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春香は本当に「歌がうまい」のか。


私の行動パターンとして、精神と肉体のどちらかの状態が悪化すると、
春香さんの話をする比率があがります。春香さんは健康のバロメーター。


前から念頭に置いているいくつかの動画について、
私の個人的な春香観を前提にしないと語れない話題がいろいろあるので、
無印春香コミュの話はどこかでやりたいなあ、と思っています。これはその一部です。

話の都合で千早と律子の歌に触れますが、なにしろ春香以外のコミュは
ちっとも真面目に勉強していないので、認識が不足している部分は悪しからず。というか、
むしろコイツ何もわかってねえ、と憤った誰かが教授してくれたらいいな、というか。

5/22追記:データの訂正 律子のVi初期能力値「12」を「24」と誤記しておりました。大変申し訳ありません。あまりに重大なミスなので、別記事で改めて訂正させていただきます。なお本文中、誤記したデータを前提に記述している箇所がありますが、別記事で補足した通り、文面自体はこのままとさせていただきます。ご了承ください。



 アイマスキャラクターで歌と言えば、千早と春香です。が、二人がどういう歌い手なのかという話になると、上手い千早と上手くないけど親しまれる春香、みたいなあまり具体的に突っ込まない対比で終わることが多いわけです。春香は歌唱の技術的・能力的に言ったらどのくらい上手いのか、とか千早と比べたらどうなの、といったことは不問に付す、というかまともに取り合う必要のない話題である、というのがニコマスの一般的な空気だと思います。何故そうなっているのかはまあ、言うまでもないのですが。
 けれども実際のところ、ゲームの中で春香の歌唱能力って、どう描かれていたんでしょうね? ついでに言うならば、歌というキーワードで対置される千早と春香は、互いの歌をどう思っているんでしょう? 主に二つの春香コミュを手がかりにして、ちょっと考えてみたいと思います。
 もっともゲーム内の描写からこういうことを知るのは、とても難しいことです。それはコミュというものが、断片的であるだけでなく、常にPとアイドルの一対一の会話の形でしか描かれないからですね。各アイドルのエピソードは、常にアイドルの主観視点による自己評価か、Pの主観視点による評価でしか語られ得ない。しかもご存知の通り、アイマスキャラの自己評価はしばしばその正確さに非常に疑問符がつくわけで。まあ、そこが面白いのですね。


まず、無印での各アイドルの初期能力値を確認しておく。

       Vo   Da  Vi  Total
如月千早   30 16 14 60  
秋月律子   26 20 12 58  
水瀬伊織   12 20 24 56  
星井美希   14  8 25 47  
菊地真    12 20 14 46   
三浦あずさ  12  6 18 36  
天海春香   18  6 10 34   
萩原雪歩    8  2 16 26   
高槻やよい   6 12  8 26  
双海亜美・真美 2 14  8 24

・Vo能力値を見ると、なるほど春香の能力は上から3番目で、上にいるのは早熟型成長の千早と律子だけなので、相対的に高いのは確か。
・が、Da、ViとりわけViの上位3人の数値と、上位3人の間そして4位以下との差とを見比べれば、 パラメータとして突出して秀でているとは言えない。
・しかし、春香自身の中で比較すれば、バランス型成長アイドルの中でも一番初期値の低い春香の中で、Voの占める比率は非常に高い。全アイドル中もっともVo特化型のパラメータでもある。

総じて言えば、絶対的な高さとして驚くほど歌唱力があるわけではないが、少なくとも歌だけは人並み以上に歌える…というあたりが、初期状態の春香のアイドル能力として浮かび上がってくる。あと、こうしてVoに注目して見ると、やはり千早の突出ぶりと律子のスペックの高さが目につくけれど、その話はまた後で。

 さて、春香が歌との関わりを、もっとも詳細に語ったエピソードを、まず見ておこう。
春香が昔、歌の好きなお姉さんと一緒に公園で歌っていた、という概略は誰でも知っているけれど、仔細に観察すると謎だらけな、「ある日の風景3」である。3択選択肢の前までを書いておく。

