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最近のナスターシャはカチェリーナの城で贅沢三昧出来る身分であり、まったく金に困ってないから、XPのサポートが切れる問題にもあまり関心を持っていなかった。しかしふと気まぐれにXP関連の話題をネットで見ると、マイクロソフトの社員が書いてるのが明らかな書き込みが雲霞のように連なっている。ナスターシャは重度のアスペルガー症候群であるから極端に視野が狭いが、それがゆえに独特の観察眼がある。本当の書き込みとステマの区別は付くのである。ナスターシャは激昂し、148センチの小さな身体を痙攣させ、床をのたうち回った。このまま絶命しても不思議ではないくらいに頭に血が上り、神経の隅から隅まで度し難い怒りが沸騰し、すべての細胞が壊死してもおかしくなかった。これがナスターシャ独特の苦悩である。顕微鏡のような鋭い観察眼があることで、世間の人々が気づかないところが見えてしまう。それでいて全体を満遍なく捉えることが出来ないから、有象無象の空蝉とはどこまでも認識がズレるのだ。この人生を貫き通した断絶の理不尽さに悶え苦しみ、両親からの激しい虐待や同級生からのいじめ地獄の挿話が次々と意識に突き刺さった。この創傷は決して肉芽に包まれず、グロテスクな深い切り口を晒し続けていたが、相変わらずこの塞がらない傷の疼痛では死ねないのだった。どうやら無知蒙昧な大衆の中で、ひとりだけ正義に気づく孤独からは逃れられないらしい。ナスターシャは超巨大ブログ真性引き篭もりの編集画面を立ち上げた。そして、ネットでステマされている「XPを13年間サポートしたマイクロソフトに感謝」という書き込みに反論することにした。XPは2001年に発売されているから、13年間サポートしたというのは、もっともらしい主張に思える。しかし実際は、2006年発売のVistaの不評のため、XPのOEM版は2008年6月末まで提供された。2008年6月まではVistaを回避してXPを買うのが普通だったのだ。こう考えると、XPのサポート期間は5年9ヶ月である。5年9ヶ月しかサポートしないマイクロソフトに感謝出来るわけが無く、憎悪の一択であるのは明らかだ。「マイクロソフトに感謝」という書き込みが社員のものであるのは、ナスターシャのような具眼者だけにわかることである。これは証明できないが、しかし断定的に書いてしまうのが真性引き篭もりである。アスペルガーの眼力で見抜いたマイクロソフトのステマのすべてを書き尽くした。超巨大ブログ真性引き篭もりで、マイクロソフトの欺瞞を告発するのだ。そして記事を公開しようとしたところ、ブラウザがフリーズした。これはマイクロソフトの陰謀ではなく、ナスターシャが常識外れの長文をいきなり編集画面で書いたためハングアップしてしまったのだ。ナスターシャは泡を吹いて倒れ、今度こそ気を失った。これによって真性引き篭もりによる告発は未遂に終わり、世界中でWindows 8が爆発的に売れたのである。
「付いてこい」
カチェリーナはナスターシャに背中を向けると歩き出した。
ナスターシャはマフィアの群れを見て臆していたので、おずおずと従った。
そしてカチェリーナの部屋に招き入れられた。
「本当にひどい状況になっている。これだけ愚かしい、なんの大義も理念もない騒擾があり得るだろうか。暫定政権もCIAが後ろ盾になっているから、無教養の極右が政権を握り続けて長期化する事態も予想される」
「どうするんだよ」
「CIAとロシアとは別の第三極を提示しなければならない。ウクライナはキエフ大公国の正統継承者なのだから、それを主張する」
「おまえ外国に逃げればいいじゃねえか」
「グルーシェンカとリザヴェータはすでに国外だ。わたしと国外で合流する約束をしたのだが、最初から反故にするつもりだった。ネオナチやCIAやプーチンを敵に回すのだから、ウクライナのマフィアを動かす必要があり、それが出来るのはわたししかいない」
