに投げかけることが大事だと考えています。

オープンディスカッションを通じて、賛成や反対といった意見を投げかけるだけではなく、人の議論をみることによって、改めてその議題となったトピックについて考えるきっかけとなるのです。声を上げている人だけではなく、サイレントマジョリティの人たちに対しても、議論を通じて思考回路をオンにしてもらい、そこから市政やまちのことについて考えてもらえたらと思っているのです。

政治家とは膨大な情報を入手し、その情報をオープンにし、大きな場づくりを行うことができる人物であると同時に、その場づくりの役務を負った人のことを指すのです。自分という存在を通じて、みんなが集まり議論することができる、言論プラットフォームとしての存在にならなければいけないのです。

──オープンガヴァメントによって、地域はどのように変わっていくのでしょうか?

オープンガヴァメントとは、まさに「納得感のある社会」をつくることです。

多くの人は、わからないから憶測でものを考え、憶測で意見を発するから納得しづらいのです。誰もが、社会はこうあってほしいと思っています。

しかし、そこにはみえない壁やさまざまな要因が複雑にからんでおり、なかなか誰もが納得できる社会になっていません。しかし、徹底的にみえる化することで、仮にできなかったこともできなかったなりの理由を理解するという、納得感があることに意味があるのです。同時に、自分の意見を発することで、何かが動いたり変わることができるといった実感ももてるようになります。

それらを通じて、人々と社会との間に太いつながりができ、社会の中で生きているという実感がもてる社会になることで、自分が社会の中でどのように行動すべきかがみえ、社会に対して納得して暮らすことができるのです。

──最後に、オープン化の先にある社会のあり方についてお聞かせください。

行政と民間の垣根が、もっとなくなることが必要だと考えています。わたしも含めて、若手の市長や議員は、必ずしもそのまま何十年も議員をやるとはならないでしょう。いま実践している政策も、目先の政策ではなく20〜30年以上を見据えた政策を実践することが大事であり、未来をつくるための取り組みをしていかなければいけません。わたし自身は、いま自分が千葉市長をやることは、千葉市の未来にとって意味があると確信しているからであり、自分以外でも回る仕組みができれば、もっと違う場所で自分が生きる場所を探していければと考えています。

今後は、一度政治家になった人が民間企業に入ったり、わたしのように民間出身者がもっと行政や政治の世界に入るという人材流動が起きることによって、官と民とが連動し、社会における風通しがよくなるとよいのではと思います。

同時に、官と民がもっている文化や強みをつなぐことが必要です。官という組織は、外からではなく中に入ることで実はそのよさがわかることもありますし、民もまた然りです。互いの言語や文化、組織のあり方を知る人間が官と民をつなぐ翻訳家として存在し、互いをつなぐことがこれから重宝されてきます。そうした人材流動性を高めるオープン化によって、社会全体のイノヴェイションはこれからもっと生まれてきます。官と民が互いのことをよく知り、よりよい社会を目指して協働するかたちが、これからの社会のあり方なのではないでしょうか。


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TEXT BY SHINTARO EGUCHI

PHOTOGRAPHS BY CEDRIC DIRADOURIAN