ぷげらっちょP アイドルマスター はるかっか 47


(あれ、公園の向こうから歌声が聞こえる。
 行ってみよう……)

春「あっ、プロデューサーさん。
  どうしたんですか、こんなところで?」
P「春香こそ。今、ここで何か
  歌ってなかったか?」
春「あ、はい。私、ときどきちょっと
  この公園で、歌の練習をしてて……」
P「練習ならレッスン場や事務所でもいいのに」
春「えへへ、そうですけど……私、この場所が
  好きなんですよ♪」

選択肢「そうなのか」

P「ふーん、なるほど。そうなのか。
  外で歌うのは開放感があっていいかもね。」
春「ですよね? 私もそう思うんです!
  晴れた日なんかもう最高です!」
春「風に乗って歌が遠くまで広がっていく感じが
  して……だから、屋外ライブも好きなんです♪」
春「それと……昔、私が小さい頃の
  話ですけど……」

春「私の地元の、ちょうどこんな感じの雰囲気の
  公園に、歌の好きなお姉さんがよく来ていて」
春「私、そのお姉さんに歌を教えてもらったり、
  一緒に歌ったりしてたんですっ」
春「お姉さんと私と、友達みんなとで歌って……
  それがいつも、ほんと楽しくって!」
春「あ、それで……そうやって歌ってると、
  だんだん周りに人が集まってきて……」

どんな感想をお持ちになっただろうか?

とりあえず、ポイントをまとめておこう。

・歌声が「公園の向こうから」聞こえてきた
・レッスン場より公園で歌うのが好き。
・野外で歌うことについて、「風に乗って歌が遠くまで広がっていく」イメージを持っている
・歌の好きなお姉さんに歌を教えてもらったり、一緒に歌ったりした
・お姉さんだけでなく、「友達みんな」と歌っていた
・歌っていると、周りに人が集まってきた

 次に、今の話も念頭において、より具体的に春香の歌唱能力が描かれたエピソードを見る。
「CDレコーディング(ランクC)」である。

ぷげらっちょP アイドルマスター はるかっか 53


春「うーん、なんだか、コーラスが
  きれいに決まらなくって」
春「うまくハモってなくて……でも、
  何回やっても、なんだか変なんですよ」
P「そうなのか……なぁ、もしかしたら、
  譜面がちょっとミスってるんじゃないか?」
春「えっ!? うーん、言われてみると、
  確かに、難し過ぎる譜面かもですね」
春「もしほんとにミスなら、スタッフさんに
  伝えなきゃ! ああでも、勘違いだったら……」

なんだか変な会話である。最初春香は、コーラスパートがうまくいかない理由を、「うまくハモってなくて」「なんだか変」と表現する。それに対する、譜面がミスってるんじゃないかというPの返しは、ごく順当だ。ところが、それを受けた春香の発言は、「確かに、難し過ぎる譜面かも」となってしまうのである。「譜面にミスがある」(=書き間違い?)と「譜面が難しい」(=春香の技術では歌えない)という、明らかに違う二つの現象がごっちゃになったまま、何故か話が進んでしまうのが実に不思議なところで、まあこういう話が食い違ったまま平然と進むコミュ、たくさんあるのだけれど。

 この会話の謎を解くためには、全部の選択肢を比較する必要がある。
 まずはノーマルな選択肢、「控えめに伝えよう」。会話をメモった紙をどこかにやってしまって、確認するにはもう一度春香さんをプロデュースしてランクCにしないといけないので、概略だけ述べる。この選択肢を選ぶと、春香は「うまくハモっていない」と言い出しはしたものの、実はこの譜面が自分に歌うのには難し過ぎるのでは、と感じていることを打ち明ける。で、レコーディングはそのまま進んで、なんだかうまくいかなかったものの、結局ミスがあったのか単に難しくて歌えなかったのかはよくわからないままだった、ということになるのがこの選択肢。
 次にバッドな選択肢、「言わなくていいか……」。

