Web2.0関連ツールの導入実態から見える日本企業衰退の兆し


■反応が鈍いWeb2.0のことを書いたブログエントリー


コンテンツ学会サマースペシャル企画10日連続研究会シリーズのうち、3日目にあたる8月19日に、ソフトバンクの多田彰氏のお話を聞いてブログに報告をまとめた。タイトルは、『Web 2.0の最新トレンド』だった。この報告にも書いたが、日本では『Web2.0は儲からない』という論調の議論が2008年半ばくらいから多くなり、昨今ではWeb2.0がトピックとして取り上げられることもめっきり減ってしまった。実際、私のブログエントリーに対する反応も大変鈍かった。

コンテンツ学会 多田彰氏『Web2.0最新トレンド』に参加した - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る
IT & 経営 :テクノロジー :日本経済新聞
http://r25.jp/b/honshi/a/link_review_details/id/110000005278


キーワードの流行廃り自体は、実際のビジネスの動向とは必ずしもリンクはしないし、Web2.0関連のそれぞれのサービスに具体的な結果が出始めた結果、全体を一括りにまとめることができないレベルにまで多様化し、総括的に語ることができるステージが終わったという見方もできるかもしれない。



■SNS導入が進まない日本企業


だがやはり、日本の場合は、『Web2.0は期待はずれ』との印象が強いようだ。Web2.0の成果を受けてた成功したと評価を受けるサービス(ニコニコ動画やmixi、Gree、モバゲータウンのようなソーシャル・ネットワーキング・サービス=SNS)も、例外扱いされている雰囲気さえある。また、 Web2.0を活用できる領域は本来非常に広く、社内や会社間のコミュニケーションの活性化等を含め、企業活動全般でのSNS利用も検討されていたはずだが、こちらのほうもサービスでの利用に輪をかけて、期待が萎んでしまった感がある。


2009年1月に調査会社のアイ・ティ・アール(ITR)が発表した調査によれば、国内企業ではブログやインスタントメッセージング、Wikiといったツールはいずれも1割以下の利用にとどまり、「Web2.0」系ツールの採用には慎重を期している企業が多いという結果が出ている。コミュニケーション手段は、依然として対面や電話、電子メール、ファックスが中心である。一時期盛んに喧伝されたコミュニケーションやコラボレーションの手段としての ITの活用も、思った程浸透しないままに、投資環境自体激しさを増す中、すっかり沙汰止みになってしまっている実態を調査が裏付けている。

Web2.0系ツールの採用は進まず:ブログやWikiの利用は1割以下、情報伝達の肝は電子メールの強化 - ITmedia エンタープライズ



■海外では成果に満足


ところが、マッキンゼー社が2009年6月に、約1,700人の世界各国の企業幹部を対象に行った調査では、全く反対の結果が出ている。約70%が web2.0ツールの導入によって目に見えて成果が出ていると答えている。しかも、斬新な製品やサービス、より効果的なマーケティング、知識の共有、コストの抑制と収益の拡大等、およそビジネス活動の全般に非常に効果があり、現在の景気後退局面でもWeb2.0に投資を続けると圧倒的多数が答えているというのだ。期待通りの成果に満足して、さらにその先を目指そうとしている。回答は組織や企業文化による違いがないとあるから、これが本当なら、日本企業は非常に特殊な例外ということになる。

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世界の企業幹部は、web2.0的なツールの導入が『従業員』『顧客』『サプライヤー』を結びつける『networked company』構築に貢献し、それが企業活動のあらゆる領域に有益な効果をもたらすことを認め、今最も代表的なコンシューマー向け商用サービスである『Facebook』『Twitter』『Deliciou』等を企業で利用することさえ促進する方向にあるようだ。確かに、Lotus Connectionsのような企業向けのソーシャルアプリケーションと比較して、FacebookやTwitterには何百万人のユーザーがおり、しかもコストはほとんどかからない。もちろん中には銀行や法律事務所のように厳格なセキュリティーが必要なケースもあるが、多少のセキュリティー上の懸念を上回る期待を得ることができるという確信を企業幹部が持って来ているのが、『グローバル・スタンダード』のようだ。


では、どうして日本と世界の動向がここまで乖離しているのか。というより、何故日本ではこれほどWeb2.0導入が進まないのか。大方下記のような要素が相互に絡み合っていると考えられる。