ナスターシャはさきほど城の入り口のロビーのところで見た恐ろしい男達を思い出した。あわや失禁するくらいにナスターシャを脅えさせた連中が、カチェリーナをボスとして認めているのだ。世界史の本に載るような悪人を父に持つカチェリーナを蔑んでいるつもりだったが、このカチェリーナの肝の据わり方にはナスターシャも恐れ入るしかなかったのである。ナスターシャのように臆病でパニックばかり起こしているアスペルガーとは違うのだ。
「愚かな暫定政権をCIAやEUが支えていて、どこのメディアも立ちすくんで模様眺めをしている。言論の自由は死んでおり、この死に体の世界をプーチンが蹂躙しているのだ。わたしが第三極に名乗りを上げる取っ掛かりもない。この閉塞を打破する媒体が必要だ」
「どんな媒体だよ」
「真性引き篭もりしか思いつかない。圧倒的な影響力を持つ超巨大ブログだが、どこの政治勢力とも繋がっていない。CIAやプーチンを自由に批判し、この膠着状態を揺り動かす力がある」
「なんで僕がそんなことしなくちゃいけねーんだよ。ブロガーはマフィアの味方じゃねーんだ。真性引き篭もりは僕が書きたいことを書く場所だ。ドブスは死んでろ」
ナスターシャは叫んだ。
「既存のメディアはすべて死んでいる。CIAやプーチンの御用メディアに成り下がっている。真実を流し、人を動かせる自由なメディアは真性引き篭もりしかないんだ」
「僕は知らねーよ。世界なんか滅びろ」
ナスターシャはそう答えたが、ふと今までの人生で一度も体験したことのない不思議な感情が芽生えてきた。アスペルガーの脳味噌の片隅に、ある種の人間的な感情が芽生えてきたのである。この感覚にナスターシャは戸惑ったが、何とかそれを理解しようとした。おそらくそれは矜持だった。貧しい身体と冴えない容姿をもって生まれ、アスペルガー症候群でもあったから、親から嫌悪され虐待された。学校でも地獄のようないじめを受けて不登校になった。なまじ理屈に強いだけに、他者への鋭い指摘が反感を買い、人とわかり合うことがなかった。世界の矛盾への激昂で頭が張り裂けそうだったナスターシャが生み出したのが真性引き篭もりである。遠慮無しに理屈を並べ立てることが許される場所だった。だが超巨大アクセスを手にしても、満たされなかった。そこに愛はなかったのだ。アスペルガー特有の鋭い理屈が見せ物になっていただけだ。しかし、現在のナスターシャを困惑させる、この新しい感情は、それとは違う道を示していた。ナスターシャは生まれて初めて人から必要とされたのである。どこにいっても迫害され追いやられてきた。そういう自分がウクライナを救うためにブロガーとして筆致を振るうことを求められているのだ。
「お、おまえの口車なんか僕は乗らないからな」
ナスターシャはそう言ったが、今さらになって、この城での生活がいかに快適だったか思い起こした。殴られることもなく、いじめられることもなく、欲しかった機械類を買いまくり、趣味を満喫していたのだ。
ナスターシャは自らの冴えない容姿を恥じていたから、ウクライナ最高の美少女とされるカチェリーナを憎んでいるつもりだったが、こうやって必要とされると、生まれて初めて承認されたという意識が芽生え、アスペルガーの乏しい感情ながら、今まで自由にさせてくれたカチェリーナへの感謝も少しだけ生まれてきた。
「こ、この城が潰れても困るからな。何を書けばいいんだよ」
「おまえは教養はあるからキエフ大公国の歴史くらい知ってるな。13世紀にモンゴルに侵略されるまで、ウクライナ人とロシア人は同じだった。国民国家という近代的な概念はこの時代には乏しく、どこまで同じ国民だと思っていたかは知らないが、ともかく同じだった。キエフ大公国のスラヴ人のうち、モンゴルにゴマをすって子分になった連中がロシアとなった。モンゴルとロシア人はかなり混血している。誰が見てもわかる証拠としては、ソビエト時代のブレジネフ書記長の顔だ。ロシア人なのにほとんどモンゴロイドと言っていい」
「プーチンのユーラシア主義も、モンゴルの血だと書けばいいんだな」
「ウクライナこそキエフ大公国の正統な継承者である」
「わかった。書き始める」