P「うーん、とりあえず、特に何も
  言わなくてもいいんじゃないか」
春「えっ! でも、大丈夫かなぁ?」
P「譜面が間違ってるなら、言わなくても
  そのうち誰か気がついてくれるよ」
春「うーん、でも心配だなぁ」
P「心配するなって。向こうもプロなんだ。
  それとも……何か気になることがあるのか?」
春「あ……いえいえ! なんとかなりますよ。
  えへ。私、頑張ります!」

(その後レコーディングが再開されたが、春香は
 コーラスをとちってばかりだった)

春「ううっ、すみません……この譜面、
  私には難しすぎたみたいです」
春「もう少し簡単にしてください。
  アレンジャーさん、ごめんなさいですぅ……」

(しまった、そうか。苦手な譜面だったんだな。
 早めに察してやればよかったかな……)

というわけで、ああやっぱり春香には難し過ぎる歌だったんだね、春香は歌が下手だなあ、となるのがこの選択肢。

 ところが、グッドな選択肢「意見は堂々と」では展開が180度変わる。

P「春香に思うところがあるなら、
  堂々と言ったほうがいいよ!」
春「は、はい! ……そうですよね?」
P「黙っていてずっと気にするよりは、
  思い立ったときに訊いてみたほうがいいさ」
春「そうですね。話が早い、って
  やつですよね!」
春「録りが始まる前に、ちょっと
  アレンジャーさんに確認してみます」
P「俺からも伝えておくよ」

(それからアレンジャーと相談してみたところ、
 やはり譜面にミスがあったらしく、修正された)

春「コーラス、私が歌いやすい感じに直して
  もらえましたぁ。言ってみるもんですね♪」

(よかった。春香も安心したようだし、
 スムーズなレコーディングが期待できそうだ)

と、譜面にミスがあったことになった。さて真実はどっちだ。
 穿った見方をすれば、アレンジャーが空気を読んで易しい譜面に直してくれたと見ることもできるけれど、勿論私はそんな説は採用しない。譜面にはミスがあったのである。コーラスパートが「ハモらなくて」「なんだか変」なのだから、和音がおかしくなるような書き間違いがあったに違いないのだ。話がややこしくなっているのは、春香が、「歌いにくい」「歌いやすい感じに直った」と曖昧に、感覚的に間違いを感知しているからである。
 春香には和音がおかしくなっている歌を、「ハモってない」「歌いにくい」と感じる能力はある。しかも、バッドな選択肢でPが言っている通り、そんなミスは普通は聞いているアレンジャーが真っ先に気づいてしかるべきだが、スタッフの誰も春香が言うまで気づけなかった。つまり春香の音楽的聴覚は相当に鋭いことが推察されるのだけれど、しかし彼女には楽典的な知識に基づいて「ここの音がこう間違っている」と指摘できる能力はない。バッドな選択肢の、Pの「それとも……何か気になることがあるのか?」という台詞は、お前は春香の最初の発言を聞いていなかったのかと突っ込みたいところだけれど、この台詞に対する春香の受け答えは、より具体的に突っ込まれたらどこがどうおかしいかは言えない春香の自信の無さを表しているのだと思う。
 そして、このコミュ全体をわかりにくくしている、「私が歌えていないだけかもしれない」という春香の自信のなさは、「歌が好きなだけで、特にうまいっていうわけでもないし」という、春香シナリオ全体を通した春香自身の歌唱能力に対する自己評価と連動している。これが千早だったらPに指示を仰ぐまでもなく、「何小節のこの音とこの音、おかしいです。ミスではありませんか?」と直接アレンジャーに指摘するであろう。

