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有村悠さんのアフィを踏んでから以下の書籍を購入しました。


ずっとやりたかったことを、やりなさい。 [単行本]
ジュリア キャメロン (著), Julia Cameron (原著), 菅 靖彦 (翻訳)
価格: ¥ 1,890 通常配送無料 詳細


Kindleの日替わりセールで買ったので、399円だった。こういう自己啓発本に1890円払うのは馬鹿馬鹿しくて無理だが、日替わりセールはかなり安く買えるので、普段なら買わない本を買うよい機会である。

62件のカスタマーレビューがついていて、平均スコアが4.5なので、ロングセラーの名著ということらしい。実際はたいしたことは書いておらず、挫折した人を励ますだけの陳腐な本でもあるのだが、需要はあるのだろう。

この本は創造的な行為をやろうとして挫折したひとに向けた本である。アーティストになろうという野望を燃やしながら、惨めに失敗し、敗北者となり、大きなトラウマを心に抱えている人のための本である。

つまり有村悠さんのための本である。有村悠さんはご承知の通り東京大学に現役合格したことがある。しかし、庵野秀明の後継者とかイラストレーターとか、そういうアーティスト方面を志し、見事に玉砕した。東大アニメ研究会の後輩に告白してなじられて発狂という大きな事件もあったが、ともかく東大を中退したのである。東大卒であればどうにかなるこの社会で、それを失い高卒になったのだ。なおかつアーティストとしても失敗した。現在の有村さんは完全に目標を見失い、艦これをやっているだけの日々である。同人誌も売れなくなり、収入源として見込めなくなった。またライターとしても、ブロマガで海燕と同じチャンスを与えられたのに、海燕だけ成功して、有村悠さんは失敗した。まさに有村さんはこの本を読むべき人間なのである。

この本で推奨されているメソッドはモーニングページとアーティストデートである。モーニングページとは、毎朝自分についていろいろ書き続ける作業である。一日何ページか書いて、それをずっと続ける。このノートは他人には見せない。自分だけが読むためのノートである。今ならevernoteあたりを使うのが最適だろう。これを継続してやることが最も大事とされる。毎日モーニングページを書き続けることで自分と向き合うのだ。もうひとつのアーティストデートは優先度が低いが、週に一度は、何らかの芸術的な体験をするということである。映画を見に行くとか、今まで行ったことがない場所に行ってみるとか、そういう体験である。

有村悠さんは、アーティストを志したことで東大中退という結末に終わったので、大きな心的外傷を抱えていると思われる。低偏差値のゴミが代々木アニメーション学院でモノにならなかったのとはダメージが違う。人生を棒に振ったという悔恨は大きいだろう。そういうトラウマは克服しなければならないのである。過去の誇大妄想は反省するべきだが、それを十字架のように背負い続けるだけで人生を終わらすべきではない。挫折したところで時間が止まってしまうのは、多くのアーティストが経験することだ。そこから再び時計の針を動かすことが必要なのだ。そのために必要なのがモーニングページを書き続ける作業なのである。過去の誇大妄想への反省、東大中退という結果へのトラウマに向き合いつつも、新しい創造的な自分を見いだしていくのである。トラウマを克服するのが本物のアーティストになるために必要なプロセスだ。

前述したが、モーニングページは他人に見せてはならない。自分だけが読むために、毎日数ページ書くのだ。創造的な行為とは、他人に否定されることが多いわけである。他者に酷評されるとか、売れないとか、そういう挫折が付きものだ。このような挫折を乗り越えるには、自分だけのモーニングページを書き続け、自分に向き合うしかないのである。

