起業の前に --Before the Startup---

Paul Graham, October 2014


これは、Paul Graham: Before the Startup を、原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。

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Copyright 2014 by Paul Graham
原文: http://paulgraham.com/before.html
日本語訳:Shiro Kawai (shiro @ acm.org)
<版権表示終り>


(このエッセイは、スタンフォード大での サム・アルトマンのスタートアップ講座 に招かれた時の講義を基にしたものだ。大学生が対象だけれど、多くの部分は 起業を考えている他の年齢層の人々にも役立つだろう。)

One of the advantages of having kids is that when you have to give advice, you can ask yourself "what would I tell my own kids?" My kids are little, but I can imagine what I'd tell them about startups if they were in college, and that's what I'm going to tell you.

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子供を持って良かったなと思うのは、誰かにアドバイスをしなくちゃならない時に、 「自分の子供にだったら何て言うだろう」と考えられることだ。 うちの子供はまだ小さいけれど、大学生になったときに起業についてどういうことを 教えたいかってことは、今からでも想像できる。そのことを話そう。

スタートアップは、極めて反直観的だ。何故かはわからない。 まだスタートアップについての知識が私たちの文化に浸透してないだけだからかもしれない。 ともかく、理由が何であれ、スタートアップを始めるという行為においては、 自分の直感を信じて良いとは限らないってことだ。

これはある意味スキーに似ている。初めてスキーで滑るとき、 減速したくなったら、直感的にはつい腰を引いてしまう。 でも腰を引くと、制御が不可能になって坂を滑り落ちるハメになるだろう。 スキーを学ぶ過程のひとつは、腰を引きたいという衝動を抑えることだ。 それはいずれ習慣になるけれど、最初のうちは意識的に努力しないとならない。 坂を降り始める前に、覚えておくべきことのリストを持ってチェックしないとならないんだ。

スタートアップも、不自然さでいえばスキーみたいなものだ。 だから似たようなチェックリストがある。 これからその最初の方を教えよう。スタートアップを始める前の準備として、 覚えておかなければならないことのリストだ。

反直観的

リストの最初の項目は、上で言ったことだ。 スタートアップというのは非常に奇妙な体験で、もし直感を信じてしまうと、 多くの間違いをしでかすことになる。このことだけでも知っていれば、 間違う前に立ち止まって考えてみることができるだろう。

Y Combinatorを主宰していた頃[訳註1]、良く、 創業者たちがきっと無視するだろうことを説くのが我々の仕事だって冗談を言っていたものだ。 これは本当なんだ。毎回毎回、YCのパートナー達は、創業者がしでかしそうな 間違いについて警告するけれど、彼らは聞きやしない。 そして一年後にやってきて「あのアドバイスをちゃんと聞いておけばよかった」なんて言うんだ。

何で創業者達はYCパートナーのアドバイスを聞かないんだろう。 ここで反直観的ってことが出てくる。あなたの直感と矛盾するんだ。 間違っているように思える。だから最初に出てくる衝動は、それを無視することだ。 実際、上の冗談は、単にY Combinatorの呪いってだけじゃなく、むしろその存在意義でもある。 創業者達の直感が正しい答えを与えてくれるなら、我々は必要ないからね。 驚くようなアドバイスを与えてくれる人だけが必要なんだ。 これが、スキーのインストラクターはたくさんいるのに、 走るのを教える人はそれほどいない理由だ。 [1]

ただし、人に関しての直感は信じていい。 実は、若い創業者の犯す間違いのうち最も多いものが、 人に関する直感を十分に信じきれないってことなんだ。 すごい人物に見えるんだけど、個人的にどうも不安を覚える人と関わり合いを持ってしまう。 そして、ひどいことになった後で、「何かおかしいとは感じていたんだけれど、 あまりにすごい人に見えるからその感じを無視したんだ」と言うんだ。

誰かと関わり合いになるなら、それが共同創業者であれ、被雇用者であれ、 投資家であれ、あるいは買収を持ちかけてきた人であれ、 何か不安を覚えたら、その直感を信じることだ。 誰かが、どうもあてにならないとか、偽っているようだとか、人格的に問題がありそうだとか 感じたら、その感じを無視してはいけない。