 まとめよう。
・春香の音に対する感覚は非常に鋭い
・しかし楽典の知識は持っていない(=体系的な音楽教育はあまり受けていない?)
・春香は自分の歌の「技術」について低い自己評価を持っていて、それは上記の音楽知識の不足と連動している

 では、体系的な音楽知識を持っているとは思いがたい春香の、開口一番「ハモっていない」という言葉が出てくる音への注意深さ、音楽的聴覚の鋭さはどのようにして養われたのか。それを語るのが、前記の「ある日の風景3」の、就中「友達みんなと」歌っていたというエピソードである。そう、春香はあの公園で、お姉さんと二人だけで歌っていたのではないのだ。すなわち、春香にとって歌うということは、「友達みんなと」ハモりながら歌うのがごく自然なことで、彼女はその中で、周りの人が出す音をよく聴きながらそこに自分の音を合わせる歌い方を磨いていたのだろう。

 再び「ある日の風景3」から、別の側面を見てみよう。
 注目すべき台詞は、「風に乗って歌が遠くまで広がっていく感じがして……」である。これはなかなか凄いことを言っている台詞だ。音が「風に乗って」「遠くまで広がって」いるとは、つまり発した自分の耳元に音が残らない、ということ。これは、音楽演奏技術の根本に関わる問題である。人間は普通、自分が出した音を、自分の耳元での状態でしか聴けない。ところが音楽家がステージで出すべき音とは、広い会場あるいは野外(大抵の場合は、普段自分が練習しているよりもずっと広い空間)で、客席にいる人の耳に届いた時に最良の状態となっている音である。ステージ上で音楽をやるには、自分の耳には聴こえない「客席に届いた状態の音」をイメージすることが必須だ。
 春香の「風に乗って」発言は、なにしろ発言者が春香さんなので夢想的で抽象的な言葉に聞こえるかもしれないけれど、「広い空間で、空間全体での音の広がりをイメージして歌う」という、非常に実際的で具体的なイメージを示すものとして捉えることが可能なのだ。
 レッスン場よりも公園で歌うのが好き、歌っていると人が集まってきた、という発言も、それを補強するものである。すなわち、春香にとって歌とは、狭いレッスン場の中で歌うよりも野外の広い空間の中で歌うのが当たり前。そして、他人を意識して歌を聴かせる、ということもごく当たり前。そうした環境下に最適化された歌唱法が、春香の身につけてきた技術であると想像できる。

 「周りに集まって」きた人たちについては、3択の各選択肢で具体的に語られている。

Good選択肢「褒められた?」

P「もしかして、褒められた?」
春「あっ、はい! そうです♪ えへへ……
  みんなに、拍手してもらって」
春「お姉さんにも、上手だね、よく頑張ったね、
  って、言ってもらえて……」

(中略)
春「みんなが喜んでくれるなら、いつかもっと
 大きなステージの上で歌いたいっ! って……」

(中略)
春「これからも私、もっとたくさんの人たちと
 歌を歌いたいです! 頑張りますね!」

グッドな選択肢についてはあまり言うこともないのだが、最後の台詞が「たくさんの人たち"に"」ではなく「たくさんの人たち"と"」であるのが面白い。

Normal選択肢「叱られた?」

(前略)
春「近所の頑固おじいさんが、『うるさーい!』
  って、カンカンになってやってきて!」
春「あっでも! ある日、そのおじいさんが、
  いつものように怒鳴り込んできた時に…」
春「『うるさいからここではやめてほしいが……、
  少しは上達したようだな、お嬢ちゃん』って」
春「やっぱり怒ってたんだけど……、私ちょっと
  嬉しかったんです。あはは、変ですよね?」
P「いやいや、気持ちはわかるよ」
春「いつか私、あのおじいさんにも来てもらえる
  くらいのすごいステージをやってみたいです!」
P「そうか、目標だね。頑固おじいさんもうならせる
  ような歌を歌えるように、ってことか……」
春「はい! いろんな人に聞いてもらえるような
  歌が歌えるように……、私、頑張りますっ」

