年金の改革 与野党で負担の熟議を(2025年2月27日『京都新聞』-「社説」)
5年に1度の年金改革を、夏の参院選後に先送りする案が政府、与党内で出ている。
全ての国民が受け取る基礎年金(国民年金)の底上げや、パートらの厚生年金加入を広げる関連法案の提出を目指しているが、現役世代や企業の負担増を伴う。
選挙が不利になるとする与党内の反対や、野党の追及を避けるための先送り論という。
だが、少子高齢化により年金財政が悪化するのは確実で、制度を安定させ、国民の将来不安を低減する改革は急務だ。与野党の建設的な議論を求めたい。
保険料を支払う現役世代が減る一方、年金を受ける高齢世代が増えている。昨年の財政検証によれば、20歳以上の全国民が加入する1階部分の基礎年金は将来、特に給付水準が下がる。そこで会社員らが入る2階部分の厚生年金の積立金で、基礎年金を底上げするのが今改革の柱という。
非正規など不安定な雇用で、基礎年金が頼りとなる就職氷河期世代が少なくないとみられ、老後生活の保障には重要な対策となる。長期的には、ほぼ全ての世帯で給付水準が底上げされる。
もう一つの柱は、会社員に扶養されるパートらが厚生年金に加入する要件を廃止する案である。
年収要件(106万円以上)や企業規模要件(従業員51人以上など)をなくすことで、多様な働き方に中立的な制度とし、手厚い給付を受けられる人を増やす。
いずれも社会保障審議会の報告書を基にした案だが、自民党内で負担増への慎重論が強く、法案作成の段階で大きく後退した。
積立金の活用は枠組みを作るものの、実施の判断は5年後の改革時に行うとし、実質棚上げする。企業要件の完全撤廃は、10年後に延ばす。5人以上が働く個人事業所への適用も新設に限り、既存事業所は当面免除とする。
そんな穴が目立つ法案でさえ、今国会に提出せずに議論から逃げるようでは、石破茂首相が施政方針で掲げた「熟議の国会」はかすむばかりではないか。
衆院多数派の野党も姿勢が問われる。財源の裏付けを度外視し、高校無償化や「年収の壁」見直しの減税効果だけを追うような無責任さは改めるべきだ。
与野党で、法案作成から集中協議をしてはどうか。基礎年金の半分を占める公費の財源や、昨年の衆院選を前に封印した保険料の納付期間延長なども含め、幅広く検討してもらいたい。
年金制度の改革案 難題避ける政治の無責任(2025年2月18日『毎日新聞』-「社説」)
年金制度改革を議論した自民党年金委員会で、あいさつする宮沢洋一委員長(正面右から2人目)=同党本部で7日、宇多川はるか撮影
公的年金は老後の支えである。その機能を強化するための改革を先送りすべきではない。
厚生労働省が年金改革関連法案の概要をまとめた。低年金問題への対応が焦点だったが、昨年末の厚労省案からは後退した内容だ。
厚労省が目指したのは、パートら短時間労働者の厚生年金への加入拡大と、基礎年金の底上げを図る制度改正だった。
中小零細企業の従業員も加入対象とするために、「従業員50人超」という企業規模の要件撤廃を盛り込んだ。
だが、企業側には新たな保険料負担が生じる。このため、自民党が企業への配慮を求めた結果、実施時期は当初の2029年から35年にずれ込んだ。これでは働き手の将来を保障する措置が置き去りになりかねない。
基礎年金の財政基盤の強化も課題だ。物価や賃金の低迷が続いた影響で、現状のままでは自営業者らの給付水準が下がり続ける。
それに歯止めを掛けるため、厚労省が打ち出したのが、厚生年金の積立金の一部を基礎年金に回す案だ。
この手法を巡っては、サラリーマンらの納めた保険料が自営業者らのために使われるとの誤解がある。しかし、将来的にはほぼすべての世帯が恩恵を受ける。厚労省は丁寧な説明を続けるべきだ。
一方、国の負担が膨らむことには留意が必要だ。基礎年金の半分は税金で賄われているからだ。2・5兆円が必要になる見込みで、財源の問題は避けて通れない。
自民が増税論議につながることを警戒したため、実施するかどうかの判断は、5年後に行う次の見直し後に延期された。
負担の議論に背を向けたままでは低年金の問題は解決しない。十数年後には、不安定な雇用環境に置かれた就職氷河期世代が受給するようになる。多くが低年金になる恐れがあり、こうした人たちの生活保障が喫緊の課題だ。
夏の参院選に向け、痛みを伴う改革を避けたいのが自民の本音だろう。だが、老後の安心を確保するうえで、社会保障制度の再構築は欠かせない。
与野党には、目先の損得勘定ではなく、長期的な視野で議論を尽くすことが求められている。
年金制度改革 先送りする猶予はない(2025年2月11日『信濃毎日新聞』-「社説」)
5年に1度となる年金制度改革は、今国会の焦点の一つである。
ところが肝心の関連法案が、厚生労働省の当初案からずるずる後退している。加入者や企業の負担増につながる内容に、今年夏の参院選をにらんで自民党から注文が相次いでいるからだ。
例えば法案の柱である、全ての国民が受け取る基礎年金(国民年金)の底上げ。財政が堅調な厚生年金の積立金を充てるなどして、基礎年金のみに入っている自営業者やフリーランスなどが低年金に陥るのを防ぐ。
ただ、積立金の活用には厚生年金加入者などから反発の声が上がっている。基礎年金の財源の半分は税金で賄われており、底上げには兆円単位の財源も必要となる。増税の議論を避けて通れない。
自民党内の反対を受け、厚労省は底上げを可能とする規定を盛り込む一方、実施の判断は2029年以降に先送りする。
急激な少子高齢化によって、将来の年金給付水準の落ち込みが懸念されている。改革を先延ばしする猶予はない。将来世代への責任を果たすためにも、政府、与党はもちろん野党も負担増の議論と向き合わなくてはならない。
法案のもう一つの柱は、パートなど短時間労働者の厚生年金への加入拡大だ。「106万円以上」とする年収要件は撤廃する。ただ、最低賃金の引き上げが進む中、この要件は形骸化しつつある。
従業員数を「51人以上」とする企業規模要件の廃止は、時期が二転三転している。
厚労省は当初27年秋を想定していたが、今年に入り29年秋に修正。さらに保険料を労使で折半する中小企業の負担への配慮を迫られ、35年秋に再修正する方針だ。
加入の拡大は、将来受け取る年金額を手厚くして、低年金の改善につなげる狙いがある。いたずらに先延ばししてはいけない。
年金改革の本丸であるのに、はなから先送りされた課題もある。会社員らに扶養されているパートの主婦らが保険料を負担せずに基礎年金を受け取れる「第3号被保険者」制度の見直しだ。
会社員の夫と専業主婦の世帯が一般的だった1985年に創設されたが、現在では家族の形も、働き方も多様化している。経済団体、労働団体の双方が廃止を求めている。この制度が結果として女性の経済的地位を弱めてきた側面も見過ごせない。
「年収の壁」問題も、第3号制度の抜本改革なしには解決しない。与野党で議論を深めてほしい。
選挙にらみの腰砕けだ/年金制度改革(2025年2月6日『東奥日報』-「時論」)
厚生労働省は、今国会への提出を目指す年金制度改革関連法案の概要を与党に示した。柱の一つは、週20時間以上働くパートら短時間労働者を厚生年金に加入しやすくする適用拡大だ。
これまでの審議会での議論を通じ、現行の加入要件のうち(1)「月収8万8千円(年収換算約106万円)以上」の賃金要件を撤廃する(2)「勤務先の従業員が51人以上」という企業規模要件を撤廃する(3)従業員5人以上の個人事業所について、飲食店や理美容店などの業種が適用対象外となっているのを解消する-との方針が固まっていた。
厚生年金の適用拡大は2016年から実施され、以後も段階的に進められてきた。多様な働き方に中立的な制度とするとともに、手厚い年金給付を受けられる人を増やす意義がある。賃金や企業規模の要件撤廃は、大きな前進と評価できる。
与党に提示された厚労省案では、賃金要件は関連法の公布から3年以内に撤廃する。だが一方で、加入対象の企業規模要件をなくすまでの道筋に時間がかかり過ぎるのが懸念材料だ。厚労省は昨年、撤廃を27年10月とする方向で調整していた。
