【2024/12/28(土)~2025/1/3(金)】『伊豆の娘たち』/『人情紙風船』/ 『三十三間堂通し矢物語』/『夜の女たち』/『長屋紳士録』/『蜂の巣の子供たち』


まつげ

昨年の年末年始プログラム「戦前生まれの、日本映画たち」を上映しました。そして、今年のプログラムは「戦禍の中で生まれた映画たち」です。上の年表を参考に時系列順に作品をご紹介していきたいと思います。

『人情紙風船』山中貞雄監督作品/1937年
若き天才監督・山中貞雄最後の監督作品。死に始まり、死に終わる映画にもかかわらず、全編を通して長屋の連中は世間話・馬鹿話・与太話を続け、話すのをやめたら死ぬとでもいうように饒舌。それは泥沼の戦争へと突き進んでいく昭和初期の閉塞的な時代の空気を色濃く反映した同時代性と、底辺に生きるものの逞しくしたたかな生き様を活写した普遍性を持ち、驚くほど近代的な人情劇である。この映画の封切の日、山中に召集令状が届いたという。「『人情紙風船』が最後の作品になるのは嫌やなあ・・・」という暗示的言葉を残し、日中戦争へ旅立ち、病死した。

『三十三間堂通し矢物語』成瀬巳喜男監督作品/1945年
監督生活15年の成瀬巳喜男の最初の時代劇、といってもチャンバラではない。この時期の映画製作は1939年10月1日に施行された映画法により、脚本段階で題材、表現ともに極めて厳しい制約下に置かれ自由は奪われていたが、時代劇はじかに時代に密着していない分融通性が残されていた。それでも、生フィルムが不足する状況下で、空襲に中断されながらの仕事であった。人間の努力の到達点を後世に示し、超えるべき目標を残すという態度は戦時の覚悟であると同時に、すでに敗戦後への思いでもあるとも考えられる。本来の成瀬調ではないが、戦争末期の拾い物とされる作品。

『伊豆の娘たち』五所平之助監督作品/1945年
五所平之助が戦争末期に「ここで少し潤いのある映画を作ろう」という意気込みで取りかかった本作は、戦意高揚を促す映画でないと見なされたことで製作を続行し、戦後松竹映画の封切り第一作となった。公開日は一九四五年八月三十日とされる。作品は男女の淡き恋心を人情味たっぶりに捉え、戦時中とは思えないほどのどかに描いている。混乱の渦中のなかでも、伊豆の食堂を舞台に五所らしい群像劇を終戦直後の日本に送り出した。

『長屋紳士録』小津安二郎監督作品/1947年
小津安二郎監督作品第四十作目。1946年に日本に戻った小津は、東京大空襲で焦土と化した東京下町の長屋を舞台した本作を製作する。戦争によって変化した映画界や、友人であった山中貞雄の死もあり喪失感を抱えながらの製作となった。焼け出された迷子を軸に据えた本作は、同時期に撮影が開始する清水宏『蜂の巣の子供たちの』の影響も伺える。後に、紀子三部作:1949年『晩春』1951年『麥秋』1953年『東京物語』を生み出すこととなる。(次週2025年1月4日より当館にて上映致します。)

『蜂の巣の子供たち』清水宏監督作品/1948年
清水宏の戦後の仕事は、“子供”と“旅”の映画で始まった。和歌山の山林王に出資してもらい、登場する子供は清水が引き取った孤児たち、大人の出演者も元は熱海の駅員やデパートの店員だった素人を起用した。いわゆる“実写的精神”が横溢し、移動撮影とロングショットによって風景の中に子供たちをとらえる。清水的な映像に満ちている。孤児たちの救済や教育がメッセージとして込められ、子供たちに必要なのは「シャレて言えば愛情」だという復員兵のセリフが印象的。冒頭の字幕が示すように、この作品は親探しの映画でもあった。個人映画に近い形態で撮られた本作が、東宝によって配給され、大きな反響を呼んだことは、戦災孤児が時代のテーマだったことを改めて感じさせる。

