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山本弘氏、「人類は異質の知性を受け入れなければならない」と語る

~ハヤカワSFセミナー「SFにおける人間とロボットの愛の歴史」

 11月4日、「アキバ・ロボット運動会」会場にて、「ハヤカワSFセミナー・SFにおける人間とロボットの愛の歴史」と題してSF作家の山本弘氏による講演が行なわれた。司会は早川書房「S-Fマガジン」編集長の塩澤快浩氏。

 山本氏は今年5月、ロボットや仮想現実を扱ったSF『アイの物語』(角川書店)を出版した。舞台は数百年後、機械に支配された地球。アイビスという名前の戦闘用女性型アンドロイドが人間の少年に対して「物語」を語るという形式をとった連作短編集だ。ロボットが知性を獲得していった経緯や、なぜ人類が衰退していったのか、アイビスがなぜ女性型で戦闘用ロボットなのかといった謎は、徐々に明らかにされる。バラバラの時期に発表された短編を一本のストーリーとしてまとめたこの作品は、SFファンや評論家たちから高く評価されている。

 人間そっくりのロボットを作りたいという物語は、昔から繰り返し語られてきた。「ロボットは『フィクションの海』から生まれてくる。物語を現実にしたいという願望がアンドロイドを生み出す」と山本氏はいう。

 いまの技術では人間そっくりのロボット・アンドロイドは、いわゆる「不気味の谷」をなかなか越えられず、まだ難しいと思われている。でもその理由は「やっている人がロボット技術者だから」だという。山本氏は例として高級ダッチワイフを挙げ、外見としてのアンドロイドはいまの技術でも近いものはできると語った。問題はロボットの心だ、という。


SF作家・山本弘氏。「と学会」会長としても知られる 山本弘氏の著作 司会をつとめた「S-Fマガジン」編集長・塩澤快浩氏

SFの存在理由は未来予測ではなく現実を見つめ直すきっかけ

 ロボットあるいは人工知能の心の問題を考えるための参考として、山本氏は過去のSF作品をいくつか振り返ったのだが、まず、本題に入る前に前提として「なぜSFを題材にして語らなくてはならないのか」述べた。

 SFの未来予測はほとんど外れていることからも分かるように、SFは未来を予測するものではない。たとえばSF作家は、エアカーが飛び回り、テレビ電話をみんなが使っているような未来を考えたが、携帯電話を思いつけなかった。

 そもそも、パソコンを思いつくことが出来なかった。小さいコンピュータというものも、また、家庭にコンピュータを入れても使いみちがないだろうと思っていたのである。

 いっぽう、ロボットが家庭に入るというビジョンは昔からいっぱいあった。つまり、パーソナルなコンピューティングの使い道はないが、ロボットならば家事をやらせるなどの使い道があるだろうと思っていたわけだ。

 山本氏は「SF作家が描く未来世界が現実になると思ってはいけない」という。では、なぜSFを書いたり読んだりするのか。そこには実用的な意味があり、SFの意味は「未来予測」ではなく現実を見つめなおす道具としての部分にあるという。

 ふつう我々は人間の目で世界を見ている。それに対してSFは、顕微鏡の目で見たり望遠鏡で見たりX線で見たりする。たとえば地球が丸いことは地上の人間の目では分かりにくい。だが視点を変えて宇宙から見れば一目瞭然だ。SFも同じで、現実にあるもので描こうとすると分からないことも、SFの目で見ればわかりやすいのだという。

 具体例として認知科学関連の古典である『マインズアイ コンピュータ時代の「心」と「私」』(ダグラス・R. ホフスタッター、D.C. デネット /TBSブリタニカ)を挙げ、SFの手法を使えば、自分とは何か、あるいは自分という概念はよく考えると分からないものなのだ、ということを考えるきっかけとできるのだと述べた。


ロボットに対する「萌え」の歴史

さまざまなSF作品を挙げ「ロボットと人間の愛の歴史」が語られた
 続けて本題だが、山本氏は「ここは秋葉原なので、ロボットに対する『萌え』の歴史を語りたい」とし、まず1886年に書かれたヴィリエ・ド・リラダンの『未来のイブ』を挙げた。最初に人造人間(アンドロイド)という言葉を使った小説としても知られるこの本は、「現実の女に絶望した2人の男が、理想の女を機械で作ろうという話」だが、山本氏は人造人間ハダリーには、既に戦う機能があったことを指摘した。