ノーマル選択肢の主役は、「歌のお姉さん」に比べると大分マイナーな登場人物、「近所のおじいさん」。注目すべきは、「ある日」「いつものように」来たおじいさんが「少しは上達したようだな」と言ったこと。つまり春香の公園での活動にはかなりの時間的幅があって、かつ、春香が一人で歌っている場合も多くあった。そして春香の歌は、歌い続けている間に明らかに進歩していたのである。

Bad選択肢「聴いてもらえなかった?」

P「もしかして、あんまり聴いて
  もらえなかったのかな?」
春「ううっ、そうなんですよね……」
春「遠巻きに眺めてる人はいても、あんまり聴く
  感じじゃなくて。それがちょっとさみしかったり」
P「歌ってるからには、やっぱり誰かに
  聴いていて欲しいからね。」
春「はい。だけど、『聴いて聴いて!」って風に
  じゃなくって、自然に歌ってれば……」
春「気持ちのいい歌なら、自然と人も聴くように
  なるよ、って、歌のお姉さんに教わって」
P「なるほど、無理せず力まず、
  自然体ってことだね」
春「はい。それで、あまり考えず好きに歌うように
  なってからは、聴いてもらえることが増えて!」
春「うん……少しはみんなに聴いてもらえるように
  なってきたんですけど……」
春「みんなに気持ちのいい歌って、ほんとは
  どんな歌なんだろう♪ って今でも考えてます」

(中略)
春「今の私の歌、お姉さんにも
 聴いて欲しかったのになぁ」
(後略)

 Badな選択肢で語られる「歌のお姉さん」一門とギャラリーの関係は、一見するとGoodでの状況と全然違うが(もっとも「遠巻きに眺め」られていることと「褒められて」「拍手して」もらえることは両立しなくもないが)、Normal選択肢で語られる時間の幅を考えれば、矛盾しないことがわかる。そしてこの「聴いてもらえかった」場合においても、常に聴衆がいる中で聴衆の反応を意識して歌っていたことが明確に示されている。
 Badな選択肢の後段は、歌のお姉さんの指導方針に触れている。Pが要約した「無理せず力まず、自然体」という言葉もまた、単に観念的な歌への取り組み方を述べているのではなく、発声の身体操作に関する具体的方針であると捉えられる。春香は千早のように歌唱のための身体づくりをしているわけではないので、MAXの声量や音域にははっきりと限界があるだろうが、その範囲内で、もっとも無駄なく自然に音を響かせようとするのが、春香の歌唱技術の方向性であると考えられる。
 ライブなどでの本番前の課題が緊張をほぐすことであるのが多いこと、「自然体で歌う」系の選択肢が正解になることが多く、「大声を出す」系の選択肢を選ぶとまずグッドにはならないことなどは、もちろん春香の個性でもあるのだけれど、上記の技術・経験的裏付けを伴ったものだと言えよう。
 ここで、「ある日の風景3」の、先程触れなかった2択選択肢「外で歌うのはちょっと……」を見よう。

(前略)
P「外で大声で歌うと、喉を悪くしたり風邪引いたりしないかな、と」
春「大丈夫だと思ってますけど……気にしたほうがいいのかなぁ」
(後略)

とある。もうおわかりだろう。春香はこれだけ長い間公園で歌ってきても、そのせいで喉が悪くなるような経験はしたことがない。春香にとって外で歌うということは、決して「喉を悪く」する「大声」で歌うことではないのだ。
 このやりとりも踏まえて、「ある日の風景3」コミュ観察の締めくくりとして、もう一度コミュ冒頭の会話を読もう。

(あれ、公園の向こうから歌声が聞こえる。
 行ってみよう……)
春「あっ、プロデューサーさん。
  どうしたんですか、こんなところで?」
P「春香こそ。今、ここで何か
  歌ってなかったか?」

