2009年 05月 10日
つわりのひどかった母親から生まれた子のIQが高かったという調査結果 【オリジナル表追加】
つわりは妊娠の初期にかなり多くの母親が経験することだそうですが、ほとんどのケースにおいて母親や胎児の生命にかかわるようなことにはならないので、「病気」としてはあまり真剣に研究されておらず、その原因もさらには「治療法」も確立したものがありません。
直近の原因としては胎盤が作る生殖腺刺激ホルモンなどによるアンバランスが原因ではないかと推測されているが、はっきりしてはいません。
つわりはダーウィン医学のお得意科目のひとつで、つわりが起こるのが妊娠初期で胎児のからだが作られる時期にあたるので、その時期に胎児に有害な毒物や細菌などを母親が摂取するのを防止するために進化してきた有益な性質だというのが、ダーウィン医学の主張です。その証拠としてつわりのひどい母親とつわりのない母親の流産率・死産率に有意な差があるという研究結果があります。
確かに、ひどいつわりを経験している妊婦さんにとってはいろいろなものが食べられなくなるだけではなく、夜も眠れないという症状を訴える方がいるようで、病院では薬を処方することもあるようです。しかし、つわりの特効薬として1950年代の後半から広く用いられたサリドマイドによって、世界中でたくさんの手足に奇形を持った子が生まれ、つわりが起こる時期が胎児のからだ作りのデリケートな時期であることが明らかになってから、世界的につわりの薬剤治療は敬遠される傾向にあるようです。しかし、カナダでは Diclectin という商品名でドキシラミンという薬剤がひろくつわり対策に処方されているのだそうです。
良く効くのだそうですが、サリドマイドの経験やアメリカでは睡眠薬としては認可されているもののつわり改善薬としての処方は禁止されているようなので、心配している母親もたくさんいます。
先日、The Journal of Pediatrics(小児科学ジャーナル)に発表されたカナダの研究者による論文は、こうした背景のもとで、カナダで使われているつわり治療剤 Diclectin が安全であることを強調するために出されたような気配の感じられる論文です。
doi:10.1016/j.jpeds.2009.02.005
Long-term Neurodevelopment of Children Exposed to Maternal Nausea and Vomiting of Pregnancy and Diclectin (妊娠期につわりのあった母親から生まれた子供の脳の発生と処方されたDiclectinの影響を子どもがかなり成長してから調べた調査)
NewScientistでは、その内容をかみくだき、ジャーナリスティックに解説しています。
Morning sickness may be sign of a bright baby (つわりは賢い子どもが生まれるサインかもしれない)
上の論文では、妊娠期から子どもを追跡調査して、母親が妊娠初期にひどいつわりを経験したかどうか、あるいはその時に Diclectin を処方されていたかどうかと、その後に生まれた子供達が3歳から7歳になった時に行ったIQテストの結果を比較しているのですが、その結果がひどいつわりを経験した母親から生まれた子供達のIQがつわりを経験しなかった母親から生まれた子供達よりも高く、しかもつわりのひどさとIQの高さにも相関があったという結果を示しているようなのです。(現時点では、論文の要旨にしかアクセスができませんので、生データはみておりません。)
論文ではそのことよりも、 Diclectin の処方によって、奇形の出現などはもとよりIQの低下などの影響もまったく出ていないということを強調したかっただけなのでしょうが、ある意味予想外の結果が出て、とまどっているのかもしれません。論文要旨の結論にはこのように書かれています。
ダーウィン医学が主張するように、つわりは母親にはつらくとも、健康な子どもを生むための有益な性質だということでポジティブに受け入れるという意味においては、つわりのひどいお母さんも「このつらさが、高いIQの子どもを育てているのだ」と考えることで、少しでも楽になるのだとしたら有意義な研究だと言えるのかもしれません。
ただ、その他の子どもの健康を示す指標はたくさんあるはずなのに、今回測定したのがIQというのが、人々の弱みにつけ込むような気がしてちょっと気になったところではあります。
【追記データ】
大学からだと全文にアクセスできましたので、子どもに行ったさまざまな「脳機能検査(?)」に対して、つわりのあってDiclectinを投与された母親とされなかった母親、それにつわりのなかった母親の子どもをグループに分けて比較した表を追記します。このデータを読み解くには、検査への理解と統計学への理解が必要なので、私からは安易な感想は出さないでおきますが、ご意見のある方のコメントを歓迎します。数値を読むには表をクリックして拡大してください。

直近の原因としては胎盤が作る生殖腺刺激ホルモンなどによるアンバランスが原因ではないかと推測されているが、はっきりしてはいません。
つわりはダーウィン医学のお得意科目のひとつで、つわりが起こるのが妊娠初期で胎児のからだが作られる時期にあたるので、その時期に胎児に有害な毒物や細菌などを母親が摂取するのを防止するために進化してきた有益な性質だというのが、ダーウィン医学の主張です。その証拠としてつわりのひどい母親とつわりのない母親の流産率・死産率に有意な差があるという研究結果があります。
確かに、ひどいつわりを経験している妊婦さんにとってはいろいろなものが食べられなくなるだけではなく、夜も眠れないという症状を訴える方がいるようで、病院では薬を処方することもあるようです。しかし、つわりの特効薬として1950年代の後半から広く用いられたサリドマイドによって、世界中でたくさんの手足に奇形を持った子が生まれ、つわりが起こる時期が胎児のからだ作りのデリケートな時期であることが明らかになってから、世界的につわりの薬剤治療は敬遠される傾向にあるようです。しかし、カナダでは Diclectin という商品名でドキシラミンという薬剤がひろくつわり対策に処方されているのだそうです。
良く効くのだそうですが、サリドマイドの経験やアメリカでは睡眠薬としては認可されているもののつわり改善薬としての処方は禁止されているようなので、心配している母親もたくさんいます。
