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鹿野 司の「人生いろいろ、ロボットもいろいろ」
-望遠鏡・人類の知覚を拡大するパワードスーツ-

Reported by 鹿野 司

すばる望遠鏡(写真提供:国立天文台)
 我々の所属する銀河の中心には、超巨大ブラックホールが存在している。

 これは仮説ではなく、ほぼ確信できるレベルの証拠が、すでに見つかっている。

 そしてその証拠は、ロボットの技術なしには得られないものだった。

 まあ、風が吹けば桶屋が儲かる、みたいな話かもしれないけれど、現代の天文学には集積技術と、ロボット技術が絶対に欠かせない。

 光学望遠鏡は、日本のすばる望遠鏡(主鏡サイズ8.2m)を含め、今では8~10m級の巨大なものが、世界に10カ所近くある。

 しかし、1990年代の終わりに、このクラスの望遠鏡ができはじめる以前は、世界最大の望遠鏡といえば、アメリカはカリフォルニア州にあるパロマー天文台の、200インチへール望遠鏡の事だった。

 この口径5mの望遠鏡は1946年に作られたもので、それからほぼ半世紀にわたって世界最大の望遠鏡であり続けた。つまり、それだけ長い間、これを越える規模の望遠鏡を作る技術は熟成しなかったわけだ。実際、ソ連ではもっと大きなものを作ろうと試みたけど、結局失敗で、意味のある観測は出せなかった。

 光学望遠鏡は、長い歴史の中で、数多くの貴重な観測を行なってきた。ただ、1980年頃までには、可視光でやれることはほぼやり尽くした感があって、印象に残る仕事は少なくなっていた。

 この時期、電波やX線天、赤外線などの可視光ではない新しい天文学が台頭してきたのには、そういう時代背景もあったのだろう。

 光学望遠鏡は一定の役割を終えたのか……。

 ところが、'80年代の後半になると、再び光学望遠鏡で大きな発見が相次ぐようになる。

 たとえば、宇宙の大規模構造の発見もその1つだ。

 宇宙の中で、銀河は、シャボン玉の泡をたくさんくっつけたときのような形で分布している。膜の部分にだけ銀河は存在し、シャボン玉の中身にあたる部分はボイドといって、今のところ、天体がほとんど存在していないように見える。

 これは、それまで一様等方だと思われていた宇宙観に対して根本的な変更を迫る、とてつもない発見だったわけだ。


 それにしても、なぜ光学望遠鏡は復活したのだろう。

 その最大の理由は、1970年代の終わりころから、それまで写真乾板だったデテクターが、CCDに置き換わっていったからだ。

 写真乾板は、集められた光の、せいぜい1%しか感光しない。しかしCCDならば、光の80~90%を利用できる。

 CCDはフォトン(光子)1個単位で観測し、そのデータは画像処理でノイズを取り除くこともできる。そのため、少し奇妙に聞こえるかも知れないけれど、空の最も暗いところより暗い天体さえ、観測できるようになる。

 実際、200インチへール望遠鏡の場合、写真乾板で写せたのは21等級までで、パロマー天文台から見える空のいちばん暗いところの明るさは22等級だった。

 ところが当時の未熟なCCDでさえ、25等級の天体をキャッチすることができたのだ。これは、望遠鏡の口径を30mくらいにしたのと同じくらいの性能アップだった。

 まさに、集積技術の進歩が、光学望遠鏡を再生したわけだ。

 この性能のアップが、現代の巨大光学望遠鏡群の建設につながっていく。

 なかでも、日本のすばるは(2000年建設完了)、ロボット技術の助けなしに建設することはできなかった。

 200インチへール望遠鏡の主鏡は、重さ40tの巨大なガラスの固まりを磨いて作られている。何故こんなに重いのかというと、鏡の直径に対して、厚みが6分の1はないと、鏡を傾けたときに像が歪んでしまうからだ。

 同じ方法で8mの鏡を作ろうとすると、厚みは1mを越え、その重さは120tにもなる。するとそれを支える架台には300~400tの鉄が必要で、それを動かす巨大なモータには莫大なエネルギーがかかり、慣性が大きい巨大な鉄の塊を高精度で制御するのも難しくなる。これでは、建設費がいくらになるか見当もつかない。


