【2025/1/11(土)~1/17(金)】『欲望の翼』『いますぐ抱きしめたい』/『花様年華』『2046』+ 特別レイトショー 『若き仕立屋の恋 Long version』

ミ・ナミ

今週の早稲田松竹は、『いますぐ抱きしめたい』『欲望の翼』『花様年華』『2046』と、レイトショーとして『若き仕立屋の恋』を特別上映いたします。

ひとくちにウォン・カーウァイ監督の代表作といっても、ひとくくりにできないところがこの名匠、と言えるのではないでしょうか。今週の上映作品も、1988年のデビュー作『いますぐ抱きしめたい』とその二年後の『欲望の翼』、さらに時代が下る2000年代の『花様年華』『2046』『若き仕立屋の恋』は、ストーリーを追うだけでも多様なジャンル、またはジャンルを横断するように映画を撮っているようなところがあります。作家チャウが書く小説と現実がベースとなり、時間も空間も交錯する『2046』はSFテイストですが、見終わるとロマンティックなシーンがいくつも思い出されますし、直球のラブロマンスのようでありながらその実かなりドライでもある。それでも初期から時代の変遷に沿って彼の作品をながめていて気づくのは、取り扱われる行為や事柄、テーマがたとえ変化しようとも徹底して同じムードが立ち込めていることです。

『若き仕立屋の恋』はウォン・カーウァイをはじめとした三人の監督がエロスの世界を描くというふれこみのオムニバス作品「愛の神、エロス」の一篇で、高級娼婦ホアと青年仕立職人チャンの性愛ではない仕草にこそ濃い空気を感じ、単なる“エロス”とは異なる趣向を感じます。本作と同時期に撮影されたというのもうなずけるように赤裸々な関係が描かれる『2046』は、しかし愛しながらも結ばれなかった女性との視線のやりとりこそがエロティックでした。『花様年華』でも同じことを感じるのです。編集者チャウと商社の社長秘書チャンが、互いの伴侶がどのように不義に至ったかを想像し芝居をしてみるシーンにこそ、二人の行く当てのない激情が流れている。また別のテイストである、60年代の香港に住む若者の群像劇として知られている『欲望の翼』は、同時代の映画のアイコンとなった感が強い、レスリー・チャンのマンボをはじめとする空っぽな佇まいが物語の芯のように思います。ウォン・カーウァイにとっては、ストーリーよりもショットが重要…と言ってしまえば身も蓋もありませんが、空虚な映画には思えずやはり感動を誘われるから不思議です。

もし彼の作風を“ほのめかしの美”とするなら、それが最も表現されているのがカメラワークなのではないでしょうか。多くのシーンで相手の顔をとらえるピントがぼやけていたり、暗がりに隠れていたり、片側しか見えなかったり、鏡に映る虚像であったり、どこかからのぞき込み見られているようだったりする。ワンカットに互いの表情が映ることが多くないゆえに、自分が言い放った言葉を相手がどんな表情で受け止めているか分からない。今、目の前に見えているものが実像かも分からない。『いますぐ抱きしめたい』以降にタッグを組む盟友クリストファー・ドイルが撮影監督を務めてから確固たるものとなるスタイルではあるのですが、こうして“想像させる”カメラワークのおかげで、かつて起きた/今起きている出来事よりも、ひょっとしたらあり得たかもしれない出来事がそれとなく喚起させられるのです。今回初めてウォン・カーウァイの作品に触れる観客の方々は、もしかしたらこれまで感じたことのない、どこかむずがゆいような快感に包まれるかもしれません。そうして彼の映画にしかないほのめかしに酔って劇場を後にしていただけたら幸いです。

いますぐ抱きしめたい 4K
As Tears Go By

ウォン・カーウァイ監督作品/1988年/香港/99分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 ウォン・カーウァイ 
■撮影 アンドリュー・ラウ
■美術 ウィリアム・チャン
■編集 ピーター・チャン
■音楽 ダニー・チャン

■出演 アンディ・ラウ/マギー・チャン/ジャッキー・チュン/アレックス・マン/ウォン・バン

■1989年カンヌ映画祭批評家週間カメラドール/香港電影金像奨助演男優賞・美術賞受賞、作品賞ほか8部門ノミネート


★当館では2K上映となります。

©1988eSunHighTech Limited All Rights Reserved.