ナスターシャは自室に戻ると、記事を書く準備をした。ブレジネフの顔写真を検索し、あらためてモンゴロイドそのものの顔を確認した。レーニンの曾祖父がモンゴル人であることははっきりしているし、ロシアは数百年モンゴルの支配下にあったから、モンゴルの血がたくさん流れていて当然なのだ。ベルリン陥落の時にドイツ人女性が10万人くらいレイプされたが、これはモンゴルの血がなしたものだと書くつもりだ。今まで鍛え上げた理屈の力で、プーチンのモンゴル的な侵略願望を断罪するのだ。ナスターシャのタイピングはかなり早いのだが、やたらと長文になる癖が災いし、一時間経ってもチンギス・ハーンがモンゴル帝国の統治者になるところまで話が進んでない。チンギス・ハーンを英雄ではなく、邪悪な存在として捉え直すから、かなりの文字数が必要なのだ。ここからモンゴルがキエフを陥落させるところまで書くのに100年掛かりそうである。真性引き篭もり始まって以来、最も長い記事になることは間違いなかった。
近代文明の手前の13世紀、ユーラシア大陸はモンゴルに制圧された。この当時は、騎馬民族が最強だったのである。モンゴルの馬は長距離を走るのに向いており、それが幅広い侵略を可能にした。ウクライナ(もしくはロシア)のルーツであるキエフ大公国は1240年にモンゴルに滅ぼされた。モンゴルは1258年にはイラン、イラクのあたりを征服し、イルハン朝を建てた。中国も1279年にモンゴルに征服され、元朝となる。ユーラシア大陸の多くをモンゴルが支配する形になり、Pax Mongolicaと呼ばれる。なお、キエフ大公国はモンゴルが来る前から東西分裂していた。東側のウラジーミル・スーズダリ大公国はモンゴルに隷属する道を選んだ。これが後のロシアに繋がっている。ロシアは数百年間モンゴルに支配されたから、モンゴルの血はずいぶん入っていると思われる。西側のハールィチ・ヴォルィーニ大公国は反モンゴルの姿勢を取ったが、勝てるはずもなく、ずいぶんと蹂躙されたようだ。それから近代になり勢力図は変わり、1789年にクリミア半島はロシアに帰属することになった。クリミア半島のタタール人はモンゴル系(もしくはトルコ系)の人間であり、過去の侵略者であるから、ロシアからの復讐を恐れ、トルコに亡命した人間がたくさんいた。だから現在のクリミア半島でタタール人は少数派なのである。1955年にフルシチョフはウクライナを懐柔するために、クリミア半島をウクライナ帰属とした。そして2014年、またロシアに戻ったのである。

ナスターシャはクリミア半島が奪い取られたのを見て、虚しい勝利感に浸っていた。真性引き篭もりで反ロシア感情を煽ったことが実を結んだのだが、いざ現実となると、その無益さを思い知らされたのである。148センチのちいさな身体を床に横たえ、巨大な部屋の天井を見上げていた。そしてここが戦渦に巻き込まれる可能性を考えると、不安になってきた。ナスターシャは気性が激しく激昂しやすいが、臆病で気が弱いのである。その怒りと不安の葛藤が真性引き篭もりという巨大な虚無を生んだのだが、こうやって世界地図に火柱が上がったからには、その劫火が自らの足下まで延焼してくる可能性があった。ナスターシャは不安になり、部屋の外に出た。すると、城の中を怪しげな男達がうろついていたのである。ナスターシャは動揺し、階段を駆け下りた。この城から出ても、行くあては無かったが、一刻も早く脱出しなければならないと考えたのだ。しかし入り口のある一階まで降りると、怪しげな男達が何十人もたむろしていた。ナスターシャはアスペルガー症候群特有のパニックに陥り、転げ回るくらいに震えながら、地べたに這い蹲った。恐怖で痙攣するしかなかったのである。
やがて入り口付近の男達に動きがあった。まるでモーゼを通すかのように道を開け、そこからカチェリーナが姿を現したのだ。
「おまえの望み通り、クリミア半島がなくなってよかったな」
カチェリーナはナスターシャを見下ろした。
ナスターシャは激しい動悸に妨げられ言葉が出なかった。
しばらく時間が経過し、ようやく口を開いた。
「あの男達は……」
「なにかと物騒なのでわたしが呼んだ」
カチェリーナは平然と答えた。