『夜の女たち』溝口健二監督作品/1948年
溝口健二が松竹に封切り第一位の興収をもたらし、多くの観客を動員し、当時の映画評でも積極的に取り上げられた作品である。敗戦という体験をした日本人男性の揺らぎや、占領期の女性をめぐる混乱と変化をとらえている。敗戦後の傷の癒えない大阪の空撮から始まる冒頭、「警告 日没後この付近で、停立または徘徊する女性は闇の女性と認め、検挙する場合がありますから善良な婦女はご注意願います 西成警察署」と看板が映し出される。田中絹代を未亡人である主演に据え、勤め先の社長の愛人から娼婦へと転落していく様を描く。その転落のきっかけをつくったダンサーの妹や豊かな生活を夢見て家出娘となった義理の妹と、転落した先で対面することになる。GHQの検閲制約下の中で、戦後の荒廃した生々しい姿や混乱から生み出された影をリアリティをもって描いている。

これらの作品は戦禍の中で生まれました。監督たちは自らの作家性と目前の戦禍との間で葛藤を抱えながら作品を生み出しました。混乱の渦中でも生き抜く人々の姿を見つめながら、人々の行く先をどのように考えていたのでしょうか。映画の中では、人は失敗や過ちを犯しながらも支えあいぶつかりながら、変化し前へと進もうとする至極当たり前の事が根底にあります。そして、映画を見る私たちも今、2024年から2025年へと歩みを進めるのです。


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参考資料:
時代劇専門チャンネル
(映書読本)成瀬巳喜男 透きとおるメロドラマの波光よ
小津安二郎映書読本 [東京]そして[家族]
(映書読本)清水宏 即興するポエジー蘇る「超映画伝説」
はじめての溝口健二 没後五〇年特別企画「溝口健二の映画」カタログ

※映画法は、1939年(昭和14年)4月5日に公布、10月1日に施行された法律で、映画の制作や劇場の管理統制に関する内容でした。この法律により、映画の制作には事前の許可が必要となり、脚本の段階で内務省に提出して審査を受ける必要が生じました。それ以前は完成後の検閲が行われていましたが、映画法の制定により、脚本の段階で審査を受ける必要が生じたのです。映画法は1945年(昭和20年)12月26日に廃止されました。

【モーニングショー】伊豆の娘たち
【Morning Show】The Young Women of Izu

五所平之助監督作品/1945年/日本/74分/35mm/スタンダード/所蔵:国立映画アーカイブ

■監督 五所平之助
■脚本 池田忠雄/武井韶平
■撮影 生方敏夫/西川享
 
■出演 河村黎吉/三浦光子/四元百々生/桑野通子/佐分利信/東野英治郎/飯田蝶子/笠智衆/忍節子/柴田トシ子/坂本武/出雲八重子

©1945松竹株式会社

【2024/12/28(土)~12/30(月)上映】

松竹映画の戦後封切り第一作。伊豆の町の大衆食堂を背景にした青春ドラマ。

静江は離れに下宿している宮内に恋心を抱いているが、静江の父親・文吉はそれと知らず宮内の縁談話を進めてしまう。

五所が戦争末期に「ここで少し潤いのある映画を作ろう」という意気込みで取りかかった本作は、戦意高揚を促す映画でないと見なされたことで敗戦後にも製作を続行し、『花婿太閤記』(1945、丸根賛太郎)とともに戦後初めて公開された日本映画となった。

三十三間堂通し矢物語
A Tale of Archery at the Sanjusangendo ★with English subtitles

成瀬巳喜男監督作品/1945年/日本/76分/35mm/スタンダード/英語字幕付き/提供:国際交流基金

■監督 成瀬巳喜男
■脚本 小國英雄
■撮影 鈴木博

■出演 長谷川一夫/田中絹代/市川扇升/河野秋武 /田中春男/三谷幸子/横山運平/清川玉枝/林喜美子/葛城文子/鳥羽陽之助/沢井三郎/花沢徳衛/鬼頭善一郎/永井柳筰/深見泰三

© TOHO CO., LTD.