ところが今回の案によると、企業規模要件を27年10月に36人以上、29年10月に21人以上、32年10月に11人以上へと徐々に広げ、35年10月に完全撤廃するという。10年かけて4段階の緩和手続きを踏むまどろっこしさで、腰砕けもはなはだしい。
厚生年金の保険料は労使折半で適用拡大により事業主に新たな保険料負担が生じる。企業規模要件見直し時期の大幅なずれ込みには、中小企業への配慮を求める慎重論が自民党内で強まったことが背景にある。中小企業への配慮が際立つのは今夏の参院選への影響を意識したのだろう。
さらにひどいのは、5人以上が働く全業種の個人事業所への厚生年金適用を目指した非適用業種の解消措置だ。29年10月に施行するとしたものの、新規に設立された事業所に適用を限定する。既存の事業所は当面は対象とせず、現状のままだという。
低賃金・短時間での就労を余儀なくされ、勤務先の規模や業種によっては厚生年金に加入できない理不尽を是正するのが適用拡大の本旨だったはずだ。
もう一つの柱である基礎年金の底上げ策も、先行きが怪しくなってきた。公的年金の1階部分の基礎年金は将来の目減りが著しいことから、厚労省は給付を手厚くする策を図るとしてきた。
だが底上げ策を実施するかどうかの判断は、経済情勢などを踏まえて29年以降に先送りする方針だ。自民党の意向を受けて変更した。併せて、厚生年金の給付抑制措置を30年度まで時限的に継続するのだという。抑制措置は現状では26年度にも終了する見通しなのに、なぜ継続するのか。
基礎年金底上げ策には、厚生年金の積立金を活用することの是非や、安定財源の確保といった課題があることは確かだ。とはいえ真に必要な施策であるのなら、厚労省には与党を説得して実行に移す責任があるだろう。
誰のために、何を目的とした年金改革なのか。政府と与党は原点に立ち返るべきだ。
年金制度改革 老後への不安に応えてこそ(2025年2月5日『河北新報』-「社説」)
これでは現役世代や若者たちが抱く不安はとても解消できそうにない。負担の見直しは先送りし、改革のペースも大きく失速した。
参院選への影響を危惧しているようでは到底、政治が機能しているとは言えない。急激に少子高齢化が進む中でも将来にわたり、その持続性と信頼性が確保される改革案を練り上げてもらいたい。
5年に1度の年金制度改革に向けた政府・与党による関連法案の作成作業が迷走気味だ。最大の課題は非正規雇用やパートなどで働く人々が低年金に陥らぬよう、将来の年金を底上げすることだが、具体的な方法を巡っては当初案からの後退ばかりが目立つ。
基礎年金を手厚くするための改革で、厚生労働省は厚生年金の積立金を活用し、年金受給額が「マクロ経済スライド」で減額される期間を短縮する案を作成していた。
マクロ経済スライドは、物価や賃金の伸びよりも年金受給額を抑える減額調整措置。
現行制度では、財政状況が良い厚生年金は2026年度にも調整期間が終わるが、基礎年金は57年度まで減額が続くことが背景にある。
だが、基礎年金の半分は国が支出するため、底上げによって、将来的な国の負担増は兆単位に上る。
与党内では財源を巡り「増税」論議を招くことを警戒する声が強く、制度の枠組みを作っただけで、実施するかどうかの判断は29年以降に先送りしてしまった。
パートなどで働く人の厚生年金加入に関する企業規模要件の廃止時期でも改革案は二転三転した。昨年までは27年10月廃止を想定していたが、今年に入って29年10月に修正され、さらに35年10月に先延ばしになった。
進め方もスローダウンし、従業員数「51人以上」としている現在の要件は27年10月に「36人以上」、29年10月に「21人以上」、32年10月に「11人以上」と段階的に緩和した上で35年10月に廃止する。
中小企業の保険料負担に配慮した結果だが、目的とした厚生年金への加入拡大は大きく遅れることになる。
浮かび上がるのは、改革よりも目先の参院選を優先するかのような与党の姿勢だ。与党幹部には「政権が不安定な中で無理して法案を提出する必要はない」といった声もあるという。
衆院が少数与党となった国会で難しい政策を前進させるには、与野党が党利党略を離れて建設的な議論を重ねることが不可欠だ。
バブル崩壊のあおりを受け非正規雇用が増えた「就職氷河期世代」は40年前後に高齢期に入る。老後の低年金や貧困への懸念が特に深刻な世代だけに、早期に不安を払拭(ふっしょく)しなければ、制度への信頼は根底から揺らぎかねない。
与野党は、いつまでも国民や企業に協力を求める改革から逃げていてはなるまい。
(2025年2月3日『東奥日報』-「天地人」)
スクリーンが映すモノクロの風景は、老境の主人公が見る夢なのか、現実なのか。境界は徐々に薄れて曖昧になる。映画を見る側の現実に主人公の感覚が流れ込み、不条理感が足元を揺るがす。「敵」とは何か。
県内公開中の映画「敵」で、長塚京三さん演じる主人公の77歳元大学教授は妻に先立たれ、都内の自宅で1人暮らし。生活の質にこだわり、年金など収入はあるが貯蓄は減っていく。「いつゼロになるか。そこがXデイ」と決め、人生最後の日を逆算している。
解説
筒井康隆の同名小説を、「桐島、部活やめるってよ」「騙し絵の牙」の吉田大八監督が映画化。穏やかな生活を送っていた独居老人の主人公の前に、ある日「敵」が現れる物語を、モノクロの映像で描いた。
大学教授の職をリタイアし、妻には先立たれ、祖父の代から続く日本家屋にひとり暮らす、渡辺儀助77歳。毎朝決まった時間に起床し、料理は自分でつくり、衣類や使う文房具一つに至るまでを丹念に扱う。時には気の置けないわずかな友人と酒を酌み交わし、教え子を招いてディナーも振る舞う。この生活スタイルで預貯金があと何年持つかを計算しながら、日常は平和に過ぎていった。そんな穏やかな時間を過ごす儀助だったが、ある日、書斎のパソコンの画面に「敵がやって来る」と不穏なメッセージが流れてくる。
主人公の儀助役を12年ぶりの映画主演になる長塚京三が演じるほか、教え子役を瀧内公美、亡くなった妻役を黒沢あすか、バーで出会った大学生役を河合優実がそれぞれ演じ、松尾諭、松尾貴史、カトウシンスケ、中島歩らが脇を固める。2024年・第37回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、東京グランプリ/東京都知事賞、最優秀監督賞(吉田大八)、最優秀男優賞(長塚京三)の3冠に輝いた。( 映画.com)
2023年製作/108分/G/日本
配給:ハピネットファントム・スタジオ、ギークピクチュアズ
劇場公開日:2025年1月17日
前段は主人公の生活が丁寧に、淡々と描かれるが、パソコンに「敵がやって来る」の不審なメッセージが届くあたりから日常がゆがみだす。死んだ妻が家にいる。殺人事件に巻き込まれる。主人公が寝覚める場面が繰り返され、夢か現実か区別できなくなる。
原作者の筒井康隆さんは吉田大八監督に、主人公は認知症ではなく夢と妄想の人だと助言したそうだ。最後まで明示されない「敵」は、人が抱える老いへの不安か、それとも老いと向き合おうとしない自己の内面か。作品は昨年の東京国際映画祭でコンペ部門最高賞など3冠に輝いた。
年金が底上げされれば主人公の「Xデイ」も先延ばしされよう。開会中の国会では年金制度改革法案が焦点の一つだ。与野党が「熟議」を重ね、全世代が納得できる法案の成立を望む。改革案が夢まぼろしと消えるのは避けたい。
年金制度改革 老後の安心が置き去りだ(2025年2月3日『新潟日報』-「社説」)
このままでは老後の安心が置き去りにされかねない。先送りや制度の複雑化でしのぐのではなく、将来の不安を拭う抜本的な改革へ議論を深めてもらいたい。
5年に1度となる年金制度改革で、今国会に関連法案を提出できるか見通せなくなっている。厚生労働省の当初案から徐々に後退しているためだ。
会社員らが加入する厚生年金では、パートら短時間労働者の加入に関する企業規模要件の廃止時期を巡り、二転三転している。
昨年段階では2027年10月の廃止を想定していたが、今年に入って29年10月に修正され、さらに35年10月に先延ばしになった。