ナスターシャは自らの気の弱さに直面させられ、カチェリーナの落ち着き払った態度に圧倒されたのである。
「ロシア人は所詮はモンゴルとの混血だ。わたしのような純血種のスラヴ人とは気が合わないらしい」
ナスターシャは歯の根が合わないくらいに震えていたが、生来の気性の激しさで何とか噛みついた。
「暫定政権の側に付くわけだな。僕と同じじゃねーか」
「わたしはロシアもCIAも両方否定する。二択を退ける第三勢力が今のウクライナには必要だ」
「死ぬぞ」
「人間はいつかは死ぬ」
カチェリーナはごく普通に答えた。
「真性引き篭もりはEUを支持するらしい。ウクライナを分断して第三次世界大戦を起こしたいみたいだ」
カチェリーナはグルーシェンカの家に戻ると、さきほどの顛末を話した。
グルーシェンカはソファーに座りながら無表情だった。
「ともかくブロガーとして対決することになったから、わたしも対抗して記事を書こうと思うんだ」
「あのLunatic Prophetというゴミブログを再開するんですか」
「とりあえず下書きだけ始めるよ。ウクライナが妥協してロシアと和解しないと大変なことになる」
カチェリーナは椅子に座り、自分のパソコンに向かった。真性引き篭もりは超巨大ブログである。それに対してLunatic Prophetは軍事知識がないのに軍事について書いて笑われたブログである。カチェリーナもLunatic Prophetは消したわけだが、ドメインが残っているので復活は可能だ。
「Lunatic Prophetだけはやめた方がいいです。あれはサイトとしての信用が地に堕ちています。ナスターシャが正体をバラすリスクもあります」
カチェリーナの父親は世界史的な極悪人であり、それにより巨額の富を築いた。いくらウクライナ最高の美少女と言われるカチェリーナでも、あの悪漢の娘ということで憎悪する人間は少なくない。グルーシェンカはそれを心配しているのだ。
「まあひとまず下書きしてから考える」
カチェリーナは文案を練った。ウクライナ西部はオーストリアやポーランドの支配を受けていた期間が長く、EUに入りたがるのはわかるが、ウクライナにはその資格がない。ウクライナは対外債務が政府と民間併せて660億ドルある。そのうち460億ドルが民間のものだ。ウクライナ中央銀行の外貨準備高は150億ドルしかなく、またウクライナの今年の経常収支は130億ドルの赤字であった。要はデフォルト間近なのだが、仮にデフォルトした場合、最もダメージを受けるのはロシアである。ロシアの銀行は280億ドルをウクライナの企業などに貸し付けており、それが焦げ付いたら大変なことになる。EUのウクライナ援助は口約束にしか過ぎないが、ロシアは援助を確実に実行するしかない。金は手にしてこそ意味がある。口約束では貰ったことにはならない。ウクライナの面積は、グルジアの8倍くらいある。ヨーロッパで最も大きな国はロシアであり、次がウクライナなのだ。ウクライナは国土だけは広いが、あちこちの国から分断されたり、属国となったり、たらい回しの歴史である。ウクライナの西側はオーストリアやポーランドの支配下で文化的影響を受けているので、欧米的な価値観を持っているが、この文化的断絶を乗り越えなくてはならない。いくら面積があっても国力としては小国である。ウクライナは農業に適した穀倉地帯として知られ、耕地面積はフランスの二倍ある。この肥沃な大地を活かせば、フランスを遥に凌駕する農業国になりうる潜在能力はある。

「真性引き篭もりがさっそく反ロシアのエントリーを出しましたよ」
グルーシェンカから声を掛けられて、カチェリーナもそれを見た。相変わらずのものすごい長文だったが、それは文学だった。人類が地上に産み落とされ、這い蹲り生き長らえ、そして死んでいく理不尽さが著されていた。どうせ死ぬのに、生命は繁殖を続け、苦しんで生きている理由がわからない。多くの衆生が向き合わされる理不尽さである。真性引き篭もりは、ロシアを悪役として、人間がいかに蹂躙されているかを語り尽くしていた。hankakueisuuというハンドルは、人生という矛盾への怒りのシンボルであり、その激昂する魂はとてつもなく黒い光を放っていた。時には滔々と説明し、要所では激昂し、普段は暗渠に流されている腐臭がする廃液をざっくりと表通りに出してきたのである。この憎しみが氾濫して大地を浸食する様子は悪魔的ながらも、カタルシスを感じさせた。