有村さんは(創作に手を出さず)普通の人生を歩んでいれば東大卒だった。創作活動に手を出したことで大火傷をし、人生の全てを燎原の火のごとく焼き尽くしたわけである。こうなると、創作が恐怖対象となる。創作に手を出したおかげですべてを失ったのだから、二度と手を出すまいという認識をしているはずである。これは認知の歪みなのだ。今さらアーティストを断念しても東大卒にはなれない。失敗した最低の人生に甘んじることで懲役を受けているような、そういう時間はそろそろ終わりにするべきである。
カチェリーナは家族から疎まれ続けていたから、人間が人間に冷酷に振る舞う光景は日常茶飯事であり、数え切れないくらい体験したわけである。だが、グルーシェンカがさらりとナスターシャを切り捨てた出来事には背筋が震えた。ごく普通に、おまえは嫌いだと伝達する行為が、これほど残酷だとは思わなかった。
「ナスターシャを殴ったわたしが言うのもなんだが、おまえ性格最悪だな」
「カチェリーナ様は学校に行ったことがないから、ああいうご経験がないだけです。仲間をハブるなんてよくあることです。確かに気の毒ではあり、痛々しいのですが、こういうのは普通です」
いろいろ考えると、カチェリーナも漫画や小説でああいう場面は見たような気がした。ただいずれにせよ、このまま放置しておくのは耐えられなかった。
「親から虐待されてるのを見過ごすわけにはいかない。わたしの城で部屋を提供するのは構わないだろ」
「御自由にどうぞ。ただし、溺れてる人間にしがみつかれないようにご注意を」
それからナスターシャが部屋に呼ばれた。ナスターシャはグルーシェンカに恐れを抱いているようだった。依存していたたった一人の人間から切り捨てられたのだから当然だろう。
「おまえ住みたければ、わたしの城に住んでもいいぞ」
カチェリーナはナスターシャの目を覗き込んだ。ナスターシャは目を伏せているだけで、感情はよくわからなかった。
「ナスターシャは視力が2.0なんです。すごい目はいいんです。でも周りがまったく見えてないでしょう」
グルーシェンカはカチェリーナに確認を求めた。確かに、その点はカチェリーナも認めざるを得なかった。ナスターシャは明らかに宇宙人のようなオーラを発しており、別の世界の住人のようだった。
「ソーシャルスキルで大事なのは観察力なんです。観察力があると人気者になりやすい。観察して、いろんなことに気づいてそれを共有し、この共同世界を分かち合えるんです。ナスターシャは視力2.0だから目はいいのに、外界を観察してないのです。周辺世界から情報を汲み取る能力が低い。わたしからすれば、別の宇宙の人間です」
「そのご自慢のソーシャルスキルとやらで助けてやったらどうだ」
「これは力の差なので、人助けは出来ません」
「強い者が弱い者を助けるのは可能だろう」
カチェリーナは自分に似つかわしくないと思ったが、道徳的なことを述べた。さきほど気の毒な場面を目撃したばかりで、感情が高ぶっていた。
「ナスターシャの面倒見るなんて、ボケ老人の介護と同じです。博愛主義に基づいて、ボケ老人のオムツを取り替えてあげてもいいですが、それは決して対等な人間関係ではないのです」
グルーシェンカの説明は理に適っており、カチェリーナは反論の言葉が浮かばなかった。確かにナスターシャは周りを見てないし、あれだと普通の人間と視野を共有することができない。それは共感性の欠如に他ならなかった。
「そう言えば、寝たきり老人のような人もいましたね。わたしが大学で勉強している間、15年間ゴロゴロしていたゴミのようなお姫様」
今度はカチェリーナに矛先が向かってきたようだ。
「結局のところカチェリーナ様は意識が鮮明でないからゴロゴロするんです。モラルとかじゃなくて、頭がボケてるのです」
「ボケ老人とか寝たきり老人とかうるせーな。ブスのくせして」
カチェリーナとグルーシェンカは取っ組み合いの喧嘩になったが、こうなるとグルーシェンカの方が圧倒的だった。腺病質のカチェリーナは組み伏せられるだけだった。
「ソーシャルスキルの弱い人間を介護するべきという価値観もあり得るでしょう。でもわたしは介護はやらないので、他の人を見つけてください」
「そういや、ナスターシャはプログラムが得意だとか」
カチェリーナはなんとなく思い出したので尋ねた。
「ああ、かなり出来ると思います。わたしに匹敵するくらいに出来ます」
それからグルーシェンカはiPhoneを取りだした。
「たとえばこんなのがナスターシャの作品です」
「すごいじゃないか」
結構有名なアプリがゴロゴロ出てくる。カチェリーナは素直に感心した。
「おまえのご自慢のソーシャルスキルより、ナスターシャのスキルの方が凄いじゃないか。他人とワイワイやる能力より、こうやって内面世界を発達させている人間の方が偉大だと思う」
「社交性より重要なものはこの世にありません。人間精神は死んだのです。ヘーゲルやカントは焚書にしてください」
「わたしは人間精神の可能性を信じる。おまえはキョロキョロ周りを見回してFacebookでワイワイやってろ」
それからカチェリーナはナスターシャの手を取って語りかけた。
「おまえはわたしの城に来るべきだ。ワイワイやることしか能がない大衆に迎合することはない」
ナスターシャはしばらく黙っていたが、「そこはパソコンある?」と口を開いた。
「ああ、いくらでも買ってやる。何なら巨大なデータセンターでも建設するか」
「ところでカチェリーナ様に伺いたいのですが」
後ろからグルーシェンカが問い掛けた。
「カチェリーナ様は当然内面世界を育んできたわけですよね。15年間友達がおらず、ずっとひとりでいるわけですから、それに応じた素晴らしい人間精神を築かれたのだろうと思います」
「もちろんだ。まだ発表してないだけで、21世紀最高の哲学になるだろう」
「ナスターシャに資金援助することで何かを成し遂げたつもりになるのかもしれませんが、それはカチェリーナ様の成し遂げたこととは言えないと思います」
そう言われると、カチェリーナは本心を見抜かれたような気がした。自分が金を出してナスターシャにソフトを作らせ、それがヒットすればグルーシェンカの鼻を明かせると考えていた。
「カチェリーナ様御自身の天才的な業績を見せて欲しいわけですよ」
グルーシェンカはカチェリーナの目を見て確認を求めた。
「わたしはアーティストだ」
カチェリーナがそう言うと、グルーシェンカは固まった。どうやら言わない方がいいことを言ってしまったらしいとカチェリーナは理解した。そしてしばらくして、静止した時間が動き出した。
「あはははは。15年間ゴロゴロして寝たきりになっていたかと思えば、今度はアーティスト宣言ですか。カチェリーナ様はどこまで笑わせてくれるのでしょう。何も出来ないゴミが陥る典型的なことばかりやってくれるので、面白すぎます」
木曜日のダウンタウンDXに川越シェフが出ていた。
うざいと思ったのは、”みそぎ”のつもりなのか、高い水の件が何度もネタにされたことである。
たとえば松本が「川越さんは水で儲けてますから」みたいにギャグにするわけである。
不祥事をバラエティーで吸収するのが最近の流行りらしい。
これで視聴者を馴染ませようという魂胆なのである。
川越シェフの問題は水が高いことではなく、年収300万~400万円の人を馬鹿にしたことが問題なのだが、ここはネタにされない。
川越シェフがテレビに出ると、「水が高い店ですね」とかいじられるわけだが、問題のすり替えなわけである。
「年収が300万円だと入ったらいけないんでしょ」とはいじられない。