すばるの主鏡を支えるロボットアーム
 ところが、すばるの主鏡は、直径8.2mでなのに、厚さはわずか20cm。重さも23tしかない。

 それなのに像が歪まないののは、すばるが実は、巨大ロボットだからだ。

 すばるの主鏡の後ろには、261本の棒状のロボットアームが設置されている。そして、鏡をどう傾けても像が歪まないように、つんつん押して調節しているのだ。

 この制御によって、すばるの鏡面のでこぼこは、14nm以下に抑えられている。

 そうしてすばるは、世界で最も像が綺麗で視野が広く、28等級の天体まで観測する性能を達成して、数々のすばらしい成果を上げてきた。たとえばこれまで観測された遠方銀河のうち、最遠方を含む上位10個中9個は、すばるがみつけている。

 しかし、そのすばるにも限界がある。それは地球上にあるため、大気の揺らぎを無視できないことだ。

 シーイングといって、大気はいつも揺らいでいるので、陽炎越しに何かを見ているように、像がぼけてしまうのだ。

 そのため、すばるの鏡なら、理論上0.03秒角まで分解できるのに、実際には0.6秒までしか分解できない。すばるは世界で最も大気の揺らぎの少ないマウナケア山頂に設置されているのに、それでも理想の値からはほど遠いわけだ。

 これによって、口径が2.4mのハッブル宇宙望遠鏡に、画像のシャープさでは劣ってしまう。ハッブルは小さいので、集光力はすばるの12分の1、理論分解能も0.2秒にすぎないのだけど、大気の外にあるため、ほぼ理論値で観測できる。

 しかし、今やその差を埋める技術が可能になってきた。それは補償光学という技術で、大気の揺らぎを、変形するミラーで補正するものだ。

 大気の揺らぎは毎秒1,000回ほどの頻度で起きているので、これを望遠鏡の焦点近くにある波面センサで、毎秒2,000回ほど測定する。

 そして、その情報をもとに、毎秒1,000回のペースで変形する鏡を望遠鏡に挿入して、大気の揺らぎによる像の歪みを打ち消してやる。

 これを使うことで、地上にある望遠鏡でもシーイングの影響を受けずに、限りなく理論値に近い性能をたたき出せるわけだ。

 これも広い意味でのロボット技術といえると思うけど、このアイデア自体は、実は1950年代に生まれている。しかし、その実現が可能になったのは、技術が向上した1990年以降のことだった。

 補償光学の威力を世に知らしめたのは、マックスプランク研究所の、ある観測だった。

 そこでは、1992年から10年間にわたって、この補償光学系を使い、銀河の中心方向、太陽から2.8万光年のところにある、サジタリウスA* (Aスター)という星の観測が行なわれた。


 サジタリウスA*は、銀河のほぼ中心にあって、古くから非常に強い電波源として知られていた天体だ。しかし、従来の光学望遠鏡では像がぼやけていて、そこに何があるのか見分けることはできなかった。

 しかし、補償光学を使うことで、A*の周りを、S2という星が回っている様子が見分けられるようになった。そこで、S2の運動する様子を観測して軌道を求めたところ、A*の質量が、我々の太陽の370万倍ということがわかったのだ。

 この狭い領域に、これだけの質量があるなら、それは超巨大ブラックホール以外にありえない。

 つまり、ロボット技術を使うことで、我々は今、銀河の中心にブラックホールがあることを確信できたわけだ。

 2001年以降、すばるは36素子の補償光学を使って、0.3秒の分解ができるようになっていて、いろいろと面白い観測が行なわれている。

 たとえば土星の衛星タイタンが、後ろの星を隠す(掩蔽)様子をビデオで撮ったところ、星を隠した瞬間から、タイタンの輪郭に沿って光が上下に分かれてつるつるっと走り、それが反対側で1つに合わさって後ろの星が見えてくるという、面白い映像が得られた。

 タイタンは大気のある衛星で、これは後ろの星の光が、タイタンの大気で屈折して見えたものなんだけど、撮影されるまで、こんなものが見えるとは誰も予想していなかった。

 あるいは、惑星系が生まれつつある天体を、中央の太陽をマスクして撮影することで、惑星のもとになるガスの円盤の渦巻く様子なども観測されている。これも、最もまぶしい太陽の光を、中央の狭いところに閉じこめられる補償光学だからこそできた観測だ。