 続けて1926年、ドイツの映画『メトロポリス』(監督:フリッツ・ラング)が発表される。この映画に登場するマリアは非常に知名度が高く、映画「スターウォーズ」のC-3POのモチーフになったとも言われている。映画では最初、よく知られている甲冑のような姿で、あとで人間そっくりになるのだが、山本氏は、人間のような姿のほうはあまり印象に残らないのに、原型のマリアのほうがみんなの印象には強く残ったと指摘。「人間にそっくりだからではなく、女のような姿をした機械だからエロチックという感覚なのだ」と述べた。

 1940年、「アウスタンディング」誌に『愛しのヘレン』(レスター・デル・レイ)が発表される。山本氏の要約によれば「メイドロボットに惚れられて結婚するギャルゲーみたいな話」で「このころから女性型アンドロイドをめぐる話は進化していない(笑)」。

 1958年に発表された『アンドロイド』(エドマンド・クーパー)は、冷凍睡眠で機械が支配する150年後の世界に目覚めた主人公と人間の女性、そして「マリオンA」というかつての妻そっくりのアンドロイドの三角関係を描いた小説。主人公との触れあいでマリオンAは徐々に主人公に恋心を抱くようになるのだが、最終的に主人公は人間の女を選ぶ。1956年生まれの山本氏よりも少し上の世代には、今でもかなり思い入れが強い作品だという。

 同時期、日本国内では星新一『ボッコちゃん(「人造美人」)』が発表される。人工無能を搭載したアンドロイド「ボッコちゃん」の話である。素っ気ない返事、ツンとしたのが美人の条件、人間のように働く機械を作るのは無駄、バーのマスターの道楽で作られた、というロボットだ。

 趣味であったからこそ美人ロボットができたという点や、簡単な受け答えと酒を飲む動作ができるだけなのだが、お客を騙すことができるといった点がいま振り返ってみても興味深い。山本氏は「今の技術ならボッコちゃんは作れるのではないか」と述べ「人間は言葉をもたないものに対しても感情移入ができるということ。単に『萌える』だけなら心はいらない」と語った。


 このほか、平井和正『アンドロイドお雪』や、眉村卓『わがセクソイド』などについても触れ、人間はダメな奴なんだという発想からスタートしている当時の小説が後の自分たちに与えた影響などについても触れた。山本氏は、ダメなんだけどいいところもあるよという形で描こうとしているという。

 また、海外の作家たちにとってはロボットと人間が結ばれるという展開は抵抗があったのかもしれないが、日本の作家たちにはその点にあまり抵抗感がなかったようだと語り、既に'60年代にそういう発想があったと語った。

 もちろん男のアンドロイドと女性が恋をする話もある。1982年にタニス・リーが『銀色の恋人』という小説を発表している。シルバーというアンドロイドと恋に落ちる話だが、この小説には一つ仕掛けがある。ロボットのシルバーにもいわゆる魂があったとされるのである。「SFは何が可能かということを描く物語ではなく、本当にあったらどうなのかということが大事」だと山本氏は協調した。

 また、より最近書かれ、リアルに近づいた作品としては、エイミー・トムソンの『ヴァーチャル・ガール』がある。AIの研究が禁止されている世界で、オタクの研究者アーノルドが人工知能を搭載した完璧な女性型ロボットを作ってしまう話である。この小説にはいわゆる「フレーム問題」を描くシーンもある。全体としてはオタクの夢をかなえるために作られたロボットが、自立していく過程を描く話になっている。単に人間に奉仕するだけに終わっていないところが画期的であったと語った。


アシモフのロボット工学3原則は無意味?

 こうして山本氏は、愛される人間とロボットの愛の歴史を語ったが「愛される以前にロボットに殺されないように、仲良くしないといけない」と述べ、「アシモフのロボット工学3原則は無意味、実行不可能だ」と述べた。

 たとえばまもなく死刑にされる人間、戦場に赴く兵士がいた場合、第一条にしたがってロボットは人間を守らなくてはいけなくなる。また、危険という概念は曖昧で、たとえば車に乗ったり酒を飲むことにもある程度の危険性が含まれる。そのため危険度を定量的に組み込むことはできないし、計算していたらフレーム問題に陥ってきりがなくなると述べた。

 そして、いわゆる「フレーム問題」について『アイの物語』所収の「詩音が来た日」の一部を朗読した。「詩音が来た日」は老人介護用に作られたロボットの姿を描いた中編である。