これは、わがままであることが役に立つ場合のひとつだ。 心から好きだと思えて、それが確信できるほどに付き合いの長い人と、 一緒にやることだ。

専門知識

直感に反する2つ目の項目は、スタートアップについて色々知っているのはたいして 重要ではないということだ。スタートアップが成功するのに必要なのは、 スタートアップについての専門家になることではなく、 ユーザと、ユーザのために解いている問題についての専門家になることだ。 マーク・ザッカーバーグはスタートアップの専門家だから成功したんじゃない。 スタートアップについてずぶの素人だったにもかかわらず、 ユーザをとても良く理解していたから成功したんだ。

例えばエンジェル投資を受けることについて何も知らないからといって、 そのことを気に病む必要は全くない。そういったことは必要になった時に学んで、 済んだら忘れてしまえばいい。

さらに言えば、スタートアップの仕組みの細かいことについて学ぶのは 単に不必要なだけでなく、むしろ落とし穴になり得るとも思っている。 転換社債やら雇用契約やらFFクラスの株式(うわ、恐ろしい)やらについて やたらに詳しい大学生がいたとしても、私は「おお、こいつは同年代に比べて飛び抜けているな」 なんて思わないだろう。むしろ大音響で警報が鳴り響く。 というのも、若い創業者がよくやらかすもうひとつの間違いは、 起業の型をただなぞることだからだ。 何かもっともらしいアイディアをひねり出して、良い評価額をつけてもらって投資を受け、 かっこいいオフィスを借りて人をごそっと雇う。外からみたら、スタートアップが やっていることそのものに見えるだろう。 でも、かっこいいオフィスと雇ったスタッフの後に来るのは、 徐々に自分たちがどれだけ大失敗したかをじわじわと自覚させられるステップだ。 だって、スタートアップがやるようなことを外見的に真似しようと一生懸命に なっている間に、ただ一つの重要な仕事を忘れていたからだ。 人々が欲しがるものを作る、っていうことをね。

ゲーム

こういう失敗を目にすることがあまりに多いので、我々はそれに名前をつけている。 オママゴトだ。なぜこういう失敗が起きるのか、最近ようやくわかった。 若い創業者が、スタートアップの型をなぞりたがるのは、彼らがそれまでの人生で、 そういう教育を受けて来たからだ。 例えば大学に受かるために何をしなければならないか考えてごらん。 部活動、チェック。てな具合だ。大学の講座だって、やらなくちゃならないことの 大半は、周回トラックを走りつづけるみたいな、人為的な問題ばかりだ。

教育システムの欠陥をあげつらいたいわけじゃない。 何かを教わる時は、どうしてもやることの中にある程度、 本物ではない真似事が混ざってしまうのは避けられない。 そこで達成度を測ろうとすると、生徒はその真似事と本物の違いを最大限に利用しようとするから、 結局、測っていることの大部分は偽物の生み出すノイズになってしまう。

告白しよう。私も大学でそれをやった。大抵の講座で扱う内容では、 テストを作るのに都合がいいトピックというのは20とか30しかない。 だからテストの準備をするのに、講座で教えられたことを身につけようとするのではなく (結果的に身についたことはあるにせよ)、ありそうなテストの問題をリストにして、 その答えをあらかじめ考えておいたんだ。期末テストを受けるとき 私の心にあったのは、自分のヤマがどれくらい当たっているかという好奇心だった。 ゲームみたいなものだったんだ。

ずっとこういうゲームをやる訓練を受けてきた若者が、 スタートアップを始めるにあたってこの新しいゲームに勝つコツを見つけようとするのは 自然な衝動だ。どれだけ資金を集めたかがスタートアップの成功の目安みたいに 思われているから(これも古典的な素人の間違いだ)、 彼らは投資家を丸め込むコツについて知りたがる。 我々のアドバイスは、 投資家に納得してもらう 最良の方法は、実際にうまくいっているスタートアップを作ること、 つまり急速に成長している 会社を作って、投資家にただそれを伝えるだけってことだ。 と、こういうと、じゃあ急速に成長するコツは何かを今度は知りたがるんだ。 そして我々のアドバイスは、その最良の方法は単に人々が欲しがるものを作るだけだ、っていうものだ。