進め方も細分化された。従業員数「51人以上」としている現在の要件は27年10月に「36人以上」、29年10月に「21人以上」、32年10月に「11人以上」と段階的に緩和した上で35年10月に廃止する。
保険料が労使折半のため、中小企業の経営負担に配慮したという。しかし、段階的な廃止案は複雑な上、改革の目的である厚生年金への加入拡大が遅くなる。
加入遅れから将来的に受け取る年金額が抑えられ、労働者に不利益が生じる懸念もあるだろう。
全ての国民が受け取る基礎年金(国民年金)でも、給付水準を底上げする案に慎重論がある。
厚生年金の積立金(剰余金)を基礎年金の給付に振り向けて底上げする案で、基礎年金だけに入る自営業者らが老後に受け取る年金の水準低下を防ぐ狙いがある。
基礎年金は財政状況が厳しい一方、厚生年金は堅調なためだが、これには、厚生年金の流用だとして、厚生年金加入者や企業の中に反発もある。
財源の半分は税金で賄うため兆円単位の財源が必要で、増税論につながるとの警戒感もある。
厚労省は実施するかは経済情勢を見極めるとし、29年以降に判断の先送りを決めた。
経済が成長型に移行すれば急ぐ必要はないものの、過去30年と同程度の経済状況で推移した場合は給付水準が低下すると試算されており、楽観視できない。
憂慮するのは、年金制度改革が迷走する背景に、今夏の参院選への影響を避けたい少数与党の思惑があることだ。
与党幹部には「政権が不安定な中で、無理して法案を提出する必要はない」との声もある。
バブル崩壊の影響で非正規雇用が増えた「就職氷河期世代」は、収入が不安定で蓄えも少なく、老後に低年金の生活に陥りかねないと指摘されている。
40年前後にその世代が高齢期に入ることを踏まえれば、悠長に構えてはいられない。
年金制度を見直し、安定させる貴重な機会を逃してはならない。政府・与党は責任を持ち、野党とともに国会で熟議を図るべきだ。
年金制度改革/先送りで持続性保てるか(2025年2月3日『神戸新聞』-「社説」)
2025年は社会保障制度にとって、二つの大きな節目に当たる。
「団塊の世代」は全員が75歳となり、国民の5人に1人が後期高齢者になる。社会保障支出の増加に拍車がかかるのは確実だ。5年に1度の年金制度改革も実施され、政府は通常国会に関連法案を提出する。
少子高齢化が進む中でも社会保障の持続性を高める方策を練り上げることが欠かせない。見逃せないのは社会保険料の負担増を先送りする機運が高まっている点だ。
日本の社会保障の原点は「支え合い」であり、社会保険料は自分だけでなく家族の老後の安心も支える。企業も保険料を負担し厚生年金に加われば、人材確保に有益になる。政府や政治家は国会論議で正面から国民に訴え、財源確保についての理解を求めなければならない。
今回の制度改革の柱として、厚生年金の加入対象の拡大がある。加入者増で将来受け取る年金額を手厚くする狙いだ。四つの加入要件のうち、年収と企業規模を撤廃し、学生以外で週20時間以上働く人はすべて対象に加わる。
現在、会社員などに扶養されるパート労働者らは年収106万円以上で厚生年金加入が義務づけられる。厚生労働省はこれを3年以内に廃止する考えだ。しかし106万円の「壁」がなくなると保険料負担が生じるため、「手取りの減少につながる」と不安視する声は少なくない。
長引く物価高で実質賃金の下落が続く中、保険料の負担増が将来的にはどの程度の年金給付増につながるかを、政府はきちんと説明する必要がある。
企業規模については当初、現行の「従業員51人以上」とする要件を段階的に引き下げて29年10月に撤廃するとしていたが、厚労省は35年10月に先送りする修正案を自民に提示した。中小企業の保険料負担が増える点に、自民党内から批判が相次いだためだ。今夏の参院選をにらんで批判材料を減らそうとする政府、与党の思惑も絡む。
今回の改革案が、いずれも昨年実施した5年に1度の年金財政の再検証の結果に基づいていることを忘れてはならない。見直しを怠れば、そのツケは将来年金を受け取る現役世代や若者らに回る。
少数与党下の国会では、与野党の連携が進むかどうかが政策実現の鍵となる。全ての国民に関わる社会保障改革は党派の違いを超えて、一致点を見いだしてもらいたい。
高齢化の加速で年金給付額や福祉サービスの需要が増えれば、財源の確保が欠かせない。負担と給付のバランスをどう保つのか、長期的な視野に立った議論を求める。
年金制度改革 将来不安解消のために(2025年2月1日『東京新聞』-「社説」)
2025年度の公的年金額が決まった。24年度比1・9%の引き上げは、物価や賃金の上昇を下回り実質的には目減りとなる。年金に頼る高齢者には痛手だろう。
年金は支え合いの制度だ。給付額の伸びを抑えた分は、制度に不安を抱く将来世代の年金財源に充てられる。政府は制度の意味を繰り返し説明し、幅広く理解を得るよう努めなければならない。
今年は5年に1度の制度改正の年に当たり、政府は関連法案を今の通常国会に提出する。
制度改正案の柱の一つは「106万円の壁」対策。会社員に扶養される短時間労働者の厚生年金への加入を拡大するため、職場の従業員数を51人以上と定める要件を35年10月までに段階的に撤廃。106万円としている年収要件も一定の期間後に撤廃する。
これらの措置により、週20時間以上働く人は原則、厚生年金に加入することになり、年金では「年収の壁」は撤廃される。
一方、新たに厚生年金に加入することで生じる負担の軽減策として、保険料の一部を企業が任意で肩代わりする仕組みも検討されている。対象は中小企業とする方向だが、労使折半で負担する人や企業との公平性にも配慮が必要だ。負担が増す企業への支援策と併せて慎重な議論を求めたい。
昨年公表された財政検証結果では、今のシニア世代よりも若い世代の方が年金加入期間が長い傾向にあることが分かった。
厚生年金は、加入期間が長く、保険料を払い続ければ、将来の年金額も増える。政府は年金加入の意義を丁寧に説明すべきだ。
制度改正のもう一つの柱は、全ての国民が受け取る基礎年金(国民年金)を底上げするために厚生年金の積立金を充てること。給付抑制措置で続く基礎年金の目減りに対応するための措置だ。
経済停滞時に限るとされるが、厚生年金の給付額は一定期間、目減りする。国民年金に加入する自営業者らの年金を底上げするために厚生年金の積立金を「流用」することには批判もある。基礎年金額の半分を賄うために税財源を確保することも引き続き課題だ。
年金制度改革を巡る国会論戦では、給付と負担の公平性などの議論を丁寧に重ね、実効性ある対策に練り上げてほしい。将来への不安を取り除くことは、与野党に課せられた共通の課題である。
この案では年金の不安は全く消えない(2025年1月30日『日本経済新聞』-「社説」)
これで年金に対する将来不安が解消できるとはとても思えない。厚生労働省が29日に公表した年金制度改正案のことである。
2025年は5年に1度の年金制度改正の年にあたり、政府は今国会への法案提出を目指す。厚労省は24年末にまとまった社会保障審議会年金部会の報告書をたたき台に、与党の意向を踏まえた成案づくりを進めている。
年金制度が抱える最大の課題は将来の年金水準を底上げし、少子高齢化できしむ国民の老後保障を手厚くすることだ。ところが自民党の会合に示した改正案は先送りや棚上げ、中小企業への過剰な配慮が目立ち、審議会の議論から後退する内容となっている。
公的年金の1階部分である基礎年金を底上げする改革は、目玉だった厚生年金の積立金活用案が実質的に先送りされた。今回の改正で制度の枠組みはつくるが、発動するかどうかは29年の財政検証後に経済情勢や税財源確保の状況を踏まえて判断するという。
この案は財政悪化で将来大きく目減りする基礎年金を40年度以降に引き上げ、1階部分への依存度が高い氷河期世代の老後保障を確保する効果が期待されていた。
税投入が増える効果があるので少子高齢化対策の給付調整が終了した後には基礎年金が3割底上げされ、厚生年金も含む受給者の99%が恩恵を得られる案だ。
