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「リアルイベント戦国時代」到来の背景とヒットの法則。体験の熱量とUGC最大化が、次の行列を作る

マーケターコラム、今回は明坂真太郎氏。「リアルイベント戦国時代」到来の背景とヒットの法則について考察しています。

明坂真太郎[執筆], 渡辺 淳子[編集]

12月9日 7:05

明坂真太郎氏

こんにちは、主にエンタメ界隈のマーケティングの仕事をしている明坂です。

皆さんは、月にどれぐらいリアルイベントに行きますか? ここでいうイベントとは、たとえばライブや演劇あるいは映画といった特定の場所で日々行われているものから、企画展、街歩き謎解き、野外フェスのような限定のものまで、さまざまなものを指しています。

私自身、最近はほぼ毎週何かしらのイベントに行っているのですが、これは私の行動力がどうのというよりは、こういったイベント自体が増えている、または情報がよく目につくようになっているためだと思います。それはなぜでしょうか。

今回は過去20年以上を経て、移り変わってきた体験イベント、そしてイベントに行く人のニーズ、それらを取り巻くメディアの変化について深堀りします。

体験が“今”売れている理由

リアルな“体験”を伴うイベントは「短時間に五感で受け取り、そして記憶や記録として人に渡せる形で残る」ものです。これは近年生まれた新需要というわけではありませんが、2000年前後から今日に至るまで何段階か変化しています。

地元から東京に来てからはROCK IN JAPAN FESによく行っている

2000年代の体験型イベントの象徴である「FUJI ROCK FESTIVAL」(1997年〜)や「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」(2000年〜)といった大規模音楽フェスティバルが始まったのが、このあたりです。非日常のなかで多くの有名アーティストのライブを大人数のオーディエンスとともに浴びるという体験は尊く、私自身も四国で開催されている「Monster baSH」(モンスターバッシュ)というフェスに2004年ごろから毎年通うほどに印象深い体験でした。

その後、2007年にSCRAPが始めたリアル脱出ゲーム、2009年に駒沢公園で開催された食フェスの走りである「東京ラーメンショー」など、イベントは大規模なマスからバーティカル(テーマ特化)なイベントへと展開していきます。

2010年代も後半に差し掛かると、サンシャイン水族館が2014年に開催した「毒毒毒毒毒毒毒毒毒展(もうどく展)」、そして2018年にお台場に常設された「チームラボプラネッツ」(その基となった「DMM.プラネッツ Art by teamLab」が開催されたのは2016年)など、概ね昨今トレンドとなるフレームに落とし込まれて定着してきました。

今年公開された映画「8番出口」の世界とリンクした街歩き謎解きイベントも好評。時間をかければ謎解き初心者でも参加しやすいため、ファミリーなどさまざまな年代の方が参加していた

ここでいうフレームだと感じている部分は、以下の3つです。

  1. 60〜90分で完結する短時間モジュール化
  2. 都心の近距離回遊に沿った設計
  3. SNS、特にショート動画による発見の前段化

つまり映画のように身近に、そして映画よりSNS向きにデザインされるようになったわけです。

さらに、コロナ禍に多くのリアルイベントが開催を自粛したなかで、大規模かつ長時間のものより、「近場×短時間×低リスク」なイベントは比較的再開のコントロールがしやすかったという時の流れもあったでしょう。

ショート動画が“検索の前段”になった

体験イベントが発展した背景にはSNSの影響、とりわけTikTokを始めとするショート動画の影響が大きかったのではないかと思います。それこそ、昔は雑誌やポータルサイトなどで比較的能動的に情報収集してイベントをみつけていました。昨今における興味喚起・意思決定プロセスは、検索より前にアルゴリズムからのレコメンドで始まります。SNS上で見つけてもらうための条件は、次の3つです。

  1. タイトル+象徴物でコンセプトが一瞬で伝わること
  2. 縦画面・無音でも伝わる動きがあること
  3. 現場で“画像や動画を撮れる瞬間”が必ず発生する導線を仕込むこと

発見→訪問→共有は当日完結で循環し、情報のバイラルから体験→情報に還元するわけです。

ライブ中の熱量を、SNSを通じて外まで伝えられるか
(David Marsden / Getty Images提供)

