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日記

phasonの日記: CPUをグラフェンで冷やせ! 2

日記 by phason

"Graphene-Multilayer Graphene Nanocomposites as Highly Efficient Thermal Interface Materials"
K.M.F. Shahil and A.A. Balandin, Nano. Lett., in press (2012).

飲みながら書いているので,妙な間違いなどが有るかも知れませんがご容赦ください.

CPUに代表される近年の高機能半導体素子は高集積化と共にとんでもない電力を消費するようになり,必然的に廃熱処理の重要性が増してきている事はここをご覧の多くの方には説明するまでもないだろう.このような高発熱のチップから排熱部,つまりはヒートシンクへの熱伝達をうまく行うには,チップとヒートシンクの間を熱抵抗の小さい樹脂(またはグリス)などで埋めてやる必要がある(CPUパッケージとヒートシンクの間もそうだが,CPUパッケージ内のダイそのものとヒートスプレッダを接続する樹脂もこれに当たる).当然のことながらチップの表面やヒートシンク表面は完全な平面ではなく,(特に後者の表面には)微妙な凹凸が存在する.このため単にヒートシンクとチップを押しつけただけでは接点の面積が小さくなり熱伝導が悪い.そこで溝を埋め実効的な接触面積を増やすために樹脂やらグリスやらが使われるわけだ.

さてこのグリス,当然ながら熱抵抗が低ければ低いほどよい.単なるシリコングリスや樹脂は熱伝導性があまり良くないため,通常ここに熱伝導性の高いものを混ぜ込んで使用する.これがフィラーと呼ばれるもので,熱伝導性の高い素材,例えばアルミナや銀,カーボンなどの微粒子が用いられる.熱はフォノン=格子振動,または金属における伝導電子によって伝えられるので,格子振動が高速で伝わる=硬い物質(ダイヤモンドやグラファイト,アルミナなど)であるとか,伝導電子が素早く移動できる材料(銅や銀)と言ったものが熱伝導性が高い.当然ダイヤモンド粉末だの銀粉末を多量に含むグリスが最も高機能なわけだが,これではコストがかかりすぎるので,工業製品としてはこれらの素材を10-20%程度混ぜ込んだものがよく使われる.この際のtypicalな熱伝導度は1-5 W/m⋅K程度である(ちなみに普通のシリコングリスが1W/mK弱程度).

さて話は冒頭に戻るが,最近はCPUなどの発熱密度が高いことから,より高性能なグリスが求められている.そこで一時期注目されたのがカーボンナノチューブを混ぜ込んだ樹脂である.カーボンナノチューブ単体の熱伝導率はダイヤモンドの倍,銀の10倍にも及ぶことから,これを混ぜ込むことで超高機能なグリスが出来るものと期待され多くの研究が行われた.
ところが,である.ナノチューブを混ぜ込んだ樹脂は,実はアルミナだのニッケルだのを混ぜ込んだ樹脂とほとんど変わらない程度の性能しか発揮できなかったのだ(ただし混合量は10wt%程度).その後様々な計算や解釈が行われたが,どうもナノチューブ単体の内部での熱伝導は高いものの,グリス本体である樹脂からナノチューブへの熱伝達が悪いのではないか?と言うことが明らかとなってきた.ナノチューブは擬1次元系であるから,フォノンはその方向へしか成分をもてない.ところが周囲の媒体は3次元であり,3軸方向の成分を持つ.この不整合により,媒体を伝わってきたフォノン(こいつが熱を伝達する)は樹脂とナノチューブの界面で散乱されてしまい,ナノチューブ内に十分エネルギーを伝えられていないというのだ.ナノチューブ内にフォノンが入りさえすれば熱伝導率が高いとはいえ,門前払いを食らっているのではそりゃ熱も伝わらない.この界面での熱抵抗(カピッツァ抵抗と呼ぶ.光学で言うところの屈折率が異なる媒体で光が反射されるのと似たようなものである)により,ナノチューブでグリスの性能アップ!という夢はもろくも崩れ去った.
#あと,ナノチューブは値段が高いしね.

そして現在である.近年になり,1次元系のナノチューブではなく,2次元系のグラフェンというものが注目を集めるようになっている.様々な研究が行われた結果,グラフェンは製造のコストも非常に安くなった.そこで今回の論文では,そういったグラフェンを樹脂に混ぜ込んで何とか高性能のグリスを作ってやろう,と言うことを試みている.
グラフェンの利点は何か?まず一つ目は,ナノチューブに迫るほどの単体での熱伝導率の高さである.まあこれはカーボンナノチューブの基本構造がグラフェンを丸めたものなのだから当然と言えば当然か.次にナノチューブと決定的に違う点として,2次元の系であると言うことが上げられる.ナノチューブが1次元であるがゆえに周囲の樹脂からやってくるフォノンを受け入れられなかったのに対し,2次元のグラフェンならもうちょっとマシになっていると考えられる.そして最後が,(ナノチューブよりは)安いと言う点である.例えば今回実験で用いられているのは,グラファイトを界面活性剤の存在下で超音波洗浄機にかけただけのものである.これだけでグラファイトの表面からグラフェンが剥離してくる.真空中での熱分解を必要とするナノチューブに比べればだいぶ楽な製法だ.