先送りの背景には自民党の意向がある。40年度までの厚生年金は現行制度よりも減るので会社員らの反発が予想される。同党は成長型経済に移行すれば将来の年金水準は改善するとして早期実施を拒んだが、楽観的なシナリオを頼りに難路を避けるべきではない。
中小企業への配慮から後退した内容も目立つ。5人以上が働くすべての個人事業所に厚生年金を適用する措置は、29年の施行後に設立される新規事業所に対象を絞ることになった。既存の事業所への適用は当面棚上げされる。
50人以下の企業で働くパート労働者への厚生年金適用にも長期の準備期間を設定する。完全適用されるのは35年とかなり先になる。「働き方の選択に中立的な社会保障制度を目指す」という政府の大方針はどこへいったのか。
国民や企業に協力を求める改革から逃げていては年金改革はままならない。政府・与党は目先の人気取りに走らず、将来の国民生活を守る対策を進めてほしい。
年金制度改革 与野党が熟議尽くす時だ(2025年1月9日中国新聞『』-「社説」)
厚生労働省が年金制度改革に関する報告書をまとめた。5年に1度の「財政検証」の議論に基づき、働く高齢者の在職老齢年金や、厚生年金保険料の労使折半ルールの見直しなどが盛り込まれた。
時代の変化に合わせて制度を手直しすることは必要だ。ところが、今回の焦点だった国民年金(基礎年金)の給付水準底上げは「さらに検討を深めるべきだ」という表現にとどまった。報告書を基に、国会へ法案提出を目指す政府の方針にも不透明感が漂う。
国民生活に関わる年金問題に後ろ向きでは困る。与野党ともに責任ある制度設計を示し、熟議を尽くす時だ。
国民年金加入者には低所得者や学生も多く、保険料免除や猶予で実際に納付している人は約半数にとどまる。さらに、年金制度を維持するために給付水準を調整する「マクロ経済スライド」という仕組みもあって、給付額は現行よりも約3割も目減りすると危ぶまれている。
保険料を満額納めても給付額は月約6万5千円と、生活保護費より少ない。保険料未納者が生活保護費を受給し、納付者の年金がそれより少ないようでは制度への信頼自体が失われかねない。年金の水準が下がれば、とりわけ就職氷河期に直面し、非正規労働者の多い世代が貧困にあえぐことも懸念される。
今回の報告書で、厚労省は会社員の厚生年金財政からお金を回し、国民年金を穴埋めすることをもくろんだ。会社員は厚生年金は減っても基礎年金部分は増えるので、厚労省はほぼ全員が損はしないと説明してきた。しかし、実際にはここ10年ほどの間に受給が始まる世代は受取額が減る。世代間に不公平をもたらす案には、専門家の評価も割れた。今回の報告書で表現が「さらに検討」とされたのもそれが理由だろう。
厚生年金の果実を国民年金に回すことは「取りやすいところから取る」場当たり的な対応と言わざるを得ない。国民の手取り増が求められているのに、逆に手取り減となる「年収106万円の壁」の撤廃で厚生年金への加入を促したのもそういうことなのか。
福田康夫政権では基礎年金の全額を税方式に改める検討がされた。税方式ならば未納者はいなくなる。消費税3~4%分の負担増が見込まれるが、その代わりに基礎年金分の保険料もなくなる。
自民党の河野太郎氏は総裁選で、保険料方式から税方式への転換を訴えた。将来世代への仕送りである賦課方式から積み立て方式への見直しも提案した。こうした抜本的な見直し議論を求めたい。
欧米では年金の支給開始を67~68歳に徐々に引き上げている。高齢化が顕著な日本が65歳にこだわる理由はない。年金改革を進め、高齢者でも働きやすい環境を同時に整えていくことが不可欠だ。
厚労省の示す案を少数与党の石破茂政権がそのまま政府案としても国民の安心にはつながるまい。与野党が抜本的な案を出しあって議論を重ね、年金制度を再構築することこそ熟議の国会と言える。
年金制度改革 信頼確保へ議論深めて(2024年12月27日『北海道新聞』-「社説」)
厚生労働省の社会保障審議会が、5年に1度となる公的年金制度改革の方向性を示す報告書をまとめた。厚労省は通常国会への関連法案提出を目指す。
短時間労働者が厚生年金に加入する「年収106万円の壁」では要件の撤廃を盛り込んだ。一方、最大の焦点の基礎年金の底上げは結論を示さなかった。財政負担が増すことなどに慎重な意見があったためだ。
少子高齢化で年金を受け取る人は増え、支える人が減る流れは加速していく。保険料を薄く広く集めて財源を確保し、持続可能で信頼性のある制度にしていかねばならない。政府は多様な意見を聞き、議論を深めてもらいたい。
年金の給付水準は現在、物価や賃金の上昇率よりも抑制する仕組みが適用されている。基礎年金の水準は2057年度まで下がり続ける。将来の年金世代の暮らしが脅かされかねず、底上げが課題だ。
審議会は抑制する仕組みの適用期間を短縮し、厚生年金の積立金を活用して基礎年金を底上げする案を議論してきた。
この場合、厚生年金の受給者が受け取る年金額は一時的に下がる。また基礎年金の財源の半分は国庫負担のため、増税が避けられないとの見方もある。
このため「経済が好調に推移しない場合」に発動するとの考え方を示し、政府に一層の検討を求めた。
審議会に先立ち自民党社会保障制度調査会がまとめた提言にも同様の文言があった。来夏の参院選を控え、増税議論につながることを警戒したのだろう。
各年金の保険料はそれぞれの給付に使われる前提で徴収される。厚生年金の積立金を基礎年金の財源に充てることについて、納得のいく説明が必要だ。
「106万円の壁」については賃金のほか従業員51人以上の企業要件も撤廃する。実現すれば財政にもプラスとなろう。
加入により、労働者と企業は保険料を折半して払う。とりわけ中小企業には負担が大きい。政府は新たな支援策も検討してもらいたい。
会社員らの配偶者で、一定以下の収入であれば自ら保険料を払わなくても基礎年金を受け取れる第3号被保険者制度は、縮小を基本的な方向性とした。
女性が専業主婦の世帯を想定した制度で、働く女性が増えた現代では不公平だとして経済界から廃止を求める声が強い。
ただ第3号被保険者には介護や健康などの事情で働けない人もおり配慮が欠かせない。救済策も含め幅広い検討が必要だ。
底上げ急務も課題が山積/基礎年金の水準低下(2024年12月26日『東奥日報』-「時論」/『山陰中央新報』-「論説」)
厚生労働省は年金制度改革に関する報告書をまとめた。来年の通常国会への法案提出を目指す。報告書は、働く高齢者の年金を減額する「在職老齢年金」の見直しや、「年収の壁」対策、遺族厚生年金の有期給付化など多岐にわたるが、焦点は基礎年金(国民年金)給付水準の底上げだ。
厚労省が夏に公表した財政検証では、経済成長が伸び悩むシナリオだと基礎年金の給付水準は3割も低下して目減りする。現行制度には、少子高齢化に応じて給付の伸びを抑制する「マクロ経済スライド」という仕組みが組み込まれているためだ。低年金の人への打撃は大きく、給付水準の底上げは急務である。
対策として「本命」と見られていたのは、国民年金の保険料納付期間を現行の40年間から45年間に延長する案だった。しかし、負担増になるとの批判が高まり、厚労省はこれを断念してしまう。
パートら短時間労働者を厚生年金に加入しやすくする適用拡大も基礎年金の給付水準を向上させる効果はあるが、やや力不足の感が否めない。
そこで厚労省が「切り札」として提案したのが、基礎年金の給付抑制期間の早期終了だ。現行制度のままマクロ経済スライドの発動が繰り返されると、2057年度まで給付抑制が続く。
だが厚生年金の積立金を活用することで、26年度にも終了見込みの厚生年金(報酬比例部分)の抑制期間を延長し、基礎年金の抑制の終了時期を前倒しして36年度で一致させれば、給付水準は3割程度底上げされ、目減りを防げるという。
この底上げ策で、超高所得層を除く99%の人は給付水準向上の恩恵を受けられると厚労省は説明してきた。与党と調整した結果、底上げ策は経済成長の停滞が続く場合に限って実施する方向だ。
ただ、課題は多い。まず、99%の人の年金額が増えるのはかなり先の時期だということだ。平均的な給与で40年間働いた会社員と専業主婦の家庭の「モデル年金」に基づく試算では、41年度以降になる。厚生年金の抑制が長引くのだから当然の帰結である。