この問題で川越シェフが消えることはないだろう。
代官山以外に白金と渋谷に新しい店を出すようだが、どうせ馬鹿が大挙して行くのだろう。
家入一真の飲食店のように調子に乗って一等地に乱立させたあげく閑古鳥が鳴いて終わってくれればいいのだが、川越シェフはそうはならない。
家入と違って、テレビ視聴者を味方に付けているから、その層からガッツリ取れる。
川越シェフはモラルが低いので、あまり嫌われないタイプである。
生活保護問題の河本は(モラル自体は低いのだが)タイプ的に頑固で怒りっぽいので、愛されるキャラではない。
河本は謝罪しなかったのも大きいが、それ以上に、あのキャラである。
川越シェフのようにチャラチャラしたタイプなら結構好かれるのだが、河本みたいなのはダメ。
頑固で怒りっぽいのは「めんどくさい性格」として一番嫌われるのだ。
頑固親父が消滅したのも、モテない典型のキャラクター性だからである。
川越シェフはモラルの低さが幸いして、この世界にうまく溶け込んでいくのだろう。
一昔なら投獄され鈴ヶ森の刑場で晒されたレベルの人間が、この退廃した現代では大衆の喝采を浴びロックスターになれるのである。
有村悠さんのアフィを踏んでから以下の書籍を購入しました。
Kindleだと安いので、ついついたくさん買ってしまう。