YCパートナーと若い創業者の会話の多くは、創業者が「どうやったら…」と尋ねて、 パートナーが「ただこうすれば…」っていうものだ。

なんで創業者達はいつもものごとを複雑にするんだろう。 彼らはコツを探しているからだ、ってことに私は気づいた。

これが、スタートアップについて覚えておくべき、3つめの反直観的な項目だ。 スタートアップを始めるということは、ゲームの攻略法が効かなくなる領域に足を踏み出すということだ。 大企業に勤めるなら、システムを攻略するやり方はうまくいくだろう。 企業が壊れていればいるほど、適切な人々に取り入ったり、何か仕事しているふりをしていれば、 それなりに成功できるだろう。 [2] けれどもそれはスタートアップではうまくいかない。 ごまかすべき上司はいない。ただユーザがいるだけで、ユーザは自分の望むことを あなたの製品がやってくれるかどうかにしか関心がない。スタートアップは、 まるで物理学みたいに、人間関係とは無縁のところにある。人々が望むものを 作るしかないし、それをどれだけやれたかで成功の限界が決まる。

危険な罠は、真似事でもある程度は投資家に影響を与えられるということだ。 自分のやってることをわかっているふうに話すことにとりわけ長けていれば、 投資家をかついで最低でも最初の投資ラウンド、うまくすれば次の投資まで 引き出せるかもしれない。でもそれは、本当にやりたいことじゃないよね。 会社はいずれうまくいかなくなる運命なのだから、 会社と一緒に沈んでゆく間、自分の時間を無駄にするだけだからね。

だから、攻略のコツを探すのはやめよう。確かに、他の全ての分野と同様、 スタートアップにもコツはあるにはあるけれど、それは現実の問題を解くことの重要性に 比べたらほんのちっぽけなものだ。資金集めのことを何も知らなくても、 ユーザが熱狂するものを作った創業者は、あらゆるコツを知っていながら ユーザ数のグラフを全く伸ばせない創業者よりもずっと楽に資金を集められるだろう。 もっと大事なのは、ユーザが愛するものを作った創業者は、 資金を集めた後に成功へと向かうだろうということだ。

今まで身につけてきた中で一番強力な武器を取り上げられたと考えると、 これは悪いニュースだろう。けれども、スタートアップを始めることで これまでの攻略ゲームの外側に踏み出せるってことは、 わくわくすることだと思う。既存のゲームに合わせるのではなく、 ただ良い仕事をしていれば勝てる領域がこの世にある、ってことは、すごいことじゃないか。 世の中が全て学校や大企業みたいだとしたら、どれだけ気が滅入ることか考えてごらん。 くだらないことに時間を費やさなければならなくて、 しかもそのくだらないことにもっと時間を費やした人に負けたりするんだ。 [3] 現実の世界の中に、他よりもくだらないゲームを攻略しなくていい場所や、 そんなことが問題にならない場所があるってことを 大学生のうちに知っていたら、私は狂喜したと思うよ。 そして、そういう場所はあるんだ。 あなたが自分の将来を考えるにあたって、この場所の違いを知ることは決定的に重要だ。 それぞれの仕事において、どうやって勝てばいい? そして、何をして勝ちたい? [4]

全力投球

そこで4つ目の反直観的な項目が出てくる。スタートアップは、全力を費やすことを 要求する。スタートアップを始めたら、全く想像もしなかったくらい、生活全てが それに取られることになる。そしてスタートアップが成功したら、 全てが取られる生活がとても長い間続くということだ。 最も少なく見積もっても数年、多分十年単位、下手すると現役で働く間ずっと。 だから、スタートアップを選ぶことで失う機会費用も確かにあるんだ。

ラリー・ペイジは人が羨む人生を送っているように思うかもしれないけれど、 彼の人生の中にはそう羨ましくない面もある。25歳から彼は全力で走り始めて、 それから一度たりとも息つく暇なく走り続けている。毎日Googleの帝国では CEOにしか処理できないウンコが発生して、CEOたる彼はそれを片付けないとならない。 一週間でも休暇を取れば、帰ってみると一週間分のウンコが山になっている。 そしてそのことに文句を言うのは許されない。会社の顔として、恐れや弱さを出せない というのもあるし、億万長者が人生の大変さを語ってもゼロ以下の同情しか集められない ということもある。このため、成功したスタートアップの創業者であることが いかに難しいかという話は、同じことを成した人以外からは、ほとんど知られないという 奇妙な副作用が生じる。