試算では、年金額は26年度から現行の受給見通しを下回り、35年度には減少幅が月約7千円に達する。基礎年金の水準が危機的な状況にあるとはいえ、現在の厚生年金受給者や近く受給が始まる人たちの納得を得る必要があるだろう。
また、底上げ策では年金財政の仕組みを変更することになっているが、いまだに経済界と労働組合が反対している点がネックとなる。厚生年金と基礎年金の抑制期間を一致させるには、厚生年金の積立金の一部を基礎年金の財源に振り向けることが前提となっている。厚生年金の保険料を負担する労使の理解は欠かせないのではないか。
最も難題となるのは、基礎年金の給付に当たって財源の2分の1が国庫負担(税金)で賄われている点だ。給付水準が底上げされるとは、国庫負担も増加することを意味する。直ちに国庫負担が膨れ上がるわけではないが、将来的に巨額になる。57年度には新たな財源が2兆5千億円必要になると試算されており、消費税率に換算すれば1%相当に上る。
こうしたさまざまな課題を厚労省は克服しなければならない。安定財源の確保に向け、与党の覚悟も問われる。
基礎年金の底上げ 会社員も納得する提案を 石破首相は指導力を発揮せよ(2024年12月26日『産経新聞』-「主張」)
24日開かれた社会保障審議会年金部会=東京都千代田区
厚生労働省の年金部会が、5年に1度の年金制度改革案を示した。だが、焦点である基礎年金(国民年金)の給付水準を底上げする改革を巡っては結論を出せなかった。最終的な決着は来年の政府与党と野党などとの調整に委ねられた。
厚労省は部会に対し、全国民が受給する基礎年金を底上げする財源として、会社員らが拠出する厚生年金の積立金を重点的に充てることを提案していた。これに対し、経団連や連合などが反発しまとまらなかった。
基礎年金の底上げは、若者らの将来不安への対応策だ。その財源を主に厚生年金の積立金から充てるには、会社員や事業者の理解が欠かせない。
説明努力が欠けている
年金は全国民の関心事である。年明けの調整では、石破茂首相が指導力を発揮しなければならない。首相や福岡資麿厚労相は分かりやすい発信にも努めるべきだ。
政府は来年の通常国会への年金改革関連法案の提出を目指している。基礎年金の改革が必要なのは、このままでは給付水準が著しく低下するためだ。国民年金のみを受給する自営業者らや、現役時代の賃金が低く年金額の少ない人ほど影響が大きい。
特に就職氷河期に社会人になった団塊ジュニア世代以降の年金水準を確実に引き上げられるかは喫緊の課題である。
水準低下が予想されるのは、人口減や平均余命の延びなどに応じて水準を抑制する「マクロ経済スライド」の発動が長期デフレの影響で遅れたためだ。
厚生年金の積立金をこれまでよりも多く基礎年金の財源に充てれば、過去30年の経済状況が今後も続く悲観的シナリオでも年金水準を3割程度底上げできるという。
だが会社員らが積み立てた財源を、より多く基礎年金に使うことで給付と負担の関係が分かりにくくなるとの批判がある。厚生年金加入者の所得捕捉は国民年金よりも厳格で保険料も高い。積立金には企業負担も含まれ、経団連や連合は慎重だ。
厚労省が年金部会に示した案を実施すれば、約30年後には厚生年金受給者を含むほぼ全ての世帯で年金水準は上昇する。ただし、当面の間は全ての厚生年金受給者の年金水準は低下してしまう。
この点についての厚労省の説明努力は不十分である。利点だけでなく、課題もきめ細かく示さなくては制度改正への理解は進まないだろう。
もう一つ気がかりな点がある。部会では、「今後の経済が好調に推移しない場合に発動されうる備え」と位置づけることを巡っても議論された。
確かに、経済成長が高めに推移すれば基礎年金の水準低下はさほど深刻にはならない。だが高成長に期待して発動のタイミングが遅れれば後々まで影響が残る。楽観的な経済見通しを排除できるかが問われる。
働き方に見合う制度に
基礎年金の水準引き上げに関して残念だったのは、政府が議論の過程で、基礎年金の拠出期間を40年から45年に延ばす案を封印したことだ。高齢期にも働く時代に合った改革として部会でも賛成の声が多かった。
それでも封印したのは保険料負担の長期化が一部で嫌気されたためだろうが、実際には会社員に新たな負担は生じない。収入の少ない自営業者には免除制度があり、納付すれば年金額が改善する。再検討すべきだ。
基礎年金は2分の1が国費で賄われており、水準を引き上げるには、追加的な国庫負担も必要になる。石破首相はこの財源確保も含めて方向性を明示しなければならない。
一方、部会が示した改革案には、基礎年金以外の制度改正もある。進展したのは厚生年金の適用範囲を広げる案だ。
飲食、理美容、宿泊業などの個人事業所では一般に厚生年金が適用されないが、従業員が5人以上いれば適用する方向となった。財政基盤の弱い個人事業所の負担に配慮して着実に進めたい。基礎年金の水準引き上げにも寄与する。
政権は危機感を高めて年金改革に臨め(2024年12月25日『日本経済新聞』-「社説」)
年金制度改正に向けた社会保障審議会年金部会の報告書案が示された
厚生労働省の社会保障審議会年金部会が24日、2025年に予定する次期年金制度改正に向けた報告書案をまとめた。現状を放置すると将来の年金水準は大きく目減りする懸念がある。政府・与党は専門家らの議論を引き継ぎ、危機感を持って国民が安心できる年金制度に改革してほしい。
年金部会は5年に1度の制度改正に向け、22年秋から公的年金のあり方を議論してきた。
年金の最大の課題は将来の給付水準を底上げすることだ。少子高齢化対策として04年に導入した給付調整措置は物価・賃金の低迷時に発動を見送る欠陥があった。
この結果、これまでの年金給付が過大となっており、そのツケが全国民共通の1階部分である基礎年金の大幅な目減りとなって将来の受給世代に回ってしまう。
年金部会は基礎年金を底上げする対策として2階部分の厚生年金の積立金を活用する案や、基礎年金の保険料納付期間を40年から45年に延長する案を議論した。
ところが報告書案はこの2案の速やかな対応を求める内容になっていない。積立金の活用は「経済が好調に推移しない場合に発動されうる備え」と位置づけた。納付期間延長は厚労省が「国民に追加負担を求めてまで給付水準を改善する必要性は乏しい」とし、7月時点で検討を打ち止めにした。
背景には7月の財政検証で、年金の将来見通しが19年の前回検証に比べて改善したことがある。確かに女性や高齢者の就労拡大は年金の基盤が強まる変化だが、好調な積立金運用や高水準の外国人受け入れが続く保証はない。
なによりも、最も重要な経済前提である出生率の中位推計が足元の実績に比べて過大だ。これで改革を緩めるのは楽観的すぎる。
改革を急ぐべきなのは国民年金の第3号被保険者制度も同様である。会社員や公務員の配偶者は、働いても収入が一定以下なら保険料を自ら納めずに国民年金をもらえる仕組みだ。共働きやひとり親の世帯に不公平感を引き起こし、就労抑制の原因となる制度をいつまでも放置すべきでない。
政府・与党は来年1月以降、年金制度改正案の検討を本格化するが、楽観的な見通しをよりどころとして痛みを伴う改革から逃げるのはやめてほしい。少数与党の国会では野党の責任も重大である。各政党は年金を政争の具にせず、真摯に改革に向き合うべきだ。
年金制度改革 負担への理解得る説明を(2024年12月14日『山陽新聞』―「社説」)
5年に1度となる公的年金制度の見直しで、厚生労働省の改革案が出そろった。厚生年金の加入者を広げることと働く高齢者への給付拡大、将来の基礎年金(国民年金)の給付水準底上げが柱となる。
保険料負担による手取り収入の減少や、国の財源確保といった課題もある。改革の狙いや国民の負担がどうなるかを具体的に説明し、理解を得る必要がある。
改革案の一つは、厚生年金の月収8万8千円以上(年収106万円以上)の収入要件と、勤務先の従業員数51人以上という企業規模の要件をなくすことである。会社員に扶養されるパートらの加入拡大に向けたものだ。この収入を超えると社会保険料の負担が生じ、働き控えを招く「106万円の壁」とされてきた。