寒い国から帰ってきたスパイ
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カスタマーレビューを書く
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食品の裏側?みんな大好きな食品添加物
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さて、先日わたしは艦これのドックを増やすために1000円課金したのですが、回転率が上がったため出撃機会が多くなり資源不足に悩まされるようになりました。
難関だった2-4は突破したのですが、調子に乗って3-2をやったところ、空母や戦艦が壊滅的に大破し、悲惨なことになりました。
艦これはほっとけば自然に資源が増えるし、遠征でも獲得することが出来ますが、甚大な被害の回復には数日かかりそうでした。
仕方ないので、資源のために1000円課金。
これっきりです。
本当にこれっきりであり、今後は決して課金しないし、安全な海域での活動にとどめ、無謀な挑戦はしません。

これと言うのも、思考力0で有名な有村悠さんに艦これで負けていることです。
定員オーバーで始めるまで待たされたのが大きいです。
有村さんは思考力が無く自分でものを考えることが出来ないのにも関わらず、wikiを読みながらその通りにやるのは得意です。
思考力がないのに丸暗記だけで東大に入りました。(しかし思考力がないので講義が理解できず中退しました)。
こういう人間に負けるわけにはいかない。
この人は、狼と香辛料の作者とか、神様のメモ帳の作者から2ちゃんねるでバッシングされていたことが最近明らかになりました。
やる方が悪いのですが、この橋本紡もちょっと変なところがあり、ターゲットにされたのでしょう。
橋本紡は海燕と口論になった時も旗色が悪くなると「本当は海燕君に作家の人脈を紹介しようと思っていたのに残念だなあ」とか突然言い出したりして、こいつはガチでやばいという印象を受けました。

https://twitter.com/tsumugu_h/status/383390890573590528
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以前、電撃の社員?が2ちゃんねるで埋め立てをしていたという出来事があり、その際、電撃の名物編集者の三木一馬のツイッターが停止しました。
現在確認したら、まだ止まったままです。
ステマ疑惑に答えたくないので、ツイッターで完全沈黙する道を選択したのです。

この当時、わたしがこれを追及していたら、知能指数が低そうな三木信者から粘着されたので、面倒なので追及はやめました。
わたしが追及せずとも電撃のステマは自明であり、また低知能を論破すると、逆ギレするか、猿の本能に戻って馬鹿にしてくるとか、そういう未来が見えるからです。

俺妹などは、アニプレックスのゆまが(俺妹作者の同人誌で)やらおんと対談しました。
その対談は諸般の事情でお蔵入りとなり世には出ませんでしたが、対談そのものは行われたわけです。
やらおんはご存じの通り、知能指数100未満の総本山でした。
世の中の半数は知能指数100未満であり、人間並みの知能が無くても、猿の本能があるものですから、馬鹿でも猿知恵があり厄介です。
2ちゃんねる運営から出入り禁止になり影響力を失ったやらおんですが、かつてはわたしもずいぶん攻撃されたものです。やらおんスレの半分くらいはわたしの話題だった時期もあります。知能指数100未満との付き合い方という点でいろいろと勉強させられるものがありました。

ステマは現状では違法ではありませんが、立法化が遅れているだけであり、いずれ確実に違法になります。電撃三木のように「今のうちにステマしまくろう」とやってると後から恥をかくことになる。法律は遡及しないので罰はないですが、合法の頃に未成年とやりまくっていた宮台真司と同じポジションになるでしょう。
こどもに罪はないというのは聞き飽きた。
とはいえ、人権が社会を蹂躙していく昨今においては、こどもの権利を制限するのは困難なのだろう。
とりあえず生んでしまえばいい。
あとは税金が面倒見てくれる。
そういう安易な風潮が跋扈しているのが現代なのである。
子どもを産める女は一流であり、子どもを産めない女は欠陥品のゴミという発想もあるだろう。
子どもを産めない欠陥女の税金で、子どもを産める健康な女の子どもを育てるという構図が、認められている社会なのである。