消費者による撮影体験につなげられない映画や演劇はそういった点でハンデを背負っています。同じく撮影が比較的厳しく制限されているメジャーアーティストのライブに対して、FRUITS ZIPPERをはじめとするKAWAII LAB.所属のアイドルグループはライブ中も撮影可能だったり、客席に降りてアーティストが目の前まで来るという演出を行ったりします。これらの仕掛けによって、TikTokやXで、ファン目線で撮影したそういったシーンの動画を見たことがある方も多いのではないでしょうか。

タイプ別、筆者による体験レビュー

前段で2000年以降の変遷をざっくりまとめましたが、時を経て昨今のバーティカルなイベントたちはパッケージが洗練された段階にあり、概ね以下のような型に分類されていくのではないかと思います。私が行ったイベントを、分類して、概略をご紹介しましょう。

世界観没入型

  • チームラボプラネッツ:いわずとしれた、非常に「映える」写真が撮れる施設で、現在は新豊洲で営業中です。
  • 1999展 ―存在しないあの日の記憶―:名作ホラーゲーム「SIREN(サイレン)」の脚本家が企画した、1999年終末の世界に没入する企画展です。私は、さながら「SIREN」のゲーム内の世界、羽生蛇村(はにゅうだむら)にいるような感覚でした。
  • 視える人には見える展:霊能力者監修による、実際に「写っている」写真や映像記録を展示し、現世では見えないものを見るという展示です。私は見えませんでした。
視える人には見えるらしいが、私にはなにも見えなかった

ゲーム・謎解き型

  • 地下謎への招待状 2025:東京メトロの1日乗車券を使い、さまざまな駅や施設に配置された謎を巡り、解き明かしながらストーリーを体験するリアル脱出ゲーム的なイベントです。
  • 映画「8番出口」東京メトロ脱出ゲーム:多くのゲーム実況者の間で有名になったインディゲーム「8番出口」の世界観とともに、東京メトロのさまざまな駅で異変を見つけ、解き明かす謎解きイベントです。

共感・ミーム型

  • そういうことじゃないんだよ展(他):クリエイティブディレクター明円卓氏による、「つい『そういうことじゃないんだよ』といいたくなる状況」を展示した企画展で、SNSでのシェアネタが豊富です。
  • 炎上展:おでんツンツン、アイス冷蔵庫寝そべり、スカスカおせちなど、ネット民なら誰もが覚えているであろう炎上を実際に再現し、体験できるイベントです。
寝そべって写真を撮る用の冷蔵庫が設置されている炎上展

体験・参加型

  • Netflix 10周年アニバーサリーセレブレーション:Netflixのさまざまな人気コンテンツの世界観が体験できるイベントで、わかりやすいところでいうと、ドラマ「イカゲーム」でのゲームの一つ「コンギ」などで遊べます。
  • 友達がやってるカフェ:役者の方が「友達」というロールで接してくれる、いわゆるコンセプトカフェの一種です。メニューも「大変そうだから、すぐ出せるので大丈夫だよ / ドリップコーヒー」や「たしかラテ美味しかったよね? / カフェラテ」など、会話のセリフが商品名になっています。

アーティスト・IP型

  • 特別展「チ。 ー地球の運動についてー 地球(いわ)が動く」:日本科学未来館で開催されました。漫画・アニメ作品「チ。ー地球の運動についてー」で描かれていた「天動説・地動説」の争いを巡るストーリーを追体験し、星の観測などを疑似体験しました。
  • 佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方):「ピタゴラスイッチ」や「だんご3兄弟」といった大ヒットコンテンツや、「湖池屋スコーン」「バザールでござーる」など頭から離れない名CMを数多く生み出した佐藤氏の制作物やクリエイティブへの考え方に触れられる展示でした。
  • 坂本龍一 | 音を視る 時を聴く:坂本龍一氏の音楽を通じて、「音を視る・時を聴く」ことがさまざまに表現された企画展です。字面だけ見ると“?”となるかもしれませんが、「音は波形なのだから当然表現によっては目に視えるし、時の経過も感じられる」ということが、さまざまな切り口で表現されていました。
佐藤雅彦展では、過去作られたさまざまなクリエイティブのなかにも
普遍的な新しさを多々感じた

どれもおしなべて、パッと理解できて興味を惹き、近場で短時間のうちに、他の人に伝えられる体験談や映像を残せる、という3つの点があります。体験と共有の循環で発展させていますし、おそらく今後も、切り口は変わっても特徴的な軸は概ねこの形で発展していくのではないかと思います。

なお、少し切り口が違いますが近しい仕組みとして、飲食×参加型の卓上ミニゲームの事例もあります。わかりやすいものとして、「串カツ田中」ではチンチロを振って出た目によってアルコールが無料になったり、倍量倍額になったりする「チンチロリンドリンク」があります。

