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9月のニュース解説


ニソア広場の乱射事件の刑事裁判が結審へ

2014.9.3


 military.comによれば、2007年9月16日にイラクのニソア広場(the Nisoor Square)で、民間軍事会社ブラックウォーター社の武装警備員4人が発砲し、30人以上のイラク人が死傷した事件の刑事裁判が、10週間の審理のあとで結審します。

 警備員の一人、ニコラス・スラッテン(Nicholas Slatten)は第一級殺人罪で有罪になれば、終身刑になります。他3人の警備員、ポール・スロース(Paul Slough)、ダスティン・ハード(Dustin Heard)、エヴァン・リバティー(Evan Liberty)は、銃撃とその他の重罪で有罪ならそれぞれ最低30年間の禁固刑になります。
 
 不可逆的な機能障害となった銃創の恐ろしさを理解させるために、検察官はイラク人の目撃者1人に、陪審員(女性8人、男性4人)に傷を示すために服を一部脱がさせました。12人の陪審員団は少数の退役軍人と政府職員を含みます。

 検察官の穏やかな質問の下で、別の目撃者は、9歳の彼の息子が殺されたことを説明する時、頭を下げ、感極まって泣きました。銃撃が止まった後で、彼は後部ドアを開けました。息子の脳は彼の足元へと抜け落ちたと、彼は言いました。「私にとって、世界は暗黒になりました」と、彼は通訳を通じて言いました。

 犠牲者の中には仕事を探しにバグダッドに行った運の悪い農民がいました。彼は負傷し、一緒だった従兄弟2人が殺されました。

 別の犠牲者は信心深い母親と彼女の娘でした。彼女たちは、聖地を訪問するために旅行の書類を申請するためにニソア広場にいました。母親は死ぬ直前、娘の命を救おうとするかのように、娘の頭をつかみ、膝の間にかくまいました。

 検察官は60人以上の目撃者を喚問し、弁護側は4人を喚問しました。しかし、見かけ上の証人の不均衡は全体像を語りません。一部の検察側証人は4人の警備員に有利と判明しました。

 被告4人の弁護人は、広場で武装勢力がブラックウォーター社の車両に発砲し、警備員は適切に反撃したと主張しました。検察官は、ニソア広場で銃撃はなかったと主張しました。

 先週の最終弁論で、検察官、アンソニー・アスンシオン(Anthony Asuncion)は、殺人罪で起訴された警備員、スラッテンは「銃撃の嵐を着火したマッチの火をつけた者」と言いました。アスンシオン検事は、スラッテンは第一撃を放ち、警備員の車列に向かって広場を通り過ぎていた車の運転手を殺したと言いました。

 スロースの弁護士、ブライアン・ヘバリッグ(Brian Heberlig)は、スラッテンは第一撃を撃たなかったと反論しました。「私の依頼人のスロースが第一撃を撃ちました」とヘバリッグは言いました。スロースは接近する車のエンジンを撃ち、運転手や乗客は撃ちませんでした。エンジンを撃つことは、そうした状況で行うよう訓練されていることだとヘバリッグ弁護士は言いました。

 検察官は徹頭徹尾、事件を間違えて捉えているとヘバリッグは言いました。「ニコラス・スラッテンはその車の運転手を撃っていません」。

 ヘバリッグは別の元ブラックウォーター社警備員のジェレミー・リッジウェイ(Jeremy Ridgeway)が運転手を殺した銃弾を撃ったと言いました。リッジウェイは検察官の主要な証人の一人で、この事件で有罪となっています。

 検察官はスラッテンが狙撃スコープを覗き、運転手のクローズアップ像を見たと主張しました。スラッテンの弁護士、トーマス・コナリー(Thomas Connolly)は、証人が誰かスラッテンが狙撃スコープを覗いていたと言ったかと陪審員に問いかけました。「彼らは単にそれを詰め込もうとしているだけです」とコナリーは陪審員に言いました。

 これとは別に、多数の検察側証人は銃撃があったについて、弁護側を支持しました。

 元ブラックウォーター社警備員のケビン・ローデス(Kevin Rhodes)は、その日、銃声を聞いた途端、警備車両の一台のラジエータから液体が吹き出るのを見たと証言しました。彼は、それが銃声はラジエータに命中した銃撃だと信じさせたと言いました。

 反証で、パトリック・マーティン検察官(Patrick Martin)は陪審員に、ラジエータ上の痕はM203グレネードによってついたように見えると言いました。ブラックウォーター社警備員はニソア広場事件の前日に、そうした弾を何発か発砲していました。


 記事は一部を紹介しました。

 ニソア広場の事件は、何度も当サイトで取り上げました(関連記事はこちら )。 その刑事裁判が、遂に結審するとのことです。

 しかし、状況は検察側に悪そうです。当初、目撃者は武装勢力の攻撃はなかったと報じられていましたが、目撃者の一部が攻撃があったことを証言したようです。それが事実とされるなら、攻撃の程度に関わらず、応射したことは正当防衛とみなされるかも知れません。

 記事も奥歯に物が詰まったかのように、はっきりと裁判のポイントを書いていないように感じられます。もっと重要な証言が数多く出ているはずで、それらが記事から抜けているように思えるのです。

 殺人罪に問われているスラッテンが運転手を撃ったかは極めて重要です。リッジウェイが撃ったとする証拠があるのなら、リッジウェイの裁判で出ているはずですが、それらは引用されていません。普通、そうした情報は併記されることが多いのですが、この記事にはありません。

 military.comは民間メディアで、大手民間軍事会社をあまり批判することは、営業上好ましくないと考えているのかも知れません。そうだとすれば、それはジャーナリズム精神に反します。 もっと重要な証言が本当に存在しないのか、非常に気になっています。

 M203グレネードはM-16小銃に取り付ける擲弾筒発射機で、手榴弾程度の火薬を詰めた爆発体を発射します。外国で起きた事件のため、傷がついた車を鑑識が調べていないのかも知れません。それだと、この主張は認めることがむずかしくなります。ラジエータの冷却水が減っていたかなどは調査が行われていないのでしょうし。

 陪審員たちはイラク人の証人が攻撃があったと言ったことを尊重し、警備員たちの行動は攻撃に対する反撃とみなすかもしれません。攻撃がなかったとみなされる場合、「誤想過剰防衛(mistaken self-defense)」が適用され、故意性は問わないものの、犯罪として認定されるという考え方もありますが、1992年にルイジアナ州バトンルージュで日本人留学生が侵入者と誤認されて射殺された事件でも、被告は刑事事件で無罪となりました(民事裁判では被告が負けました)。こういう考え方が支配的なら、被告たちが無罪になる可能性は高いでしょう。ルイジアナ州は南部で、ニソア広場事件の裁判はワシントンで行われていますから、土地柄の違いで有罪判決が出る可能性も否定はできません。

 これが正当防衛だったとしても、誤って撃たれた人たちの悲劇が、我々が一生かかっても体験しないようなものだったことを、我々は理解しておく必要があります。武力攻撃の生む結果を考えない者に戦争を語る資格はないのです。

 


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