こどもに罪がないというからには、誰かに罪があるわけである。
母子家庭の子どもに嫌悪感を持つわれわれが罪人扱いされているようである。
そううい差別感情のペナルティーとして、あいつらに多額の税金を投入しているのである。

だが、本当に傍観者であるわれわれが罪なのか検討しなければならない。
こどもに罪はないというのはいいとして、では誰が罪人なのかという問題だ。
やはり母子家庭とか私生児とか、そういうのを生み出した大人が罪人なのではなかろうか。
こいつらのせいで多額の税金が投入されているのだから、生涯刑務所で過ごして貰うくらいのことはしなくてはならない。

子宮に種を仕込んで逃亡した男ではなく、そうやって産まれたこどもに差別感情を持つわれわれの方が悪いというのは、人権思想の暴走なのである。
種だけ仕込んで逃げた男とか、そういうのは草の根分けて探し出し、吊して蹂躙するべきだろう。
こいつの臓器で生活費を捻出すればいいだろう。
この男が扶養義務を果たさないせいで多額の税金が投入されるのだから、こいつにGPSを埋め込んで、養育費を払わせるべきである。

子どもは社会で育てる、なんて綺麗事があるが、あいつらが欲しがっているのは金である。
金よこせというだけであり、他人の手は借りたくない。
他人から声でも掛けられようものなら警察に通報する輩である。
それがシングルマザーとやらの実態なんだよ。
種を仕込んだ男に請求するよりは、人権屋になって福祉にねじ込んだ方が手っ取り早いと思ってやがる。
これからはシングルマザーを見掛けたら、「このガキの父親に面倒見させろ」と面罵しなければならない。
警察呼ぶんだろうが、何の罪状で捕まえるんだよ。
ふざけんな。
カチェリーナはグルーシェンカの部屋に行った。
「あのナスターシャって子、どうにかならないのか。親から虐待に合ってるんだろ。あまりにも不憫だ。親は相当なワルなんだろうな」
「あの子の両親は普通ですよ。人格者ではないし、極悪人でもない。平均的な人間なんです。可愛い子どもなら虐待などせずに可愛がるでしょう」
「そんなの本当の親ではない」
親だったら、自分の子どもが可愛いのが当然である。ナスターシャのような陰気な子どもだって可愛がるべきだ。
「こどもが可愛いというのは幻想です。可愛くないこどもは確実にいます。特に社交性がないこどもは、親としても可愛がれないです。ブスでもかわいげがあるとか、そういうのならいいのですが、ナスターシャは無理です」
「そんな世知辛いものだろうか」
「カチェリーナ様の両親だってカチェリーナ様を可愛がってないでしょう。わたしはカチェリーナ様の生まれつきの知能はかなり高いと思っています。15年間ゴロゴロしていたので、15年間努力して大学を卒業したわたしとは知力の差がつきましたが、生まれつきの知能ならカチェリーナ様の方が優秀です」
「確かに家族からは疎まれていたけどな」
だからこそ家族はカチェリーナを置いてラスベガスに豪遊に行ったのだし、そこで殺された。カチェリーナはその一報を聞いて大喜びしたわけだ。
「カチェリーナ様の御家庭はソビエト共産主義の崩壊とか、チェルノブイリ原発事故に乗じて汚いやり口でボロ儲けしたわけです。マフィア同然の家であり、到底知性を重んじるような文化資本はありませんでした。だから特別な美貌や知性に恵まれているカチェリーナ様が疎まれるという悲劇が起こったのです」
「それがどうしたんだよ」
「カチェリーナ様の場合は、御家庭がおかしいのです。他の環境なら、すごいチヤホヤされてます。ナスターシャは、どこの家庭でも疎まれる子どもです。ナスターシャを可愛がれるのはマザーテレサくらいでしょう」
「ナスターシャはおまえの親戚だろう。他人事ではないのだから、ここの家に置いてやったらどうだ。かなりの豪邸だし、空き部屋もあるだろう」
「うちの両親がナスターシャを嫌ってるのです。今回ナスターシャが泊まりに来たのも、カチェリーナ様のために合宿をするという名目で、なんとか可能になったのです。だから合宿が終われば、ナスターシャは親元に送り返されます」
「そうなのか」
「うちの両親はカチェリーナ様のことはすごい気に入っています。カチェリーナ様を嫌ってるのは、カチェリーナ様の御家族くらいです」
「幸いなことに全員死んだけどな。ところでナスターシャはプログラミングの才能があるんだろ」
「ああ見えて知力は高いです。でも今時プログラミングの才能なんて珍しくない」
「ナスターシャはわたしの城においてやるよ。700くらい空き部屋があるから問題ない」
「わたしが困ります。あの城の近くにはわたしの修道院があります。わたしもカチェリーナ様をよく訪問する」
「だったらナスターシャにとっていい環境だな。ナスターシャはグルーシェンカを気に入っているから、会う機会がたくさんあるのはいい」
「それが嫌なんです。これは社交性のある人間特有の悩みです。ぼっちが全面的に依存しようとしてくるんです。友達が全然いないようなゴミがわたしの後を金魚の糞のように付いてくるという現象が発生するのです。その子にとって、わたしが世界のすべてという状態になる。実際、ナスターシャがカチェリーナ様に暴言を吐いたのも、わたしを独占しようとしたからでしょう。わたしは虐待死などを懸念してナスターシャを保護しているだけで、本当はああいうゴミには関わりたくないのです」
「ナスターシャがそれを知ったら悲しむだろうな」
「知ったでしょうね。ドアの外で聞いてるみたいですから」
グルーシェンカがそう言うと、廊下を走り出す音が聞こえた。どうやら今までの会話をナスターシャが聞いていたようである。
「わかってて今の話をしたのか。残酷だな」
「カチェリーナ様も、ナスターシャのひどさはご存じのはず。一晩過ごしてすごい嫌な思いをされたはずです。それは否定できないはずです。だから二発も全力の平手打ちをしたわけです」
そう言われると、カチェリーナも反論は出来なかった。ナスターシャの顔面を全力で殴ったことで気が晴れたが、そうでなければ怨恨でもやもやしていただろう。
山根と言えば、デリヘル嬢と仲良しになったところ逆恨みされ、「山根にレイプされた」とか嘘の訴えをされたりして、一時期芸能界から干されたわけである。メンヘラのデリヘル嬢(しかも年増)と仲良くなったばかりに、虚偽の訴えでテレビに出られなくなるなんて気の毒だと思っていた。