そのようにして作成したグラフェンを樹脂に1-10%程度混ぜ込んで熱伝導率を測定したところ,ナノチューブを大きく超える熱伝導率が達成された.特に単層グラフェンと多層グラフェンを同時に混ぜ込んだもので効果が高く,10wt%混ぜ込んだだけで樹脂の熱伝導率が5W/mKに達した.これは樹脂単体の値の24倍に相当しており,アルミナを60%混ぜ込んだ系などをも超える値である.実験結果を古典的な熱伝導モデルで解析し過去に報告されているナノチューブの場合と比較すると,顕著に異なっていたのはやはり界面抵抗であった.樹脂からナノチューブへの界面抵抗が8.3*10-8m2K/Wなのに対し,グラフェンの場合は3.7*10-9m2K/Wと1桁以上界面での熱抵抗が小さい.つまり,グリス本体である樹脂からグラフェンへと効率よく熱が伝わり,グラフェン中を高速に熱が拡散することでトータルでの熱抵抗が低くなっているわけだ.単層グラフェンと多層グラフェンを同時に混ぜ込んだ場合に一番効果が高い点に関してははっきりしていないが,理論計算からすると多層グラフェンの方がグリス本体からのフォノンの侵入が容易であること,一方単層グラフェンの場合は同じ重量でも枚数が増え,多数の粒子が混ぜ込まれているのと同じ効果になること,という二つの兼ね合いから,ほどほどに混ぜた方が効果が高い,と言うことなのだろう.
この系の特に素晴らしい点は,わずかな混合でも効果が高い,と言う点である.例えば金属粒子やアルミナを20%程度混ぜ込んだ系と同じ程度の熱伝導率を実現するには,グラフェンをわずか2%混ぜれば良いだけだ.たった2%で良いと言うことはつまり,樹脂の低粘性や塗りやすさを維持したまま熱伝導率だけ上昇できると言うことに等しく,実用上の利点となる.
また,熱伝導率が高いにもかかわらず電気伝導率が低いままである点も見逃せない.通常よく使われる金属などのフィラーの場合,熱伝導率を上げるにはかなりの量のフィラーを混合する必要があるが,そうするとグリス自体が伝導性となってしまいショートを引き起こす恐れが生じる.ところが今回の研究によれば,グラフェンを10%混ぜて熱伝導性を非常に高くした系においても,伝導性は元の樹脂並みに低いままだったのである.これもまた実用的には利点となる.

まあ,ナノチューブよりはよほど安価とはいえ,グラフェンもまだ高価な材料であることには変わりなく,そうそう大規模に使われるとも思えないが,実用化が楽しみではある.
なお著者らは一種のデモンストレーションとして,市販の熱伝導性グリースにグラフェンを2%混ぜ込むことにより,14 W/mKという相当高い熱伝導度を持つものも作り出している.市販の普通のグリスだと1 W/mK,高性能品で5 W/mK,銀をかなり配合したものでも10 W/mKであるから,こういったもの(どれを使ったのかは定かではない)に2%混ぜるだけで14 W/mKを達成したならなかなか大したものである.

余談であるが,筆頭著者はこの論文を書いたときにはGlobal Foundries(旧AMDの製造部門)にインターンシップで行っていたらしい.で,今の所属はIntelだとか.
……ですよねー.そりゃまあ,どっちにでも行けるならそっち行っちゃいますよねぇ.

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  • カーボン系のナノ材料はアスベストと似た特性があるそうなので、
    人体への毒性も考えないといかんのでしょうけど、それにしても高い性能ですね。
    導電性が低くてショートしにくいというのも意外な感じがしました。

    • >カーボン系のナノ材料はアスベストと似た特性があるそうなので

      この辺は,「ナノチューブの形がアスベストに似てるから,毒性的に似てるんじゃない?」とかその辺が発端だったと思います.
      ただ,その後の研究から見る限り,アスベストのような発癌性は無い見込み.

      アスベストの毒性の起源は中に含まれる金属類に関係するのではないか?と言われているので,金属をほぼ含まないカーボンナノチューブで毒性が出ないのはまあ妥当かも知れません.

      もっとも,カーボンナノチューブ自体の毒性に関しては「弱いけどありそう」派と「なさそうな感じ」派がいてまだ決着が付いていなかったと思いますので,その辺は考慮が必要ですね.

      一方の今回の研究で用いられている素材ですが,グラフェンということでぺらぺらのシート状(ミクロンオーダー)であり,細いナノチューブに比べれば体内への侵入はしにくそう(=毒性は出にくそう)な気がします.気がするだけでちゃんとは調べていませんが.

      >導電性が低くてショートしにくいというのも意外な感じがしました。

      これは確かにそうなんですよね.著者らも結構意外だったようです.ただ論文中でも述べられているのですが,まず入れている量が結構少ないこと(最大10%.金属粒子を混ぜ込んだグリスなどでは,同じような特性を出すために50%だの80%だのと言った多量の金属が混ぜ込まれており,それに比べれば伝導性が出なくても全く不思議ではない),そして,熱は混入したもの同士が離れていても間の樹脂を通して流れるのに対し,電流は混ぜ込んだ導電性物質が端から端まで連結していないと流れないこと,という点から,「まああってもおかしくはないだろう」と結論しています.

      ナノチューブなどですとナノチューブ同士が凝集しやすいため導電性のパスが繋がりやすくなるのに対し,グラフェンは比較的分散しやすいことなども効いているのかも知れません.

      親コメント
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ハッカーとクラッカーの違い。大してないと思います -- あるアレゲ

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