 「フレーム問題」を脱するためにはロボットは、いわば「適当」という概念を身に着けなければならないし、あいまいな命令であるロボット工学3原則を理解できるようなロボットは、もはやプログラムに縛られない存在だろうと語った。なおプログラムに縛られない存在というのは、人間と同等に思考できる存在という意味であるようだ。


ロボットに反乱を起こされないために

 山本氏によれば、ロボットが人間に反乱を起こす物語にはいくつかの種類があるという。1つ目は故障したためというパターンだ。次は「人間を保護する」という命令を拡大解釈しはじめ、人間を守るために管理支配しはじめるというパターン。次は学習して賢くなるタイプのロボットが「人間」をあまりに忠実に学習してしまって、人間のように邪悪になっていくパターン。人間がロボットを迫害し、耐えかねたロボットが反逆を起こした、というパターンもある。また、地球環境を守るためにつくられたコンピュータが人間を滅ぼすのが一番だと判断した、という物語もある。つまり、事故によって狂いだすというものを除いて、「人間が悪い」というものが多いという。

 ではどうやって防げばいいのか。これにもいくつかのパターンがあり、ロボットのほうが人間よりも論理的だから反乱など起こしても無意味であると思ってくれるというパターン、ロボットに信仰を与えて、人間に仕えると天国に行けると教えて反乱を防ぐというものもある。

 山本氏は、心の根幹を為すのは体性感覚であり、肉体と心は不可分、人間の人体と同じものを、物理条件もシミュレートした仮想空間で育てると心を持つようになるはずだというアイデアで小説を書いている。ただ、そうして心が芽生えたとして、心が芽生えたということが分かるかどうかは別だとし、著書の『審判の日』の一節――ロボットの心に関連する、人間と人工知能を見分けるテストとして知られる「チューリングテスト」に関する部分を朗読した。

 誤解されていることがあるが、チューリングテストは、コンピュータが人間と同じように考えているかどうかをテストするものではなく、あくまで人間の考えをシミュレートして類推できるかどうかをテストするものであり、人工知能自体は別に人間の心を持っていなくてもチューリングテストにパスする。チューリングはそれくらいできれば別にかまわないだろうと考えたわけである。


 山本氏はチューリングテストは知性の判断にはならないとし、だんだんロボットが人間らしくなっていくという話が多いが、それはおかしいという。例えば人間の「愛」は生殖本能に根ざしており、人を抱きしめたいという気持ちもそれに端を発している。では性欲を持たないロボットに相手を抱きしめたいという気持ちは出るだろうか。ロボットに性欲を持たせると色々問題が起こるので許可はされないだろうというのが山本氏の考えで、「ロボットには人間のもつ男女の愛は本質的に理解できない」という。

 すなわち、ロボットが心を持つとしても、その「心」は人間の心とは別のものになるだろう、というのが山本氏の主張だ。「異質なものであるロボットがどのように人間をみているのか」、『アイの物語』その他でもその点を描いているという。

 「鉄腕アトム」には、スカンク草井という悪人が、「アトムは完全ではないな。なぜなら悪い心を持っていないから」というシーンがある。山本氏はこれを「スカンクの誤謬」と呼んで小説のなかで使っている。悪い心を持つ人間と同じものを、イコール完全だと考える、それ自体が間違いであるということだ。

 山本氏は、フィクションのなかのロボットたちが人間らしくなっていくことにずっと不満を持っていたという。人間と同じように考えるのであれば、それは既にロボットではない。エイトマンのように人間の心を移植されたものや、人間そっくりに思考するアトムなどは、むしろ身体を機械化したサイボーグと同じなのではないかという。

 「将来、ロボットが心を持つとしても人間と同じ心は持たないだろう。チューリングテストにはパスしない心を持つだろう」と述べ、反乱されないためには「異質だという理由で排斥してはいけない。許容しないといけない」と語った。「遠くない将来、人間とは異質の知性が生まれてくる。ロボットは人間よりも論理的なので反乱は起こさないだろうが、異質な知性を受け入れて排斥しないことが重要だ」と講演をまとめた。

 講演終了後にはサイン会が行なわれ、熱心なファンが行列を作った。


URL
  山本弘
  http://homepage3.nifty.com/hirorin/
  早川書房
  http://www.hayakawa-online.co.jp/
  アキバロボット運動会2006
  http://www.akibatechnopark.jp/project/robot2006.html
  「アキバロボット運動会2006 ~ロボットに触れ楽しむ3日間」開会式
  http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/11/02/249.html


( 森山和道 )
2006/11/06 15:11

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