「これはすごい文章です。人生というものへの激しい憎悪。生きることの無意味さ。それをすべてロシアにぶつけています」
「ロシアがなくても、人生は苦しいだろ」
「スターリンによってウクライナ人が大量餓死させられた事件などは真実です」
「それは知ってる」
1932年にスターリンが行った計画的餓死はホロドモールと呼ばれる。スターリンがウクライナの小麦を徴発し、輸出で外貨を稼いだのだ。栄養失調になるとアルブミンという成分が作れなくなり、血液から水分が流れ出て腹腔に溜まる。ウクライナのこどもたちは骸骨のような姿で路地に横たわり、その半死半生の腹は大きく膨らんでいた。ウクライナ人が少なくとも四百万人は飢えて死んだのである。アスペルガー症候群の真性引き篭もりが、このジェノサイドに本当に怒っているかは判然としないが、これまでの半生への憎しみ、足首を縛める重い鎖の痛み、羽ばたくことが出来ない生命の理不尽さ、この泥濘のような苦界への怒りを、ホロドモールのエピソードを通してぶちまけたのである。

グルーシェンカとカチェリーナは、その檄文にしばらく言葉を失っていた。普段なら、荒唐無稽に思えるエントリーだが、ロシアという僭主を剔抉することで辛い人生から救済されるという物語が、閉塞感を抱えるひとびとの心に訴えるのは間違いなかった。肉を斬られ骨も砕け散り、血に塗れながら歴史を変えるという記述は、貧しい肉体を拘束具と感じるナスターシャの感覚であろうが、このウクライナにロシアの兵力が展開され戦場となることが現実味を帯びてきた現在では、その記述が官能的であるのも確かだった。
おもむろにグルーシェンカはカチェリーナのパソコンを覗き込み、書きかけの草稿をチェックした。
「これは駄目ですね。完全なボツです」
「何でだよ。EUが本気でウクライナを助けるわけがない。ロシアはウクライナを救済する利益がある」
カチェリーナはそう言ったが、グルーシェンカはタブレットでネットの反応を見ながら首を振った。
「これは完全に真性引き篭もりの勝ちだと言っていいです。ウクライナの反ロシア感情は一気に高まりました。ただでさえレベルが低いLunatic Prophetの記事を出すのは、自殺行為です」
「ではEUに付くというのか」
「カチェリーナ様は世界的にカトリックの慈善家として知られています。ロシア正教の東側を支持したら、その方がおかしいし、激しい批判を受けます。カトリックの西側に付いた方が無難です」
カチェリーナは自分が書いたLunatic Prophetの下書きを目で追った。薄っぺらいゴミブログだと散々言われていたが、やはり真性引き篭もりのような超巨大ブログと比べると、稚拙な落書きである。
「真性引き篭もりの反ロシア運動は問題があります。ウクライナはロシアとEUに挟まれているので、どちらか片方に付くのは愚策です。二択ではないんです。真性引き篭もりのエントリーに従って反ロシア運動が過熱したら、大変なことになります。国力が低いウクライナがユーラシア大陸の真ん中に、結構な広さを持って存在しているのだから、これはドイツ並みの国力がないと独立なんて出来ません」
「ではわたしの名前でその意見を世間に向かって発しよう。ドイツに並んでから独立しろと」
「カチェリーナ様はカトリックの慈善家として知られてますから、ウクライナ西部で呼び掛ける力はあるでしょう。でも、殺される可能性だってあります。何しろ、真性引き篭もりという巨大な敵までいるのですから、あの悪魔に世論誘導されたら終わりです」