【2024/12/28(土)~12/30(月)上映】

命をかけて恩義に酬いる女と謎の男、武士道の心を描く成瀬巳喜男監督による時代劇。

春爛漫の京都。紀州家の家臣・和佐大八郎が8000本を超える通し矢を射抜いて日本一になるかどうかで街はにぎわっていた。5年前、大八郎の父は尾州家の家臣・星野勘左衛門に破れ割腹。宿屋小松屋の女主人・お絹は、先代の無念を晴らすため必死の思いで弓術を習わせてきた。その小松屋に素性の知れない謎の武士が止宿していて…。

監督生活15年の成瀬の最初の時代劇。といってもチャンバラではない、この時期の映画製作は題材、表現ともに極めて厳しい制約下に置かれ自由は奪われていたが、それでも時代劇は直に時代に密着していない分、融通性が残されていた。1945年1月から5月にかけての撮影で、戦況退勢著しく、空襲に中断されながらの仕事であった。

生フィルム不足から製作本数は激減、また映画界一致協力が求められ、東宝映画でありながら、松竹の田中絹代、葛城文子が出演し、松竹京都撮影所が使われた。長谷川一夫が東宝に転じて以来の長谷川・田中コンビの復活となったが、絹代は彩りで、主題は長谷川と市川扇升の、迷える若者を鍛え上げる師弟関係にある。人間の努力の到達点を後世に示し、超えるべき目標を残すという態度は、戦時の覚悟であると同時に、すでに敗戦後への思いでもある。本来の成瀬調ではないが、戦争末期の拾い物。

(「映画読本 成瀬巳喜男」より一部抜粋)

人情紙風船 4Kデジタル修復版
Humanity and Paper Balloons ★with English subtitles

山中貞雄監督作品/1937年/日本/86分/DCP/スタンダード/英語字幕付き

■監督 山中貞雄
■原作 河竹黙阿弥
■脚本 三村伸太郎
■撮影 三村明
■編集 岩下広一
■音楽 太田忠

■出演 河原崎長十郎/中村翫右衛門/山岸しづ江/中村鶴蔵/霧立のぼる/橘小三郎

★当館では2K上映となります。

©1937 東宝

【2024/12/28(土)~12/30(月)上映】

不世出の名匠山中貞雄、畢竟の感動名篇!

江戸深川の棟割長屋。浪人海野又十郎は今日も頼みの毛利三左衛門に仕官の途を求めるが、いい返事をもらえない。一方、壁隣に住む髪結新三は商売道具を質に入れようと白子屋を訪れるが、こけにされたことから、白子屋の娘お駒を誘拐してしまう…。

シナリオライターを経て、昭和7年に監督デビューした山中貞雄のP.C.L 入社第一回作品。1 カットの為に約36mの長さの石垣を作り、ステージをブッ通す棟割長屋のセットを組むなど、リアルな映像にこだわった。山中貞雄は、わずか5年半の間に26本の時代劇映画を作り、そのすべてが評判を呼んだが、本作の完成直後に日中戦争に召集され、中国にて戦病死。本作が遺作となった。

【モーニングショー】夜の女たち
【Morning Show】Women of the Night

溝口健二監督作品/1948年/日本/74分/35mm/スタンダード

■監督 溝口健二
■原作 久板栄二郎
■脚本 依田義賢
■撮影 杉山公平
■音楽 大澤壽人
 
■出演 田中絹代/高杉早苗/角田富江/永田光男/村田宏壽/浦辺粂子/毛利菊枝/富本民平/大林梅子/青山宏/槇芙佐子

©1948松竹株式会社

【2024/12/31(火)~2025/1/3(金)上映】

戦後の混乱期、夜の街娼に身を落とした女たちの悲しい運命。大女優・田中絹代が体当たりで挑んだ社会派群像ドラマ。

戦後の荒廃した大阪。まだ復員しない夫の帰還を待ち侘びながら、病気の息子を抱えて苦しい生活を送っていた房子。ところが夫の戦死の悲報が届いたのに続いて、息子も病死。その後房子は、いかがわしい闇商売をする栗山の秘書兼愛人となる。ところが栗山は、長らく行方知れずだったところを街で偶然再会し、房子と一緒に暮らすようになった妹の夏子にまで手をつけてしまう。すっかり絶望した房子は、遂に夜の街娼に身を落とし…。

大女優・田中絹代が初めて街娼の役に挑んだ社会派群像ドラマ。終戦直後の荒廃した大阪を舞台に、戦争未亡人の姉と、その妹がたどる波乱万丈の人生を生々しく描き出す。久板栄二郎原作『女性祭』を依田義賢が脚色。大阪の荒廃した市街地でロケーション撮影を敢行し、暴力的な描写も辞さない冷徹な視線を貫いた。

