[お知らせ]


2013年6月7日金曜日

EBMの入り口

[Clinical question臨床疑問]

僕たちが日常業務で遭遇するClinical question臨床疑問は2種類あるといいます。(1)日々なんとなく疑問に思うことは多いですが、その疑問が一般的に、おそらく当たり前のことなんだろうというものほど、ヒトは思考停止してしまいがちです。糖尿病といわれている人たちに血糖降下薬を服用させると何が起こるのか。低血糖リスクは軽視できないけど、それに気をつけてしっかり血糖値をコントロールすることが大切なんだと、学部時代なんとなく学んだ薬物治療の教科書を思い出して、しっかり薬を飲んで食事を気をつけましょう…。みたいな。

 ある意味、これが思考停止そのものでした。とある地元の糖尿病研究会のセミナーの中でメーカー主催では珍しくACCORD試験の紹介がありました。この当時、僕はまだEBMそのものをしっかり勉強していたわけではないのですが、大変衝撃を受けたのは記憶しています。

 糖尿病では血糖値が高い、だから下げましょうという判断をとりあえずカッコに入れ、判断停止することで、思考停止を避けることができます。そして、ここから疑問が生まれるのです。糖尿病の患者さんに血糖降下薬を投与すると…


前置きが長くなりましたが「疑問」は大きく分けると以下の2種類があるそうです

■背景疑問(Background questions

■前景疑問(Foreground questions


[Background questions背景疑問]

背景疑問とは治療や病態等における一般的な知識に対する疑問です。糖尿病の例では

▶どのような人で糖尿病になりやすいのか

▶何が糖尿病のリスク因子となるのか

▶どのように糖尿病を発症するのか

▶なぜ糖尿病では血糖値が高くなるのか

のように基礎的な知識に対する疑問です

このような疑問は5W1H WhoWthatWhenWhereHowwhy)で定式が可能であるといわれています。このような一般的な背景疑問を知ったうえで個別の事象や状態に関する様相(前景疑問)が見えてくる、すなわち一般的な事を知らずに患者個別の疑問を解決することはできないというわけです。したがって動物実験などの基礎的研究の結果は背景疑問を解決するために必要な情報で、とても重要な知識なのです。ただそれをいきなりヒトに対して当てはめるのは理論が飛躍しすぎています。背景知識だけを知っていても患者個別の疑問を解決するには至りません。


[Foreground questions前景疑問]

勉強の多くは背景疑問への知識取得に費やされます。そして知識の取得や経験とともに疑問のウエイトは前景疑問が占めてくるようになります。背景疑問が整理できてくると、この患者における問題は何か、というような患者個別の前景疑問にたどり着くことができ、ここからやっとEBMのファーストステップが始まります。よく練られた前景疑問はしばしば4つの“成分”を有しているといわれています。


①対象となるヒトの状況や人口集団、あるいは患者個別の問題

②主な介入、暴露、検診、予後因子、治療

③介入や暴露に対する比較対照

④臨床的な成り行き(結果)


①の対象となるヒト、すなわちpatient、あるいはpopulation,

②の介入internentionあるいは暴露exposure

③の比較対照comparison 

④臨床的な成り行き=アウトカムoutcome

英語の頭文字をとって、前景疑問の4要素を「PICO」とか「PECO」と呼びます(2)


P: patient▶どんな患者に

E: exposure▶どんな治療、検査、介入を行うと (※)

C: comparison▶何と比べて

O: outcome▶どうなったか


(※)Evidence-based Medicine;How to practice and teach EBM 4th edではinternentionの“I”を用いて「PICO」と表現しています。僕は日常的に「PECO」を使用していますが、PICOPECOもその意味合いは全く同じことと認識しております。


このように4つの成分で患者個別の問題を整理すること、すなわち治療や予防、診断や予後などに関する今必要な知識を答えることが可能な質問(疑問)へ加工するという、患者の問題を明らかにするための「問題の定式化」がEBMのファーストステップです。ここからスタートです。


[いつ、どのように疑問を提起するか]