■日本で導入が進まない理由


1.過度なセキュリティー志向


日本企業、特に上場企業等では、社内からのFacebookやTwitter、あるいはブログ等への書き込みなどは、7〜8割(ないしそれ以上)の企業で禁止していると言われている。その第一の理由はセキュリティー上の問題だ。いまや不況の影響で、まったく忘れられてしまった感があるが、つい1〜2年前までは、どの企業でも新会社法導入に後押しされた内部統制の嵐が吹き荒れていて、そのために巨額のIT投資が行われていた。その頃は情報セキュリティーこそが最も重要と言わんばかりだった。(海外企業では、商用のソーシャルメディアへの社内からの接触を禁止しているのは、日本とは反対に2〜3割だという情報もある。多少情報の信憑性に問題もあるが、日本が異例なほどにセキュリティーに厳格になっていることは確かだ。)



2.ビジネスの実態と乖離した法規制


日本の著作権法は、そもそも検索エンジンを合法として認めていなかった。やっと今年の著作権法改正で(施行は2010年1月から)検索エンジンのためのインデックス作成等が日本で実施できるようになるが、Googleが設立された1998年からすでに10年以上が経過している。この間、日本の検索エンジンへの参入者は違法を覚悟で取組むか、海外に流失するかしかなかった。しかも、8月31日に行われた第5回「文化審議会著作権分科会法制問題小委員会」におけるMIAUの代表、津田大介氏のコメントにもある通り、RSSリーダーやブックマーク、その他クラウド的サービス(ネットワーク上でのバックアップ等)など、Web2.0の中核にあるサービスはいまだに『違法』と判断される可能性がある。これでは、厳格なリーガル・コンプライアンスを強要されて、可能性と しての『違法』もすべて排除しようとする傾向のある日本企業での導入が進むはずもない。



3.世代の意識ギャップと企業の高齢者支配


少々データが古いが、インプレスR&D発行の、「インターネット白書2007」によると、「情報共有やコラボレーションのためのウェブサイト利用に対する意識」は、管理職の59%が「会社の収益を増やす機会である」と答えており、Web2.0の重要性は認識しているものの、半数以上が具体的な利用計画には至っていないという。これはおそらく世代ギャップが相当程度影響していると思われる。管理職をさらに年齢別に分けていけば、もっとその傾向がはっきりと見られたのではないか。これは調査に頼らずとも、年功序列が浸透した普通の日本企業に入れば、多かれ少なかれ実感できることだ。経営者やシニアの管理職はインターネットやSNSにほとんどなじみのない中高齢者が占めていて、しかも解雇制限に守られていることもあって、新陳代謝はあまり進んでいないとなれば、Web2.0関連ツールの導入は、できれば否定したいと考えても不思議はない。よくて「否定的ニュートラル」がせいぜいだろう。そこに都合よく、セキュリティーやコンプライアンスという葵の御紋があれば、心置きなく導入を否決することは容易に想像できる。

http://www.impressholdings.com/release/2007/052/



4.日本の企業コミュニティーの特殊さ


日本の企業コミュニティーは、バブル崩壊後かなり変化してきたことは確かだが、今でも「インフォーマルな飲み会重視」、「阿吽の呼吸」、「体育会的」「年功序列的」というような村落共同体的/部族的な色合いが相当程度残っている。一方、インターネットのコミュニティーは、フラットで、年齢や役職等があまり入り込む余地がないものが多い。コンセプトが正反対だ。社内コミュニケーション活性化、ということでSNSを導入してみても、実際には社内に「暗黙のルール」として残る企業の遺伝子はそう簡単にはなくならず、心理的な障壁になってしまう。最初は物珍しくてSNS の使用が広がっても、すぐに人間関係がぎくしゃくして居心地が悪くなってしまう。


また、系列のような関係もかなり変わって来たとはいえ、擬似系列のようなあいまいなシステムは多かれ少なかれ残存している中で、フラットなコミュニケーションのシステムを導入することは今でも意外にハードルが高い。


もちろん、SNS等を楽々と使いこなす若年層の割合が増えてくれば、いずれは変化していくことは確実だが、当の若年層のコミュニティーのあり方を見ていると、懸命に「空気」を読んでメンバーに気を遣うなど、すでに日本のコミュニティーに巣くう遺伝子は、若年層にも濃厚に受け継がれているように見える。



■広がる競合力の差


民主党政権になって政権交代が起きても、企業が今後とも厳しい競争にさらされることに変わりはない。特にこれからは質量とも圧倒的にプレゼンスを拡大する中国企業との熾烈な競争に巻き込まれて行くことは確実だ。そんな中で、日本と海外企業の競合力の差が広がって行く兆しがこんなところにも鮮明に見て取れる事は、きちんと認識しておいたほうがよい。今の時代に企業の競合力を向上させるためには、あらゆるコミュニケーションの質を上げて行くことが最重要課題と言っていい。それが日本では機能不全となりつつある実態にはもっと危機感を持つべきだと私は思う。安易な『日本の常識』に埋没して前後不覚になると、取り返しのつかない事になってしまうことは忘れないほうがいい。