加入で老後の給付が手厚くなるが、保険料負担で今の手取りは減る。家計の打撃は避けられず、本来は労使折半で従業員が払う保険料の一部を、企業が肩代わりする仕組みづくりも検討している。
撤廃は年収要件が2026年10月、企業規模は27年10月の見通しだ。とはいえ、加入要件のうち、週20時間以上働くことは残る。働く時間をこれ以下に抑えるのが新たな壁となる可能性は否めない。
働いて一定の収入がある高齢者の厚生年金を減らす「在職老齢年金制度」も見直す。現在は賃金と年金の合計が月50万円を超えると年金の受給額が減るため、高齢者が就労を抑える一因といわれてきた。この基準額を引き上げるか、なくして就労を促す。
高齢者への給付増で年金財政が厳しくなる恐れがある。このため、高所得の会社員らが払う保険料の上限を引き上げる方針も示している。政府、与党が見直しに伴い、働く高収入の高齢者への課税を強化する方向で調整していることはやむを得ないだろう。
全ての国民が受け取る基礎年金の給付水準底上げでは、会社員らが入る厚生年金の積立金を、財政状況が厳しい基礎年金の給付に振り向けることを検討している。
基礎年金だけに加入する自営業者らが老後、貧困に陥るのを防ぐ狙いがある。厚生年金受給者の大半も給付が手厚くなるとされるものの、厚生年金に余裕があるなら会社員らへの給付額を増やすべきだとの声もある。
加えて問題は、基礎年金の半分は国庫(税金)で賄っており、その財源も必要となることだ。40年度で5千億円、50年度に1兆8千億円が要ると試算されるが、確保の具体策は決まっていない。
一連の改革は社会保障審議会の部会で示された。残された課題などについて、さらに検討を重ねてもらいたい。
厚労省は関連法案を来年の通常国会に提出する考えで、春以降に審議が始まるとみられる。夏には参院選も控える。与野党の議論を通じて、有権者の納得を得られるかどうかが実現の鍵となろう。
在職老齢年金 見直しに幅広い理解を(2024年12月12日『北海道新聞』-「社説」)
政府は働いて一定の収入がある高齢者の厚生年金を減らす在職老齢年金制度を見直し、満額支給の対象を広げる方針だ。
減額されないよう働き控えをする人が多く、人手不足を招いているとして経済界から見直しを求める声が上がっていた。
少子高齢化が進み就労を望む高齢者は増えた。元気な時は働いてもらえるよう、意欲をそぐ要因をなくすことは重要だ。
ただ高齢者への年金給付が増えて財政は圧迫される。現役世代への影響もあろう。政府は各世代へ経緯や狙いを丁寧に説明し、理解を得る努力が必要だ。
65歳以上の場合、現行制度では賃金と年金の合計が基準額の月50万円を超えると超過分の半分が支給停止になる。現在は約50万人が対象となっている。
政府は基準額を62万円に引き上げる方向だ。この場合、約20万人が満額支給となる。人手不足解消に一定の効果はあろう。
一方、給付額が増えるため将来世代の年金水準の低下が懸念される。基準額を超える高齢者は生活に余裕があるとして、見直しを疑問視する声もある。
そもそも年金制度は第一線を退いた高齢者の生活を現役世代が支える「仕送り方式」である。そのうち高収入の高齢者には支え手になってもらおうと設けられたのが在職老齢年金だ。
少子高齢化で支え手の現役世代が減り、健康寿命が延びて働く高齢者の需要が高まったことが今回の見直しにつながった。
政府は年金財政の悪化を防ぐため、高齢者を含む高所得者の厚生年金保険料の上限引き上げ案も示した。
現役世代から負担増に反発する声も聞かれるが、健康で働ける人が所得に応じた負担をする制度は持続可能な社会保障につながる。現役世代にいかに納得してもらえるかが鍵となろう。
一方、生活苦でやむを得ず働く高齢者も多い。年金受給資格を得た後の就労は本人の意思や健康が最優先だ。働けないと肩身が狭くなるような風潮を招かぬようにせねばならない。
高齢者は体力面などの影響で労働災害のリスクが高い。厚生労働省によると労災死傷者のうち60歳以上の割合は高まり、昨年は3割を占めた。高齢になるほど治療も長引く傾向にある。
厚労省は4年前、企業向けに高齢者の労災対策指針を策定したが浸透せず、労災の歯止めになっていない。このため企業に労災対策の努力義務を課す方向で検討を進めている。
高齢者を雇用する企業は安全確保に万全を期す必要がある。政府の後押しも欠かせない。
将来の年金底上げへ改革の手を抜くな(2024年12月10日『日本経済新聞』-「社説」)
社会保障審議会の年金部会で年金制度改正の議論が加速している(東京都千代田区)=共同
もっと危機感を強め、打てる手を尽くすべきではないか。政府が2025年に予定する年金制度の次期改正のことである。
年金制度は5年に1度の財政検証を踏まえ、必要な見直しを行うことになっている。厚生労働省は夏に検証結果を公表済みで、現在は社会保障審議会年金部会で制度改正の議論を加速している。
最大の課題は将来の年金給付水準を底上げすることだ。少子高齢化対策として04年に導入した給付調整措置は、物価・賃金の低迷時に発動しない欠陥がある。これを放置したツケが、全国民共通の1階部分である基礎年金の目減りとなって将来に回ってしまう。
ところが厚労省は年金部会で検討してきた対策のうち、基礎年金の保険料納付期間を5年延長して45年間とする案を見送った。5年延長すると納付額は100万円程度増える一方、納めた人は将来受け取る基礎年金がアップする。65歳まで働くことが一般的になった今の雇用環境とも整合的だ。
財政検証で将来の年金水準が19年の前回検証に比べて改善する見通しになったことが見送りの理由だが、この検証は出生率の中位推計が足元の推移よりも高いなど経済前提が甘い。これで改革の手を緩めるのは楽観的すぎる。
厚生年金を適用するパートタイム労働者の範囲を広げる改革も物足りない。今年の財政検証で将来の年金水準が改善したのは、これまでの適用拡大などで2階部分がある厚生年金の加入者が増えたことを反映したものだ。厚生年金の拡大は将来の年金水準を底上げする有効な手段である。
しかし、厚労省が年金部会に示したパート適用の拡大案では、企業規模や年収106万円以上という賃金の要件はなくすものの、週20時間以上という労働時間要件は変わらない。週10時間以上働くパートを対象とするなど、適用を一段と広げる知恵を絞るべきだ。
厚生年金の積立金を活用した基礎年金の底上げは実現すべきだ。この案は一見すると会社員の厚生年金で自営業者の国民年金を救うように映るが、基礎年金への税投入拡大の効果があり、会社員を含む大半の国民が恩恵を受ける。
厚生年金の適用を広げる効果が年金水準に大きく表れるのは数十年後になる。現在50歳前後の就職氷河期世代など近い将来に引退する世代を含めて年金を底上げするには、積立金の活用が必要だ。
在職老齢年金 撤廃は筋だが財源課題(2024年12月8日『山陰中央新報』-「社説」)
雇用されて働き、一定以上の収入がある高齢者の厚生年金の支給を減額する「在職老齢年金制度」について、厚生労働省は見直す検討に入った。
制度は、賃金と厚生年金(基礎年金を除く)の合計額が月50万円を上回ると、超過額の2分の1に当たる年金を支給カットする仕組みだ。現在、約50万人が支給減額の対象となっている。年金を受け取りながら働いている人の16%に当たる。より多く働いて稼いだ結果、年金を削られる「働き損」が生じることから「シニアの就業意欲をそぐ」「働き控えを招く」と見直しを求める声が上がっていた。
65歳以上の就業者数は20年連続で増加。60代後半では2人に1人、70代前半でも3人に1人が働いている。制度見直しは時宜にかなっており評価できる。
厚労省の見直し案は(1)支給カットとなる基準額を現行の50万円から62万円に引き上げ(2)71万円に引き上げ(3)制度自体の撤廃-の3案。62万円への基準額引き上げを軸に制度を縮小する方向で検討している。この場合、支給減額の対象者は30万人に減るという。