いつ、どのように疑問を提起するかは個人の知識量、経験などに左右されてきますが、僕のように知識0の場合はたとえ背景疑問がまずまず整理されてきても、やはり疑問だらけです。ただ重要なのは、無意識に知っているつもりになっていること、これが問題で、EBMの入り口に入れない最大の要因です。何を「知っている」のか、何を「知らない」のかを明確に区別する必要があります。薬のリスクや副作用に関して、検診や予後に関して、治療や医療介入、そして予防について、日常業務において、疑問が生じる場面は多数ありますが、それを知らないこととして拾い上げることができれば、問題を定式化することが可能です。当然、すでにその明確な答えを得ている場合には拾い上げる必要な無いのですが、情報が日々アップデートされる中で、常に疑問のアンテナを張り巡らしていたいと僕は思います。


では冒頭の例を、PECOで定式化してみると、糖尿病患者に血糖降下剤を投与すると…。

Patient     (どんな患者に)

2型糖尿病患者に

Exposure    (何をすると)

血糖降下薬を投与すると

Comparison  (何と比べて)

服用しない場合にくらべて

Outcome    (どうなるか)

血糖値は下がるか?

死亡リスクは減るか?

幸せになれるか?









[アウトカム]

患者のアウトカムとはその患者さんの成り行き、みたいなことである治療によってその後、結局どうなったか、のような結果の意味合いで使用されることが多いと思います。ある治療が患者さんにどのような影響を及ぼしたのか、という事ですが、上の例ではたとえば経口血糖降下薬による治療やインスリンによる治療を行えば血糖値が下がることは分かります。これは背景疑問に対する知識の一種だと言えるかもしれません。

▶なぜ糖尿病患者に血糖降下薬を投与すると血糖値が下がるのか…背景疑問

▶糖尿病患者の血糖値を下げると患者はどうなるのか…前景疑問


前景疑問を定式化したさいのアウトカムをどのように設定するか、この例では「患者はどうなるのか」という事をいったい何を物差しにして定量的に評価するのか、という事です。アウトカムには2種類あることは何度も触れてきました。真のアウトカムと代用のアウトカムです。多くの場合、血糖値は代用のアウトカムでした。


臨床疑問に対するアウトカムはどのように設定すればよいのでしょうか。その治療が本当に患者のためになり、健康的な生活を続けることができるのであれば、患者さんは多くの場合で幸せな人生を送ることができるはずです。だからPECOで定式化した際の”O”は本来「幸せになれるか」で設定しなくてはいけないのだと思います。しなしながら「幸せ」というのはヒトそれぞれの主観であり、これを一律に定量的な指標で示すのは困難です。そのために、定量化が可能な死亡リスク、等の人生における重大な転機というのをアウトカムにせざるを得ないのです。この定量化が可能な重大な転機を真のアウトカムと呼ぶことが多いです。ただ、死に対するヒトの価値観もまたそれぞれです。長生きはしたくない、そう思えば死亡リスクというアウトカムは真のアウトカムでは無くなります。患者さんが幸せになれるかどうかという前提ありきの真のアウトカムです。血糖値が下がることに人生最大の喜びを感じるのであれば、血糖値でさえも真のアウトカムになり得るのです。


実際の目の前の患者の真のアウトカムを考えると実に悩ましいことばかりです。総合感冒薬で風邪が早く治るわけでもないし、副作用リスクだってある、そうは言っても患者さんが「この薬を早く飲めば風邪の症状がひどくならずに済むんだ、いつもそうなんだ」と…。


[PECOからステップ②情報収集戦略へ]

PECOで定式化できたら、整理した疑問は以下の4種類に分類することで、それを解決するための情報収集戦略を立てることが容易になります。


①治療の疑問…ランダム化比較試験

②診断の疑問…横断研究

③予後の疑問…コホート研究

④副作用の疑問…症例対照研究、コホート研究、症例報告、ランダム化比較試験等


疑問のタイプに合わせて必要な研究デザインを絞ることができるのです。情報収集戦略については、いつかまた機会がありましたら、まとめてみたいと思います。まずはPECOより始めよ。EBMの入り口は、たくさんあるのに、なかなか気づかない、僕自身まだまだ気づいていないことだらけかもしれません。


[参考文献]

(1)Straus SE et al ed.Evidence-based Medicine;How to practice and teach EBM 4th ed


(2)ACP J Club 1995;123(3):A12-A13

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