【2025/1/11(土)~1/17(金)上映】

ウォン・カーウァイ監督の“伝説的”デビュー作

14歳で人を殺して以来、黒社会に生きるチンピラ、アンディ。面倒ばかり起こす弟分のジャッキーから慕われているものの、彼は借金の取り立てとケンカに明け暮れる刹那的で無意味な人生を送っていた。そんな彼に失望して長年付き合った恋人も去ったとき、アンディはランタウ島から来たいとこのマギーの面倒を見ることになる。やがて恋に落ちた二人。マギーの腕の中でつかの間の安らぎと幸福感を味わうアンディだったが、ジャッキーが組の邪魔者を殺す鉄砲玉に志願したという知らせを受け、命の危険も顧みず飛び出していく…。

まどろみと疾走、刹那の幸福と永遠の喪失、夜闇とネオン……ウォン・カーウァイが第一作にして最高速度のロマンティックを爆発させる『いますぐ抱きしめたい』は、今こそ再発見されるべき傑作だろう。アンドリュー・ラウ(『インファナル・アフェア』、『恋する惑星』)の「遅くて速い」唯一無二の撮影で、ヒーローでもマフィアでもない若者たちを主人公に友情と悲恋を描き、それまでの香港ノワール映画にない、美しくエモーショナルな世界観を確立。1989年カンヌ映画祭批評家週間カメラドール(新人監督賞)、香港電影金像奨9部門(作品賞・監督賞含む)ノミネートの「伝説的」デビュー作。

欲望の翼 4K
Days of Being Wild

ウォン・カーウァイ監督作品/1990年/香港/95分/DCP/ビスタ

■監督・脚本 ウォン・カーウァイ 
■撮影 クリストファー・ドイル
■美術 ウィリアム・チョン
■編集 パトリック・タム

■出演 レスリー・チャン/マギー・チャン/カリーナ・ラウ/トニー・レオン/アンディ・ラウ/レベッカ・パン

■1991年香港電影金像奨作品賞・監督賞・主演男優賞・撮影賞・美術賞受賞/アジア太平洋映画祭審査員グランプリ・監督賞・助演女優賞・撮影賞受賞/台湾金馬奨監督賞・助演女優賞・編集賞・他3部門受賞/仏ナント国際映画祭主演女優賞受賞


★当館では2K上映となります。

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【2025/1/11(土)~1/17(金)上映】

閃光のごとき衝撃と陶酔――ウォン・カーウァイ監督初期の傑作

裕福な養母に育てられるが、産みの親が分からないまま心に空白を抱えて生きる男、ヨディ。彼はサッカースタジアムで働くスーと恋仲になるが、堅実な関係を望む彼女の気持ちに応えられない。そのため彼女を失ったヨディは、間もなく踊り子のミミと付き合いはじめる。一方、別れたもののヨディを思い切れず、夜ごと彼の家に向かってしまうスー。彼女は夜間巡回中の警官タイドに話を聞いてもらうことで、自らの心を慰めていた。やがて、実の母親がフィリピンにいると知ったヨディはひとりで香港を出るが…。

1960年香港、都市に生き、自由を求める若者たちの孤独と恋愛模様を描いた群像劇。のちに何度もタッグを組むクリストファー・ドイルをはじめて撮影監督に迎え、説明や構成よりもムードや気配を際立たせる詩的なスタイルを確立した第二作。プイグや村上春樹など文学作品からの影響、ラテン音楽の起用、レスリー・チャンら大スター6人の豪華競演──すべての要素が奇跡的なバランスで絡み合う『欲望の翼』は、とびきりメロウでメランコリックな、WKW映画のひとつの特異点と言える。1991年香港電影金像奨5部門(作品賞、監督賞、最優秀男優賞、美術賞、撮影賞)受賞。

花様年華 4K
In the Mood for Love

ウォン・カーウァイ監督作品/2000年 /香港/98分/DCP/ビスタ

■監督・脚本・製作 ウォン・カーウァイ 
■撮影 クリストファー・ドイル/リー・ピンビン
■美術・編集 ウィリアム・チョン 
■音楽 マイケル・ガラッソ
■挿入曲 梅林茂/ナット・キング・コール/レベッカ・パン

■出演 トニー・レオン/マギー・チャン/レベッカ・パン/ライ・チン/スー・ピンラン

■2000年カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品・主演男優賞・フランス映画高等技術委員会賞受賞/セザール賞外国語映画賞受賞/2001年香港電影金像奨 最優秀主演男優賞・最優秀主演女優賞ほか3部門受賞/全米批評家協会賞撮影賞・外国語映画賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート


★当館では2K上映となります。

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【2025/1/11(土)~1/17(金)上映】

互いに伴侶を持つ男女の心の揺れを静かに映す

1962年の香港。地元新聞社の編集者であるチャウと、商社で秘書として働くチャンは同じアパートへ同じ日に引っ越してきて、隣人となる。やがてふたりは、互いの伴侶が不倫関係であることに気付き、一緒に時間を過ごすことが多くなる。誰にも気づかれないよう慎重に、裏切られ傷ついた者同士が次第にささやかな共犯にも似た関係を育んでいくが――。