Pが歌声を聞いたのは二人が互いを視認していない位置関係にある時で、しかもPが歌い手の正体を確認する前に春香は歌いやめていた、ということが明示されている。そして、「公園の向こうから」「行ってみよう」という文からしてもそれなりに離れた場所から聞こえていた春香の歌を、Pは「外で大声で」歌っていると認識した。それだけPの耳には、春香の(遠距離からの)歌声が響いて聞こえていたのだが、当の春香は大声を出したなどとは思っていなかった。現に、息を切らせている訳でもなく平然とPに話しかけてきたわけだ。
 すなわちここでPが聞いた歌声こそ、「公園」「歌のお姉さん」「周りの人たち」という環境下で磨いてきた、春香の歌唱技術の賜物だったのである。

 春香の歌唱技術を考えるにヒントになるコミュはまだいくつかあるが、とりあえずは二つのコミュの観察結果で結論づけてしまおう。

・耳の鋭さ。また耳を使うことへの意識の高さ。特に和音やアンサンブルに関する感覚が鋭いと推定される。
・広い空間で歌うことへの意識、またそれに最適化された歌唱法
・力まず自然に発声する身体操作技術
・上記いずれも、体系的・理論的に理解して身につけたものではなく、体得的・直感的に習得していること

 こうして見てくると、「歌のお姉さん」の影響力の大きさとその存在の異常さ(彼女のやっていたことは、明らかに「歌の好きなお姉さんが一緒に歌って遊んでくれた」というレベルではなく、一定のポリシーに基づいた音楽教育であったように思える)が浮き彫りになってくるが、それはさておく。
 では、上記のような特性を持った春香の歌唱において、逆に弱点となっている部分はどこだろうか。それは最大の強みでもある、全ての技術を体系的にではなく体得的に身につけている、という部分だ。これは歌に限ったことではなくて、春香コミュ全般に指摘できる。コミュで「今できないことを訓練してできるようにならなくてはならない」シチュエーションになった時、春香は決まって「プロデューサーさん、特訓しましょう!」という行動パターンに走る。何をすればいいのかはよくわからないけれど、とにかく「特訓」をしてすっごく頑張ればできるはず! 
 これは春香に、これができるようになる為にはこんな技術を身につける必要があり、そのためにはこういった練習をしなければならない、という筋道だった訓練法を考える習慣が無いことを意味している。その点で、無印コミュの春香において、手綱をとって目的到達への道を示す人間の存在は確かに必要である。
 春香と対称的な技術習得パターンで歌を習得してきたのが、千早である。「腹筋200回」に象徴されるように、千早は春香に無い、筋道を立てて目的を要素技術に分解して習得していく訓練法に熟練した歌い手である。端々で披露される音楽知識・技術の高さだけでなく、コンクールを総なめにしてきた経歴(すなわち、コンクールを受けることが可能になるような環境と指導の下で訓練されてきた)からしても、彼女が体系だった音楽教育を受けてきたのは間違いない。
 私個人が、どちらかというと千早に近い、目的を要素に分解していく思考をする人間なのでわかるのだけれど、このタイプはこのタイプでどこかで必ず壁にぶつかるので、春香は千早的な学び方を、千早は春香的な学び方をどこかで身につけないと、歌い手としてはいずれ成長が止まるんだろうな、と思ったりする。まあ、本来千早が設定的に所持している最強の歌唱能力は、千早的学び方と春香的学び方の両方が統合された先にしか存在し得ないと思うのだけれど、なにしろ初期状態の千早は、なんというか精神がおかれている環境が異常きわまりないので。
 ちなみに上で述べた私の考える春香と千早の違いは、あくまでトレーニングの思考法についてであって、ステージ上での歌唱表現に直結する話ではない。