torneが溜まっているので消化しようと思い、9月10日の芸人報道を見ていた。昔付き合っていた芸人同士が復縁しようという企画である。
マリアゆみみ(現在30歳)とザブングル松尾が10年前に付き合っていたそうで、この二人が出ていた。
この二人は当時交際を秘密にしていた。そんな中、マリアゆみみはアンガールズ山根に揉まれるなどのセクハラをされていたそうである。ザブングル松尾としては、黙って耐えるしかなかったそうである。家に帰ると「マジで山根ぶっ飛ばしたい」と言っていたそうだ。

だからどうしたというわけでもないのだが、山根はそういう人間でもあるようだ。
先日わたしは艦これのドック増設に1000円課金したわけである。デフォの2つだと時間が掛かるので、3つに増やせば、回転率が上がると考えたのだ。そして回転率は上がった。しかし、資源があっと言う間に無くなるという問題に直面した。そういう予測すら出来ずに1000円課金したのだから、あまりにも馬鹿としか言いようがない。

だったら資源にも課金すればいい、と思った。しかし、この資源がアホみたいに高いのである。課金するのはいいのだが、1000円課金したところで雀の涙程度の資源しか手に入らない。10000円課金しても、たいして変わらないくらいである。これでは課金する意味がない。

たぶん艦これの運営は頭が悪いのではなく、わざと高くしているのだろう。資源がもっと安く買えたら、当然ながら課金者はたくさんいる。これだけ人気のあるゲームだから、ユーザーの気前もいいだろう。課金効果が高いとなれば、飛ぶように売れるのは間違いない。だが、仮に10000円課金することで、デッキの強さが大幅に変わったらどうだろう? 課金者と無課金者がまったく次元の違ったゲームをやるというソーシャルゲームにありがちな構図になる。そういうヒエラルキーを避けるために、角川としては、課金してもたいして効果がない設定にしてるのだろう。