ほかにも、焼肉チェーン店の「ときわ亭」では、アイドルグループ「ラフ×ラフ」とコラボレーションキャンペーンを開催しました。特定のメニューを頼むと出てくるランダムな大喜利のお題に回答をし、店員を笑わせることができれば、頼んだ肉が倍量になって出てくるというゲームです。

これは、「ラフ×ラフ」の楽曲中に、即興で大喜利のお題に回答するパートがあり、それが元ネタになったゲーム体験です。ファンが楽しむのはもちろん、ファンでなくても卓内で完結するゲームとそこから得られる報酬で盛り上がり、UGC(User Generated Content)を自然発生させることは容易に想像できるでしょう。

ときわ亭で出題される大喜利のお題。筆者も大喜利のお題の監修をしている

フレキシブルな運用が「再訪」を生む

また、リアル店舗のマネジメントにも変化を感じます。昨今の商業施設は、かつてのように「ずっと同じテナント・場所で埋まり続ける」ことを前提にせず、空間そのものをポップアップや体験イベントにあわせて自在に使いまわせるようになっています。

たとえば原宿にある東急プラザ原宿、通称「ハラカド」は、5階の大半のスペースにベンチや多少のアートなどを置くだけで、最初から何も作り付けない大きなスペースを用意していました。期間ごとに企画展やイベントを変えたり、閑散時はそのまま休憩スペースにしたりと、状況に応じてどんどん使い方を変えています。

有楽町マルイも、1階はかつて雑貨やジュエリーなどの固定テナントが並んでいましたが、今は話題のお菓子やポップアップストアが次々入れ替わるスタイルへ転換し、「次は何があるんだろう」と思わせてリピーターを生みやすくしています。

本文では触れていないが、渋谷で行われた安倍吉俊さんの個展「円環帰点」
に行ったときに見た「lain」の原画

こうした仕組みは、消費者の気分やSNSでの話題の流れにあわせて、スピード感をもって企画を入れ替えられ、常に“新しい体験”を提供できるのが特徴です。話題化のしやすさは、そのままさらなるコンテンツ発生へとつながります。

たとえば、サンシャイン水族館で行われた海洋生物の生殖活動にフォーカスした展示「性いっぱい展」は、「バキバキ童貞」ことお笑いコンビ「春とヒコーキ」のぐんぴぃ氏がYouTubeチャンネルで取り上げて話題になりました。

このように、親和性の高いインフルエンサーやクリエイターにとっても、こうした企画は格好のコンテンツになります。もはや「SNSでシェアされること」は前提であり、むしろ重要なのは「気軽に見に行けて、行くたびにテーマや内容が変わっている」ことで来場動機や再訪を生み出す“施設自体の代謝”の良さなのです。

まさにアニメが終盤に差し掛かろうというタイミングで開催された「チ。地球の運動について展」では、まるでアニメの世界に入ったかのような体験をした

つまり、今の場づくりは「一つのテーマを長く引っ張る」のではなく、「定期的に新しい何かが始まる/終わる」サイクルを組み込み、その時々の話題やクリエイターと柔軟に連携することで、常に人が足を運び続ける仕組みへと変化しています。このスピードと柔軟性こそが、現代の体験イベント、店舗、そして消費行動そのものを加速させているのです。

あなたの時間は、どこで“濃く”なっていますか?

これまでみてきたように、体験イベントは「近場×短時間×SNS最適化」というフォーマットに収斂し、発見の起点はショート動画に、提供の場は商業施設の“余白”へと移ってきました。作り手は絶えずUGCループを回し、参加者は短い滞在の中で「できた/笑えた/驚けた」という手応えと、それを証明する“記録”を手にします。

ときわ亭で、大喜利がウケると2皿に増える「大喜利タン」

すべてが高速で入れ替わる今、私たちが足を運ぶ理由は、もはや施設やブランドの固定ファンだからではありません。「今、そこでしかできない面白いことがある」という期待感そのものにあります。

さて、皆さんの時間は、最近どこで最も“濃く”なったでしょうか? そして次に足を運びたくなるのは、どのような「余白」でしょうか?

私のXアカウント(https://x.com/dr_akesaka)でも定期的に参加したイベントや、日常のさまざまな体験について発信しております。おもしろい情報があればぜひリプライをお送りいただければ幸いです。それでは。

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