Y Combinatorの投資先からは、大成功と呼べる企業が既にいくつか生まれているけれど、 どの場合でも創業者は同じことを言う。楽になることなんてないと。 問題の性質がどんどん変わってゆく。ワンルームマンションのエアコンが壊れたことを 気にするかわりに、ロンドンオフィスの建築の遅れを気にしなくちゃならなくなる。 そして心配の総量は増えることはあれ、決して減ることはない。

スタートアップを始めることは、ある意味子供を持つことにも似ている。 そのボタンを押すことで、人生が不可逆的に変わるという点においてだ。 子供を持つことも、本当に素晴らしい経験だけれど、 それより前にやっておいた方が楽なことというのはたくさんある。 そしてその多くは、経験しておいた方が、子供を持ってから良い親になるために役に立つことだ。 だから、ボタンを押すのを待てる裕福な国では、多くの人がそうする。

でもことスタートアップの話になると、たくさんの人が、 大学にいる間に始めなきゃと焦るんだ。本気かい? それに大学だっていったい何を考えているんだか、 学生に避妊具を行き渡らせるのに一生懸命になる傍らで、 あっちで起業家プログラムを作り、こっちでインキュベータを作りと右往左往している。

大学の肩を持っておくと、彼らもそうせざるを得ない事情があるんだ。 スタートアップをやりたいと言ってくる学生はたくさんいる。 そして大学は、少なくとも現実的には、学生のキャリアをサポートすることを期待されてるからね。 だからスタートアップを始めたい学生は、大学がそれを教えてくれることを望むわけだ。 大学は、本当にそれを教えられるかどうかは別として、教えますよと対外的に言わざるを得ない。 でないと学生を他の大学に取られちゃうからね。

大学はスタートアップの始め方を学生に教えられるか。YesでもありNoでもある。 もちろんスタートアップについて教えることはできるだろう。 でもさっき説明したように、それは必要な知識じゃない。 本当に学ぶべきことは、あなたのユーザが何を欲しているかってことで、 それは実際に会社を始めてみるまで学べないんだ。 [5] スタートアップの始め方というのは、本質的にやりながらでないと学べないことなんだ。 そしてそれを大学でやるのが不可能だ、ってことも、これまで説明した理由から明らかだ。 スタートアップは生活の全てを乗っ取ってしまう。学生でありながら本当にスタートアップを 始めることはできない。だって本気で始めたなら、もう学生ではありえないからね。 しばらく名目上学生でいることはできるだろうけれど、それも長くは続かないだろう。 [6]

この二者択一を前にして、どちらを選ぶべきだろう。 起業せずに本物の学生になるか、それとも学生をあきらめて本物の起業をすべきか。 私は答えを教えてあげられる。大学にいる間は起業しないことだ。 起業のやり方っていうのは、あなたが解こうとしている問題のほんのサブセットにすぎない。 解くべき本当の問題は、いかにして良い人生を送るかってことだ。 野心的な人々の多くにとっては確かに、起業は良い人生の一部であり得るだろうけれど、 20歳がそれをするのに最適な時期だとは思わない。 スタートアップを始めるっていうのは、超高速で深さ優先探索をするみたいなものだ。 でもほとんどの人は、20歳くらいの時は幅優先探索をするべきなんだ。

20代前半には、それ以前でもそれ以降でもできないことをするチャンスがある。 ふと気まぐれにプロジェクトにどっぷり首を突っ込んでみたり、 時間切れを気にせずに貧乏旅行してみたり。野心的でない人にとっては、 そういうことは「社会に出るのに失敗した」という忌むべきことに思えるかもしれないが、 野心的な人にとってこういった経験は貴重な探索の機会になるんだ。 20歳でスタートアップを始めてそこそこ成功してしまったら、 多分こういったことをやる機会は永遠にないだろうからね。 [7]

マーク・ザッカーバーグには、日銭を稼ぎながら外国を放浪する機会はもう無いだろう。 そりゃあ、外国までチャーター機で飛んでゆくみたいな、ほとんどの人にできないことは できる。けれども成功は、人生の中でのセレンディピティの多くを奪ってしまっただろう。 彼がFacebookを運営しているのと同じくらい、Facebookが彼を運営しているんだ。 ライフワークと決めたことに全力で取り組めるっていうのはもちろん素晴らしいことだけれど、 予想もしなかったセレンディピティにも良いところあはる。特に若いうちはそうだ。 例えば、何をライフワークとするかについて、より多くの選択肢を与えてくれるとかね。