1960年代の香港を舞台にした本作だが、撮影は主にタイのバンコクで行われた。撮影当時の香港で60年代の街並みを見つけるのは非常に難しく、バンコクで街を再現する方が容易かった、というのがその理由。ただし、チャウとスーがステーキを食べるシーンでは、香港島にあるレストラン「金雀餐廳(ゴールドフィンチ)」が使用された。60年代風の雰囲気を色濃く残すこの店は『2046』でもロケ地として使われ、その後映画ファンに大人気の場所となったが、2015年に惜しまれながら閉店した。

『花様年華』は、秘密についての映画です。ひとつの秘密から別の秘密で終わります。私たちは2000年にこの映画を作りました。20世紀の香港への別れとして。歴史の中で色褪せてしまう前に。――ウォン・カーウァイ

2046 4K
2046

ウォン・カーウァイ監督作品/2004年 /香港/129分/DCP/R15+/シネスコ

■監督・脚本・製作 ウォン・カーウァイ
■撮影 クリストファー・ドイル/ライ・イウファイ/クワン・プンリョン
■美術・編集 ウィリアム・チョン
■音楽 ペール・ラーベン/梅林茂

■出演 トニー・レオン/コン・リー/フェイ・ウォン/木村拓哉/チャン・ツィイー/カリーナ・ラウ/チャン・チェン/ドン・ジェ/マギー・チャン

■2004年カンヌ国際映画祭正式出品/第24回香港電影金像奨最優秀主演男優賞・最優秀主演女優賞/2005年ニューヨーク映画批評家協会賞外国語映画賞受賞/全米批評家協会賞撮影賞受賞 ほか多数受賞・ノミネート


★当館では2K上映となります。

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【2025/1/11(土)~1/17(金)上映】

失われた愛を求め<現在>と<未来>が交錯する

1960年代後半の香港。記者で作家のチャウはかつてひとりの女を心の底から愛したが結ばれることはなかった。過去の思い出から逃れるように自堕落な生活を送っていた彼は、ある日ジンウェンと出会う。彼女には日本人の恋人タクがいたが、父親の反対でタクは日本に帰ってしまった。チャウはふたりに触発され近未来小説を書き始める。

『欲望の翼』『花様年華』に続き、1960年代の香港を舞台にした本作は、監督自身が認めるように、<60年代トリロジー>の今のところ完結編と言える。『欲望の翼』『花様年華』には一見、物語上の連続性はないように見えるが、どちらの作品でもマギー・チャンが演じたのは「スー・リー・チェン」という名前の女性。さらに『2046』でもトニー・レオンが過去に愛した女性としてスー・リー・チェンが登場する。

ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』は、男が過去の視点から未来について想像する一文で始まりますが、そこは現在を表すことでもあります。映画でもこういったことができないか、考えていました。そこで私は香港返還後に規定された一国二制度の「50年不変」について考え始めました。この規定の比喩として映画を作ったら面白いのではないかと思いました。50年後も変わらない都市を想像してみようと思ったのです。それがこの作品の起源です。――ウォン・カーウァイ

【レイトショー】若き仕立屋の恋 Long version
【Late Show】The Hand

ウォン・カーウァイ監督作品/2004年 /香港/56分/DCP/PG12/ビスタ

■監督・脚本・製作 ウォン・カーウァイ 
■撮影 クリストファー・ドイル
■美術・編集 ウィリアム・チョン 
■音楽 ペール・ラーベン

■出演 コン・リー/チャン・チェン

© 2004 BLOCK 2 PICTURES INC.
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【2025/1/11(土)~1/17(金)上映】

オムニバス映画『愛の神、エロス』の一篇として発表した一作品『若き仕立屋の恋』のロングバージョン

1960年代の香港。仕立屋見習いの青年チャンは、美しい高級娼婦のホアと出会い、魅了される。それ以来、ホアが他の男のために着飾る服を、愛情を込めて仕立て続けるチャン。やがて時は移ろい、ホアはかつての精彩を欠いていき、すべてを失っていくのだが……。

ミケランジェロ・アントニオーニが呼びかけ3人の監督が製作したオムニバス映画『愛の神、エロス』の一作品で、1960年代の香港を舞台にした、仕立て屋見習いの青年と高級娼婦のラブロマンスをロングバージョンにしたもの。『2046』と同時期に撮影され、同作に出演したチャン・チェンとコン・リーが主役の二人を演じている。2004年のヴェネツィア国際映画祭で非公開のプレミア作品として発表されたほか、2018年の北京映画祭でも上映された。