希代のエンターテイナーにして、ヒップホップの未来を担うラッパー、サイプレス上野の月刊連載! 日本語ラップへの深~い愛情を持つサイプレス上野と、この分野のオーソリティーとして知られるライター・東京ブロンクスの二人が、日本語ラップ名盤を肴にディープかつユルめのトークを繰り広げます。今回取り上げるのは、アンダーグラウンドな日本語ラップ・シーンを紹介したコンピ『homebrewer's vol.1』と『homebrewer's vol.2』。
●今月の名盤:『homebrewer's vol.1』『homebrewer's vol.2』
ヒップホップ専門誌「blast」(現在は休刊)で連載されていた、デモ・テープと自主制作盤の紹介コーナー〈HOMEBREWER〉から生まれたコンピ・シリーズ。〈vol.1〉はMS CRU(現MSC)、韻踏合組合、イルリメらの17曲を、〈vol.2〉はSD JUNKSTA、サイプレス上野とロベルト吉野、Romancrewらの15曲を収録。活発化しつつあったアンダーグラウンドな日本語ラップ・シーンを広く世に知らしめた名コンピ。(bounce.com編集部)
ブロンクス 今回はコンピ『homebrewer's vol.1』と『homebrewer's vol.2』です。雑誌「blast」で、磯部(涼)くんと古川(耕)さんがやっていた新人発掘コーナー〈HOMEBREWER〉から生まれたコンピだよね。さらに元をたどればルーツは「FRONT」でやってた大前(至)さんのコーナー〈Listen to my demo〉なんだけど。
上野 大前さんの時代はトリカブトとかSOFFetも出ていた。あのコーナーで紹介されて、いま活躍してる人を挙げてったらキリがない。
ブロンクス ビギーやモブ・ディープを輩出した「SOURCE」誌の新人発掘コーナー〈Unsigned Hype〉を目指してたんだろうね。でも、なんで〈HOMEBREWER〉は古川さんと磯部くんのコンビだったんだろう?
上野 まあ二人ともライターとしてやってましたけどね。
ブロンクス 常識人の古川さんと、口にフタしておかないと危険な磯部くんの、あの2人のコンビネーションが……。
上野 ちょうど良かった。
ブロンクス あの二人に韻踏合組合の音源を紹介したのは俺だったんだよ。2001年の〈B-BOY PARK〉の時に、韻踏の遊戯とSATUSSYが〈CMK〉*1のグラフィティー・ライターたちと一緒に俺の実家に泊まりに来てさ。坊主で刺青が入ったヤツらが突然7~8人で(笑)。
*1 関西のグラフィティー・チーム。
上野 ハンパないっすね(笑)。
ブロンクス その時にもらったデモCD-Rを「BLAST」編集部に持っていったら凄い好評で、そこからこのコンピに繋がるんだよ。そもそも、『homebrewer's vol.1』はあの二人がMSCと韻踏を紹介したくて作ったものだったんだよね?
上野 そう、『homebrewer's vol.1』の収録曲の半分がMSCと韻踏、DJ BAKUくんで構成されてる。その3組だけで9曲。普通に考えると、どう考えてもおかしい(笑)。
ブロンクス でもその目論見が見事に当たったよね。韻踏合組合はフロウもビートも、東京のいわゆる押韻主義なラップとは聴いた感じのノリが全然違った。
上野 東京では押韻主義のトレンドが終わっていくのに、逆にそこから始めた感じですよね。関西では韻踏に続くように、いろんな人たちが出てきたし。
ブロンクス そうだね。上ちょ(上野氏)が韻踏に実際に会ったのはいつ頃だったの?
上野 『ジャンガル』が出た後ですね。2003年とかすかね。
ブロンクス その頃は、ミンちゃん(MINT)とDJ KEYWONとNortable MC*2と、あとDJ MENTOLも韻踏に在籍していた。第一期韻踏だね。
*2 OHYAとAKIRAのユニット。現在、OHYAはだるまさんとして、AKIRAはEVIS BEATSとして個々に活動中。
上野 ブロンクスくんが韻踏にインタヴューした記事を見て、ヤラれてたなあ。「ヤベえヤツがいるなぁ」とか思って。歯軋りしてた時期ですよ。「クヤシー!!」って(笑)。
ブロンクス 自分より名前が売れてる面白いヤツらにやたら対抗心燃やしてた時期だ(笑)?
上野 「Nortable MCとかって……こんな評価されて、俺、クヤシー!!」みたいな(笑)。
ブロンクス たしかにNortable MCは新しかったよね。
上野 すごかったですね。
ブロンクス ミンちゃんは韻踏のなかでもはぐれメタルみたいな存在だったんだけど、俺が見たときはモロに裏原系で、全身を蛍光色でキメ込んでた(笑)。その前はピンクのスパッツをはいていたり。オカマ・キャラで行こうとしてたらしくて(笑)。
上野 あったなあ(笑)。ミンちゃんの“男女ベイベー”っていう超ヤベえ曲があって。〈男の子と女の子のあいだ~♪〉みたいな、すんごい曲なんですよ(笑)。
ブロンクス 最近はまた蛍光の服を着てる写真を見たよ。もはや日本人に見えない。
上野 〈galaxxxy〉ってブランドの服を通販しまくっているという(笑)。やっぱり流行が好きなのかな?
ブロンクス どうみても一番変態なのに、一番流行とか新譜に詳しいんだよね。
上野 なおかつアニメ・オタクで。
ブロンクス 去年出したアルバム(『after school makin' love』)を試聴したけど、誰か捕まえてくれってくらいやばかった(笑)。
上野 でもミンちゃんとNortable MCがいたときは、その2組のインパクトが強すぎて、韻踏自体が面白集団ってイメージが強かったすよね。
ブロンクス その2組が抜けてCHIEF ROKKA、HEAD BANGERZの双頭体制になってからは、より重心が低くてソリッドな、勢いある感じになった。
上野 『ジャンガル』とか、ちょっとホンワカしてますもんね。よく聴いてみると。
ブロンクス あとこのコンピの韻踏の曲にもER-ONEさんが入ってないんだよ。
上野 あ、そうですね。
ブロンクス このコンピの後にER-ONEさんがおかしくなってた時期があってさ。韻踏の“ER緊急病棟”(『TRASH TALK』収録)で、まさに歌われてる頃ね。
上野 ハンパないなあ……。
ブロンクス 新大久保にあったMSCの事務所でTAV(MSC)と遊んでたら、ER-ONEさんから電話がかかってきて「いま、東京に着いたから、ドコ行けばいい?」っていきなり訊かれて(笑)。一番おかしい時期だったから、秋なのに山下清みたいな格好だったんだけど、逆に漢くんがそれを気に入って意気投合しちゃって。そのままそこにいた志人(降神)と漢くんとER-ONEさんでonimasくん(Temple ATS)の家に行って“お尋ね者”っていう曲(降神『降神』に収録)を録ったんだよ。
上野 そんなエピソードが……。