 このすばるの32素子の補償光学装置は、もともと、すばるの鏡の変形を調節するロボット用のセンサとして作られたもので、それを観測にも応用してきたわけだ。

 しかし、今年度(平成18年)中には、制御素子数を188に増やして性能を向上させた新しい補償光学系が設置される予定になっている。これによって、解像度は理論値に肉薄する、0.07秒角まであげられる。


レーザーガイド補償光学系の構成
 また、すばるには、補償光学の利用範囲を大幅に広げる、レーザーガイド星生成システムも装備される。

 補償光学を使うには、空気の乱れを観測するために、目的の星のそばに15等級より明るいガイド星が必要とされていた。しかし、そういう都合の良い星がある確率は、わずか2%しかない。

 そこで考えられたのが、人工的にガイドになる星を作る方法だ。

 これは地球の、高度90~100kmの大気層に、ナトリウムが多く含まれていることに目をつけて、それを光らせる波長の、強力なレーザーを照射してやるというものだ。

 奇跡のような偶然によって、昔から強力なレーザーとして知られているYAGレーザーが出す二種類の周波数の光を、ある結晶を通して合成してやると、ぴったりナトリウムに吸収される波長のレーザーができあがる。

 これによって、空のどの場所にも、11~12等級の星と同じものが作り出せるのだ。


レーザーガイド補填光学用レーザー 左の天体が、188素子の補償光学を使うと、右のように見える

 この新システムが使えるようになれば、今まで見られなかった宇宙の姿が、さらに詳しく観測できるようになる。

 たとえば、宇宙の最初期にできたクエーサーや銀河などの細かな構造が見えてくるだろう。その観測は、宇宙の進化理論に、新しい知識を付け加えるはずだ。

 補償光学は分解能が増すだけでなく、分散していた光を一カ所に集めて、光の強度を増す性質もある。

 望遠鏡の性能のうち、光を集める力は直径の自乗に比例する一方、回折限界(分解能)は、見たい波長が決まれば、直径の逆数に比例して小さくなる。

 そのため、大きな望遠鏡で補償光学を使うと、像をよりいっそう小さな場所に閉じこめられる。中心の光の強度は、直径の4乗で上がるのに、背景の暗さは変化しないので、コントラストが非常に大きくなるのだ。このことは、今とは質の違った観測が出来ることを意味している。

 一方、望遠鏡の予算は、直径の2.5乗に比例する。つまり、さらに大型の望遠鏡を作ることは、コストパフォーマンス的に優れている。

 そこで現在、TMT(The Thirty Meter Telescope)という30mの望遠鏡や、OWLという、100mの望遠鏡などが計画されている。

 将来、これらの望遠鏡が稼働しはじめれば、今のところ全く見えていないため、想像すらしなかったものが見えてくるだろう。宇宙初期の銀河ができる以前の宇宙や、今のところ何もないと思われている空間で、何かが見つかるかも知れない。それは再び、宇宙観を書き換えるような情報をもたらすだろう。

 現代の望遠鏡は巨大ロボットであり、それは人類の知覚力を増幅するパワードスーツといえるんじゃないだろいうか。

(写真提供:国立天文台)



ミニコラム

 数々のすばらしい観測を成し遂げたハッブル宇宙望遠鏡は、2007年には廃棄されることが決定している。すでにジャイロにガタがきていて修理が必要なのだが、シャトルの事故によって、人手による修理は危険すぎてダメということになったからだ。

 一方、次世代宇宙望遠鏡の「JWST」(ジェームス・ウェッブ・スペース・テレスコープ)は、いちおう2011年打ち上げ予定ではあるが、遅れることは確実で、おそらく2015年~2020年までは待つ必要があるといわれている。

 宇宙望遠鏡にこれだけの空白期間が出来てしまうのは残念だけど、そうなる理由の1つには、地上望遠鏡の補償光学による性能向上があるのだろう。


URL
  すばる望遠鏡
  http://www.naoj.org/j_index.html

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2006/08/29 00:26

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