しかし、在職老齢年金制度は本来、撤廃することが望ましい。制度撤廃については「高所得者の優遇になる」と批判する意見もあるが、これは必ずしも妥当ではない。社会保険では、負担した保険料に見合う給付を受けられるのが原則だ。同制度による支給カットは、この原則をないがしろにするもので、理不尽とも言える。
高齢者就業に対する企業側のニーズには、高度専門職の確保や熟練技能の継承といった要素も含まれる。相応の賃金を用意して高齢人材を獲得しようとしても、制度の壁に阻まれて困難になる事態も起きている。
支給減額を決める際に参考とされる指標が賃金に限られている点も問題だ。請負契約や顧問契約で働く場合や資産収入がある場合は、この制度での減額対象とならない。不公平だと感じる人が少なくないのではないか。
加えて、年金の受給開始を66歳以降に遅らせる「繰り下げ受給」との関係でも問題がある。繰り下げると1カ月ごとに0・7%ずつ年金が増額される仕組みだが、在職老齢年金制度によって支給カットされた分は増額の対象外となる。
政府は「より長く働くことで年金を増やそう」と繰り下げ受給の活用を促しているが、在職老齢年金制度が普及の足かせになっている面がある。
同制度の撤廃や縮小で課題となるのは、厚生年金の満額受給者が増加することにより、年金財政が悪化する点だろう。将来世代の給付水準の低下につながる。現在の支給減額は計約4500億円。制度を撤廃・縮小するには、これに見合う財源を調達する必要がある。
この点に関連して厚労省は、高所得者の保険料負担を増やす案を示している。同保険料は月収に応じ32等級あり、現在の上限額は65万円だ。厚労省案は、上限額を75万円、79万円、83万円、98万円のいずれかに引き上げる。実現すれば保険料収入は4300億~9700億円増える見込みだ。
保険料上限額引き上げの対象となるのは83万~168万人。この人たちや、労使折半で半額を負担する経済界の理解が欠かせない。厚労省には丁寧に説明を尽くし、議論を進めてもらいたい。
年金制度改革/場当たりの対応で終わるな(2024年12月7日『福島民友新聞』-「社説」)
老後の生活を支える公的年金制度の見直しは、現役世代の将来を左右する。少子高齢社会に耐え得る仕組みを構築してもらいたい。
厚生労働省は、全ての国民が受け取る基礎年金(国民年金)について給付水準の底上げを検討している。基礎年金の財政状況が厳しく、将来的に現行の給付水準を維持できなくなるからだ。
基礎年金だけを受給する自営業者やパート従業員、現役時代の賃金が少なく、年金全体に占める基礎年金の割合が大きい人にとって支給額の目減りは痛手になる。老後の生活そのものを揺るがすだけに、最低限必要な支給額を維持するための見直しは必至だ。
厚労省は、会社員らが加入し、財政的に余裕のある厚生年金の積立金(余剰金)の一部を基礎年金に充当し、支給額を引き上げる方針だ。これで2036年度以降の給付水準は、現在の見通しより3割程度底上げできるという。
しかし試算によると、積立金が減る影響で、厚生年金の給付水準は当面低下するため、保険料を負担している会社員、企業の反発が懸念されている。厚労省は基礎年金の底上げに伴い、厚生年金受給者の大半も年金全体の給付水準は手厚くなると説明している。
基礎年金の財源の半分は国庫(税)で賄われており、増税につながる恐れもある。政府は年金の給付水準がどのように推移するのか、具体的な金額を明確に示して議論すべきだ。
働く高齢者の厚生年金受給額を減らす「在職老齢年金制度」の適用基準額の引き上げも検討されている。現在は賃金と年金の合計額が月50万円を超えた場合、超過分の年金が減額されるため、基準額内に賃金を抑える人がいる。こうした「働き控え」を解消し、人手不足の是正につなげる狙いだ。
しかし、月62万円に引き上げた場合、満額の受給者は約20万人、支給額は約1600億円増える。高所得の会社員が支払う厚生年金保険料の上限を引き上げるなどして財源を確保するという。
年金制度は、現役世代が納める保険料などを、その時の高齢者に支給する「仕送り方式」で成り立つ。少子化で現役世代が減り続けるなか、高齢者への支給額がさらに増えて年金財政が破綻し、現役世代が将来、必要な年金を受け取れなくなる事態は許されない。
政府はこれまで、パートら短時間労働者の厚生年金への加入拡大や、国民年金保険料の納付期間の延長などを検討してきた。こうした年金財政の安定につながる改革についても議論する必要がある。
低年金の女性 就労と生活両面で支援を(2024年12月6日西日本新聞『』-「社説」)
政府は公的年金の財政検証で、これから高齢になる女性の年金受給額が男性より少ない見通しを示した。
女性の低年金問題が続くことを裏付けるデータだ。働く環境の改善や生活支援につながる政策に生かしたい。
財政検証は5年に1度、年金財政の健全性を点検するために実施している。性別、世代別の年金受給額を公表したのは初めてだ。働き方や配偶者の有無による受給額の違いがイメージしやすい。
過去30年の経済状況を投影した試算では、1974年度に生まれた50歳の女性が65歳で受給する年金は月平均9万8千円で、男性の平均額より4万3千円少ない。6割弱が10万円以下になる。
94年度生まれの30歳の女性は、働く人が増加するため、65歳の受給額は月平均10万7千円に増える。それでも10万円以下が半数近くを占め、男性との格差はあまり縮まらないようだ。
結婚や出産をきっかけに会社を退職するなど、女性の厚生年金加入期間が短いことが格差の要因である。正社員で勤めても、昇給で男性との格差があれば将来の年金に跳ね返る。
パート労働など比較的年収が少ない女性や専業主婦は、低額の国民年金だけの受給になる人が多い。
年金受給額を増やすには、厚生年金の加入期間を延ばす必要がある。そのために出産や育児期間を経ても働き続けられる職場づくりが欠かせない。介護休業制度も充実させるべきだ。
企業努力と行政施策だけでなく、社会全体で取り組む機運を高めたい。
もはや家事や育児、介護を女性だけが担う時代ではない。家族で分担する意識を共有したい。
厚生年金の保険料負担が生じないように働く時間を抑える「年収106万円の壁」は見直しに向けて動き始めた。
厚生労働省は、厚生年金の適用対象を拡大する方向で検討している。手取りの減少を抑える手だてと、保険料を折半する企業の負担軽減策が必要になる。
国会でも「壁」を巡る論議が活発になってきた。働く意欲と老後の安心につながる制度設計を求めたい。会社員や公務員に扶養され、保険料負担を免除される「第3号被保険者」の制度見直しも論点にすべきだろう。
低年金で困窮する高齢女性は未婚や離婚、死別などで1人暮らしの人に多い。その数は増え続ける。
借家住まいであれば、家賃負担で日々の暮らしが厳しくなる状況は想像に難くない。生活費を賄うために働こうとしても、加齢とともに職種は限られる。
国や自治体は低所得者向けの住宅政策を拡充すべきではないか。低年金の男性にも役立つ。高齢の困窮者を支援するNPOを財政面から後押しすることも有効だ。
基礎年金底上げ 負担増の議論 腰を据えて(2024年12月5日『信濃毎日新聞』-「社説」)
年明けの通常国会の焦点の一つとなる公的年金制度改革のメニューが出そろった。本丸は、基礎年金(国民年金)の給付水準の底上げである。
公的年金制度は2階建てになっている。1階部分が基礎年金で、20歳以上60歳未満の全ての人に加入義務がある。保険料は定額だ。
その上の2階部分が厚生年金で会社員らが加入する。保険料は報酬に比例し、労使が折半する。
国民年金は未納者のほか免除や猶予を受ける人も多い。財政は苦しく、将来給付水準が目減りしていくのは確実だ。自営業者やフリーランスなど老後に国民年金しか受け取れない人もいる。底上げは待ったなしの課題である。
厚生労働省が打ち出したのは、厚生年金の財源の一部を基礎年金に振り分ける案だ。
これは社会保険の枠組みを大きく崩す上、兆円単位の安定財源が必要になってくる。政府も国会も腰を据えて、負担増の議論と向き合わなくてはならない。