これはトレードオフの問題でさえない。20でスタートアップを始めないからといって 何かを犠牲にしているわけじゃないんだ。だって待った方が成功の確率は 高くなるんだから。20の時に、たまたま手がけていたサイドプロジェクトが 大成功してしまったなんていうFacebookみたいな稀な場合なら、 そのままそれに乗っかるのは妥当だろう。でも普通のスタートアップは 離陸するまでにものすごい労力を 要求するもで、それを20の時にやるっていうのはばかげている。

やってみる

それなら、何歳であってもスタートアップを始めるべきだろうか。 なんだかこれまで、スタートアップはむちゃくちゃ大変だって話ばかりしてきたようだ。 もしそうでなかったら、ここではっきりさせておこう。 スタートアップはむちゃくちゃ大変だ。 大変すぎて手に余ったらどうしよう。挑戦の準備が出来てることをどうやって知ればいい?

その答えが、5番めの反直感的な項目だ。誰にもわからないんだ。 今まで人生を過ごしてきて、例えば数学者にどのくらいなれそうだとか、 プロのフットボール選手にどのくらいなれそうか、ってことについては何となく 分かるだろうと思う。でも、よっぽど奇妙な人生を送ってきたのでない限り、 スタートアップの創業者になるのがどういうことかを知る機会はほどんど無かっただろう。

これまで9年間、私の仕事は、人々がスタートアップを成功させるための資質を持っているかどうかを 予測することだった。人がどのくらい賢いかを知るのは簡単だ。そしてこれを読んでいる 人の多くは既にその基準は越えているだろう。 難しいのは、人がどれだけタフで野心的 になれるかを予測することだ。 それについて、私よりも多くの経験を積んでいる人は多分いないだろうから、 専門家がどのくらい予測できるかについて教えてあげられる。 ほとんど無理。 これまで私が経験から学んだことは、 毎回毎回のY Combinatorサイクルで、どの企業が成功するかについて、 一切予断を持ってはいけないということだ。

創業者本人が知っているつもりであることはある。 創業者の中には、それまでの人生で直面した(大して多くない、人為的で簡単な)テストで 全て一番を取ってきたように、Y Combinatorでも同じように一番になれると自信を持って やってくる者がいる。一方で、Y Combinatorに受かっちゃったけど何かの間違いじゃないかな、 間違いだったことがバレて追い出されなければいいな、なんてびくびくしている者もいる。 けれども、創業者達の当初の様子と、会社がどれだけうまくいくかの間には、 ほとんど相関がないんだ。

軍隊でも同じだというのを読んだことがある。自信満々の新兵と、 物静かな新兵で、本当にタフな軍人になるかどうかには差がないそうだ。 多分理由は同じだと思う。クリアすべき試練が、 それまでの人生で受けてきたものと全く異なるからだ。

スタートアップなんでおっかなくてちびりそう、というなら、やめておいた方がいいかもしれない。 でも単に自分が向いているかどうか自信がないっていうなら、 確かめる方法は、実際にやってみるしかない。でも今である必要はない。

アイディア

では、いつかスタートアップを始めるとして、今、大学では何をすべきだろう。 スタートアップを始めるのに必要なことは二つしかない。アイディアと、共同創業者だ。 そしてそれらを得る手法はどちらも同じなんだ。 これが、6番めの、そして最後の反直感的な項目になる。 スタートアップのアイディアを得る方法は、 スタートアップのアイディアについて考えないことなんだ。

このことについては エッセイをまるまる一本 書いたのでここでは全てを繰り返さない。 かいつまんで言うと、スタートアップのアイディアをひねり出そうと考えれば考えるほど、 出てくるアイディアは単に悪いだけでなく、悪いにもかかわらずいけそうに思えるものに なるので、それが悪いということがわかるまでに大いに時間を無駄にすることになる。

良いスタートアップのアイディアを得るには、一歩下がってみることだ。 スタートアップのアイディアについて必死に考えるんじゃなくて、 頑張らないでもスタートアップのアイディアが浮かんでくるように 心の持ち方を変えるんだ。最初はそれがスタートアップのアイディアになるなんて 気づかないくらい自然に浮かんでくるようにね。