先日、The Journal of Pediatrics(小児科学ジャーナル)に発表されたカナダの研究者による論文は、こうした背景のもとで、カナダで使われているつわり治療剤 Diclectin が安全であることを強調するために出されたような気配の感じられる論文です。
doi:10.1016/j.jpeds.2009.02.005
Long-term Neurodevelopment of Children Exposed to Maternal Nausea and Vomiting of Pregnancy and Diclectin (妊娠期につわりのあった母親から生まれた子供の脳の発生と処方されたDiclectinの影響を子どもがかなり成長してから調べた調査)
NewScientistでは、その内容をかみくだき、ジャーナリスティックに解説しています。
Morning sickness may be sign of a bright baby (つわりは賢い子どもが生まれるサインかもしれない)
上の論文では、妊娠期から子どもを追跡調査して、母親が妊娠初期にひどいつわりを経験したかどうか、あるいはその時に Diclectin を処方されていたかどうかと、その後に生まれた子供達が3歳から7歳になった時に行ったIQテストの結果を比較しているのですが、その結果がひどいつわりを経験した母親から生まれた子供達のIQがつわりを経験しなかった母親から生まれた子供達よりも高く、しかもつわりのひどさとIQの高さにも相関があったという結果を示しているようなのです。(現時点では、論文の要旨にしかアクセスができませんので、生データはみておりません。)
論文ではそのことよりも、 Diclectin の処方によって、奇形の出現などはもとよりIQの低下などの影響もまったく出ていないということを強調したかっただけなのでしょうが、ある意味予想外の結果が出て、とまどっているのかもしれません。論文要旨の結論にはこのように書かれています。
Conclusions結論: つわりは子どものIQを高める影響がある。つわり治療薬の Diclectin は胎児の脳の発達に悪い影響を与えないように思われるので、つわり治療薬として使われることに問題はない。
NVP has an enhancing effect on later child outcome. Diclectin does not appear to adversely affect fetal brain development and can be used to control NVP when clinically indicated.
ダーウィン医学が主張するように、つわりは母親にはつらくとも、健康な子どもを生むための有益な性質だということでポジティブに受け入れるという意味においては、つわりのひどいお母さんも「このつらさが、高いIQの子どもを育てているのだ」と考えることで、少しでも楽になるのだとしたら有意義な研究だと言えるのかもしれません。
ただ、その他の子どもの健康を示す指標はたくさんあるはずなのに、今回測定したのがIQというのが、人々の弱みにつけ込むような気がしてちょっと気になったところではあります。
【追記データ】
大学からだと全文にアクセスできましたので、子どもに行ったさまざまな「脳機能検査(?)」に対して、つわりのあってDiclectinを投与された母親とされなかった母親、それにつわりのなかった母親の子どもをグループに分けて比較した表を追記します。このデータを読み解くには、検査への理解と統計学への理解が必要なので、私からは安易な感想は出さないでおきますが、ご意見のある方のコメントを歓迎します。数値を読むには表をクリックして拡大してください。


私も最悪のつわり経験者でして、あれはつらかったー。そのころにこの話を聞いていれば、「IQ、IQ・・」とかおまじないを言いながら、ちょっとは楽になったかもしれません。やーーならなかったなぁ。(笑)
可能性としては面白いお話ですが、うちの子たちを見ると、「え??」って感じです。まだまだこれからなのかしらん。
可能性としては面白いお話ですが、うちの子たちを見ると、「え??」って感じです。まだまだこれからなのかしらん。
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ざっとabstractとtableをのぞいただけですがWPPSIに関しては、
・総合IQに有意差はなくて、動作性IQのみ。下位項目に有意差なし。
・純粋につわりのあるなし群間(Group2vs3)では動作性IQも有意差なし。
なんでどうなのかなぁ、とは思いマス。確かに他の検査では有意差出てますが……
蛇足ですが、妊娠初期に肉親が死ぬか大病をするという大きなストレスを受けると、統合失調症の発症リスクが有意に高くなるという大規模コホート研究がオランダでありました。
この論文では母体がつわりになるとゴナドトロピンやサイロキシンが
出て胎児脳を保護するという議論があるようですが、過度な母体ストレスはACTH-cotisol系を賦活して前述のように神経発達にダメージを与える可能性も高いでせう。
・総合IQに有意差はなくて、動作性IQのみ。下位項目に有意差なし。
・純粋につわりのあるなし群間(Group2vs3)では動作性IQも有意差なし。
なんでどうなのかなぁ、とは思いマス。確かに他の検査では有意差出てますが……
蛇足ですが、妊娠初期に肉親が死ぬか大病をするという大きなストレスを受けると、統合失調症の発症リスクが有意に高くなるという大規模コホート研究がオランダでありました。
この論文では母体がつわりになるとゴナドトロピンやサイロキシンが
出て胎児脳を保護するという議論があるようですが、過度な母体ストレスはACTH-cotisol系を賦活して前述のように神経発達にダメージを与える可能性も高いでせう。
ありがとうございます。ヒトのそれもIQなどがかかわる研究だと、どうしてもセンセーショナルになりがちですが、クリアカットな関連性が証明されることはめったにありませんね。間にたって情報を伝達する我々のような部分を通過するときに、情報の適正化をはかる必要を感じます。
by stochinai
| 2009-05-10 23:17
| ダーウィン医学
|
Comments(3)