公的年金の原資は、現役世代の保険料と公費だ。少子高齢化で現役世代が減る一方、高齢者は増え給付の総額は膨らんでいる。このため物価や賃金に応じて給付を抑える「マクロ経済スライド」という仕組みが発動されている。
財政が堅調な厚生年金は、減額調整が2026年度に終わる。基礎年金では57年度まで続き、給付水準が3割目減りする。そこで厚生年金の積立金を基礎年金に回して終了時期を36年度に合わせる、というのが今回の案だ。
基礎年金は全ての国民が受け取るので、厚生年金受給者の大半も給付が手厚くなる―。厚労省はこう説明する。
しかし厚生年金の減額調整は、10年延びる。この間、給付の総額が増えるとしても、厚生年金の給付は抑制されることになる。
そもそも厚生年金と国民年金は歴史的な成り立ちが異なり、財政も別だ。会社員らの保険料で国民年金の目減りを穴埋めするのは、負担と給付のバランスを崩し、社会保険の趣旨をゆがめる。
公的医療保険でも、会社員らの保険料が高齢者医療に流用されてきた。現役世代に安易に負担を求めるやり方を続けてよいのか。
厚生年金の財源を振り向ける必要性と、その場合の負担と給付の見通しについて、まずは詳細な説明が求められる。
基礎年金の財源の半分は国庫だ。底上げに伴う追加負担分は、70年度には2・6兆円に上る。財源論の先送りは許されない。
基礎年金の底上げ 課題隠さず丁寧な説明を(2024年12月1日『産経新聞』-「主張」)
年金制度の改正を検討している厚生労働省が、全ての国民が受け取る基礎年金(国民年金)の給付水準を底上げするための改革案を専門部会に示した。
現行制度のままでは基礎年金の水準が著しく低下する。その原因である年金財政の悪化を食い止めるため、厚生年金の積立金を重点的に基礎年金の財源に振り向ける案である。
これにより、将来的に基礎年金の水準を3割程度改善させることができるとみている。
国民年金のみを受給する自営業者らや、現役時代の賃金が低く年金の少ない人にとって水準低下は特に深刻だ。底上げを目指すのは当然である。
問題はその手法だ。会社員らが老後のために支払ってきた厚生年金の積立金を、全国民が恩恵を受ける基礎年金に使うことに理解を得られるのか。
厚労省は、基礎年金の水準を底上げすれば厚生年金を含むほぼ全ての年金受給者の給付水準がいずれは改善するという。だが、当面は厚生年金の水準が現行制度より低下する。
そこにどう対処するのか。厚労省は制度改正の利点だけでなく、課題も含めて丁寧に説明を尽くさなくてはならない。
給付水準低下が懸念されるのは、これまでの年金制度の運用で、人口減や平均余命の延びなどに応じて年金水準を抑制するためのルール「マクロ経済スライド」の適用が進まなかったことが大きい。著しく影響が出るのは基礎年金である。
改革案などによると、基礎年金の給付水準が底上げされる効果が出るのは、国民年金のみの受給者が令和18年度以降だ。
厚生年金受給者も22年度ごろから底上げされるとみられるが、それ以前の水準が現行制度よりも低下する見通しについて、厚労省は詳細な説明をしていない。当面の給付水準がどのくらい低下するのかなどの点をもっと明確にすべきである。
もとより、国民年金と厚生年金では加入者の納める保険料に差がある。厚生年金には企業の負担分もある。積立金を使うのならば、情報開示を徹底して議論を尽くさねばならない。
基礎年金の財源の半分は税金なので、改革案の実現には、厚生年金の積立金だけでなく、毎年兆円単位の国の財源も必要になる。その確保策も厚労省は明示してもらいたい。
年金制度改革 負担増に理解得る努力が必要(2024年11月27日『読売新聞』-「社説」)
老後の生活を支える公的年金を持続可能な制度とするには、負担増も含め、不断に見直していくことが欠かせない。
政府は、目指す改革の狙いや意義を丁寧に説明し、国民の理解を得る必要がある。
厚生労働省が公的年金制度の改革案を発表した。今夏にまとめた5年に1度の財政検証を踏まえた内容となっている。
財政検証で最大の懸案とされたのは、基礎年金の財政悪化だ。
基礎年金の保険料収入と支給の収支を安定させるには、2057年度まで、物価や賃金の上昇よりも年金の支給額の伸びを抑制する「マクロ経済スライド」を適用し続けねばならない。
基礎年金は、20歳以上が全員加入する公的年金の「1階部分」にあたる。パートや自営業者が加入する基礎年金は、国民年金と呼ばれ、その実質的な支給額の目減りは老後の生活を直撃しよう。
そうした事態を避けるため、改革案では、比較的財政に余裕のある、会社員や公務員が加入している厚生年金の積立金の一部を、基礎年金に充当するとした。
その場合、基礎年金の財政は36年度には安定し、支給額も3割程度底上げされる見込みだ。
一方、会社員ら基礎年金と厚生年金の両方を受け取る人は、厚生年金の積立金の減少の影響で今後10年程度、支給が減るという。
基礎年金の財政が安定すれば、支給額も増えることになる。だが、会社員の中には自分が納めた厚生年金保険料がなぜ、国民年金の「救済」に使われるのか、不満を抱く人もいるのではないか。
政府は、給付と負担がどう変化していくのか、具体的な金額を提示することが重要だ。
国民年金を巡っては、岸田前内閣が保険料の納付期間を5年延長する案を検討したが、自営業者らの反発を警戒して見送った。将来、厚生年金を受け取る人に負担を求めるなら、自営業者らの納付期間の延長を再検討してはどうか。
現在、高齢者が受け取っている賃金と厚生年金の合計が月50万円を超えると、年金は減額されている。改革案は、この「在職老齢年金制度」の見直しも提案した。
年金の減額を嫌い、働く時間を抑えている高齢者は多い。制度の見直しは、年金が減額される合計の上限額を引き上げ、より長く働いてもらう狙いがある。
ただ、制度を見直した場合、年金の支給額は増えることになる。その財源をどう賄うのか。厚労省は具体策を示すべきだ。
在職老齢年金 現役世代も視野に議論を(2024年11月27日『信濃毎日新聞』-「社説」)
人口減で人手不足が深刻になる中、高齢世代の就労意欲をそぐ年金の「壁」の見直しが急がれるのは確かだ。
けれど、それが現役世代へのつけ回しになる可能性がある。長期の視点で議論する必要がある。
働いて一定の収入がある高齢者の厚生年金を減額する「在職老齢年金」を巡り、厚生労働省は年金が減り始める「基準額」を、現在の月50万円から62万円へ引き上げる方向で調整に入った。
在職老齢年金は、賃金と厚生年金の合計が基準額を上回った場合、超えた分の半額を減らす仕組みだ。減額されないよう「働き控え」をする人が少なくない。
引き上げに伴い、満額の受給者は約20万人、総額で約1600億円増える見込みだ。
在職老齢年金制度は1965年に始まり、2000年の改正で現行の仕組みとなった。
働きながら年金を受給している高齢者は22年度末で約308万人。約50万人が当時の基準額(47万円)を超え、年4500億円の年金支給が停止されていた。
厚生年金は応能負担で保険料を支払い、その拠出に応じて受給する仕組みだ。老後に一定の収入があるからといって支給を停止するのは、社会保険の趣旨になじまない。在職老齢年金の基準額の引き上げはうなずける。
ただし、年金給付が増えると、年金財政が圧迫される。ひいては将来の世代が受け取る年金の水準低下を招きかねない。
厚労省は財政悪化を防ぐため、高所得の会社員が支払う厚生年金保険料の上限を引き上げる案を示している。
国民の所得のうち税金や社会保険料をどれだけ払っているかを示す国民負担率は、近年、50%に近づきつつある。中でも大きく伸びているのが、主に現役世代が担う社会保障負担だ。
在職老齢年金の基準額を超える人は、比較的生活に余裕があると言える。そうした高齢者の年金を増やすため、現役世代にこれ以上の負担を求めることに、理解を得られるだろうか。
公的年金は、現役世代の保険料と公費で賄われる「仕送り方式」だ。少子高齢化に伴い、支え手である現役世代は減り続けている。支え手の範囲をどう増やしていけるかが課題の一つだ。
年金制度改革は、来年の通常国会の焦点の一つになる。将来にわたり制度が機能していくには、今何を変えるべきなのか。与野党で議論を尽くしてほしい。