 初期能力値の話に戻る。
 天性の才能に恵まれた人間が持てる時間をフルに使って専門訓練をしてきた結果が、千早のVo初期値30。そして、体系的な訓練を受けていない人間が個人的に歌ってきて到達できるカンストに近い値が、春香の初期値18。 そう考えれば、律子の初期値26という数字がいかに恐ろしいか。相当の訓練と千早に匹敵するか上回るクラスの才能がないと到達し得ない数字だ。しかも律子がまさに化け物なのは、これでDaは真、Viは伊織・美希に匹敵する能力値を持っていること。
 律子にアイドルの個人能力面で誰かのライバルとしてスポットが当たる場面ってあんまり見た覚えがないけれど、特に同じ早熟型で、VoとViにアイデンティティをかけて能力を磨いてきた千早と伊織にとっては、特別な背景なしで最初から彼女たちに匹敵する(または準ずる)能力を備えていた律子は、ライバルというか脅威そのものだったんじゃないかと思う。

 いい加減長くなってきたが、ここまで確認してきたことの仕上げとして、千早と春香は互いの歌に対してどんな意識を持っているのかを想像してみたい。
 まず春香は間違いなく、千早の歌を意識しているであろう。その理由は、単に初期状態で自分より圧倒的に上手い歌い手だから、ということだけではない。再三強調してきたように、春香の歌唱能力には「聴く」能力が大きな要素を占めているからだ。春香の聴き手としての能力の高さは、例えば下記の「ライブ鑑賞(勉強)」コミュでも示されている。

ぷげらっちょP アイドルマスター はるかっか 41


初めて聴くジャンルのライブを鑑賞して、「夢中で聞き入っちゃう」「前のめりで見入っていた」(ついでに言えば、それがすぐ、自分もこんな歌を歌いたい、という欲求に直結する)のが春香。だから千早の歌に対しても、誰よりもその歌を楽しみ、その才能の真価を理解し得るのは春香以外ありえないのだ。従って春香にとって、千早が特別な存在であるのは間違いない。それがコンプレックスという形になるかどうかについては、現時点ではノーコメント、というか保留する。
 では、千早にとって春香の歌はどんな存在なのか? 千早から見れば、初期状態での(律子以外の、もしくは律子すら含めて)765プロメンバーの歌など、誰を聴いてもへたくそで欠点ばかりが見えて仕方がない筈である。春香もまず例外では有り得ない。千早が自他に要求するレベルの高さを思えば、春香ですら千早にとっては問題外。が、おそらくは765プロの中で唯一、歌唱において千早も持たない能力を所持しているのが春香なのだ。
 その能力とは、またしても「聴く」能力である。周りの音を聴いてそこに自分の音を溶け合わせることに長けた春香に対して、初期状態の千早は、少なくとも春香のような形でそれを行なう能力はない。何故ならばこれはソリストには必ずしも必須ではなく、合唱・合奏においてもっとも重要視される能力だからだ。

・ギルツ・P 千早ABコミュ最終話ミーティング


 私は、千早が合唱部に馴染めなかったことを打ち明け、「得るものは、ほとんどありませんでした」と発言したこのエピソードは、単に人間関係を円滑にできなかったこと、意見が合わなかったことだけを物語るのではなく、千早には、ソリストの歌唱技術とは根本的に別の要素を要求される合唱の歌い方が理解できず、合唱の楽しさも理解できなかったことを意味すると思っている。

 千早という歌い手は、全てが自分を中心に設計されたチームでしか生きないジダンやリケルメのようなもので、しかもタチの悪いことにこのジダンは、それ以外の環境でプレーした経験がなく、それ以外にサッカーのやり方があると想像することすらできなかったのだ。
 千早に欠如した、マケレレやサネッティ的な能力を豊富に持っているのが春香。従って初期状態の千早と春香にデュエットする機会があれば、ごく自然に千早が主導して春香が寄り添う形になるだろうけれど、そこで寄り添ってくる春香の能力の真価を理解できるのもまた、千早を置いてない。千早が、自分の歌になく他人の歌にある要素にどれだけ敏感であるかは、例えば千早の「ライブ鑑賞(勉強)」コミュでも示されている。