荒廃した風土をなまなましく活写して興行的成功を収めた作品であるが、製作にはトラブルが続出した。久板と依田のあいだで出来したシナリオづくりでの行き違いに加えて、イタリアン・ネオレアリズモの作風に触発された溝口健二とキャメラマンの杉山公平とのあいだで激しい意見の対立が起こったという(依田義賢『溝口健二の人と芸術』)。

(『はじめての溝口健二』より一部抜粋)

蜂の巣の子供たち
Children of the Beehive

清水宏監督作品/1948年/日本/86分/35mm/スタンダード/提供:神戸映画資料館

■監督・製作・脚本 清水宏
■撮影 古山三郎
■音楽 伊藤宣二
 
■出演 島村俊作/夏木雅子/御庄正一/伊本紀洋史/多島元/矢口渡/植谷森太郎/久保田晋一郎/岩本豊/三原弘之/平良喜代志/硲由夫/中村忠雄/川西清/千葉義勝

【2024/12/31(火)~2025/1/3(金)上映】

「自然と子」をテーマにした独自で数々の名作を生んだ清水宏監督の代表作。

下関に降りたった復員兵は、自分が育った非行少年の更生施設「みかへりの塔」へ帰ろうと、広島、神戸と山陽道を歩いて行く。戦禍の傷跡も生々しい街角や路上で、孤児たちや若い娘の引揚者などと出会い、さらに旅を続けていく。

清水は、スター俳優を使ってメロドラマを撮っているよりは、子供や風景を自然のままに写しているほうが良いと考えていた。そんなこともあって、戦後、戦災孤児を引き取って自宅で面倒をみていたが、彼らを登場人物に何か作ろうと思いたち、蜂の巣プロを起こして、本作を製作した。

登場する子供は清水監督が引き取った孤児たち、大人の出演者も元は熱海の駅員やデパートの店員だった素人を起用。いわゆる“実写的精神”が横溢し、移動撮影とロング・ショットによって風景の中に子供たちを捉える、清水的な映像に満ちている。孤児たちの救済や教育がメッセージとしてこめられ、子供たちに必要なのは「シャレて言えば愛情」だという復員兵の台詞が印象的。冒頭の字幕が示すように、この作品は親探しの映画でもあった。個人映画に近い形態で撮られた本作が、東宝によって配給され、大きな反響を呼んだことは、戦災孤児が時代のテーマだったことを改めて感じさせる。

(「映画読本 清水宏」より一部抜粋)

長屋紳士録 4Kデジタル修復版
Record of a Tenement Gentleman

小津安二郎監督作品/1947年/日本/72分/DCP/スタンダード/PG12

■監督 小津安二郎
■脚本 小津安二郎・池田忠雄
■撮影 厚田雄春
■音楽 斎藤一郎

■出演 飯田蝶子/青木放屁/小澤榮太郎/吉川満子/河村黎吉/三村秀子/笠智衆/坂本武/高松榮子/長船フジヨ/河野祐一

★当館では2K上映となります。

©1947/2023松竹株式会社

【2024/12/31(火)~2025/1/3(金)上映】

迷子になった少年と長屋の住人たちが繰り広げる人情喜劇。小津安二郎監督の戦後第1作にして40本目の監督作。

東京の焼け跡に復興の家が建ちはじめ、長屋に昔なじみの顔もそろってきた。数年前夫を失い、続いて子どもも失ったおたねは、1人で荒物屋を開いていた。ある日、長屋に住む大道占師の田代が7、8歳の男の子、幸平を連れて来た。一見、戦災孤児のようなその子は親にはぐれて田代についてきたのだといって、その子をおたねに強引に預けてしまう。翌日、おたねは幸平の引き取り手を探しにいくが、誰も受け入れてくれず、幸平はおたねの後をどこまでもついてくる。おたねはグチをこぼしながらも、しだいに幸平が可愛くなっていく。やがて、おたねは公平を自分の家の子として育てる決心をするが、そんな時幸平の父親が姿を現す…。

小津安二郎監督がシンガポールからの復員後、約1年の休養を経て1947年に発表した戦後第1作にして40本目の監督作。終戦直後、復興がはじまったばかりの東京のある長屋を舞台に、迷子になった子どもをめぐる住民たちの喜怒哀楽に満ちた人情喜劇。配給に頼っていた当時の生活や戦争孤児の問題が描かれている。飯田蝶子、河村黎吉、笠智衆といった大船の名優たちが再び結集し、新しい小津世界を築き上げるきっかけとなった。