わたしはソーシャルゲームをよくやるのだが、パズドラのような例外を除くと、アクティブは3000人から10000人程度である。App Storeで上位にあるゲームでもそれくらいだ。そのうち一割くらいが課金してると思う。ごく限られた人間が一生懸命課金してるだけなのである。艦これがそうなったら儲かることは儲かるが、コンテンツとしては育たないだろう。少人数が懸命に課金することで売り上げは上がるとしても、(一部のユーザー以外は脱落するから)コンテンツとしての価値は下がる。

わたしも艦これに「資源の価格安くしろよ。課金くらいするから」と思っているが、もし本当にそうなったら、10万円単位の金を出せる人間がブイブイ言わせるようになるに違いない。そうなるとわたしなどは肩をすぼめて立ち去るしかないだろう。一万円札で殴り合える人間だけが残る。それだとソーシャルゲームとしては儲かるが、角川が艦これをコンテンツとして展開するのは無理になるだろう。

もっともサーバー増設出来ずに、新規参加が難しくなってるのは、収益構造がないからである。課金に頼らず多くの人にやってもらう仕組みを目指しているのに、結局資金不足でサーバーがパンクし、人数制限してるのでは、結果としては少数のユーザーしかやってないということになり、このコンテンツの先行きは暗いとも思う。
2ちゃんねるがなかった時代だと思うので、たぶん1990年代の話である。テレビの深夜番組でこんなのがあった。たぶん日本テレビである。島崎俊郎という今は消えている芸人の番組だった。わたしが見ていた回は「総集編」とやらだった。島崎が「わたしこれ完全にキレそうになりました」と紹介して始まったVTR。彼氏と復縁したいという女の子からの依頼で男に会いに行くという企画。これが完全なガチだったようで、取材トラブルになっていた。(最近だとこういうガチはあり得ないが、電波少年がブームになったりしたから起こったのだろう)。男は取材陣に暴力を振るったわけではなく、基本的には街角のベンチか何かに座って黙っていた。その中で島崎がマイクを向けると、「マイク向けるなよ」と男がマイクを振り払う場面があった。マイクは吹っ飛んでいない。普通に振り払っただけである。それに対する島崎俊郎の答えは、「俺だって仕事なんだよ」というものだった。その後、その企画を依頼した女の子が泣き出し、男が立ち去り、終了になった。前述したようにこれは「総集編」として放送されていたので、たぶん以前にも一度放送されていたのだろう。ロケで揉めたのを二度放送しているのである。正確には覚えていないが、日本テレビの番組だったはずだ。マスコミの現場なんてテレビ局の正社員はほとんどいない。そのロケで揉めた場面だって、日本テレビの正社員がいたかはわからない。スタッフのほとんどは下請けの製作会社のはずであり、島崎俊郎だって仕事で頼まれたからやっただけである。あくまで日本テレビから下請けとして仕事を頼まれたのである。ただ、「俺だって仕事なんだよ」と言った瞬間に普通はその仕事を辞めなければならないと思う。バイトの店員が「仕事でやってんだよ」とキレたら、それはその仕事をやめるつもりでキレたということである。どんなに末端であれ「仕事でやってんだよ」と責任放棄した段階で、辞めさせられるだろう。島崎俊郎が糞だったのは、「俺だって仕事なんだよ」とキレたのに、芸能界に居座ったことである。島崎俊郎はもう60歳近いので、最近でこそもう見ないが、「仕事でやってんだよ」とキレたのに、その仕事(芸能界)をやり続けていたわけである。これは人間のクズの所業だ。何度も書いてるように、この取材トラブルは「総集編」として見たから、二度放送してるわけだ。二度放送したのは、当然ながら日本テレビの責任である。この当時の日本テレビは大晦日に野球拳とかやってたし、ネットが出てくる前の何でもありな状態だった。こういう時代を思い返すと、2ちゃんねるの存在意義も無いわけではないのだろう。
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