ドランクP アイドルマスター 千早 コミュ D ライブ鑑賞(勉強)



 そんなこんな。ふう。まあ結局何が言いたかったのかというと、春香さんの歌は凄いんですよっと。春香と千早の関係については、まだ面倒な話がどっさりとあるし、どちらかというとそれはニコマスの実作に依って語りたいので、今の時点で結論は出しません。
 ついでに。「ある日の風景3」一つとっても、「歌のお姉さん」「近所のおじいさん」「友達みんな」「周りの人」あと省略したけれど「ケンカした友達」とこれだけ多くの人が関わってくるのが春香コミュの世界。春香の居る世界において、「アイドル天海春香」でもなく「プロデューサーの前の春香」でもない日常生活の持つ意味は、極めて大きい。二項対立だけで春香を考えていると、見えなくなるものもたくさんあるんじゃないかな、と個人的には思っています。

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非公開コメント

拍手。

素晴らしい記事です。
常々感じ、考えていた事が同好の士の筆によって
書かれた事がとても嬉しいです。

春香の歌は、みんなの為の歌。
千早の歌は、誰かひとりの為の歌。

そして、個人的には、比較対象に律子が出てきて嬉しかったです。
アイマスのキャラクター達は本当に、それぞれ魅力的ですよね。

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No title

すごい! すごくいい記事でした!
なんていうか、やっぱアイマスのコミュって
いろんなことを忍ばせてあるんだなって。
一生もんですね、ホント。

No title

凄く興味深い考察でした。
春香と千早の歌の対比をここまで納得のいく形でしてくれるとは……
素晴らしい記事をありがとう!

実際公式がどこまで考えてコミュ作ってるのかはわかりません。
でもここまで掘り下げてもまだまだ底がありそうな辺り、
やっぱりアイマスには物凄い可能性が詰まっていると再確認できました。

ガルシアPへ

ガルシアP、コメントありがとうございます!

お褒めにあずかり光栄です。
律子については自分の不勉強もあって詳しく触れることはかないませんでしたが、
CDレコーディングの様子→ぶたP「才女と豚41」http://www.nicovideo.jp/watch/sm437613
を見ると、どんな音作りをするか、などと春香や千早以上に具体的なイメージで話をしていたりして、
とても興味深いものがあります。そこで律子と対等に協力できるPも、春香のレコーディングの時のPとはまたちょっと違う雰囲気があります。各アイドルの個性に付き合っていく中で、ゲーム中のPにもまた担当アイドルごとの個性が生じていくのかもしれませんね。

本当に、一人一人に知れば知るほど深い魅力があって、楽しいものです。

非公開コメントの方へ

コメントありがとうございます!

知識も考察も実に生半可で甘い拙文に、このようなお言葉をいただけまして、嬉しく、また恥ずかしい限りです。
またその知識不足故、具体的に描写できなかった箇所につきまして、貴重なご教示ご指摘をいただけまして、大変勉強になりました。なるほど、そう解説をいただきますと、千早ならばいかにもそんなことを考えそうですね。

未熟者のブログではありますが、御高覧、まことに有り難く思っております。

cha73さんへ

cha73さん、コメントありがとうございます!

cha73さんの大艦巨砲真語りに、毎回のたうち回って嫉妬しつつ楽しんでいる身として、
このようなお言葉をいただけるのは何よりの宝です。

どれだけ見て考えてもまだ尽きることのない発見がある。本当に、一生ものだと思います。

胡桃坂さんへ

胡桃坂さん、コメントありがとうございます!
とても嬉しいお言葉です。

確かに、公式がどこまで意図して作っていたかはわからないわけで、けれども
いくらでも掘り下げることが出来て、掘り下げたいと思わせてくれるゲームが
ここにある。おっしゃる通り、物凄い可能性が詰まった存在だと思います。

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