これは単に可能性の話じゃない。Appleも、Yahooも、Googleも、Facebookも そうやって始まったんだ。このどれも、最初から企業にするつもりでさえなかった。 単なるサイドプロジェクトだったんだ。最良のスタートアップは、 サイドプロジェクトとして始まらなくてはならないとさえ言えるかもしれない。 素晴らしいアイディアは、あまりに普通考えることからかけ離れているから、 起業のためのアイディアを探していると真っ先に却下してしまうだろう。

よし。ではどうやったら無意識のうちにスタートアップのアイディアが浮かんでくるような 心になれるだろう。(1)重要なことについてたくさん学び、(2)興味を持てる問題に取り組み、 (3)それを好きで尊敬できる人と一緒にやる。この3番目の点は、偶然にも、 アイディアと一緒に共同経営者を見つける方法になっている。

最初に上のパラグラフを書いた時、私は「重要なことについてたくさん学ぶ」 のところを「何かの技術を身につける」としていた。でもその処方箋は、 十分ではあるけれど、狭すぎるとも言える。ブライアン・チェスキーとジョー・ゲビア[訳註2] はとくに技術の専門家ではなかったけれど、デザインに長けていたし、 何より集団を組織して計画を実現するのが得意だった。 だから技術に限って学ぶ必要はないだろう。 あなたの限界を押し広げてくれるような問題に取り組んでいる限りは。

それはどういう問題だろう。一般的に答えるのはとても難しい。 歴史を見れば、当時他の誰も 重要だと思っていなかった問題を 重要だと考えて取り組んだ若者の例はいくらでもある。 特に、彼らの親は、彼らがやっていることの重要性を理解しなかった。 一方で、子供が時間を無駄にしていると考える親が実際正しかったという例もまた いくらでもある。自分の取り組んでいる問題が本物の問題だと どうやって知ればいい? [8]

私は、自分がどうやって知るかについては知っている。 本物の問題はおもしろいんだ。そして私はわがままだから、 他の誰も関心を持たないような問題でも(むしろ、他の誰も関心を持たないからこそ)、 おもしろければやりたいと思ってしまう。 それに、つまらないと思うことをやるのは、たとえそれが重要だと言われても、 とても難しい。

私の人生は、単におもしろいからとやってみたことが、後で世の中の役に立つとわかる、 という出来事の連続だった。 Y Combinator自体、 単におもしろそうだから始めたものだ。どうやら私は、自分を助けてくれる 羅針盤を持っているらしい。でも他の人が頭の中に何を持っているかは私にはわからない。 もっと考えれば、本当におもしろい問題を見つける経験則のひとつやふたつ ひねり出せるかもしれないけれど、今のところ私が言えるアドバイスは、 こんなこと言われても疑問ばかり浮かんでくるかもしれないが、 あなたが本当におもしろい問題に対するセンスを持っているなら、 それに思いっきり甘えてみるのが、スタートアップに備える最良の方法だということだ。 それに多分、それは人生を送る最良の方法でもある。 [9]

おもしろい問題とは何かについて一般的な説明は出来ないけれども、 そのうちの大きなサブセットについて何か言うことはできる。 技術を、フラクタルみたいな模様を作りながら広がってゆくしみのように考えてみてほしい。 しみが広がる先っぽの全ての点が、おもしろい問題を表している。 だから、スタートアップのアイディアが浮かんでくるような心にする 確実な方法のひとつは、何らかの技術の先端に身を置くことだ。 ポール・ブックハイトが言ったように、「未来に生きる」ことだ。 その点に到達できれば、先見の明があると他の人が驚くようなアイディアが、 ごくあたりまえのように思えるだろう。スタートアップのアイディアと気づかなくても、 それが実現されるべきアイディアだというのはわかるようになる。

例えば90年代半ばのハーバードに、私の友人、ロバートとトレバーと一緒の大学院で、 自分用にVoIPソフトを書いていた人がいた。 彼は別に起業を狙ってそれを考えたわけじゃないし、 結局それで起業はしなかったのだけれど。彼はただ台湾にいた彼女と 長距離通話料金なしで長話したかっただけで、 たまたまネットワークの専門家だったから、 音声をパケットに載せてインターネットを流すというアイディアは彼にとって 当然のことだったんだ。彼はそのソフトウェアを 彼女と話すことにしか使わなかったのだけれど、 最良のスタートアップのアイディアというのはまさしくこういう具合に生まれるものなんだ。