キエフで起こった騒擾を見て、カチェリーナはウクライナ人という三流民族の運命に嘆息せざるを得なかった。どこかの属国としてたらい回しになるお国柄なのだ。ウクライナ人の容貌は素晴らしく、これだけ美人が多い国は滅多にない。また身体能力は優れており、アスリートとして活躍するウクライナ人は少なくない。しかし頭脳の面では、如何ともしがたい三流国である。ウクライナ出身の天才というのはほぼ皆無であり、たまにいると思えばユダヤ系である。ウクライナの国力を考えた場合、ロシアに刃向かうのは愚かでしかなかった。だが、クーデーターが肯定された現状において、ロシア寄りの発言をするのはかなりリスクがあった。

カチェリーナは城に戻ってナスターシャを訪ねた。いつも通りナスターシャはディスプレイに貼りついていた。背丈は148センチほどで、あまり容貌にも恵まれていない。ウクライナ人としては、かなり希有な失敗作である。だが、天才的なプログラムスキルを持ち、ネットではとても影響力のあるブログをやっている。カチェリーナもそれを頼りに訪れたのである。
「真性引き篭もりにロシア寄りの記事を書いて欲しい。真性引き篭もりはネット最大のアルファブロガーであり、発信力が極めて高い。ウクライナのためになんとかお願いしたい」
「なんで僕がそんなことしなくちゃいけねーんだよ。ドブスは去れ」
「どこの大国に付くかでゴタゴタするのがウクライナの歴史であり、今回もその伝統行事が開催されている。ロシアと敵対すると大事になるので、ここは穏便に済ませロシアから金を借りるのが重要だ」
「おまえカトリックだろうが。ロシア正教嫌ってるくせして、何言ってやがる」
「ウクライナは小国だ。まともな教養もない」
「ボスニアみたいになればいいんだよ」
「ああいう内戦にはならない。少数民族同士の争いじゃないんだ。ウクライナとロシアでは戦力の桁が違うから、ボスニアとは全然違う。わたしが懸念しているのは第三次世界大戦への発展だ」
「それこそ僕が望む世界だ。止める必要ねーよ」
ナスターシャは頑なであるようだった。
取り付く島がないとはこのことである。
カチェリーナは、親から虐待されているナスターシャを保護して贅沢三昧させているのだが、まったく感謝されていない。カトリックの慈善家として知られるカチェリーナとしては、多少でもかわいげがあれば愛を注いでやらないこともないが、そういう要素が皆無なのである。
「おまえは匿名でLunatic Prophetというゴミブログをやってたよな。あれでロシア寄りのこと書けばいいじゃねえかよ」
「あれはもう削除した」
「ドメインはまだあるだろ。復活させればいい」
そしてナスターシャは悪魔のような笑いを浮かべた。どうやら脳内のどこかがきらりと発火し、そこから暗黒の思考が広がったようである。
「僕はEUが好きなんだよ。ロシアは大嫌いだ。真性引き篭もりはEUを支持させてもらう。ウクライナ人はロシア人を殲滅するべきだ。おまえはLunatic Prophetでロシア寄りの記事出してろ。ブロガーとして対決ということだ」
カチェリーナは頭なら何度でも下げるつもりだが、ナスターシャ相手にそれは無駄だと思われた。
本物のアスペルガー症候群であり、すべての恩を仇で返す人間なのである。
はっきり言って、Lunatic Prophetはまったくのゴミである。
無教養な親からネグレクトされ15年間ゴロゴロしていたから、土台となる知識がなく、wikipediaの切り貼りでしかなかった。
ナスターシャは虐待されてはいても、両親共に高学歴で文化資本の豊かな家庭だったようである。
「おまえもウクライナ人なら内戦の回避に協力してくれ。ウクライナはクリミア半島を持ってるからロシアから金をせびることが出来る。東西に国家が分かれて、クリミア半島をロシアに取られたらおしまいだ。ロシアがウクライナを助ける必要もなくなる」
「そう思うならLunatic Prophetで書いて民衆を説得すればいいさ。僕は真性引き篭もりで逆の主張をする」
どうやら今回の訪問は完全な裏目に出てしまったようだ。話が通じない人物に話をするというのは、こういうことなのだ。真性引き篭もりの圧倒的な影響力で反ロシアを煽られたら、もうウクライナは終わってしまうだろう。カチェリーナは肩を落として立ち去るしかなかった。
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