だから妙な話ではあるが、成功するスタートアップの創業者になるために大学で やるべきことっていうのは、最近盛んに宣伝されている「アントレプルナーシップ」を 掲げた講座なんかじゃなくて、昔ながらの、学問のための教育を受けることなんだ。 大学を卒業した後で起業するつもりなら、パワフルなことがらについて学ぶことだ。 あなたが本物の知的好奇心を持っているなら、自分の心の赴くままにいれば 自然にそれをやっていることだろう。

起業家精神といわれる要素のうち、本当に重要なのは、問題領域における専門性だ。 ラリー・ページが検索についての専門家であったようにね。 そして検索についての専門家になる方法は、外的な動機のためではなく、 本物の好奇心に動かされることだ。

スタートアップを始めるということ自体、良くて好奇心に対する単なる外的な動機付けにしか すぎない。そして、外的な動機を持ち込むのは、なるべく過程の最後にするのが良い。

だから、起業を志す若者に送る究極のアドバイスは、ほんの一言にまとめられるかもしれない。 ただ学べ。

原註

[1] 創業者の中にも、他の創業者よりも良く耳を傾ける者たちがいる。 これは成功の予測因子になり得る。 AirbnbについてYCの期間中に私が良く覚えていることは、 どれだけ彼らが熱心に耳を傾けていたかということだ。

[2] 実はこのこと自体が、スタートアップを可能にする鍵なのだ。 大企業が内部の非効率性に汚染されていなければ、企業は大きなほど有利になるはずで、 スタートアップが成功する余地は小さくなるだろう。

[3] スタートアップでは多くの時間を雑事 に費やさなければならないが、そういう仕事は派手ではないというだけで、偽物ではない。

[4] もし既存のシステムを攻略するのが天職だとしたらどうする? マネジメントコンサルティングをやればいい。

[5] 会社として正式に登記していなかったとしても、ユーザを十分な数だけ集めたなら、 あなたがそう意識するかどうかは別にして、スタートアップは既に始まっているのだ。

[6] 大学が学生に良い創業者になることを教えられない、というのはそう驚くに値しないだろう。 良い従業員になることだって教えられないのだから。

大学が学生に、良き従業員になるように「教える」方法とは、 インターンシッププログラムを通じてその方法を企業にアウトソースすることだ。 でもスタートアップに関して同じように外注することはできない。定義により、 教育がうまくいったら学生はもう戻ってこないからだ。

[7] ダーウィンが、博物学者としてビーグル号に乗らないかと誘われたのは22歳の時だった。 彼はたまたま他に職がなく、家族に心配されるほどだったので、その誘いを受けた。 もし彼がその誘いを断っていたら、多分我々は彼の名を記憶してはいないだろう。

[8] この点に関して、親は特に保守的になりがちだ。 中には、医学部に入るために必要なことがらのみが重要な問題であると 考える親もいる。

[9] おもしろいアイディアについてのセンスがあるかどうかをしらべる経験則について 実際にひとつ考えついた。既に知られている退屈なアイディアに耐えられるかどうか。 例えば文学理論を学んだり、大企業の中間管理職をやることに耐えられるかい。

[10] あなたの目標が起業なら、過去の世代よりももっと、 好きなように一般教養過程を取るべきなんだ。 大学卒業後の就職が一番大事だった頃、学生は自分の取った講義が 企業にどう見えるかを気にせざるを得なかったし、より悪いことに、 大事なGPA(成績評価値)に傷をつけないように、難しくて点が取れなさそうな科目を避ける傾向があった。 良いニュースがある。 ユーザはあなたのGPAなんか 気にしないし、 私の知る限り、投資家もそうだ。Y Combinatorは、あなたが大学でどの科目を取って どんな成績を収めたかなんて尋ねたことはない。

この原稿の草稿に目を通してくれた、 Sam Altman, Paul Buchheit, John Collison, Patrick Collison, Jessica Livingston, Robert Morris, Geoff Ralston, Fred Wilsonの各氏に感謝します。


訳註

訳註1:
Paul GrahamはY Combinatorの主宰を2014年2月にSam Altmanに譲り、 現在は一パートナーとして関わっている。
訳註2:
Airbnbの創業者達。

[Practical Scheme]